第七話 人を第一印象で判断してはいけない。
メルリンが目を覚ますとそこは、見たこともない広い部屋の中だった。
部屋の壁には多数のモニターが取り付けられ、見るからに複雑そうな機械もあちこちに置かれている。
しかし、メルリンは椅子に座らせられた状態で体をロープで縛られており、身動きが取れない。
「おやぁ?ようやく目を覚ましたようですね」
その声に反応し正面を見ると、いつの間にか部屋の奥に男が立っていた。
「あなたは・・・?」
メルリンは訊いた。
「申し遅れました。私は、魔王軍スリーア地方司令部司令官を務めているアスファル中将という者です。ようこそ、魔王軍スリーア地方司令部へ。麗しきお嬢さん」
丸眼鏡を掛けた青白い顔の初老の男性が、そう言って丁寧にお辞儀をする。
その青白い不健康そうな顔色とは対照的に、体は軍人らしく引き締まった体つきをしていることが軍服の上からでも分かる。
それによく見ると彼の両脇には、部下であろう軍服に身を包んだ屈強な男達が並んでいる。
「私・・・何でこんなところに・・・?」
虚ろな目で辺りを見回しながらメルリンは言った。
「おやぁ?まだ状況を把握しきれていないようですね。まぁ無理もないでしょう」
男は後ろで手を組み、二、三度軽く頷いた。
「あなたの身柄は現在、私達魔王軍が拘束しています。覚えていらっしゃいませんか?」
「・・・あっ!そうだ、私が家に居たら突然魔王軍が入ってきて、無理やり連れていかれそうになったところをお父さんが助けようとして・・・お父さんは?お父さんはどうなったの?!」
「ご安心を。あなたのお父さんには少し気を失ってもらっただけですから、無事だと思いますよ」
「そうなんだ・・・良かった。それじゃあ私は何でこんなところに連れてこられたの?」
メルリンはホッと胸を撫で下ろし、アスファルに訊いた。
だが、アスファルは人差し指を立て、左右に振る。
「おっと、安心するのはまだ早いですよ?私が何故あなたを、魔王軍の拠点に連れてきたのだと思いますか?
それは、あなたとあなたの父上に、死よりも苦しい思いをしてもらった後、死んでもらうためです」
「あなた・・・何を言っているの?」
メルリンは大きく目を見開いた。
「ですから、あなたとあなたの父上には、死ぬよりも辛い苦しみを味わってもらい、そして最後には死んでもらうと。ただ、それだけです」
「・・・・・・まともじゃない」
「どう思われようと構いません。はなから人族ごときに分かって貰おうとは、考えていませんから」
それにしてもと、アスファルは続ける。
「あなたの父上は、娘のあなたのことを随分と可愛がっておられたようですね。・・・その娘が魔王軍に連れ去られ、変わり果てた姿で帰ってきたら、一体どんな気持ちになるのでしょう?」
ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながら、アスファルは言った。
「あなたにも家族はいるんでしょう?!こんなことをしているお父さんを見たら、子供達は悲しむわよ!」
メルリンは、思わず本音をそのままアスファルへとぶつけていた。
すると、アスファルからスッと笑みが消え真顔になる。
「・・・あなたは、直接、彼等から聴いたのですか?そんなことはしないでくれ、と?」
そう言ったアスファルの目には、背筋も凍るほどの冷徹な光が宿っていた。
その迫力に気圧され、メルリンは黙りこむ。
「少し話は逸れますが・・・」
そう言って、アスファルは語り始めた。
私には妻と、あなたと同じくらいの息子と娘がいました。
私達家族は、魔族が支配する土地の中でも、人族の土地に最も近い自然の豊かな田舎町に一軒家を建てて住んでいました。
そうして自然が豊かな土地で、子ども達はすくすくと成長していきました。
私は、妻と一緒に子ども達の成長を見ることが唯一の生き甲斐でした。・・・しかし、そんな幸せな時間は長くは続きませんでした。
突如王国が、魔族の領土に勇者達を送り込んできたのです。
そして、その勇者達に最初に攻められた場所が・・・私達が、住んでいた町でした。
私はその時、仕事で遠くの村に出ていました。
その話を聞いた私は、仕事を放り投げて急いで町へと帰りました。
―――愕然としました。
私が町に到着したときには既に、町中が血と死体で埋め尽くされていました。・・・家の中も同じような状態でした。
大切なものを守ることが出来なかった私は打ち拉がれ、全てを投げ出してしまおうかと考えながら、町の中をフラフラと彷徨っていました。
―――そんな時に、今の魔王様と出会ったのです。
後で知った事ですが、魔王様は被害状況の確認と今回の事件を起こした者を特定するために自ら現場に足を運んで下さったのだそうです。
今考えると、あの場で魔王様に出会えたのはまさに運命としか考えられません。
そして、私は魔王様に無理を承知であるお願いをしました。
この場で何が起きたのか、誰が私の家族を殺したのかを教えてくれ、と。
魔王様は、俺の魔法を使えばこの場所で起こった出来事を体験させる事が出来る、と言われました。
ただ、 どんな残酷な映像が映るかは分からない、見るのなら覚悟しなければならない、とも言われました。
・・・私は迷わず見ることを決めました。自分の目で確かめなければいけないと思ったのです。
そして、私が見た光景は・・・まさに地獄でした。
四人組の勇者達が笑いながら、剣や魔法で町の人々を殺して回り、そして泣きながら命乞いをする私の家族をじわじわと痛めつけていました。
そして、今にも息絶えそうな娘が・・・「お父さん助けて」と小さな声で呟いたんです・・・。
だが勇者は、嗤いながら容赦なく止めを刺した。
アスファルは固く拳を握る。その拳は細かく震えていた。
「・・・離れないのです。未だにあの声が、光景が、頭の中から離れないのです」
彼の眼鏡の奥の目は恐ろしいほど冷たく、そしてとても悲しげであった。
「・・・少し、余計なことを話しすぎてしまいましたね。さて、では気を取り直してまず手始めに、その綺麗な指を切り落としてみましょうか?」
そう言ったアスファルの顔は、狂気で満ちていた。
「いや・・・誰か助けて・・・」
「無駄です。いくら助けを乞おうとも・・・どんなに苦しくても誰も、助けには来ない。仮に来たとしても・・・その時には全て終わっている」
アスファルは一瞬、遠い目をしながらそう呟いた。
そして、ゆっくりとメルリンに近づいていく。もうダメだと覚悟してメルリンは目を固く瞑る。
その時だった。
メルリンの背後にある扉がガチャリと開く音が部屋に響いた。
自然と音がした方向に、この場にいる皆の視線が集まる。
扉はゆっくりと開いていき、少し開いた扉から申し訳なさそうにヌッと覗かせた顔は、メルリンのよく知る人物だった。
「すいませーん、あの・・・ちょっといいですか?」
申し訳なさそうに部屋に入ってくるアオイ。
「アオイさんっ!・・・アオイッ・・・さん・・・」
安堵したからなのだろう、メルリンはボロボロと大粒の涙を流し、。
「貴様ァ・・・どうやってここに侵入した。それに何故、この拠点に女が捕らわれていると分かった」
「それは・・・まぁ、いろいろと頑張りまして・・・」
アオイは照れたように笑い、頭を掻いた。
と、突然けたたましいサイレンが鳴り響く。
見るとアスファルが、壁の巨大な機械に取り付けられた赤いボタンを押したところだった。
「今、スリーア地方にある拠点に応援要請を出した。直に、他拠点からの増援部隊がここを包囲する。そうなれば貴様に逃げ道はない」
「・・・え、まじで?」
「死ね」
アスファルがそう言い終えて手で軽く合図をすると、アスファルの両脇にいた部下達が一斉に飛びかかってきた。
しかし、アオイはその場から一歩も動かない。
そして一言、呟いた。
「『止まれ』」
その瞬間、兵士たちはまるで体がその場に固定されてしまったかのように、突然動きを止めた。
「か、体が動かない・・・?!」
兵士たちが困惑した様子でいった。
「うん、そういう魔法だからね」
アスファルが、ギリッと歯軋りする音が聞こえてきた。
「貴様、魔導師かッ!くそッ!・・・何をしているおまえらァ!さっさとこいつを殺せッ!殺すんだ!!」
アスファルにも確かに魔法が掛かっているにも関わらず、指差しながら目を見開いて絶叫した。一体どれほどの怒りが彼をここまで突き動かすのだろうか。
しかし、周囲の屈強な兵士達は身体をピクリとも動かす事が出来ない。
「くそッ!役立たずどもがッ!他の奴等は何をしているんだッ!何故誰も来ない?!このサイレンが聞こえないのかッ?!」
「この拠点内にいる兵士達は全員、同じ様に動けないようにしておきました」
「この部屋に来る前に、既に手を打っていたということかッ!」
唇を噛んだのだろう、アスファルの口の端から血が流れる。
「よし!じゃあメルリンさん!逃げますか!」
メルリンの体を縛っていたロープを、アオイはスルスルと解いた。
そして、アオイはアスファル達に向き直り右掌を向けると、掌の前に禍々しい闇の塊が現れる。
アオイは凶悪な笑みを浮かべて、こう言った。
「それでは皆さん、『お休みなさい』」
「おのれぇーーーーーッ!!!」
アスファルは血走った目を、限界まで見開きながら叫ぶ。
その闇の塊は膨張し、一瞬で拠点全体を包み込んだ。
アオイとラローク、メルリンは長い一本道をひたすら歩き、分かれ道に差し掛かったところで止まった。
「ここでお別れだな。俺達はここからは右の道を行くよ。アオイ、お前はこの左の道を真っ直ぐ行け。そうすれば、でかい町がある。そこでお前にピッタリの仕事が見つかると思う。・・・俺が出来るアドバイスはこのぐらいだな。アオイ、本当にありがとう。何とお礼を言ったらいいのか・・・」
「私からもお礼を言わせてください。アオイさんがあの時来てくれなかったら、私、殺されていたと思います。助けてくださって、本当にありがとうございました」
メルリンは、涙目になりながら、アオイに感謝の言葉を述べた。
「いやいや!そんなのはいいですよ!助けていただいたお礼をしただけですから!」
アオイは照れながらそう言った。
それよりもと、急に真剣な顔になりラローク達に尋ねる。
「ラロークさん達は、これからどうするんですか?」
「なるべく安全に生活出来るところに家を借りて、仕事もそこで探す予定だよ。それまでは、貯金を切り崩して生活していかないといけないな」
ラロークは苦笑を浮かべた。
「・・・また、どこかで逢えるといいですね」
「逢えるさ、きっとな」
ラロークとアオイは、固く握手をした。
「それでは、お元気で。二人とも」
こうして、アオイはラローク達と別れ別々の道を歩き始めた。
一応、第一章はこれで終了となります。