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mini4新世代エアーズ  作者: 歌頭 坤
7/26

Flag-006【真剣勝負!ツワモノどものFesta】

挿絵(By みてみん)


『この後はギャザロック!チャンネルはそのままみょ!見てくれなきゃデリートす、』

 日曜の朝、俺はトーストを片付けるとテレビを消し、リビングのパソコンに移った。開き掛けのページはミニヨンネット、表示中のメールは初めてフレンドとなったハンドルネームYKこと、ユッケさんからのものだ。

『ガーデン日吉の月例大会、日曜午前十一時からなんでヨロシク♪レギュはコミュの方のカキコミ見てくれな。』

 数日前に届いたメールだ。ミニヨンネット上のガーデン日吉コミュニティにも参加し、詳細は把握済みだ。毎月、第二日曜にいつもの常設コースで大会を開いているらしい。大会経験の少ない俺は少し躊躇いながらも、続く一文で意を決していた。

『壮太に勝てるんならジュニアクラスは脈アリかも?まぁ勝てなくても参加賞あるから損はなし!ぜひぜひ参加してちょーだいヨ。』

 優勝の見込みがあるんなら、というのは無粋だが、とにかく壮太と決着をつけるにはいい機会だ。あいつにはまだ僅差でしか勝ってない。あれから色々と改善を図ったドライブウイングを試すにも、あいつとやり合うのが一番わかりやすい。もう一件、飯を食ってる間にメールが追加されていた。同じく、先週にフレンド申請したI・Oこと、SFMシャーシ使いのイオからだ。申請OKの返事だろう。

『先日は無理にお付き合い戴き、失礼致しました。今後ともどうぞ宜しくお願いします。』

 ・・・このギャップはどうしたことか。口調と文調が違うやつはいるが、代筆かと思うくらいの豹変っぷりだ。あの歳でFM使いの女の子って時点で変わりもんには違いないが、こいつはよっぽどかもしれない。フレンドリストはまだ三人だけ、あとの一人はソータこと壮太だ。

「・・・さて、そろそろだな。」

 十時を過ぎている。荷物はもうまとめてある。大会の勝手も分からないから、そろそろ行った方がいいだろう。




 ガーデン日吉に入ると、左手庭側のスライドドアは全てオープンにされていた。コース周辺や店内のカウンターには数名の先客が見える。

「おはようございます。」

「お、依酉君か。来てくれたのかい。・・・マサト、参加者だぞ。」

 マスターはすぐそばのカウンター席にいる、学ランの少年に声を掛けた。少年、といっても俺より背が高く、歳も少し上に見える。大判のホワイトボードを抱え、マジックで何か書き込んでいるところだった。

「トーナメント表、出来たよ。んじゃ、君はこれを引いてくれ。」

 彼は缶に突っ込まれたアイスの棒芯の束を、にこやかに差し出してきた。言われるままにそこから一本引く。

「十七番だね。本番前に若い番号から順に、このトーナメント表の左端から並べてくんだ。対戦相手は大会開始までのお楽しみってこと。・・・翼駆り君だろ?こないだうちのコミュに入った。」

「はい、そうです。」

 やはり、彼もここの常連なんだろう。

「ユッケさんから聞いてるよ、期待のジュニアだってね。僕は貫立雅人、今日の当番は僕とユッケさんなんだ。よろしく。」

「当番?」

「月例大会の午前、ジュニアクラスの切り盛りと、コースの整備だよ。常連が毎回交代でやってるんだ。」

 そこで、マスターは思い出したように言った。

「・・・ん、そういや結城君はどうした?」

「ユッケさんなら、養生テープ切らしたんで百均に買いに・・・あ、戻ってきたかな。」

「マスターこんちわ~。」

 店の入り口から入ってきたのは壮太とユッケさんだった。

「お!翔司郎ことヨックじゃないの、来てくれたじゃん?」

「ツバサガリ、じゃないんですか?」

「え、そうなの?」

 何の話か俺が気づくより先に、雅人さんが即応していた。実のところ俺のハンドルネーム、ゴロが悪いのは自覚してる。

「んまぁ、それはどっちでも・・・。」

「よぉし、んじゃあヨックはさっさとマシンの準備。壮太はクジ引いてから準備だ。十一時きっかりに始めっからな・・・って、実はさ、あんま時間ないんじゃね?」

「はい、あるってほどないですよ。なのでユッケさんはコース整備よろしく。」

 ユッケさんは養生テープを手に、庭のコースへ向かう。ここに限らず、コースのフェンス継ぎ目は養生テープを貼って補強するのが普通だ。一方、壮太が引いたクジの番号は、

「いっちばんゲット!」

「はいはい、レースでもその番号目指して頑張ってくれな。」

 壮太の後に参加者はなく、これでジュニアクラスのトーナメントは決まったようだ。総勢七人、一回戦が三組、二回戦が一組でそれが決勝になる。壮太は一番左端、俺は右端から二人目。

「翔司郎と当たるとしたら決勝だな。気が利くだろ!でも、先に負けんなよ?」

「お前も飛ぶなよ。」

 壮太はカウンターの一席でバッグを開き、充電池と充電器を取り出すと、それを店の奥の空いているコンセントに差しに行った。

「コミュでレギュレーションはチェックしといてくれたかい?」

「はい、大丈夫です。」

「モーターはチューン系限定。あとは公認競技会規定に則る、だ。電池は毎レース交換OK、そんなとこかな。」

 ところで、雅人さんのものと思われる傍らのスクールバッグは閉じたままで、マシンを準備しているように見えない。首元のピンには中の文字、確かこの辺りの公立中の制服だったはずだ。

「あの・・・雅人さんの準備は?」

「僕?ああ、いいんだ。僕のマシンでジュニアなんか出たら、ヒンシュク買うからね。」




 俺は壮太の隣のカウンター席に荷物を広げた。マシンのメンテは済ましてあるから、あとは電池を充電するだけだ。

「1000mAじゃん。それ、買ったんだな。」

「ああ、今日はこいつで行く。」

 この間壮太に借りた、軽量な1000mAニッケル水素充電池、俺もこいつを四本手に入れていた。充電の前に、俺はふと気になることを思い出し、その電池をマシンへセットした。

「お、すんなり入った・・・いいな、これ。」

 いつもより手応えが軽い。それから、電池脇に収まるプロペラシャフトを爪先で前後にずらし、適度なクリアランスがあるのを確認する。アルカリより大きめなニッケル水素を押し込むと、シャーシが若干前後に広がってこのクリアランスが詰まることがある。が、これなら許容範囲だろう。

「2000mAよりちっと小さめだからさ、収まりいいんだ。」

 また、新装備として角度調整プレートも導入した。俺は傾斜1°のチップを、フロントローラーがより下向きになるように取り付けた。これで幾分、安定性が上がるはずだ。前にコースアウトしてるし、電池の分で若干速度は上がるだろうから、ここは安全を見ることにした。壮太はターミナル磨きに取りかかっていた。あいつが使ってるこの磨き布も探したが、身近では見当たらなかった。壮太は自分のマシンのメンテに取りかかりながらも、さりげなく俺のマシンをチェックしていた。

「セッティングも少し変えてんだな。ま、オレのエスペランサもぜっこーちょーだし、こないだみたいには行かないぜ。・・・今日こそ、あいつにも勝たねぇとなんないしな。」

 壮太がそう言うのを聞いて、俺はカウンターや庭でマシンを弄る、他のジュニアレーサーを見回した。ぱっと見る限り、プラスチックローラーを使ってたり、無駄なFRPプレートやリヤブレーキが付いてたりと、とてもチューン系モーターで速く走れるとは思えないマシンがちらほら。

「あいつって・・・お前が勝てないような奴がいるってのか?」

 少し意外だった。チューン系で俺のドライブウイングより速いマシンを持つジュニアレーサーなんて、そうそう会った試しがない。そんなに方々で走らせてるわけじゃないから、単に会わなかっただけかもしれないが・・・それにしても、比較的速い部類のはずだ。そのドライブウイングと同等か、あるいはそれ以上の速さを見せる壮太のエスペランサは、少なくともガーデン日吉でもトップクラスだと思ってたんだが。

「庭のテーブルでムカデさん・・・あの親父さんと座ってるヤツ、久一ってんだ。一回戦は二組目だから、やり合うとしたら決勝だけどな。」

 小柄な少年、壮太より年下だろう。無愛想な顔で、さっきからマシンではなく携帯ゲーム機を弄っている。彼の前、テーブルに置かれたマシンはリバティーエンペラー。肉抜きされたキャノピーに水色のメッシュが張られた、軽そうなボディだ。そして高性能と噂される白いVSシャーシに、ローラーは全て830ベアリング。パーツやセッティングは俺のドライブウイングとほぼ同等、なるほど速そうなマシンだ。しかし・・・それは本当に彼のマシンなんだろうか?マシンを放ってゲームに夢中な久一の前で、彼の親父さんは黙々と自分のマシンのメンテに励んでいた。




「コース整備で疲れたわ。MCはカンダチメに任せるわ。」

「じゃ、ユッケさんはそっちでコースアウトマシン拾ってくださいよ。」

 貫立だから、そういうあだ名かHNか?それにしても、雅人さんはやはりジュニアクラスには参加しないらしい。中学生なら俺同様、参加資格はあるはずなのに。

「・・・ではでは、ジュニア一回戦は2セット六周で。壮太、ヤス君、昇平君、マシンに電池入れてこちらへどうぞ。」

 雅人さんのMCで、ジュニアクラスは何となく始まった。形式張ってないというか、適当というか、よく言えば気軽なノリというか。大会とはいっても、店舗大会だとこんな感じなんだろう。一回戦一組目は壮太含む三人。壮太は充電器から外したての電池をマシンにセットしていた。

「それじゃあスイッチオン・・・3、2、1、ゴー!」

 コースレイアウトは以前と同じだ。長い直線のあとコーナー、ウェーブ、コーナーと折り返してから、レーンチェンジセクションを通過。それからまたコーナーを折り返し、バンクを上って降りて、長い連続コーナーを抜けてスタートへ戻る。クジの番号順にイン側から並ぶらしく、壮太のエスペランサはインレーンスタート。ミッドレーンに移って二周目に入ったとき、二位に対しすでにストレート一枚分のリードを広げていた。そのままレースは進み、三周目、エスペランサが鬼門のレーンチェンジブリッジに差し掛かる。

「おっさまれ・・・よっしゃ!」

 エスペランサがなんとかレーンチェンジをクリアすると、壮太は指をパチンと鳴らした。それから四周目、五周目、六周目と展開は変わらず、最後にもう一度壮太のエスペランサがレーンチェンジブリッジに入る。多少電池が落ちたせいか、今度は危なげなくクリアし、そのままゴールしていた。

「はーい壮太勝ち上がり、と。・・・じゃあお次は二組目、陽介君と久一君だね。」

 壮太曰く要注意人物の久一は、呼ばれてようやくゲーム機を置き、自分のマシン、とおぼしきリバティエンペラーを手に取る。さすがに電池は追い充電していたようで、それをマシンにセットしていた。終始、無愛想なまま。

「じゃ、始めるよー。・・・3、2、1、ゴー!」

 久一のリバティエンペラーはミッドレーンスタート。しかし最初のコーナーを曲がったところで、インレーンの相手マシンをすでにリードしていた。見た目の速さとしては壮太のマシンと変わらないくらいだ。二周目でレーンチェンジブリッジを危なげなくクリアしたところで、勝負はもう見えていた。ふと久一の顔に目をやると、その表情はどことなく得意げそうに見えた。




「勝ったのは翔司郎!・・・残念だったねぇ、マサ君。」

 小学生相手に気が引ける・・・なんて思ってスタートした三組目のレースだったが、対戦したマシンはただのプラローラーとか使ってる割に思ったほど遅くなかった。六周二十秒くらいのところで、一秒ちょいの差か。相手の子は雅人さんにマシンを見せて、何かアドバイスを貰っていた。たぶん、お金もパーツもないなりに速くする方法を、常連の彼らが普段から教えているんだろう。

「それじゃあ一回戦勝ち抜いた三人で、十五分後に決勝、始めようか。」

 十五分、おそらく追い充電を見込んだ待ち時間だ。俺はポケットで暖めていたもう一組の1000mAニッケル水素を充電するため、店内に戻った。庭とを隔てるスライドドアは店奥側の半面が閉まっていて、その裏側にコンセントがある。ドアが閉まってる分、店内はさっきより暖かかった。コンセントには先客あり、ちょうど壮太も充電を始めるところだった。

「よっし。順調に翔司郎も勝ち残ったし、こりゃ面白い決勝になるな。」

「ああ。レーンチェンジも何とかなってる、とことん付き合ってやるさ。」

 それからもう一度ターミナルを磨くため、自分のバッグを置いたカウンター席へ戻ろうとした時、ちょうど店の外から体格のいい、朗らかそうなおじさんが入ってきた。久一の親父、ムカデさんだ。

「へぇ、それTZXだったのか・・・今のレース外から見てたけど、君なかなか速かったねぇ。依酉君だろ?」

「はい。えーと、」

「矢島か、ハンドルネームだとオオムカデクジラなんだけどまぁどっちでも呼びやすい方で。マスターから聞いてるよ。壮太君とタメ張れるとか。今日辺り、君らが勝ってくれるとなぁ・・・決勝、頑張ってくれよ。」

「はい・・・。」

 それから、ムカデさんは庭のテーブルに戻っていった。

「怪訝な顔だな。応援される立場にない、か?」

「Nコードさん・・・?」

 店内に目を戻すと、いつの間にかNコードさんがいた。ちょうど今、店に入ってきたらしい。

「久一くんの親父さん、なんですよね?」

「敵に塩を送ったわけじゃなく、本心だろうな・・・。」

 ムカデさんの気になるニュアンス、それに俺が引っかかってるのがNコードさんにはわかってたようだが、その本心ってのは一体・・・。そしてもう一つ気になることがある。それは、

「あの、久一君のマシンって、」

「もちろん、彼自身が組んだものだ。ムカデさんは口は出しても手は出さない、そういう人だ。彼もまた第二次ブームの生き残り、その終焉をよく知っている。」

 親の作ったマシンを走らせるだけで、主体性のないレーサー・・・小学生だとよくある話だ。その蔓延が第二次ブームの幕引きになったという話も聞く。実際、俺もそういう奴はよく見かけてる。当時も今も・・・むしろ、プラモデルとか手を掛けて作るようなモンは、最近の子ほど自分じゃやらないらしい。ただ、Nコードさんの言うことは何となく納得できた。確かに久一はあのリバティエンペラーの扱い方を知っている、そんな風に思えた。マシンを走らせる時や止める時、電池を出し入れする時の手付きは慣れていた。ホントにわかってない、あるいは興味がない子なら、親に仕込まれたってもっとテキトーに扱う気がする。

「久一には技術も知識も少なからずある。だが、すっかり甘んじてそれを磨こうとはしていない・・・だからだろうな、火が消えたように見えるのは。彼に火を付けることが出来るとすれば、君らのようなレーサーかもしれない。そう思っているのだろう、ムカデさんは。そして、私もな。」

 庭のテーブルでまたゲーム機を弄る久一、店内のカウンター席で最終メンテに専念する壮太。このドア越しの戦いの勝者は・・・。

挿絵(By みてみん)




「それじゃあ決勝、行ってみようか。・・・ユッケさん、いいですか?」

「いいんじゃね?・・・あいやすまん、ちょいと手が。よし、OKOK。」

 自分の出番に向けてか、ユッケさんはマシンの調整に掛かりきりな様子だった。久一と壮太がマシンを手に席を立った。俺も電池を取りにコンセントへ向かう。

「・・・ん?」

 さっき一回戦で追い充電したときに比べると、やけに電池があったかい気がする。ということは・・・ちょっと気になるものの、これで走るしかない。俺はドライブウイングに電池を押し込みながらコースに向かう。スタートレーンはトーナメント表の番号順に従い、インが壮太、ミッドが久一、アウトが俺だ。スイッチを入れ、マシンをチェッカーラインに沿える。

「決勝は3セット九周だよ。それじゃあ・・・3、2、1、ゴー!」

 俺のドライブウイングがわずかながら前に出てるが、ほぼ横並びのスタートだ。最初のコーナーを曲がり、まずドライブウイングがレーンチェンジブリッジをクリアし、イン側へ移る。スタート早々、速度が乗り切らないうちだから今のレーンチェンジはさほど心配してなかった。このコースのアウトレーンスタートはその点で有利だ。やがて一周して戻ってくると、久一のリバティエンペラー、壮太のエスペランサ、ドライウブイングの順でチェッカーラインを過ぎる。その差は一台分もないくらいだ。そして次のコーナーでドライブウイングがインから前に出る。久一のエンペラーはレーンチェンジブリッジを危なげなくクリアしたが、着地に生じる若干のロスで後退する。代わってエスペランサがバンクで迫ってきて、一瞬ドライブウイングより前に出る。が、その後の連続コーナーでイン側のドライブウイングが再び抜き返し、二周目を終える。

「くっそもうちょいで・・・つか翔司郎の、はえーな。」

「まぁ・・・な。」

 確かに、電池が軽くなったおかげかバンク登りもスムーズなんだが・・・それにしても、一回戦に増して快調な気がする。やはり、電池の温度が高いからだろう。本来なら素直に喜んでいい話だが、俺には心の隅で何か引っかかるものがあった。その漠然とした不安がなんなのか思い当たることなくレースは進む。三周目のレーンチェンジを壮太のエスペランサがクリアすると、着地ロスの隙に久一のエンペラーが前に。しかしバンクをインで回るドライブウイングが依然トップを守り、三周目、一セットを終えた段階でマシン二台分程度のリードを保っていた。そして四周目のストレートを過ぎ、ウェーブセクションを抜け、再びドライブウイングはレーンチェンジブリッジへ・・・。

「・・・まさか!」

 と不安の種に俺が思い当たった時はすでに遅し、それは現実のものになっていた。妙に速度が乗ったせいか、ドライブウイングはレーンチェンジの頂点でフェンスを乗り越えそうな位置まで持ち上がり、着地後のコーナーまでにレーン内に身を沈めることが出来ず、転がるようにコース外へ。

「翔司郎!・・・っちゃー、一抜けかよ。」

 俺はさっとコースを跨ぎ、マシンの方へ向かう。ドライブウイングはユッケさんが拾い、スイッチも切ってくれていた。

「速度乗り過ぎ?つか、さっきよりなんか速くね?」

 ユッケさんの目から見てもそうなら、そうなんだろう。

「一回戦の時より電池が暖かいのが気になってるんですが。」

「あー、店の中で充電してたから熱持ったとかじゃね?あんだけ閉めてると結構あったかいんじゃね?外よか。」

「え・・・変わります?」

「周りの気温高いと充電条件一緒でも熱、持ちやすくなるね。」

 今まであまり意識したことがなかった。追い充電後の温度が毎度まちまちなのは、電池の状態によるもんだとばかり思ってた。が、卸し立てで状態がほとんど一緒の電池でこの差が出るんだから、ユッケさんの言うことには頷けた。

「もう少しだ、エスペランサ!」

 その声に気づいてふとコースに目を戻すと、壮太のエスペランサが九周目、おそらく最後のレーンチェンジブリッジをクリアした直後だった。エスペランサはわずかにリードしてるが、エンペラーとの差はわずかだ。右回りのバンクでイン側のエンペラーが並んでくる。しかしバンクを降り、最後の左回りのコーナーでイン側を行くエスペランサが一歩前に出る。そして二台がチェッカーラインを過ぎるや否や、壮太が甲高く指をパチンと鳴らした。

「よっしゃー!」

「トップは壮太!初優勝だね、おめでとう。」

 片や久一のほうはというと、明らかに不機嫌そうに見えた。負けるとは思ってなかったのか、かすかな驚きも伺えた。久一は庭のテーブルに戻ると、マシンをレーサーズボックスの中に放り込んだ。それを見咎めてか、ムカデさんは今までに比べ随分低いトーンで言った。

「おまえのせいで負けたんだ、マシンが可哀想だ。」

 久一は少し黙った後、ぽそりと呟くように言った。

「・・・もう帰る。」

「お父さんは帰らないよ。」

「帰る!」

「じゃあ一人で帰りなさい。」

 ムカデさんにきっぱり言われ、久一は一瞬棒立ち、それからゲーム機、レーサーズボックスをそそくさと片付け始めた。壮太はマシンの状態をチェックしながらコースを跨ぎ、店内のカウンター席に戻るところだった。そうしながら、独り言のように言う。

「でもまだまだだよなぁ。久一には今までさんざん負けてるし、こんな接戦じゃまぐれ感あるし・・・貸しを取り戻したって感じしねーな。」

 荷物をまとめて店を出ようとする久一に聞く素振りはない。が、すれ違い際に壮太は構わず続けて言った。いつもの明るい調子で。

挿絵(By みてみん)

「そのマシン、ホントはもっと速かったろ。次は本気で来いよ。」

 久一は無言のまま、店を出ていった。俺は隣で庭の壁にもたれ、一部始終を見ていたはずのNコードさんに小声で訪ねた。

「来月も・・・来るんでしょうか?」

「彼次第だろう、結局は。実力だけじゃない、自分自身で本気になれるかどうか・・・それもまた壁ということだな。」

 Nコードさんは視線をコースへ逸らしたまま、呟く。それを聞いた俺は小学生の時、多くの友達がミニ四駆から離れ、ゲームやら他のブームに流れていったのを、なんとなしに思い起こしていた。第二次ブームが終わった、あの頃のことを。

「・・・家まで三十分くらい掛かるんじゃないですか?」

「前にも一人で帰ったことあるからいいよ。」

 雅人さんが心配そうに言ったが、ムカデさんは普段のやんわりとした口調で返していた。マスターが店奥から段ボールを抱えて出てきたのは、そのすぐ後だ。

「参加賞のスポンジタイヤ・・・あれ?じゃあ久一君の分は矢島さん、預かっといてください。で、優勝した壮太にはキット一台!・・・限定品以外な。」

「やりぃ!じゃあネロで。アバンテMk-Ⅲね。」

 俺が貰ったのは黄色いレストンスポンジタイヤ。普段全く使うことがないパーツだが、この色は限定品、貰って損はない・・・はず。そんな俺の複雑な心境を察してか、雅人さんが声を掛けてくれた。

「賞品は二、三ヶ月に一回くらい、メーカーが送ってくれるんだよ。そのタイヤは先月の残りかな。優勝賞品として限定ボディとか届く時もあるんだけど、そういうのがない月は店長から一品ってわけさ。翔司郎も、来月は頑張ってくれよ。」

「にしても翔司郎さー、あの土壇場でコースアウトってなんだよ。わりかし速かったのにさ・・・これじゃホントに勝てたかわかんねーじゃん。」

 賞品を手にした壮太は納得いかなそうに突っかかってきた。確かに、仮にコースアウトしなければどうなったかわからない展開だったが。

「・・・いや、おまえの勝ちに変わりないさ。」

「んーなんかシャクゼンとしないなー。」

 その時、店のドアが開き、ぞろぞろと新しい客が入ってきた。大人ばかり、四人くらい。

「お、マックで一服組のご到着だね。」

 雅人さんは店内カウンターに置いた自分のバッグに歩み寄り、その中身をここに来てやっと、開き始める。そして取り出されたマシンは、バンパーからタイヤに至るまで徹底的に加工された、通称井桁マシンと呼ばれるものだった。そして続々と店内に陣を張る新たな客の面々、彼らもまた同様の井桁マシンの他、ラジコン用充電器といったいかにも専門的な装備を広げ始める。

「さ、僕らの祭りはここからだ。」






次回予告


翔「な、なんだよその目は。」

壮「マジでないよなー、自滅とか。」

翔「お前が言うかよ?それ。・・・で、午後は年齢制限なしのオープンクラスか。小径タイヤのチューンモーター縛りって、またマニアックなレギュだな。」

壮「一応オレらも参加できるぜ、大径タイヤOKのハンデ付きで・・・勝ち目ないけどな。」

翔「は?どんだけ速いんだよ・・・つか、皆さんマシンが別物過ぎ。徹底加工のVSシャーシにレブチューンって、相当マジだな。」

壮「そんな中でユッケさんはMSシャーシで挑戦、モーターはもちろんトルク!」

翔「え、トルク?小径だとさすがに回転数で負けるんじゃ・・・。」

壮「ところがどっこい、見て驚け?次回エアーズ、Flag007【Myレギュレーションを抱いて・・・】」

翔「チェッカーラインを見逃すな!」




マスター「この物語はいわゆるフィクションってやつだ。え、ガーデン日吉はどこにあるかって?だからフィクションなんだって。コース置いてる店はネットで調べてくれな。」

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