味噌汁
週末にむけて仕事を頑張ろうと決めた月曜日。
「命、久しぶり」
「………あ、うん、久しぶり」
会社に行くと三年前に海外勤務になるからって言われて別れた前彼が海外勤務を終えて帰ってきていた。
彼の名前は堂本大夢。
爽やかなイケメンで仕事の出来る大人の男。
会社を辞めて一緒に海外に来てほしいって言われた時、私は大口の仕事をしていて一緒に行く気にはなれなかった。
いや、違う………
『一緒にくれば命の好きなイタリアンを本場でマスター出来るんじゃない?僕は命は料理上手になれるって信じてる』
あの言葉に引いた。
料理をしなくちゃいけないって強迫観念から私は逃げ出した。
仕事を理由に逃げ出したのだ。
「その後どう?」
「………楽しくやってるよ大夢は?」
「ぼちぼちかな?今日からまた宜しくな」
宜しくとは何か?
見れば空いているはずの私の目の前のデェスクに荷物が乗っていた。
「え、企画開発部に入ったってこと?」
「うん。また楽しくやろうな」
「………」
楽しくとは何か?
「岩渕先輩おはようございます!」
「葉山、おはよう。朝一で出せっていった企画今出せ」
「………先輩」
「9時まで待ってやる」
「あざーす」
葉山が自分のデェスクに戻ると大夢はクスクス笑って私の前にチョコレートの箱を差し出した。
「甘いもの好きだろ?」
「好きだよ」
箱の蓋を開けて見せられ私は一つだけ摘まんで口に入れた。
暴力的な甘い味が口の中に広がった。
海外のチョコって甘すぎやしないか?
葵さんの作るお菓子が食べたい。
大夢がニコニコしている。
不味いなんて言えないよな。
「ありがとう」
「命が喜んでくれて僕も嬉しいよ」
いや、喜んでないから。
「岩渕先輩、そちらの方は?」
「葉山は、はじめまして?この人は堂本大夢って言って海外部のエースやってた人」
「命の前彼です!よろしく!」
「大夢やめて……ただでさえ石山先輩と葉山のせいで女性社員から目付けられてるのに大夢まで加わったら私、刺されるんじゃない?大夢との関係は良い思い出、忘却の話」
「………命、彼氏いるって感じ?」
「悪い?」
大夢が驚いた顔をした。
失礼だ。
「そっか、どんな男?」
「優しい人」
「命の手料理食べてくれる人なわけだ」
優しい=私の料理を食べるってどんなサイクルだよ。
私はとりあえず無視することにした。
「今日から企画開発部の係長に成りました堂本大夢です。日本に帰ってきてまだ日が浅いので解らないこともあるとは思いますが、宜しくお願いします」
どうやら大夢は帰ってきて役職者になったようです。
同じ部署の女の子達がきゃぴきゃぴしている。
前彼なんて知られたら確実に刺される。
私はとりあえず親しいと知られないように大夢と目を合わせないようにすごした。
すごしたはずなんだよ。
お昼休み食堂で実里とアジフライ定食を食べていたら目の前に大夢が座りやがった。
すでに端々からまたあの女がどうたらと悪口が聞こえてくる。
「大夢君久しぶり。目障りだからどっか行って」
みなさんお気付きの通り実里は大夢が嫌いです。
「実里ちゃん、僕なんかした?」
「馴れ馴れしくちゃん付けすんな!ってか命に近寄るな」
「同じ部署なのに近寄るなって………」
「うるさい黙ってろ」
実里はカレーを口に頬張りモグモグしてから言った。
「それはほっといて、あのエロ下着着た?」
味噌汁が気管に入りました。
「あのエロ下着の写メ待ち受けにしてもらえば良いと思うよ」
「げふげふげふげふ……実里さん……げふ……何、死ねって」
「セクシー写メもらったら返すのが礼儀」
「げふ、げふ……無理……」
「じゃあ何で買ったの?」
「写メ撮るためじゃないのは確かだよ」
「ケチ臭い事言ってたらフラれるよ!」
「そんな事でフルような器のちっちゃい男じゃないもん」
「解んないじゃん」
「解る!」
「じゃあ、電話して聞いてよ!」
「良いよ!電話してやる!」
私は葵さんに電話をかけ始めた。
数回のコールの後に電話が繋がる。
葵さんはいつものように電話にでた。
『どうした?』
「葵さんに質問なんだけど、エロ下着の写メを撮らせないからって別れたりしないよね!」
『…………え、どういう事?詳しく話してくれるか?』
「だから!こないだ実里とショッピングした時にエロ下着買ったんだけど…………ってなんて話してんだ私~」
「今気がついたの?」
「実里にはめられた~」
私が頭を抱えるとスマホから葵さんの声が聞こえた。
『命、それは俺のためにって事か?』
「嫌~忘れて下さい!」
『いや、無理だろ。今週末楽しみにしてる』
「違、着るなんて言ってない」
『じゃあ、何のために買ったんだよ』
「………う~、後で……冷静な言い訳を考え付いてから電話します」
『解った。着てもらえる巧みな話術をたずさえて返り討ちにしてやる。じゃあな』
葵さんが電話を切ると私は実里の首を絞めた。
「実里の馬鹿~言い訳一緒に考えてよ~」
「着れば良いでしょ!」
本気で絞めてやる!
「ギブ!」
「この恨みはらさでおくべきか~」
これは確実に着なくちゃいけなくなる!
嫌な自信が沸き上がる。
「嫌~」
「死ぬ~」
ヤバイ本気でやり過ぎた。
慌てて手をはなすと実里はゲホゲホしていた。
「ご、ごめんマジで殺そうと思った」
「悪いと思ってないな」
私が頭を抱えると大夢に頭を撫でられた。
鳥肌たったんだけど。
「触るな!」
「まさか命がエロ下着買うとは大人になったもんだ」
「関係ないでしょ」
「………実里ちゃんは命の優しい彼氏会ったことある?」
「………ない、けど写メ見た感じで言わせてもらえるなら、一度で良いから抱かれたい類いのセクシーイケメンだよ」
「どんな説明だよ」
「だって自分からすり寄っちゃうぐらい良い体してるんでしょ?」
「私が欲求不満みたいに言わないでよ~」
私はまた頭を抱えた。
「………命はそいつの事好きなんだな」
「煩いな~だまってて」
「………」
また頭を撫でられてムカついた。
「触るな」
「昔は頭撫でられるの好きだったのに」
「今も好きだよ。恋人に触られるのは」
「そう言うなよ。寂しいだろ」
うざい。
ああ、葵さんに頭撫でてほしい。
って私やっぱり欲求不満?
「ああああああああああああ~」
私は恥ずかしさから食堂で大絶叫したのだった。
葵さんがニヤニヤしている気がする。