〈Prologue〉
霞む視界に無機質な灰色が映ってくる。機械だった。ゆっくりと目を開けて完全に覚醒する。眼前には愛する機械達がひしめき合っていた。私はゆっくりと研究室のソファから身体を起こす。地下だからだろうか、暖房装置を起動していなかった室内は夏だというのに冬のように冷えていた。私は部屋一面に広がる装置やデバイス、モニターやキーボード、パッド、特殊な液体が入った水槽を一つ一つ指で撫でて悦に耽った。これで完成した―――。
〈Enhance-Nerve-Agent〉―――脳制御解放作因子。
〈E.N.A〉は〈適格者―ヘレネス―〉の体内に入ると、その遺伝子情報を書き換え、脳の残り九十七パーセントの解放を促進させる。
これは復讐だ。これは私にとっての聖戦であり、鎮魂歌であった。
私は長らく苦しんできた。持てる者と持たざる者との間に聳え立つ絶壁に。しかし、それもこれで終わる。私は世界を真の平等へと導き、平和をもたらす英雄となる。その名は歴史に刻まれ、今の今まで私を嗤ってきた連中を奈落の底に突き落とし、私は私という世界を完成させるのだ。室内にある機器を統合管理する装置の電源を入れる、すると、機器の一つ一つが個性的な駆動音を発し、暗い室内の中、赤や緑、青の光を点滅させて、ホットスタンバイモードに移行する。モニターには水槽の中の状態が立体的なグラフとして表現されたものが映し出され、その数値などが端に表示された。他のディスプレイやデバイスにも水槽の液体の分子構成などが映し出される。
―――いける。
私は確信する。私の闘いは次のフェイズに移行する。私は、この機械たちを愛している。私に勝利をもたらす優秀なしもべ達。私は再び機械を撫で、そして、計画を実行するべく、研究室を後にした。私の復讐が始まる。
―――世界を変える、私の復讐が。