第一話 魔族の王
「大変ですっ魔王様!」
ドタドタと慌てた様子で黒のタキシードを身につけた魔王の部下が、玉座の間の扉を勢いよく開けて飛び込んでくる。
そして、部屋の中央にある玉座にだらしなく腰掛けながら本を読んでいる魔王の前まで急いで来ると、魔王の部下は片膝を突き頭を下げる。
魔王は、ボサボサのオレンジ色の髪の毛、青いチェック柄の薄手の長袖長ズボンに、便所サンダルといったお世辞にも『魔王』とは言えないような出で立ちをしている。
魔王は読んでいた『写真で分かりやすく解説!魔王の仕事マニュアル(初級編)』という何がおもしろいのか分からない本をパタリと閉じ、鋭い眼光を部下へ向けて徐に口を開く。
「あのさぁ、アストライア君?部屋にはもうちょい静かに入ってきてって、君にはもう10回以上注意しているはずなんだけど」
玉座に腰かけながら、魔王は迷惑そうにアストライアに言った。
「これは大変失礼しました・・・そんなことより大変なことになりましたっ」
「いや、そんなことって・・・もういいや。んで?何があったの?」
魔王の部下は一度深く呼吸し、自分の乱れた呼吸を少し落ち着けるとこう続けた。
「・・・魔王様、落ち着いて聞いていただけますか」
「んーまぁ、とりあえず話してみてくれ」
そう言われた魔王の表情も緊張のためなのか、それとも覚悟を決めたからなのか若干強張る。その表情の変化を確認したアストライアは意を決して話始めた。
『スリーア地方にある拠点で警備に当たっていた魔王軍が全滅していると、応援要請を受けた増援部隊から連絡が入りました』
これを聞いた瞬間、魔王は目を見開き絶句した。
「・・・その時の状況を詳しく説明してくれ」
魔王はしばらく沈黙した後、顔を歪めてこう言った。
「増援部隊が到着した時には、魔王軍全員が昏睡状態で倒れていたそうです。拠点内には荒らされた形跡もなく、兵士が抵抗した形跡もない、ということです」
「昏睡状態・・・拠点内の兵士を全員、それも恐らく一瞬で、か」
魔王は天井をぼぅと見つめ、片肘をつきながら呟く。
「はい、命までは奪われなかったようです。ですが、相当強力な魔法のようで回復魔法も道具も効かないようです。」
「魔法でそんな大勢の意識を奪う事って出来たっけか」
今度は天井からアストライアに目線を向けて、こう尋ねた。
「まず普通の・・・いや、魔族のトップクラスの魔法使いでも無理だと思います」
アストライアは、冷静にこう述べた。
そもそも、相手の意識を奪う魔法を扱うこと自体極めて難易度が高く、魔王軍の中に意識を奪う魔法を扱える者は五人もいない。さらに、この類いの魔法で意識を奪えるのは一人か二人が限度であり、何百人もの意識を奪う事などまず不可能だ。
「まぁこんなことが出来る奴は普通じゃないってのは分かってるよ。・・・あ、あと倒れた兵士は後で俺が治しに行ってくるから」
「承知しました」
アストライアは話に若干の間を開ける。
「・・・今回の出来事に関し、あくまでも私の推測なのですが一つ考えてみました」
「ほぉ、とりあえず言ってみ」
「私の推測では恐らく『神々の陣営』の仕業ではないかと考えています。これほどの事が出来る化け物は、私は『神々の陣営』の者以外に思いつきません」
アストライアがそう言うと、魔王は表情をさらに歪めながら何度も大きく頷いた。
「だろうな、こんなこと出来るのはあいつらしかいないしね。いやぁ面倒臭い奴らが出てきたなぁ」
魔王はガックリと肩を落として、ハァと溜め息混じりに呟く。
「さらに・・・神々の陣営には―――」
「ねぇ」
魔王がポツリと小さな声で話しかけ、アストライアの話が途切れる。
「はい、なんでしょうか」
「魔王って辞めるとき、退職届は何処に出せばいいの?」
魔王は死んだ魚のようになった目をアストライアに向ける。
「何を寝ぼけたこと言ってんですか。あなたは私達、魔族の王ですよ?もうちょっと責任感持ってください」
アストライアは若干キレ気味に答える。
魔王は俯き「参ったな」と頭を抱えて嘆くのだった。