ばらばらしょうじょ
ここからとても遠い遠い場所、物語が始まるずっとずっと前のお話。
昔々あるところに仲の良い夫婦がおりました。
二人はお互いを大切にして、幸せに暮らしておりました。
妻はとても器量がよく優しくて、なにより頑張り屋さんでした。
夫はどんな仕事でもにこやかに受け入れて先も器用で、なにより思いやりにあふれておりました。
そんな二人に子供ができた時、二人の家族だけではなく、町中のみんなが祝福しました。
生まれてきたのは可愛らしい女の子。可愛い我が子に二人はとても喜びました。
こうして妻はお母さんに、夫はお父さんになりましたが、子供だけでなくお父さんはお母さんを、お母さんはお父さんを大切にするのは変わりませんでした。
お父さんのお父さん、おじいさんは子供のためにたくさんおもちゃを作ってくれました。
まだ女の子が遊べないような大きなおもちゃも、可愛いぬいぐるみも、たくさん作ってくれました。
みんな女の子のためにたくさん考えてお祝いしてくれました。女の子はとてもうれしそうに笑っていました。
もちろん、お母さんもお父さんも、皆にお祝いされる我が子を誇らしく思っていました。
たくさんの愛情を受けた女の子ですが、その子には少し困った癖があることを、しばらく経つとみんなが知るようになりました。
女の子は色々なものをバラバラにしてしまうのです。
おじいさんからもらった、女の子も大切にしていたぬいぐるみをバラバラにして、女の子は自分でしたことに泣いてしまっていました。
もちろんぬいぐるみだけではありません。
生まれたお祝いにおじいさんがくれたおもちゃも、お母さんが作ってくれたご飯も。
女の子はみんなバラバラにしてしまいます。
お母さんもお父さんも驚いてしまいましたが、こんなことができるなんてすごい子だわと喜んでもいました。
大切なものはバラバラにしないように、でもすごいことではあるのだと、二人は女の子の才能を殺してしまわないように、慎重に、大切に育てることにしました。
二人の優しさを受けて女の子は優しく元気な女の子に育っていきました。
お父さん譲りの思いやりをもった、お母さん譲りの頑張り屋さん。
それでもなんでもバラバラにしてしまう困った癖は治ることはありません。
お母さんが買ってくれたお洋服も、お父さんが買ってくれた自転車も、全部ばらばらにしてしまいました。
お父さんは怒りましたがお母さんはきっとこの子はとてもすごい子になるのよ、と庇ってくれました。
叱ってくれたり、庇ってくれたり、両親の大きな愛情を受けても女の子の癖は治りません。
友達のおもちゃをバラバラにしてしまったときは、お母さんと一緒に謝りに行きました。
小さな犬をいじめている悪いお兄さんたちの仲をバラバラにしたときはお父さんに危ないことをするなと怒られてしまいました。
それでもみんな女の子を大切に育てていましたし、女の子もみんなが大好きでした。
ある日、お父さんが一生懸命立てたおうちをバラバラにするまでは。
お父さんは女の子をひどく叱りつけました。こんなことをするなんて普通じゃないと大きな声で怒鳴りました。
お母さんは女の子を守りました。まだ悪いかどうかわからないのよと必死にかばい続けました。
お父さんとお母さんはお互いの意見を守ることもできず、毎日毎日喧嘩をし続けていました。
そうして、もう一緒には暮らしていけないと、バラバラに暮らすことにしました。
女の子は、ついに家族をバラバラにしてしまいました。
お父さんとさよならをして、女の子はお母さんと一緒に暮らしました。
優しいお母さんは女の子を責めることはありませんでした。いつも笑顔で女の子を抱きしめてくれます。
「貴女は悪くないわ」
これが二人で暮らすようになってからはお母さんの口癖でした。
お母さんの愛情を受けて女の子はすくすく育ちました。まだ幼い女の子でしたが機械もバラバラにしてしまえるようになりました。
手先がとても器用な女の子はなんでもバラバラにしてしまいます。
幼いながらも自分でも考えるようになった女の子はとてもいけないことだと思うこともありました。なんとか治そうと思っても、気づくとなんでもバラバラにしてしまっているのです。
落ち込む女の子をお母さんは優しく抱きしめてくれます。女の子にとってお母さんが支えでした。
そんな女の子をお母さんは一生懸命育てていました。
それでも、一人で女の子を育てるのはとても大変でした。
一生懸命働いて、女の子のために頭を下げて、女の子を抱きしめて。
一生懸命頑張ったお母さんは、病気になってしまいました。
「私がいなくなったら貴女は一人になってしまうわ」
お母さんはベッドの上で女の子を心配します。
「大丈夫よお母さん、きっとよくなるわ」
お母さんの看病をしながら女の子は優しく笑いました。
バラバラにしてしまう以外は、普通の女の子です。優しい、まだ幼い女の子。
「ごめんね、私の所為でお母さんに無理をさせて」
「貴女は悪くないわ」
お母さんはそう言って笑いました。
自分がいなくてはいけない、女の子を守るためにお母さんは一生懸命起き上がろうとします。
「大丈夫よお母さん、少し休んでいて」
女の子の優しさが、お母さんにはとてもうれしく感じました。
女の子も大切なお母さんのために何かしたいと、そう思っていました。
幼い彼女は働くこともできません。できることはこうして看病をすることと、そしてバラバラにすることだけでした。
「そうだわ、お母さんの病気をバラバラにできないかしら」
女の子がそう考えたのも、薬を買うお金がないお母さんのことを思ってでした。
女の子が自分の意思で何かをバラバラにしたい、そう思った初めてのことでした。
もちろん、彼女がバラバラにするのはいつも無意識で、自然で、考えてするようなことではありませんでしたから簡単なことではありません。
それでも大切な、自分のために一生懸命になってくれるお母さんのためだと思えば耐えられたのです。
一生懸命頑張って、女の子は病気だけをバラバラにすることができるようになりました。
嬉しくなって、女の子はすぐにお母さんの下へと向かいました。
そうして、本当にお母さんの病気をバラバラにしてしまったのです。
「お母さん、私頑張ったよ」
褒めてほしくて、初めて自分でできたという事を見せたくて、女の子は目を覚ましたお母さんに報告しました。
がんばったね、すごいね、もうなんでもできるのね、そう言ってもらえると女の子は思っていました。
そんな女の子の思いは、届かなかったのですが。
お母さんは自分がいなければいけない、少し変わった女の子が大好きでした。
お母さんが一生懸命頑張るから女の子を守れる、それが今のお母さんを支えているものでした。
だから、女の子が自分がいなくても平気だという事がとてもつらかったのです。
「貴女が、貴女が悪いのよ」
耐えきれなくなったお母さんはついに、そう零してしまいました。
女の子は一生懸命頑張りましたが、結局、お母さんの心の支えをバラバラにしてしまっていたのです。
女の子は一人になりました。
少し大きくなった女の子は初めての街を歩きます。
特に何もすることがなく、ただただ歩きます。
お父さんもずいぶん昔に病気になっていたそうです。
女の子はそれでもちっともさびしくありません。
今日も、たくさんのものをバラバラにします。
問題も、ゴミも、大きな機械も、なんでもバラバラにすることができます。
だからちっともさびしくありません。
いつか、誰かがそれを止めるまで、ずっとずうっと。