16.幼馴染み
ぼろぼろと、そりゃあもう、ぼろぼろと、柚香は泣いた。
「うっ、良かったぁ、帰ってきたぁ……」
「誰が帰ってこないなんて、言ったよ」
「だって雰囲気が……」
そんなに険悪ムードだったか?
無意識のうちに、柚香にはそう感じさせてしまったということか。俺としたことが不覚だ。
「私のせいで心配かけっちゃったみたいでごめんね」
「きりのんのせいじゃ、無いと思います! はい」
「……そう、貴方の言う通り、悪いのは桐乃じゃないわ。悪いのは、私」
柚香とシェルプは見た事の無い顔に、はてなマークを浮かべる。
そして案の定、
「はたのん、この方は?」
シェルプだ。
「元神のセルフィッシュ様……うん、そうとしか言えないな」
「神様なんですか!!」
「聞いてないわよ、畠野君!」
怒涛の勢いで、二人に迫られ思わず霧乃に目を向ける。が、見ていない。
「落ち着け、落ち着けぇ! 色々と訳があるんだよ。まぁ、これが最善手だった。これだけは言えるぞ」
「あ……でも、そうよね。さっきの慌ただしい状況で色々話してる暇無かったものね。ごめんなさい、畠野君」
熱が冷えてきた柚香は、すぐに納得してくれた。しかし今はそれらは問題では無い。まず一番にやるべき事は、記憶に関する事だ。
「セルフィッシュ様、記憶のやつ、今から頼めるか?」
「もう、やっちゃって大丈夫かしら?」
「大丈夫だ」
これで、世界の人の記憶は理不尽に改変される事無く、維持する事が出来る。俺が世界を創造しても、前の世界を覚えていられるのだ。
セルフィッシュ様は目を閉じる。
「――……――……」
何かを口にし、空中に文字の様なものを書く。
「――……――……」
また聞き取りずらい、最早言葉とも言えないようなものがセルフィッシュ様の口から出る。
そして『パチン』と指が鳴らされ、彼女はやっと目を開けた。
「こんなものかしら」
「神様となると、何か違うわね。ふふっ、畠野君のは……少しかっこ悪いから」
なっ、それこそ初耳だ!
俺は柚香の本音に耳を疑う。
「柚香! 正気か!?」
「正気だと思うけど」
「まじか……そうなのか、柚香。俺はかなりショックだぞ!!」
「多分、カッコイイと思ってたのはハルだけじゃない?」
何だ、何だ、皆して俺への反抗期なのか!
わざとらしく咳をしてみせ、
「……良いだろう、それがお前らの好意の示し方、という事だな!! 良いぞ、もっとやれ!」
俺は胸を張り言い切った。瞬間、糸が切れた様に緩む空気。
「はぁぁ、流石だよ、君は」
「はたのん、ポジティブです!」
「ま、言うと思ったけどね」
「私のハル君は思考回路が違うわねっ」
要するに、やっぱり俺は最高って事か。
自己解釈し一段落着いたところで、両手を上に伸びをする。
窓の外を見ると、もう既に日が傾き初めていた。
「んーぁああ、もう夕方か。世界構築はまた明日からやるとして、今日はゆっくりするか!」
彼女らは、笑顔で頷いた。
こうしてその後は談笑しながら、ゆっくり過ごしたわけだがこの時の俺はこの先に不安何てものは何一つ感じていなかったのだ。けれど、そんな俺見透かすように世界は、また違う方へと動きだす。
遠い記憶。
”ハル”
名前を呼ばれた。
聞きなれたその声が再び響く。
”嘘つき。私、もう歩けないよ?”
呼吸が止まった。
「――陽菜ッ!! はぁ、はぁ……はぁ」
それは夢だった。だけど、彼女は……陽菜はもしかしたら本当は俺を許してはくれていないのかもしれない。
陽菜は幼馴染みだった。両親も仲が良く、俺達自身も小さい頃から、よく二人で遊んでいた。
けれどある日、事件は起きた。その日俺は陽菜との約束に遅れた。遅れたのが悪かった。何が何でも約束の時間を守るべきだった。なかなか来ない俺を心配した陽菜は少し周りが見えていなかったのだろう、後方から来た大型トラックに気が付かず――事故にあった。
不幸中の幸いで、命に問題は無かったものの、この日を堺に彼女は二度と歩けなくなった。
彼女の自由を俺が奪ったのだ。しかし、陽菜は俺を責めなかった。自分を責め、陽菜に会うことすら怖くて出来なかった俺に陽菜は言った。
「ハルは間違ってないよ。大丈夫。世界が少し間違えただけ。だから、絶対間違ってない。……私の為に自分の行動に間違いは無かった、って思って。私の為で良いから、ハル自身を好きになってあげて」
だから俺は、自分のした事、する事は絶対に間違ってないと言い聞かせてきたし、実際そう言ってきた。自分を褒めたたえたし、俺は凄い人間だと思い込むことにした。
だけど――、
「やっぱり、許されるわけ無かったのか? なぁ、陽菜……」
俺は弱い人間だ。些細なきっかけで、陽菜がどうしようもなく怖くなる。彼女は今、異世界にいる。彼女の声が聞こえないから、なおさら、分からない。そして怖い。
「畠野君、起きてる? もうお昼近くよ。皆いるから、リビングに来たら?」
ノックの後で、扉が開く。柚香が俺の方に目を向けた。
「……わかっ、た」
「大丈夫? 顔色悪いけど」
どうやら、柚香にはそう見えているらしい。
「大丈夫だ。行くから、リビング。先に行ってて良いぞ」
「うんー……」と生返事だったが、しぶしぶ部屋を出ていった。
深くため息をつく。
微かに手が震えていた。
もう、柚香と話すのさえ怖いとはな。
一度、そう思ってしまうと先刻の自分の柚香への対応は合っていただろうか、という気さえしてきてしまう。
俺はもしかしたら、もう世界を創造する事も出来ないかもしれない――。




