第一章幕間 反乱
「・・・ふーん、それで拠点に侵入してきた女の子を捕まえたら、その仲間の魔導師が乗り込んできて、拠点内の兵士全員昏睡状態にされて、女の子を連れていかれた、と。なるほどねぇー・・・」
魔王はどっこいしょと、司令室にある椅子に腰掛ける。
「この度は魔王様のお手を煩わせてしまったうえに、娘まで逃がしてしまうとは・・・本当に申し訳ありませんでした!」
アスファルとその部下達は、魔王に向かって何度も深く頭を下げる。
謝罪を受けた魔王は、面倒臭そうに手を振る。
「あーそういうのはいいから・・・それよりもさ、女の子は何で魔王軍の拠点なんかに侵入してきたんだろうね?普通、こんなところに忍び込もうとは思わないよねぇ」
魔王は腕組みをしながらうーんと唸り、背もたれに体重を掛ける。
「おそらく奴は、魔王軍の機密情報を盗み出すつもりだったのでしょう」
アスファルは顔を上げ、冷静に淡々と答える。
「・・・んーじゃああともうひとつ、その乗り込んできた魔導師が使った魔法について、詳しく聞きたいんだけど」
「魔法、ですか?そう言われましても・・・何しろあんな魔法は、今まで1度も見たことがありませんので・・・」
アスファルは返答に困った様子で、そう言った。
「ほぉーアスファルが一度も見たことがない魔法か!そいつはすげぇな!ちょっと一回見てみるわ」
魔王は心底驚いた様子でそう言うと、右手の人差し指で空中に軽く円を描いた。
すると、魔王の頭上に小さな魔法陣が展開される。
「これは・・・まさか」
アスファルは目を見開いた。魔王はこくりと頷く。
「そっ、君に過去の映像を見せた時と同じ魔法だよ。気になったんで俺も直接見てみようかなーと思って」
魔王はそっと目を瞑る。
そして、三十秒ほど経過してゆっくりと目を開けた。
しかし、その目はさっきまでの魔王と同一人物なのかと疑うほどの冷酷な目で、アスファルを睨み付けた。
「・・・おい、アスファル。お前、さっき女の子が拠点に侵入してきたって言ったよな?連れ去ったってどういうことだ?」
魔王は怒りが込められた口調で訊いた。
しかし、アスファルは飄々とした様子で答える。
「どういうことも何も、今、魔王様が見て、聞いた通りですよ?連れ去ってきた女を殺そうとしただけです。何か問題でも?」
アスファルとその部下達はニヤニヤと笑いながら、魔王を見ている。
「・・・何の関係もない、民間人を、それもあんなか弱い少女を・・・殺そうとしたのか」
魔王は俯き、肩が細かく震えている。
「何の関係もない?魔王様、何を言っているんですか?あいつは人族ですよ?死んで当然なんです、人族なんて下劣な種族は」
「それに」と、アスファルは続ける。
「・・・勇者達も、何の罪もない人々を、大勢殺しました。これは人族への当然の報いです」
魔王は俯いたまま、微動だにしない。
「馬鹿なことは考えないでくださいよ。今この拠点にあなたの味方は、一人もいません。全員、私の味方です。流石のあなたでも、何百人も相手にしてここから生きて帰る事は出来ないでしょう。そしてあなたがいなくなった後は、この私が魔王として君臨し、人族を皆殺しにするッ!」
アスファルは力強く拳を握り、雄弁に語る。
魔王は俯いたまま、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「・・・俺はね、アスファル、お前のことを信頼していたんだ。それは、軍人として素晴らしい能力を持っていたことや、指導者の素質もあったからというのはもちろんなんだけど、一番はね・・・」
魔王は俯いたまま、一呼吸置いた。
「―――お前の家族を愛する優しさ。お前のその気持ちは本物だった。だから俺はそんな優しいお前を、信頼していたのに・・・」
話を聞いていたアスファルは、フッと鼻で笑った。
「甘い、甘すぎる。こんな奴が魔王だったとは、呆れて何も言えん。よく今まで魔王が務まったな。褒めてやろう。だがそれもここで、終わりだ」
「それが、今まで隠していたお前の本性か・・・。もう駄目だな・・・」
「覚悟を決めたようだな」
アスファルは魔王を見下しながら、ニヤリと笑った。
「・・・もういいよねぇ。僕、もう我慢出来ないよ」
すると突然、どこからか幼い少年の声が聞こえてきた。アスファルは、この声の主が魔王だと分かるまで数秒の時間を要した。
「・・・はあ?お前は何を訳の分からんことを言っているのだ」
だが、アスファルの声は魔王には聞こえていないようだった。
「ダメだ・・・押さえろ、押さえろ」
魔王は頭を押さえ、苦しみ始める。
「何をしているのだ?まさかそうやって頭のおかしい振りをして、何とか助けてもらおうとでも考えているのか?だが、残念。貴様にはここで死ぬのだ」
魔王はスッと俯いていた顔を上げる。
「・・・ここにいるみーんな、敵なんだよね?殺していいんだよね?」
魔王は狂ったような笑みを浮かべ、アスファル達に向き直り、手刀で空中に大きく十字を描く。すると、魔王の前に金色に輝く大きな魔法陣が展開される。
「なっ、なんだこれは?!」
アスファルの部下達は、魔法陣に驚き、じりじりと後ずさりをする。
だが、アスファルは真っ直ぐに魔王を見つめたまま、一歩も動かない。
「これは『皆殺しの光』・・・。この魔法陣から放たれた光を浴びた者は、敵味方関係なく、この世から消滅する。何故貴様が、その魔法を使えるのだ?」
アスファルは、不気味なほど落ち着いた様子でそう言った。
「アハハハハッ!みーんな、死ね!死ね!死ねぇ!」
しかし魔王は、もはや正気の沙汰ではない。その顔に、狂気に満ちた笑顔を浮かべる。
もはや、誰の声も魔王には届かない。
そして魔法陣から光が放たれた瞬間、拠点内にいた全ての兵士は光に包まれ、跡形もなく消失した。
だがこの時、アスファルは消える間際に意味ありげな笑みを口元に浮かべていたことに、魔王は気づくことはなかった。
魔王は、誰もいなくなった拠点の屋上に来ていた。
ゆっくりとした足取りで手すりに歩み寄りもたれかかると、青く澄み渡った空を見上げた。
「いやー、まさか部下に反乱起こされるとは考えてもみなかったなぁ。しかも、あのアスファルがねぇ。・・・あー、怖い怖い」
魔王は、ハァと深くため息をついた。
「それにしても、あの魔導師が使っていた魔法・・・あれは禁忌とされ、この世界から抹消された『冥界の魔法』だった。
そして、あの魔法を使うことが出来るのは『冥界神プルトーン』だけのはずなんだけどな。・・・なんか訳わかんねえな」
魔王はそのボサボサの髪の毛をかきむしった。
「・・・こんな調子で、魔族と人族が共存共栄できる世界なんて作れんのかねぇ」
魔王は空を見上げながら、ボソリと呟いた。