Flag-007【Myレギュレーションを抱いて・・・】
「おーっす、午前はどうだったよ。壮太?久一?」
正午を過ぎてガーデン日吉に入ってきた新たな客は、大人ばかり数人。その先頭、もさっとしたロンゲにキャップを被った、やや中太りの30代くらいの男は開口一番、雅人さんに聞いた。
「壮太がやりましたよ、ようやくね。」
「あ、立ち枯れさん!」
壮太が寄ってくるとその男と顔を見合わせ、それから二人して指をパチンと鳴らせた。
「やったか?」
「やったぜ!」
その立ち枯れさんと共に入ってきた他の客は、すでに店内や庭の一角に陣を張っていた。そして皆、まずはラジコン用とおぼしき大袈裟な充電器をコンセントにつなぐところから始める。
「それじゃ、午後の部は一時からですね。・・・そうだ、翔司郎には説明、まだだったね。」
「午後の部って、要は大人部門、ってことですか?」
「オープン部門だから、ジュニアも参加できるよ。レギュは午前と同じで、チューンモーター限定って以外は公認競技会規定通り。レースの方式も一緒さ。・・・ただし、高校生以上は小径のみ、つまりタイヤ径26mm以下って縛りだ。」
午前に走ったほとんどのジュニアレーサーと付き添いの親は、帰ったのか、昼飯を食いにか、すでに姿がなかった。が、壮太は参加する気のようで、早速マシンの再メンテに取り掛かっている。
「タイヤ径の分ハンデあるし、参加賞も貰えるから損はないと思うけど、どうする?参加するかい?」
参加賞ってのはまた、そこの段ボールにたんまり残ってるレストンスポンジタイヤなんだろう。が、壮太が参加するんなら、俺にも参加しない理由はない。
「はい、やります。」
「うん。じゃあ、トーナメントはこれで確定かな。今度は番号の大きい順、トーナメント表右側のレースからだから、翔司郎は初戦だよ。」
トーナメント表には午後に来店したレーサーの名前が追加されていた。俺は17番で、左隣の14番はムリクリ、右隣の20番は呉羽、とある。ちょうど俺の一歩後ろで、やはりトーナメント表を覗く人がいた。この場で唯一の女性、二十代後半ってところか。振り返ると目が合い、なんかニコニコしてるんで、俺もぎこちない愛想笑いで応じた。その人は相変わらず俺に目を合わせたまま、隣の雅人さんを突っつく。
「ねーねー雅人くん、もしかしてこの子があの?」
「はい、こないだコミュに入った翔司郎・・・いや、翼駆り君。こちらは呉羽さん、うちの常連では数少ない女性レーサーだよ。」
やはり一回戦の対戦相手だ。それでか、と思ったものの、それにしては目を輝かせてるというか、なんか対戦相手に対するのとは違った興味を抱いているような、妙な感じがした。
「えーっと。翔司郎くんは、何歳かな?」
「え・・・今は十四ですけど?」
すると、呉羽さんは一段と笑みを増して言った。
「うわぁ、リアルDCキター。」
「なんですか、DCってのは。」
「ダンシチューガクセーに決まってるじゃない♪雅人くんに続いて二人目!」
雅人さんはにこやかなまま、呆れ口調で返す。
「・・・いろんな意味で、ないと思いますよ。」
「素っ気なーい。」
「さぁさ、ピットに戻ってくださいよ。電池充電してるんですか?」
「あ、まだかも。・・・それじゃあ初戦、よろしくね。翔司郎くん♪」
そう言ってやっと、呉羽さんは庭の方へ去っていった。そのノリに俺が終始引いてたのは、言うまでもない。
「ところで・・・なんでオープン部門が、小径チューン限定なんですか?」
俺はメンテの傍ら、同じくカウンター席でメンテにいそしむ雅人さんに聞いた。巷で普通オープンといったら、メーカー公認競技会規定内なら何でもあり、つまりタイヤは大径でもいいし、モーターはダッシュと名の付くワンランク上のものまで使えるレギュレーションだ。
「同じくらいの速度ならさ、タイヤ径が小さいほどギヤがたくさん回るのはわかるよね。だから駆動ロスの影響がちょっと大きくなるんだ。しかもチューン系モーターはそんなにパワーに余裕ないから、その辺の差が如実に出るのさ。パーツ一つ一つの状態まで全部気を使って、如何に速度を伸ばすか・・・そういうのを試すにはちょうどいいレギュなんだよ。翔司郎も大径チューン専門ならその感覚、何となくわかるんじゃないかな?」
「ええ、まぁ。」
確かにそうだ。神楽さんから譲り受けた俺のマシンも、ベアリングローラーの回転抵抗、駆動系調整、最小限のオイル、そしてターミナル磨きと、本当に細かいとこまで煮詰めないと、あのベストラップは出なかった。
「自由が丘のヤクモさんだと、大径ダッシュとかありだけどね。場所も近いから棲み分けっていうか・・・。もちろんそういうレギュもたまにやるけどさ、これがうちの店の基本スタンスなんだ。」
「なるほど、それで・・・。」
俺は雅人さんがメンテするマシンに目を落とす。ダイナホークのボディを外されたそのシャーシは、VS井桁・・・徹底加工マシンの最も典型的な姿だ。井桁というのは、丈夫なFRPを井桁状に組んだバンパーのことだ。駆動効率最高とされるVSシャーシのバンパーをごっそり削ぎ落とし、代わりにこの井桁バンパーを接着固定する。さらに駆動系を可能な限りフローティング化、つまり回転体がベアリング以外に接触しないようにしている。高強度、軽量、高駆動効率と、全てを理想化すべく加工された、最もカツいレーサー達が扱うマシン。・・・それは俺がかつて作りかけ、神楽さんのドライブウイングに大敗したあの加工マシンの完成形とも言えるものだ。
あの、手痛い記憶がよぎる。ドライブウイングを手にして以来、俺はこういったパーツ加工を避けるようになっていた。これはたぶん、戒めだ。神楽さんのスタンスに憧れてとか、そんなこと言ってる余裕はもちろんない。不利なのも、限界があるのもわかってる。だけど、俺はその限界ってのをまだ知らないはずだ。あるかないかわからないその可能性を、自ら進んで見失うこと・・・そういうのを恐れてるんだと思う。
「これでヨシ、と。」
同じく店内のカウンター席でメンテしていた壮太が、納得したように頷いてマシンを置く。壮太にはそれなりに勝算があるんだろうか?そもそも大径タイヤOKってハンデだけで埋まるような差なんだろうか?自分で作らなくても、井桁マシンの性能が桁違いなのはよくわかってるつもりだ。生半可な井桁マシンなら勝てないこともないが、少なくとも雅人さんのマシンはそんなもんじゃない。それに周りを見回しても、皆そう違わないようなマシンを弄っている。
「常連だいたい揃ってるから、一応紹介しとこうか。ムカデさんと呉羽さんはいいね。庭の奥にいるキャップ被ってる人は立ち枯れさん、確かミニヨンネットのハンドルネームは、立枯無双だったかな。」
雅人さんが示したのは、店に来て早々壮太に声を掛けていた人だ。
「Nコードさん同様、第一次ブームからの古株レーサーだって。」
「第一次っていうと・・・、」
「だいたい20年くらい前かな・・・長いよね。」
ミニ四駆が大々的に出回り、初めて関連アニメも放映されたといい、俺が知る第二次ブーム並にブレイクしてたらしい。その立ち枯れさんのマシンを遠目に見ると、第二次ブーム初期の高性能シャーシとされていたスーパー1、それをベースにした井桁マシンに、ボディは肉抜きの目立つホライゾンという車種。そのキャノピーには、シャープなマシンデザインには一見不釣り合いな、アニメキャラの絵が乗ってるが・・・いわゆる、痛車みたいなもんだろうか。
「それから、翔司郎が一回戦で当たるムリクリさんはあの人だよ。普段はいろんなシャーシを翔司郎みたくぽん組で走らせてるけど、オープンだとTZ井桁だね。あと、今日はやさぐれさんところりんさんはいないから・・・あそこのちょっと背低めの人がオイチさん。ハンドルネームだと01と書いてオイチ、あの人は特に速いよ・・・ほとんど常勝なんだ。」
小径だからか、みな高回転低トルクのレブチューンモーターを積んでいるようだった。パワーがノーマルモーター並と弱いため、昔は空回しが速いだけの使えないモーターかと思ってたが、本当に駆動効率のいいマシンなら充分速度を伸ばせるらしい。さて、午前からひたすら準備に打ち込んでるユッケさんはというと、どんなマシンか遠目には見えなかった。そしてその様子を傍らで見つめながら、マシンも電池も全く準備している様子がない、Nコードさん。さすがに怪訝に思ってトーナメント表に目を移すと、そこにNコードさんとおぼしき名前は見当たらなかった。
「じゃあ一回戦一組目、ムリクリさん、翔司郎、呉羽さん、お願いします。」
時間が来た。雅人さんの声掛けで、俺含む三人がスタートに集まる。呉羽さんはVSシャーシにネオトライダガーのボディを乗せている。もう一人、ムリクリさん、とおぼしき二十代後半くらいの人は、TZ井桁にバックブレーダーを乗せていた。どちらも実戦を意識して、軽量なポリカ製クリアボディを塗装したものだろう。ちらっと相手のマシンに目を走らせていると、ムリクリさんから声を掛けてきた。
「もしかして、君が翼駆りさん?」
「はい、依酉翔司郎です。」
自分自身、ハンドルネームが定着してないな、と言った先で内心苦笑した。ムリクリさんはなんともビジネスマン然とした物腰で、丁寧にお辞儀する。
「どうも初めまして、ムリクリと申します。どうぞ、よろしくお願いします・・・おや、依酉さんもTZですか?」
「ええ、まぁ。」
相手はTZと言っても井桁、一体どれだけの差があるのか、あるいは。トーナメント表の番号順に、そのムリクリさんはイン、俺はミッド、呉羽さんはアウトを取る。
「それじゃあ2セット六周、スイッチオン・・・3、2、1、ゴー!」
スタートして最初のカーブに俺は注目した。イン側のムリクリさんがリード、そしてアウト側の呉羽さんが遅れながらも俺のマシンにやや迫ったように見えたが、直後すぐにレーンチェンジに入り、誰が一歩抜きんでたか、遅れたか、よくわからなくなった。レーンチェンジブリッジを渡った呉羽さんのトライダガーがやや遅れ、ムリクリさんのバックブレーダーと俺のドライブウイングが並ぶ。バンクを過ぎて連続コーナーに突入し、ドライブウイングが一瞬トップに出たが、最後のコーナーを回ってメインストレートへ戻ると、一つイン側のバックブレーダーに抜かれる。そして僅差まで迫ってくるネオトライダガー。次の周回でドライブウイングがレーンチェンジブリッジに突入する。午前のレースの教訓から、電池が暖まり過ぎないよう外のコンセントで充電した。期待通り、特に危なげなくクリアする。が、その間にビリに回る。この辺りで、早くも勝負が見えてきた気がした。その後俺のマシンは二台に追いつくことなく、ジワジワと差を広げられていった。1セット三周目を終えたところで、確実にストレートセクション一枚分の差があった。これはもう、詰められる差じゃないだろう。後は先を行く二台の勝敗を見守るだけになった。
「あああ!・・・ダメ?」
呉羽さんが六周目、最後のコーナーで思わず声を上げる。もつれ込んだが、チェッカーラインを先に切ったのはムリクリさんのバックブレーダーだった。
「惜しかったですね。一位ムリクリさん、二位呉羽さん、三位翔司郎!」
「いえ、危ないところでしたよ。呉羽さんのVS、今日はまた一段と速かったですね?」
俺はここに来てやっと、呉羽さんのマシンを細部まで見ることができた。バンパーは、井桁じゃなかった。
「今回は駆動系かなり頑張ったのにぃ・・・雅人くん、これじゃダメ?」
ネオトライダガーのスイッチを入れて駆動音を聞く雅人さん。駆動系もぱっと見、フローティング加工などはされているように見えず、せいぜいギヤやシャーシの一部を削る程度の調整だろう。
「音はいいですね、充分かなぁと思いますけど・・・ただ、余計なオイルをクリーニングした方がいいかもしれませんね。」
「え、まだオイル差し過ぎなの?」
駆動音が静かでも、オイルのべたつきでロスしてる場合はある。が、ここまでシビアにコンディションを気にしたことはなかった。VSシャーシが高性能なのを踏まえたとしても、俺のドライブウイングとの差はそれだけじゃないんだろう。後ろにいた壮太は何でもないように、さらっと言った。
「ま、気にすんな。俺もオープンは一度も勝ったことねーしさ。」
「・・・え?」
「うわ、オイチさん速すぎです。」
「んーまずまずってとこかな。もうちょっと電池追えそうだし。カンダチメも今日のはだいぶよかったんじゃない?」
「いやぁまだまだですよ、ホント。」
20歳くらいだろうか、だいぶ背が低く、声が高いのが印象的なオイチさん。一回戦二組目ではその人が、雅人さん、ムカデさんをあっさり下した。雅人さんのVS井桁は俺が敗れたムリクリさんのTZ井桁より幾らか速く見えたが、オイチさんのVS井桁はその上を行っていた。ボディは徹底的に肉抜きされたスーパーシューティングスター、通称SSS。そのデザインは俺のドライブウイングのベースである、ビッグバンゴーストによく似ている。神楽マシンよろしくキャノピーをクリアファイルで塞いであるから尚更だ。
次はいよいよ一回戦三組目、壮太、立ち枯れさん、ユッケさんの番だ。特にする事もない俺は庭のコース脇で観戦していた。壮太のエスペランサはMSシャーシ、立ち枯れさんのホライゾンはS1井桁、残るユッケさんのマシンは、まだ一度も拝見したことがない。俺はコースを数歩またぎ、充電器と向き合うユッケさんのところへ寄った。そして、明らかに毛色の違うマシンで挑もうとしているのを知った。
「え・・・ユッケさん、MS小径でやるんですか?」
「そ。」
「でも・・・それに、小径なのにトルクですか?」
これも他のシャーシを小径で走らすなら、もっともあり得ない選択だ。
「割と速いよー?それに他の両軸チューンモーターってカーボンブラシばっかでさ、使いものなんないじゃん?」
強度を維持しつつ徹底的に肉抜きされ、井桁バンパーで組まれたMS。少なくとも俺は、ここまで作り込まれたMS井桁を今まで見たことはなかった。しかしいくら駆動効率がいいと言っても、トルクチューンモーターしか使えない足枷は大きいはずだ。
「せっかくの新型シャーシじゃん?フラットじゃイマイチ流行ってないけど、もったいないっつーかさ。・・・こいつがどこまで頑張れるかなんて、誰も知らないわけだし。」
俺はそんなニュアンスの言葉を、以前にもどっかで聞いた気がした。
「それじゃ一回戦三組目、イン側から壮太、ユッケさん、立ち枯れさんの順でお願いしまーす。」
ユッケさんは電池を充電器から外してマシンへ移し、傍らにあったネオファルコンのボディを手に取って立った。
「お、ユッケはまたMSで勝負か?」
「オイチさんのベストラップ0.2秒落ちまで迫ってますから、油断できないですよ?」
立ち枯れさんの言葉に雅人さんがそう返す。つまり、それなりに速いんだろう。
「それじゃあ、3、2、1、ゴー!」
最初のコーナーを過ぎ、レーンチェンジを通過する。レーンチェンジブリッジを渡った立ち枯れさんのホライゾンはそのロスで後退するが、壮太のエスペランサとユッケさんのネオファルコンはほぼ並んでいる。コーナーでイン側を回ったはずのエスペランサよりネオファルコンの方が速いのは、その時点で明らかだった。続くバンクでネオファルコンがエスペランサを抜いて連続コーナーに入り、二周目のメインストレートでも順位は変わらない。次のレーンチェンジブリッジはネオファルコンが危なげなく通過し、それでもホライゾンと並ぶところで踏みとどまる。この間に、壮太のエスペランサはわずかながら二台を追うポジションになっていた。そして三周目のレーンチェンジブリッジを何とかクリアするも、エスペランサは完全に二台に置いて行かれていた。
「ダメだな、こりゃ。マシにはなってるけど、まだまだだなー。」
壮太はここで、勝ち目がないのを悟ったように漏らしていた。1セットを終えた時点でトップはユッケさんのネオファルコン。やや遅れて続くは立ち枯れさんのホライゾンだったが、四周目のレーンチェンジブリッジを越えられなかった。スロープを登り切った頂点で姿勢が傾き、レーンを飛び出す。
「なにー!こりゃ完敗だな。ユッケ、そのマシン半端ないぞ?」
五周目のレーンチェンジブリッジを危なげなく通過し、それでも壮太のエスペランサに充分な差を付けているユッケさんのネオファルコン。そのまま、六周を走りきった。
「それじゃあぼちぼち決勝やっちゃいましょうか?あと五分くらいで。」
一回戦が終わって十分少々のところで、雅人さんが声を上げた。ムリクリさん、オイチさん、ユッケさんはそれぞれに充電器にさっと目をやっただけで、そのままマシンの最終メンテを続ける。充電時間はだいたい読めているんだろう。
「もう決勝ですか?」
俺は思わず雅人さんに尋ねた。よくある敗者復活レースみたいなのもないようだ。大会と言いながらたった4レース目で決勝とは、何ともコンパクトに思えた。
「コース常設店の店舗大会なんて、常連プラスアルファみたいな内輪の集まりだからね。店にも寄るけど、だいたいこんなもんだよ。」
こういった大会参加経験の少ない俺でも、これは短いような気がする。確かどこだかで似たような人数の店舗大会があったときは、トーナメントの順を決めるためにタイムアタックを三回ほどやってから、本戦に移る流れだった。
「日頃の鍛錬の末、だれが結果を示すかを試す場だ。とにかく走らせて、トップが決まればそれでいい。」
傍らでそう言ったNコードさんは出番無く、そもそも今日は手ぶらで来ていたらしい。そういえば、以前ここで出会ったときも手ぶらだったが。
「ダラダラやるよりさっさと終わらせてコース開放してあげた方が、ジュニアも喜ぶしね。それに、うちはどうも練習走行の方が好きな奴が多いいんだ。大会として走る回数が多いよりか、よっぽどタメになるしさ。」
雅人さんの言う通りかもしれない。現に、今日気づいた敗因の幾つかを早速確認したい俺がいる。この頃になると、昼飯を終えたジュニアレーサーや親御さん達がぼちぼち店に戻ってきていた。
「それじゃあユッケさん、オイチさん、ムリクリさんの順でどうぞ。」
三者が各々充電池を手に取り、マシンにセットしながらチェッカーラインのそばへ集まる。
「ユッケさん、それマジで速いっすね・・・でも、正直MSには負けたくないなぁ。」
「うーん、VSに勝てるかはちとわかんねーけど・・・どうだろね。」
オイチさんの言葉を、ユッケさんはさらっと流した。思うに、オイチさんにはトップを守れるという自信が伺えた。ユッケさんもまた、オイチさんのVSと充分張り合える自信があるように見えた。
「決勝は3セット九周で。それじゃスイッチオン・・・3、2、1、ゴー!」
最初のレーンチェンジでムリクリさんのバックブレーダーが遅れるが、ユッケさんのネオファルコンとオイチさんのSSSがひたすら抜きつ抜かれつを繰り広げる。実質八の字のこのコース、レーンチェンジブリッジを渡らない限り差はつかない。二周目に入ったところで二台はまだぴったり並んでいた。次のレーンチェンジでSSSがブリッジを渡って後退、ムリクリさんのバックブレーダーに一瞬抜かれる。その間にネオファルコンはさらに前へ出て、三周目、いよいよレーンチェンジブリッジに突入する。
「よっし!」
スムーズにクリアし、ユッケさんから声が漏れた。しかし、それでも少なからずロスはある。オイチさんのSSSが横に並び、ほぼ同着で1セット三周を終えた。MCに徹する雅人さんが叫ぶ。
「うわ、この勝負読めない!オイチさんもユッケさんも全く譲らない!」
「同性能かって感じだな、こりゃもつれ込むぞ。」
「・・・いや、直線はオイチ、連続コーナーとバンクはユッケが上に見える気がする。それに、電池消費が少ないのはMSトルクの方だ。」
立ち枯れさんの呟きに、Nコードさんはそう返していた。俺にはその差がさっぱりわからない。しかし、両車はモーターもシャーシも違う。いずれ、どちらかに傾くような気はした。そして2セット六周目を終えたとき、メインストレートをほんのわずかに先行したのは、オイチさんのSSSだった。
「さぁオイチさん前に出ましたよ・・・でもその差はタイヤ一個分!」
しかし八周目の頭では、再び両車がぴたりと並んでいた。ここでSSSがレーンチェンジブリッジを渡り、一旦トップをネオファルコンに譲る。そして九周目のレーンチェンジ、リードするネオファルコンがブリッジを渡る。
「まずい、」
そう呟いたのはオイチさんの方だった。両車がまた一瞬ぴたりと並び、その後の連続コーナーで目まぐるしく順位が入れ替わる。そして最後のコーナーを抜け、メインストレートで先を行くのは・・・、
「勝ったのはユッケさん!ユッケさんがなんとMSで優勝!」
ほんのわずか、それこそタイヤ一個分だが、誰の目にも明らかな差だった。
「オイチさん連続優勝5でストップ!・・・あれ、ユッケさん?」
雅人さんや周囲の盛り上がりに比べ、ユッケさんはマシンをすくい上げた後、ただ棒立ちになっていた。
「いや、今日は行けるんじゃないかとか思ってたけど・・・なんつーか、実感わかないっつーかな。」
「いやぁ、完敗っすよ。充電条件限界だったし。まさかMSがここまでやるとは・・・お見逸れです。」
オイチさんは甲高い声で、レース前と変わらぬ明るい調子で言った。
「うーん、前回あたりから危ない気はしてたんすよね。・・・あ、桁ずいぶん丈夫っすね。」
「そっちのとおんなじじゃね?ローラー周りは基本通りっつか。」
「モーターってトルクですよね?かなり馴らしたんすか?」
「いわゆる普通の馴らしの後は、ただひたすら走らせてさ。」
そのまま、二人は互いのマシンの中身について語らい始めた。
「結城君、賞品のキットは後で好きなの選んでくれな。」
特に形式張った表彰式らしきものもなく、マスターはそれだけ言って店の奥に戻っていった。そして雅人さんから閉会が告げられ、解放されたコースに待ち侘びたジュニアのマシンが投入される。
「へー!カウンターのフローティングまではしてないんすね。」
「カウンターはこれで充分。とにかくペラシャないのがでかいんじゃね?駆動効率いい分だけ速度も伸びてるっつーか。もしかすっと両軸トルク自体が片軸のより性能いいのかもしんねーけど。」
「俺もMSやってみよっかなぁ?」
「お、いいんじゃね?誰かしらやってくんなきゃさ、これで充分なのかまだまだなのか、イマイチわかんないじゃん?」
「やりますやります!来月間に合うかわかんないけど・・・とにかく作りますよ。VSとの違いがどこにあるのか押さえておきたいし。」
ユッケさんとオイチさんはその後も優勝MSの中身を検分し、他のレーサーもそばに寄ってきていた。Nコードさんはそこから一歩離れ、俺の横合いにいた。大会中ずっとユッケさんのそばにいたから、すでに充分見せてもらってるんだろう。
「なんかユッケさん、洗いざらいマシンの中身見せてますね。」
その光景にどことなく違和感を覚えた俺は、おもむろにそう言った。さっきから聞いていると、本当に細かいところまでどうしてるのか、きっちり説明しているのだ。
「説明しただけで全く同じにできるものではないだろう、それはユッケもオイチもわかってるさ。それにだ、常に技術共有すれば、互いに実力が拮抗する。すると一歩抜きん出るため、それぞれがもう一工夫を模索するものだ。ガーデンのレーサー達はそうやって相乗的にレベルを高め合ってきた。あの頃からずっと、な。」
「あの頃?」
その時、不意に輪の方から声が掛かった。
「あ、そうそう!君が依酉君だっけ?そのマシン!うわ懐かしー、ドライブウイングだよね?」
「え?」
オイチさんはそう言いながら、自分のSSSをかざす。そのブルーのクリアキャノピーの奥、バッテリーホルダーには灰色のGPチップが覗けた。
「お揃い!このボディは神楽さん真似て作ったやつだけどさ。GPチップSOG、新宿オフィシャルガーデンのレーサーの証。」
そのGPチップにデュエルエッジの刻印はなく、表記は上部が【SOG RACING】、下部が【SOG0010A】となっていた。
「オイチさんも神楽さんを知ってるんですか?」
「まぁね。俺がこうやってミニ四レーサーやれてるのも、神楽さんの教えあればこそっつーかさ。新宿にコースあった頃はちょうど君ぐらいの歳だったけど、もっと問題外に遅かったな。レースやってもさっぱり勝てないし、ヤんなったもんだよ。でも、神楽さんは言ったよ。人に負けても気にするな、昨日の自分に負けてなけりゃ、それでいい・・・ってね。」
それを聞いて、なぜ壮太がオープン部門に挑んだのかも、なんとなくわかった気がした。それはきっと、勝つためでも負けるためでもないんだろう。
「だから、ちっとは勝てるレーサーになれた・・・あ、今日は負けたけどね。それ、やっぱりぽん組?」
「ええ、まぁ。タイヤ貫通だけですね。」
「俺も神楽さんに教わってるときはぽん組だったな。神楽さん、ぽん組の限界は誰も知らないってよく言ってたっけ。俺は今じゃすっかり井桁にのめり込んでるけど、おんなじことなんだよな。井桁の限界だって、たぶん誰も知らない。少なくとも、俺より上がまだまだワンサカいるのはわかってるしさ。」
オイチさんは自らのマシンに一度目を落とし、それからピットの方へ戻っていった。
「呉羽さんもムリクリも皆、自らのスタンスの中にあって確実にマシンを速くしている。そして今日、ユッケは結果を示した。翔司郎、昨日の自分より速ければそれでいい・・・このコースを9.5秒、まずはそこを目指せ。」
ドライブウイングは確かに速くなってきている。まだやれること、やるべきことも残ってる。だから、もっと先へ行けるはずだ。
「語っちゃってるとこ悪いんだが・・・そういうお前はどうするんだ?」
そう言ったのは立ち枯れさんだった。
「冴ちゃんの忘れ形見が現れたのも何かの兆し、いい頃合いだろう。・・・なぁ、そろそろ戻ってもいいんじゃないのか?」
やはり、Nコードさんは店に来てはいながら、だいぶミニ四駆から遠ざかっているんだろう。Nコードさんはしばし黙った後、呟くように言った。
「そうだな。」
「ん・・・おお!言ったな?頼むぞ古株!」
その一言すら、長く聞かれなかった言葉なのか。待っていたとばかりに、立ち枯れさんは満足そうに笑った。
次回予告
壮「あんまり落ち込むなよなー。」
翔「落ち込むかっての。速度だけならもう壮太には負けてないしな。」
壮「なにおー!?」
奈「あらあら、威勢だけはよろしいことで。」
壮「・・・誰?」
奈「翼駆りこと依酉翔司郎、見つけたわよ!あたしのSSクレイモアと勝負して貰おうかしら?」
翔「何言い出すかと思えば上等だ。ドライブウイングの育ち盛りの速さってやつを見せてやる!」
壮「次回エアーズ、Flag-008【お嬢様Sudden attack!】」
翔「チェッカーラインを見逃すな!」
奈「見逃したって結果は同じよ!」
壮「・・・あれ、それってどっかで聞いたような?」
ユッケ「この話ってフィクションじゃね?だいたいMSトルク小径がそんな速いかって?ま、俺のマシンの速さはモノホンだけどよ!・・・なんてな。」