Flag-005【双剣の一振り】
ミニ四レーサー、イオ・・・そう名乗ったSFMシャーシ使いの女の子に無様に敗れた俺と壮太は、黙々と歩くその子に続いて【ミニ四駆キャラバン2008】の会場デパートを後にした。そうして、最寄り駅の改札まで来た。先に口を開いたのは壮太だった。
「げ、やっぱ電車?どこの駅?」
「自由が丘。切符はある?」
「ホッ、それなら帰り道だからオッケー。」
「何なら足代くらい出すけど、」
俺の財布も予期せぬ電車賃を無視するほど裕福じゃないが、小学生に出させるほど寂しくはない。
「いや、俺も問題ない。気にするな。」
誘ったからには足代は出す、もっともなようでいて、そんなことをさらっと言えるこの子はホントに小学生なんだろうか?俺より年下なのは間違いないが。ホームへのエスカレーターを上がりながら、壮太は思い出したように言った。
「あ、だけど途中下車だからちょっと余計に金かかるな・・・スポンサー様に事情をご説明しないと、だな。」
「スポンサーって?」
「オレの姉ちゃん。四駆の経費はパーツ代、足代もろもろ姉ちゃんに特別予算組まれてるからさ。」
覚えがある。以前公認大会で対戦した二次予選の後、壮太とああだこうだ言い合ってるのを見た気がする。
「ああ、あの上野の大会で迎えに来た高校生か。臨時収入の出所は親父さんとかじゃないんだな。」
「うちには、そういう都合いいのはいないんだよ。」
「・・・そか。」
バイト代の一部で弟に小遣い・・・兄弟姉妹のいない俺にはわからないが、壮太の家はそうなんだろう。
「まだこの時間なら五時半には帰れそうだし。帰りと逆方面じゃなくてよかったぜ。」
「門限もあるのか?」
「中学生だとないのか?」
「・・・いや、明確でないがないことはないな。」
電車に乗ってしまうと、壮太とだけ喋くってるのもハブってるようで気まずい。依然多くを語らないイオに、俺から声を掛けた。
「少し、聞いてもいいか?おまえのあのガンブラスターが付けてたチップのマーク、あれは・・・。」
俺が言いかける間に、イオはリュックからマシンの入った専用ケースを取り出す。これも俺たちのと全く同じ物、そして黄色いデュエルエッジがはっきりと施されている。そこから取り出されたガンブラスターのボディは、外枠を残して大胆に肉抜きされ、キャノピー部分は俺や壮太のマシンと同じようにクリアファイルで塞がれていた。
「もう十年近く前、かつてメーカー公認大会がジャパンカップと呼ばれていた頃だ。ミニ四レーサー神楽冴は、剣の名を冠した二台のフルカウルマシンで、二つの公認大会を制した。故に彼女は、双剣の神楽と呼ばれていた。・・・その双剣の片割れがこいつ、GBファルシオン。」
フルカウルマシンとは、前後輪の上にカウルを被せたデザインのボディを指す。そのスタイル故、カウルが邪魔で大抵のマシンが小径タイヤしか履けないのだが、イオのガンブラスターは大径タイヤを履いている。熱加工などでカウルを持ち上げているんだろう。また、セッティングパーツの邪魔にならないよう、節々が切り詰められた形跡もある。フルカウル系ボディは、総じて重たい、ボディがタイヤやパーツの邪魔になるといったウィークポイントから、実戦向きでないと言い切る人もいる。このファルシオンは、元々のガンブラスターの輪郭を残しつつ、そうした難点を解消しようとしたものなんだろう。
「でも、神楽冴が駆る最強のマシンとされたのは、あんたの持つBBGドライブウイングだ。・・・元の主の手を放れ、新たな継ぎ手に渡った今、どっちがより進化したか確かめたい。」
「なるほどな・・・そういうことなら、こっちこそよろしく頼む。」
イオにはそのファルシオンを、神楽さんから受け継いだときより確実に速くしたという自信が伺えた。俺も確かめてみたい、ドライブウイングはちゃんと進化していると言えるのかどうか。そしてこれは俺にとって、とうとう勝てなかった神楽さんへのリベンジみたいなものにも思えた。
「ここだ。」
自由が丘から少し歩いた住宅街の中に、その模型店はあった。ヤクモ文具模型、来るのは初めてだが、ここも兼ねてからミニヨンネットで調べ、目星を付けていた店だ。年季の入った店の中は、文具半分、模型半分で、ミニ四駆関連の商品は特にレジの側に固められていた。レジ下のガラスケースには、タイヤやホイールのみといったバラ売りの予備部品や、830ベアリングローラーのようなメーカー特約店しか扱わないパーツも並んでいる。店の奥には、六十代から七十代くらいと見える老婦人が三人、まったり茶をすすっていた。
「おばさん、こんにちわ。」
「ああいらっしゃい。イオちゃん、今日は珍しくお友達連れかい?」
「コース、貸ります。あと、延長コードも。・・・ここに名前を書いて、帰るときは横線引いて消してくれ。」
「ん、ああ。」
レジ脇には名簿帳があり、今日の来客と思われる名前が四人ほど書かれていた。いずれも今は横線が引かれている。イオはそこに【I・O】と書くと、それから延長コードを引っ掴んで店を出ていった。続いて俺は名簿帳に、【イトリ】と書こうとしてふと思い止まり、【翼駆り】と書く。あまり有効活用していないコミュニティサイト、ミニヨンネットのハンドルネームだ。壮太は【ソータ】とだけ書いていた。
店の脇に軽自動車なら二台入るくらいのガレージスペースがあり、コースはそこに設置されている。狭いスペースで総延長を稼ぐためか、コースは立体的に入り組んでいた。といっても、いわゆる立体コースのように、テーブルトップのようなジャンプポイントがあるわけじゃなさそうだ。コーナーを回りながら上り、下りはストレート三枚で傾斜を付けた緩やかなスロープだから、飛び出す心配はないだろう。高低差のあるフラットコース、といったところだろうか。手前脇にテーブルとイス四つがあり、イオはそこにリュックを下ろし、ガレージの壁際から延長コードを引っ張っていた。
「充電器はある?」
「一応持ってる。・・・壮太は?」
「ああ、突っ込んできてよかったぜ。」
三人とも取り出したのは白い単三型四本充電器、同じ物だった。俺が使うニッケル水素充電池とセットで売ってる物で、比較的安価なこともあって、どこでもよく見かける。両端の端子に充電池を二本だけセットすると、ほぼ倍の高電流で急速充電することが出来る。追い充電の場合は電流が高いほど出力が上がる、なんて話もあり、真偽はともかく大抵は二本で追い充電する。
「メンテと充電含め、二十分後に始めよう・・・それで行ける?」
「いつでもいいぜ!」
「・・・練習走行は、いいのか?」
壮太は即答したが、イオは確認するように俺に訊ね返してきた。俺は改めてレーンチェンジ直前のレイアウトを確認する。ウェーブ三枚とバンクの後なら、そこそこ速度が落ちるはずだから、コースアウトの心配はあまりないと見た。
「んー、大丈夫だろう。」
「そう。・・・ところでさ、君は別にお呼びでないんだけど?」
イオは誰を指すでもなく言ったが、それが壮太のことなのは明らかだった。言われた本人も一瞬後、それに気づく。
「・・・オレ?オイオイ、ここまで来てそりゃないだろ。」
「君と決着を付け直すのもいいけど、まずはそいつのドライブウイングと差しで勝負したい。」
イオは鼻から、あくまでも俺のドライブウイングにしか用がないといった風だった。しかし、壮太は食い下がる。
「まぁそう言わずにさぁ。いいじゃんか、レーンは三つあるんだし!オレはあんたにも翔司郎にもさっきの貸しあるし、この際まとめて決着付けさせろよ、な?」
「・・・ま、いいけど。」
そう言うとイオはポケットから充電池二本を取り出し、それを充電器の両端にセットした。壮太が使ってるのと同じ銘柄、軽量な1000mAのニッケル水素充電池だ。それを見て、いささか不安を感じた俺は壮太に言った。
「なぁ壮太、その充電電池、もう二本持ってないか?」
大抵のレーサーは予備として、あるいは交互に追い充電して使うため、同じ電池を二組、あるいはそれ以上持っている。お金なさそうな壮太にそんな備えがあるかわからなかったが、聞いてみて正解だった。
「あるぜ。コレ、使ってみるか?」
「いいか?」
「なぁに、さっきのアルカリの借りだ。遠慮いらないぜ。」
改めて手にすると、確かに軽い。手持ちの、重たいながら持ちのいい2000mAも捨てがたいが、ここは二人に合わせておくのが無難だろう。前日に充電したもんだから、充電完了まで十五分くらいはたっぷりかかるはずだ。俺も壮太も早速充電を始めた。
テーブルに腰を下ろし、俺とイオはマシンをバラしてターミナル磨きに取り掛かった。一方、壮太はフロントローラーを取り外していた。
「あんま時間ないのにセッティング変更か?」
「ちょいとスラスト弄ってる。5レーン向けで思いっきりスラスト角減らしてたから、このままじゃレーンチェンジたぶん入んない。」
壮太はフロントローラー付け根に角度調整プレートという、厚みに傾斜のある小さな赤いチップを取り付けていた。通常だと下向き勾配になるフロントローラーが平行に近づくようにして、安定性と引き替えにフェンスとの抵抗を減らすことができる。
「お前、細かいことしてんだな。やっぱ、スラスト減らすと速くなるか?」
「そりゃそうだろ。9mmベアリングは壁の食い付きいいからさ、普段3レーンの時でも1°は減らしてんだよ。」
壮太は傾斜3°のチップを1°のチップに変更し、本来のバンパーの角度に近づけるつもりのようだ。俺は自分のマシンにも採用すべきかふと考えたが、例の軽量充電池が安定性を損なうことも考えられたため、今日は見送ることにした。そう思いながら、俺はイオのマシンがどうしているかも気になった。フロントバンパーと後付の追加バンパーの隙間には、やはり赤いチップが見える。速度の上がりにくいSFMシャーシなら、なおさらこういう調整も必要なんだろう。
「その駆動系、まさかぽん組みか?」
イオのマシンの内部に目を移すと、ギヤにもシャーシにも加工の形跡は見られなかった。SFMシャーシ最大の弱点とされる太いプロペラシャフトは、本格的な改造マシンなら両端軸受けをベアリングにするというが、それもない。
「ギヤは見ての通り何の加工もしてないけど、シャーシの方は慣らしや微調整を施してる。・・・こいつは興味本位で組んだだけの、そこいらのFMとは訳が違う。」
「大した自信だな。そのリヤローラー周りも随分変わってるな。・・・囲いってやつか?」
フロントローラー下端からリヤローラー下端までを真っ直ぐなFRPで繋ぎ、マシンを四角く囲ってしまうのが囲いというセッティングだ。ジャンプ着地時に車体のフェンス引っ掛かりを防ぐのが狙いとされ、立体コース向けのマシンで一時期流行っていた装備だ。
「そんな無粋な物と一緒にしないでほしいね。これは一点支持リヤステーの強度不足を補うために編み出した、リヤサイドガードだ。」
「無粋ってこたないだろ。・・・ま、確かに別物みたいだけどな。」
イオのマシンの場合は後輪を囲むように、サイドステーとリヤステーがFRPで連結されている。両サイドとリヤステーの根本、計三点で固定されるから、確かに強度は上がるだろう。リヤローラーはそのガードの途中、後輪のすぐ横合いにある。・・・どことなく見慣れたポジションだ。
「つか、よく見るとFRPプレートの組み方、俺のマシンとほとんど同じなんだな。」
イオのリヤサイドガードは、俺のマシンの特徴的なリヤバンパー、カウンターブレードと基本は同じで、それをさらに拡張してサイドステーにつないだものだった。その横幅と合わせるためか、フロントバンパーの組み方も俺のとほぼ一緒だ。
「奇遇だったね。あたしも自分のマシン以外では初めて見たよ。神楽冴はそういう特殊なプレートの使い方を常套手段にしていた。その名残が、お互い現れたのかもね。」
そういえば最初にドライブウイングを手にしたときも、使ってるパーツは違うがシルエットはこんなだった。きっとイオのファルシオンも、元は遠からず似たセッティングだったんだろう。
「神楽冴が最初に育てたマシン、かつ最強を誇ったとされるドライブウイングは、新技術導入の実験機でもあった。そのノウハウをフィードバックして作り込まれたのがこのファルシオン、それをあたしの手でさらに改良して行き着いたのが、今の形だ。」
「そもそも兄弟機、後は使い手の腕次第ってことか。」
「そういうこと。」
それにしても、イオは神楽さんをよく知っているという口振りだ。やはり面識があるのだろうか。俺のようにどこかでファルシオンを託されたのか。あるいは・・・。
「さぁて、お次はターミナルかなっと。」
フロントローラーの角度調整を終え、壮太はボディを外してターミナル磨きに移った。イオはその時になって、MSシャーシのど真ん中に据え付けられたアレにやっと気づいたらしい。
「待て、そのGPチップ、まさか・・・、」
「ん、オレのGPチップがどうかしたか?」
イオはさっきまでさほど興味を示さなかった壮太のマシンを、食い入るように見入っていた。
「神楽冴の2002年製、四番目の愛車?アストロブーメランベースのデュエルエッジ・・・まさか、エクスカリバーか?いや、あれは完成しなかったはず。それに、なんでMSシャーシに・・・?」
イオはエスペランサのGPチップの刻印、【KS02-04A】の意味を確かに読み取っていた。あのNコードさんのように。
「物知りさんだな。そこまで神楽さんに詳しいお前は、何者なんだ?」
「・・・。」
イオが口をつぐむ間に、壮太が言った。
「こいつの名前はエスペランサ、正真正銘オレのマシンだ。昔誰が使ってたか知らないけどさ。そのFMマシンだって、あんたの手で速くなったんだろ?」
「・・・その通り。速さを決めるのはあくまでミニ四レーサー自身、あたしが確かめたいのもそこだ。」
壮太ははっきり、エスペランサを自分のマシンと言い切った。イオもそうだ。俺のドライブウイングも、神楽さんが使っていた頃とはセッティングからして幾分違う。少なくとも、今のこいつは俺のマシンに違いないと、今更ながら思えた。
「・・・ところで、こっちはアトミを使わせてもらうけど、君はトルクでいいのか?」
イオは含みがあるような聞き方をした。大径タイヤなら十分なパワーとそこそこの回転数を誇るアトミックチューンモーター、これは相性の上でお決まりみたいな組み合わせだ。しかし、壮太はパワー同等だが回転数で劣るトルクチューンを常に使っている。
「両軸モーターのアトミはカーボンブラシだから成長しないし。やっぱトルクでしょ。」
「カーボンブラシ?チューン系なのに銅ブラシじゃないのか?」
俺は思わず聞き返す。普通、チューン系モーターは銅ブラシ、だから使い込めばブラシが削れてコミュテータとの接触面積が増し、通電が良くなる。MSシャーシ用の両軸モーターは違うのか?
「両軸アトミの端子見ると色が銅じゃないじゃん。レブもそうさ。両軸のチューン系で普通の銅ブラシ使ってるの、トルクだけだぜ。だから普段使い込んで成長させるんなら、こいつ一択。・・・え、知らない?」
「いや、知ってる。よくわかってるね。」
イオはあっさりと返す。初めから壮太を試すつもりで聞いたんだろう。
「なんだ、イオもMS使うのか?」
「少しはね。」
初めはお呼びでないとまで言っていたが、イオは少し、壮太に興味を持ったように見えた。
電池が炊き上がり、俺ら三人はいよいよチェッカーラインについた。並びはインが壮太、ミッドが俺、アウトがイオだ。
「1セット三周で勝負を決める。・・・合図は、壮太に任せる。」
「いいぜ。スイッチオン・・・レディ、ゴー!」
揃ってチェッカーを切り、まずはストレート四枚を加速する。そして右回りの螺旋ループを登り、一段上の高さへ至る。ここではイン側になるイオのファルシオンが一気に前へ出た。すぐに左コーナーに当たり、そこからストレート三枚分の緩やかなストレートを下る。その先は複合バンクで、上りながらS字、左コーナーで折り返し、下りながらS字というパワーが試されるレイアウトだ。下った先は三連ウェーブで減速が入る。ここでほぼ横並びになり、強いて壮太が前に出る。アップダウンとウェーブでは、パワーと強度が自慢のMSシャーシがやや有利なのかもしれない。
「お、やりぃ!」
「まぁ待て、まだ先長いからさ。」
電池が軽くなったせいか、ドライブウイングのもたつき感は幾らかマシになった気がする。十分行けるはずだ。大型バンクを上って下って、最初のレーンチェンジに差し掛かる。まずブリッジに突入するのはイオのマシンだ。ファルシオンはわずかに浮いただけで、なんら挙動を乱すことなくクリアしてインレーンに落ち着く。バンク下りの直後で速度は出てるはずだが、さほど難しいレーンチェンジじゃないのか?それからコーナーを曲がって一周を終える。壮太のエスペランサがわずかにリード、続いてイオのファルシオンと俺のドライブウイングがほぼ横並びだ。
「よっし、いい感じだぜエスペランサ!」
「ああ、その装備でそこまで粘るとはね。」
イオの言う通りだ。ややMSシャーシに有利なレイアウトなのかもしれないが、ベアリング性能の不利があってなおリードできる辺り、あいつのマシンの完成度は侮れない。次の螺旋ループでは俺が最インとなり、トップへ出る。しかしスロープを下ってS字入りバンクとウェーブを過ぎると、ここでイオのマシンが壮太を抜き去り、俺とほぼ並ぶところまで来ていた。いよいよ二つ目のバンクをパスして、ドライブウイングがレーンチェンジブリッジに差し掛かる。
「マズい・・・、」
浮かび上がってフェンスから身を乗り出したままブリッジを下り、辛うじてインレーンに収まる。だがこのもたつきで、イオのファルシオンはさらにリード、壮太のエスペランサも並んでくる。やはりここのレーンチェンジもそう楽じゃない。同等以上の速度域でレーンチェンジを無難にこなしたイオのファルシオンの方が、単純に安定性で勝ってただけらしい。いよいよラスト三周目だ。螺旋ループでは壮太のマシンがインを取って、イオのマシンに食らいつく、が、わずかに追いつかない。
「まだだ、残りのアップダウンとウェーブで、」
「いや、ここまでだ。」
イオはきっぱり言った。以降壮太のマシンはアウトばかりを回るから、望みは薄い。
「じゃあラストのレーンチェンジでインに潜る、そこで勝負だぜ!」
壮太は言い放つが、それでも不利は変わらない。あとは俺がどこまで差を詰められるかだ。ウェーブを過ぎたところでやっと壮太のマシンを抜き、次のバンクで少しリードを加える。イオのマシンまであと少し、ここで最後のレーンチェンジだ。
「行け!」
壮太の叫びと共に、エスペランサはレーンチェンジブリッジに入った。体の固いMSシャーシは、俺のマシンと似たような不安定な挙動を見せながら、それでもインレーンになんとか着地した。アウト、ミッド、インに順位通り並ぶ三台が、バンクの裏手に隠れた最終コーナーに突入する。そして・・・、
「トップは!?」
「・・・ご覧の通り。」
メインストレートに姿を現した三台は、コーナー前と順位を変えていなかった。イオのファルシオンは確実に一歩抜きん出て、ドライブウイングは半身分エスペランサをリード、そんなポジションだ。
「ぐあぁー!結局貸しを増やしただけかよぉ。」
それは俺も同じだ。デパートでの勝負と同じ結果、現時点でイオのほうが上手なのはこれで明らかだろう。
マシンを引き上げ、俺と壮太がまじまじと結果を噛みしめていた時だった。二十代後半くらいの男がガレージに入ってきた。背は高く、髪は縮れたロンゲ、だらっとしたモスグリーンのコートを羽織っていて、なんともだらっとして見える。
「こんちわー・・・んー?壮太じゃね?」
「あ、ユッケさん?」
知り合いらしく、男に声を掛けられると壮太が応じた。
「あれー?イオちゃん、壮太と知り合いだった?」
「今日からね。普段日吉ばっかなのに、珍しいですね。」
イオもまた顔見知りのようで、若干丁寧な口調で返す。
「日吉がたまたま830と直FRP切らしてたからさ、こっち寄ったわけよ。そういや壮太、例の銅磨きの布、役立ってるか?」
「おう、バッチしね。タイム、0.2秒は軽く詰まるな、あれ。」
「1000mA電池の調子はどうだー?そろそろ充放電十回くらい行ったんじゃね?ぼちぼちこなれてくると思うんだけどさ。」
「よくわかんないけど、あっためたアルカリよりタイムいいから、まずは十分かな。」
俺が知らない壮太のテクは、こういう知り合いづてに仕入れているようだ。思えば、俺にそういう仲間はいない。付き合いのなさが情報量の不足に繋がり、不利を被る・・・それが今までの俺の敗因の一つなのは、否めないだろう。
「・・・なるほど、ユッケさんの入れ知恵ですか。」
「いんや、こいつは自分なりによく勉強してるぜ。・・・ところでえっと、そっちの君はヤクモの常連さん?」
ユッケさんに不意に訪ねられた俺は、少し言い淀みながらも、思い切ってこう返していた。
「依酉翔司郎です・・・ミニヨンネットでは、翼駆りってハンドルネームなんですけど。ここは初めてです。ガーデン日吉は通学途中なんで、最近お邪魔してます。」
「へぇ、日吉来てるの?俺、YKってネームだからユッケで通ってるんだけどさ。日吉来てんならフレンド申請しとくよ。ミニヨンネットにガーデン日吉のコミュニティもあるからさ、そこも覗いてみてよ。」
「あ、はい、宜しくお願いします。」
「おう、ヨロシク。」
そのYKことユッケさんが、コミュニティサイト、ミニヨンネットでの最初の登録フレンドとなった。俺は一歩だけ、イオや壮太のいる世界に踏み込めた気がした。そうだ、躊躇ってる余裕なんか鼻からない。俺はもっともっと前に踏み出さなきゃいけない。あいつらに追いつくためにも。
次回予告
壮「負けが込んできたなー?」
翔「そういうお前も変わんないだろーが。」
壮「どうかなー?お次はオレのホームグラウンド、ガーデン日吉の月例大会、ジュニアクラスで勝負だぜ?」
翔「あのコースか。やるべきことは見えてる、次こそお前のマシンに先は行かせない!」
壮「生憎と、強敵は他にもいるんだ。オレもあいつらには負けるわけいかねーけどさ。」
翔「ジュニアでまだ上がいるってのか?・・・それって、」
壮「次回エアーズ、Flag006【真剣勝負!ツワモノどものFesta】」
翔「チェッカーラインを見逃すな!」
壮「・・・お前、それ好きな?」
壮太「これ、フィクションだからな?フィクションって、知ってるよな?実在の人物や団体とは関係ありませんよーってやつだ・・・それってどういう意味か、わかる?」