表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

独白

ある令嬢の独白

作者:

そうですわね……。

まず、これだけはお伝えしておきたいのだけれど、(わたくし)は別にあの娘のことを嫌っていたわけではありませんのよ?

あら、そんなに意外かしら? 私にしてみたら、あの方が王族としての責務や矜持をお忘れになったことの方が意外でしたわ。


そう。私はあの方の婚約者でしたのよ?

幼い頃から次代の王家を支えるべく、厳しい教育を受けてきましたの。礼儀作法や教養は完璧に、学校の勉強に加えて国内はもちろん各国の言葉や習慣。王族の系譜や有力な貴族に商人。横の繋がり、地理や特産まで必死に覚えましたわ。それこそ遊ぶ暇なんてありませんわ。

あら、当然ですわよ? 王妃とは国王陛下をお支えする要ですから、各国の王族や大使に隙を見せるわけにはいきませんわ。


つまり、今まで王妃教育を受けてきた私にとって、庶民の娘など気にする相手ではありませんの。


書記官様はあの娘が王族としての務めを果たせるとお思い?

婚約者のいる見目よい男性を侍らして喜んでいる娘に、この国の外交を任せてもよろしいとお思い?


ええ、口になさらなくても結構よ。貴方の表情が答えていますわ。


だから私は気にしてませんでしたの。

あの方があの娘を愛人にしたいとおっしゃるならば、私との結婚後に適当な領地にて囲えば良かったのです。

けれど、王城はさすがに困りますわね。

庶民の娘では妾妃にすらなれませんもの。せいぜい下働きくらいかしら?

仕方ありませんわ。それが身分の違いなのですから。


まあ、私があの方を好いていたのでは、ですって?

ふふ。書記官様もずいぶんロマンチストですわね。奥方様が羨ましくてよ。


おっしゃる通り、昔はお慕いしておりました。きっと初恋でしたわね。

婚約者に選ばれて、とても光栄で誇らしかったですわ。


ですけど、いくら鈍い私でもあそこまであの方に邪険にされていれば、自分が嫌われていることくらいわかりますわよ。

まあ、ありがとうございます。慰めて頂かなくても大丈夫ですわ。自分の容姿が残念なのはよく理解しておりますから。あの方からも幼い頃さんざん『ブス』だと言われておりましたの。

私とて女の子ですわ。傷つきますのよ?

でも、そのたびにリシャール殿下が慰めてくださいましたわ。

王城の皆様もお優しくていらっしゃるから否定してくださいますが、ええ、ちゃんとしっかりわかっております。


そうですわね。確かに私はあの娘を羨ましく思いましたわよ。私とは違ってあの方に愛されて。

ですが、あの方は王族です。今後国を背負うお立場を考えると、愚かな選択はしないと信じておりました。


恋とは恐ろしいものですわね。

あんなにも素晴らしかったあの方すら、盲目にしてしまうのですから。


あのときのことはあまり思い出したくありませんのよ。

婚約者なのにパーティーへのエスコートをしてもらえなくて。

欠席するわけにもいかず困っていましたら、リシャール殿下がエスコート役を買って出てくれましたの。

リシャール殿下はあの方の変わりように、とても心を痛めておりましたわ。私にもそれはそれは申し訳なさそうに気を遣ってくださって。

あんなに仲の良かったご兄弟でしたのに、最近はあまりお話もされていない様子で気落ちされていましたわ。それなのに、私のことまで気にかけてくださるなんて本当にお優しいですわ。あんなに優しくて見目麗しい方なのに、まだ婚約者がいらっしゃらないなんて不思議ですわねぇ。王妃様にお尋ねしても『あの子はもう仕方ありませんわ』なんて笑ってらっしゃるばかりですし。


ああ、パーティーのことでしたわね。

リシャール殿下に連れてきて頂いたのに、あの方はあの娘と親密そうなご様子でしたの。

しかも、パーティーの途中だと言うのに、皆の前で私に謂れのない罪を着せて婚約破棄すると宣言されて……。


ええ、確か教科書を破ったとか、制服を切り裂いたとか、階段から突き落とした……でしたかしら。

そのどれも私には身に覚えはありませんし、もちろん証拠なんてあるはずがありません。階段から突き落としたとおっしゃる日は、リシャール殿下と兄と一緒でしたわ。卒業生への記念品について話し合っていましたの。

生徒会長でいらしたあの方だけでなく、主な役員だった方々が仕事を放棄していましたから、学園の運営が滞らないように、リシャール殿下や兄達がそれはもう大変な思いで仕事をこなしていましたの。私も出来る限りのお手伝いをさせて頂きましたわ。

あのときも、教師を交えて打ち合わせをしていましたの。

ですが、あの方は私の訴えなど聞き入れてくださらなくて。あの娘が泣いていただけで、私がやったのだと決めつけていましたわ。

もうあの方にはリシャール殿下の言葉すら届いてないと知り、悲しかったですわ。


ああ、イジメがあったのは私も存じてます。けれど私には何の関係もございませんわ。イジメの原因はあの娘の言動ではありませんの? 

本来なら貴族のための学舎に、特例的に優秀な庶民が入学できますのよ。その学費も、制服も、私達貴族の寄付金から賄っているのは入学時に説明を受けているのではなくて?

それを忘れて傍若無人に振る舞えば、誰だって不快に思うのではないかしら。

イジメられたくなければ、あの方々に泣き付くのではなく、自身の行いを改めれば良かったと思いますわ。


そうですわね、あの方々のせいでもありますわね。

婚約者がいるにも関わらず、庶民の娘にあからさまに熱を上げているのですもの。身分の違いを理解していない、頭の弱い娘の言いなりになってらっしゃる姿を晒してしまっては、皆がこの国の行く末に不安を抱いても仕方がありませんわ。

恋をするのはよろしくてよ。ですが、疎かにしてはいけないものがありますわよね。

周りの白い目を見ずに苦言の声も聞かずに、彼女の言葉だけで人を裁くなんて、普段のあの方々からすれば信じられない暴挙ですわ。


特にあのときは、私を取り囲んで怒りもあらわに口々に批難されて。

あんなに怖い思いをしたのは生まれて初めてですわ。リシャール殿下がいなければきっと私は倒れていましたわね。

本当にリシャール殿下にはいくら感謝しても足りませんわ。


…………そんなに、あの方にとって私は邪魔な存在だったのでしょうか?

お飾りの妃にすらしたくなかったほど。

あんな稚拙な穴だらけの証言だけで、私を断罪して排したかったのでしょうか?

それとも、そんなにご自身のお立場が重荷だったのでしょうか?


ああ、申し訳ありません。

書記官様を困らせるつもりはございませんわ。


ただ。

ええ。ただ、ほんの少しだけ、もっと私があの方の苦痛に気付いていれば……。


今さら、ですわね。

私が公爵令嬢である限りあの方の婚約者になる可能性は大きかったですし、私ではあの方の苦痛をお慰めすることは出来ませんわ。

ただ、私がリシャール殿下ではなく、あの方の婚約者になった意味を気付いてほしかったとは思います。

父はとても厳しい方だと書記官様もご存じてしょう?

それにとっても私を大事にしてくださっていることも。

父はあの方が王位を継ぐにふさわしいと考えていたのだと思いますわ。そしてたとえ政略結婚でも、穏やかな愛情を育んでいける方だと。私の愚考ですが間違ってはいないでしょうね。

それこそ今さらなのですが。




……まあ、ずいぶん話し込んでしまいましたわね。もうこれくらいでよろしくて?

私は明日領地に戻りますの。今後のことは父と兄が決めてくださるから、それまで領地でのんびりしようと思っていますのよ。

これから王妃様へお(いとま)のご挨拶に伺わなければ。


あら、アンナ、どうしたの? そんなに慌てて。

え? リシャール殿下がいらしてるの? まあ、大変。すぐにお通しして。


ごきげんよう、リシャール殿下。あのときはみっともない姿をお見せして申し訳ありませんでしたわ。……いえ、私が至らなかったばかりに、このような結果になってしまい、どう謝罪してよいか……。

ありがとうございます。落ち着いたら、改めて父と謝罪に伺いますわ。


あの、その件で殿下がわざわざいらしたのでしょうか?

ええ? 王妃様から私を迎えに行くようにと? 

ああ、なんてことでしょう! 王妃様をお待たせするなんて。

申し訳ございません、殿下。ではお言葉に甘えてご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?


で、殿下、どうなさいましたか? 具合がお悪いのですか? 誰か医師を……大丈夫ですの? 顔色が赤くていらっしゃるわ。熱があるのではありませんか?

まあ、殿下がそうおっしゃるのなら……。でも、ご無理をなさらないでくださいね。

殿下……? あぁ、そうですわね。私よりも殿下の方が何倍もお辛いに決まっていますのに……。ええ、私で良ければいつでも話し相手を務めさせて頂きますわ。

さあ殿下。腕をお離しになってくださいまし。この態勢はあらぬ誤解を招きますわよ。王妃様がお待ちなのでは?

さ、少しは落ち着かれました? 殿下が気落ちされていると王妃様も心配なさいますわ。もちろん私も。

まあ、当然じゃありませんか。私にとってはあの方と同じくらい殿下も大切ですのよ?


いけませんわ、そんなに不安そうなお顔をなさっては。

あの方がいらっしゃらない今は、殿下がしっかりと両陛下をお支えされませんと。

大丈夫ですわ。殿下には殿下の長所がたくさんございますもの。

さあ、参りましょう? ああ……まだ目眩が? やはり医師を……ふふ、医師がお嫌なんて昔から変わりませんのね。ええ、仕方ありませんわね。これ以上王妃様をお待たせするわにはまいりませんわ。このままお支え致しますので、少しだけ頑張ってくださいませ。


では、書記官様。私はこれで失礼させて頂きますわ。

最後に1つ? ええ、どうぞ。

……ふふ、あの娘の名前など覚える必要がございませんでしょう? 第一、名乗られてもおりませんわ。

羽虫の名前を覚えるほど、私は物好きではございませんの。

ああ、勘違いなさいませんように。

たとえ庶民であろうとも、礼を尽くす方にはこちらも誠意ある対応をさせて頂きますわ。


あら、そうでしたの? それが私とどのような関係が?

国王陛下が爵位を取り上げたということは、それなりの罪があったのではなくて?

それとも、私を誹謗したからと、父がその伯爵を陥れたとでもおっしゃるのかしら?


ええ、そうですわよね。

よもや私と父に恥をかかせるためだけに、あの庶民の娘があの方に近付いたなど、あるはずがありませんわ。

仮にも爵位を授けられていた方が、あまりにも王家を軽んじる行いをなさるわけありませんもの。

それに、元貴族の親に育てられたならば、もう少しマナーや常識を知ってらっしゃるのではないかしら?

きっとどこかで手違いがあったのだと思いますわ。


身の程をわきまえない強欲な庶民の娘が、あろうことか王太子殿下をたぶらかし、甘言を弄して堕落させた。

そうではなくて?


あら、ずいぶん顔色を青くされて。書記官様も具合が悪いのでは?

この度のことで忙しくされてらっしゃるのかもしれませんが、お身体にはお気を付けくださいまし。


それでは、ごきげんよう。




『エルシャール公爵令嬢(後のガザン国王妃サリーリア様)の調書』より

お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 先ず、文章が最初から最後まで独白形式で書かれているのが珍しく面白かった。令嬢の貴族的な話し方もブレがなく丁寧に表現できていたと思う。ストーリーに関しても、ありきたりな貴族と庶民の恋に主点を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ