プロローグ
天界。一人の神が、そこにいた。
「はぁ……霧乃……」
呆れ顔を向けながら呼びかけに応じる霧乃。
「……何でしょうか? セルフィッシュ様」
彼女はセルフィッシュ様と呼ばれた女の前で片膝をついた。
「……つまらないわっ!」
「へ?」
セルフィッシュは大真面目に霧乃に訴える。
ましてそんな事を言われるとは予想打にしていなかった霧乃はポカンとした。
「つまらないぃ! 何よ、下界の人間達は! 皆、異世界に行きたいだの、何だの。私が創造した世界にどんだけケチを付けるつもりよ!」
「異世界を望まない人間もいるじゃないですか?」
全員が全員、異世界を望んでいない事は分かっているが、異世界を望んで向こうの神から選ばれた時、それを承諾する印を押しているのはセルフィッシュなのだ。
「だって、望んでない人間だって、この世界を更に退屈にする事しかしてないじゃない! それでいて、私のする仕事は二つだけよ? 異世界転移を承諾する印を押す事、私の世界を観察する事。大体、最近は異世界転移者が多すぎるのよ! 印押してばっかりよ!」
全く不満たらたらである。
霧乃は大きくため息を付きながら、一枚の紙切れを渡した。
「しょうがないじゃないですか。あと、はい。また、異世界希望者です。他の世界の神からもう選ばれているので、セルフィッシュ様の印で異世界転移出来るでしょう」
「えぇっ! またなの? あぁんっ、もう嫌!!」
渡された紙切れをくしゃりと掴む――が、また勢いよく広げた。そして、まじまじとそこにある一人の少年のプロフィールと彼を選んだ神達の名を見る。
「霧乃……なにこの子……」
「ああ、凄いですよね。私も驚きました。まさか、こんな高アヴィリティの持ち主がいるなんて。だからでしょうね、十人の神からの申し出がある人間なんて数がしれてますし」
「イケメンじゃない」
セルフィッシュの言葉に思わず膝の力が抜ける。
「って、顔ですか!?」
「それに、この子の過去……面白いわぁ」
恍惚とした顔つきで、紙切れを眺めると一つ間を置いてから満面の笑みでそれを破いてみせた。
「いい事、思いついちゃった」
霧乃は嫌な予感を感じ、恐る恐るセルフィッシュを見つめた。
「畠野葉瑠、彼に異世界転移許可の申し出をしている十人の異世界神を蹴散らしなさい! 彼はもう私のものよっ!」
「ですが、」
そんな事をしてもいいのか、と霧乃は口ごもる。
「なぁに、霧乃。私はこの世界の神よ。そして、畠野葉瑠はこの世界の住人。彼をどうするかは私に権限があるんじゃないかしら?」
「何をするおつもりですか?」
「創造神。畠野葉瑠に創造権を委ねて、この世界を創造し直してもらうのよ。彼の好きなようにね。私はそれをじーっくり、見させてもらうわ」
彼女がここまで楽しそうにしているという事は、この決定は絶対。それを知る霧乃はゆっくりと承諾の合図として頷いて見せる。すると、セルフィッシュは彼女に畠野葉瑠の世話及び監視を命じた。
「彼に伝えるタイミングは任せるわ。私の彼をよろしくねんっ」
先刻とは打って変わって上機嫌なセルフィッシュは霧乃に向かって投げキッス。
「あはっ……楽しみだわぁ。あの子は追いつめられるとどんな顔をするのかしら?」
いじめる気満々なので霧乃は一言、愚痴をこぼす。
「悪趣味ですよ、セルフィッシュ様」
「あら、ひっどーい。良いじゃない、私は神なんだもの」
――とにもかくにも、
平凡な高校生活を送っていた十五歳の少年、畠野葉瑠の運命はこの悪戯な神、セルフィッシュの気まぐれによって決定したのだ。
そして今、彼の平凡は幕を閉じた――。