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mini4新世代エアーズ  作者: 歌頭 坤
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Flag-003【廃園の記憶】

挿絵(By みてみん)


「ついに青のデュエルエッジを継ぐ者が舞い込んだか・・・廃園へようこそ。」

「デュエル、エッジ?」

 その男は、今度は俺に話しかけていた。

「そのGPチップに描かれたエンブレムは、角と角がぶつからずに絡み合う様、ミニ四レーサー同士のあるべき姿を願い、表したものらしい。」

 ドライブウイングのキャノピー奥、電池ホルダーに貼り付けられたGPチップにあしらわれた、青い十字のマーク。よく見れば確かに、十字というよりは二つのL字ブーメランの角が交わっているように見える。

「ミニ四レーサー、神楽冴の精神そのものだ・・・。」

「カグラ、サエ?」

 その聞き慣れない名を聞きながら俺は、このマシンを俺に託した、名も知らないあの姉ちゃんを思い浮かべていた。店から出てきた店長も俺のマシンを覗き込む。

「じゃあ、やっぱりそいつは・・・、」

「クリアキャノピー、自作シール、そしてGPチップデュエルエッジ・・・間違いない。いくつものシャーシを使いこなしたあいつが本命とし、最後まで手放さなかったマシン、ドライブウイングだ。」

 男はもう一度、はっきりとその名を口にした。

「なんで・・・こいつを知ってるんですか?それに神楽冴って、」

「君こそ、このマシンを一体どこで?冴に会ったのか?」

 男は俺の前に詰め寄って来る。戸惑う俺に気づいてか、店長がやんわり割り込んだ。

「おいおいコーダ君、ついて行けてないって顔だぞ。・・・いや、勝手に盛り上がってすまんな。そのマシン、俺らにはちょいと馴染みがあってね。まずは茶でも啜るとするかい?壮太、おまえも飲むだろ?」

 壮太はというと、荷物を広げた庭のテーブルに戻り、マシンのセッティング変更に取りかかっている。

「ありがとマスター。すぐ行く、けど・・・。」

 フロントバンパー左右のローラーを外しながら、すぐに来そうもない返事を返す壮太。先ほどのコースアウトを受けて、何かいい対策でも思いついたのだろうか。俺もセッティング変更のため、自分のバッグからドライバーとスパナとパーツ少々を摘み出し、また外のドラムコンセントに差したままの充電器を引き抜き、それから店の中のカウンター席へ向かった。




 店長はマグカップにコーヒーを注いでくれた。

「すまんな、砂糖はあるがミルクは切らしてる。ところで君、名前聞いてもいいかい?」

「依酉翔司郎です。」

「イトリ君か、珍しい名字だな。俺はマスターでも店長でも、好きに呼んでくれ。」

「マスターはマスターさ、今も昔もな。」

 店長にコーダ君、と呼ばれた若い男は言った。

「こっちはこの店の常連で、古い馴染みさ。」

「ミニヨンネットにはハンドルネーム、Nコードで登録してる。宜しくな。」

 Nコード・・・本名がコーダ君なのか?まぁ本人が名乗る名前で呼ぶのが筋だろう。ハンドルネームなら俺もある。

「俺、翼駆りってしてます。あんま日記とか更新してないですけど、一応登録だけは。」

「翼駆り、か・・・なるほどな。」

 ミニ四駆に絡む付き合いなんてないに等しかった俺は、その名を名乗る機会はおろか、ミニヨンネットすらコミュニティサイトとして活用しているとは言い難かったが。俺がブラックのままコーヒーに一口付けたところで、店長から話を切り出してきた。

「・・・さて、よかったら聞かせてくれないか?君がそのマシンを持っているワケを。」

「あれは確か、六年くらい前だったと思います。まだ新宿のデパートの屋上にコースがあって、そこで中学か高校くらいの姉ちゃんから貰ったんです。」

「新宿オフィシャルガーデン、だな?」

 Nコードさんの口から、すぐにその名前が出てきた。

「はい、そこです。」

 すると、マスターは嬉しそうな顔をして言った。

「ほう、じゃあ君と会うのは初めてじゃなさそうだな。」

「え?」

「俺はそこで働いてたのさ。あまり覚えがないかな?」

「この店、ガーデン日吉のガーデンは、まさしく新宿オフィシャルガーデンに由来する。あそこが閉店した後、マスターは自分でこの店を開いたんだ。それで私のように、あそこで走らせていた連中はここに転がり込んで、今もお世話になっているというわけさ。」

「そうだったんですか。」

 メーカー直営の聖地だっただけに、第二次ブームが終わり走らせる人がめっきり減ったあの頃でも、巷の模型店に比べればまだ賑わってる方だった。壁に掛けている写真には、確かにあのデパートの屋上にあった店が写っている。

「まるで、来るべくしてここに来たみたいだな、君も、そのマシンも。冴ちゃんもあそこがホームサーキットみたいなもんだったから、それなら納得だ。」

 やはり、あの姉ちゃんのことなのだろう、その神楽冴というミニ四レーサーは。

「マシン貰った後も、その姉ちゃんが色々教えてくれたんです。・・・ミニ四駆の、本当の速さってやつを。」

 そのコーヒー、品種とかはよくわからないが、酸っぱ味より苦みと香ばしさが前面に来る、割と好みの味だった。カップを一旦置くと、俺はドライブウイングを手に取り、フロントローラーを外し始めた。そして、こいつを譲り受けた後のことを思い起こした。




 ドライブウイングを手にした俺は、走らせるうちに、中身を観察するうちに、こいつが大したパーツ加工なしに何で速いのか、逆に俺の今までのマシンがなぜ遅かったのか、何となくわかった気がした。ローラーの回転性はすこぶるよく、指で回せば何十秒でも回り続ける。モーターボックスは両面テープを丸めた詰め物で持ち上げるなどして、駆動音がもっとも静かになる位置に調整されている。ギヤの歯にグリスはなく、シャーシのリブと接触するギヤ側面にだけ、粘度の低いオイルがテカっている。ターミナルは電池と接する部分だけが鏡のように磨かれている。一見すると僅かな性能アップにしかならないように思えるそれら気遣いが、これだけ走りに違いを生み出すということを、俺はやっと実感することができた。ドライブウイングは当時新宿で走っていた他のレーサーの、とことん加工されたマシンともそれほど遜色がなかった。・・・ただ、どうやってこの状態を作り出し、維持してきたか、そこに辿り着けないうちに、マシンは少しずつ錆び付いていった。

 次にあの姉ちゃんに会ったのは、マシンをもらった二週間くらい後、三月に入ったばかりの頃だったと思う。水曜午後の新宿オフィシャルガーデンで、俺は一人走らせていた。店から出てきた姉ちゃんの手には、ラップタイマーが握られていた。

「やぁ少年、来てたんだね。」

 水曜は学校帰りに寄ってるからか、いつも制服だった。

「あ、こんにちわ。」

「そいつの調子はどうだい?」

 姉ちゃんはチェッカーラインのそばにラップタイマーをセットしながら言った。それから俺は軽くメンテをして、電池を追い充電して、タイムアタックした。結果は、15.11秒だった。姉ちゃんの表情から、それが満足の行く出来でないことが伺えた。

「・・・少し、落ちてるね。そいつのここでのベストラップは14.02秒だ。少なくとも、14.50秒は切って欲しいんだけどな。タイムは見てるかい?」

「え・・・タイム?」

「・・・だからだよ。タイムは見ておくもんだ。店のカウンターに貸出OKって、書いてあるよね?」

 ただ走らせて、まわりと比べて何となく速そうに見える・・・それぐらいでしかマシンの性能を見てなかった。速さを求める上で必要なことは何か、根本的な意識の違いがそこにあった。

「タイムが落ちるのには理由があるんだ。0.5秒も変わったら、何かしらマシンの問題を疑った方がいい。駆動系、モーター、電池、ローラー・・・。まぁこういう屋外コースなら、天気の影響も絡んでくるんだけどね。気温、湿気、埃・・・。何にしたって、タイムを見なきゃ何もわからない。」

 そう、足りないのはマシンがどうこうじゃない、俺自身の意識なのだと気づかされた。

「音、聞いてみ?」

 言われるままスイッチを入れる。これまで俺が扱ってきたマシンとは比較にならない静かさだが、それでも姉ちゃんの納得できるものじゃなかった。

「よく聞いてみ?途切れ途切れに違う音が混じってるの、わかる?爪先で軽くプロペラシャフト押さえてごらんよ。」

 すると、その音が消えた。爪を離して隙間から覗くと、プロペラシャフトのフロント側のギヤが前後にガタガタとスライドし、異音はちょうどそれに呼応しているのがわかった。

「そこのギヤ、どうしても緩んで伸びてくるんだ。そうすると他のギヤにぶつかってそういう音がする。当然、速さに響くよ。捻りながら押し込めば直るから、適度に遊びがあるくらいまで詰めるといいよ。ついでに、フロントのピンクギヤも欠けてるんじゃないかな?」

 ギヤボックスを開けてみると、確かにピンク色のクラウンギヤの刃先が欠けていた。リヤの方は平気だった。

「ピンクギヤ、特に遊びがあるフロント側ってすぐ欠けるんだよ。・・・ところでさ、マシン走らせた後、どうやって止めてる?」

 俺はいつもの通り、マシンを両手で押さえ付けるようにガツッと止め、それから引き上げて見せた。これにも物言いが付いた。

「ははぁ、なるほどね。まずはそこからだよ。タイヤの回転を止めないようにすくい上げて、スイッチを切る。そうしないとギヤがすぐ痛むんだ。一発でやられることもある。」

 姉ちゃんはドライブウイングを走らせると、手の平を上にして指先をコースに置く。マシンが迫ると腕を手前に少し引きながら、マシンのバンパーを指の上に乗り上がらせた。鼻先を持ち上げられたマシンはタイヤを空転させたまま止まる。姉ちゃんはそのままバンパーを摘んで持ち上げ、スイッチを切った。

「これも、ミニ四レーサー必修テクだよ。」

 それから、姉ちゃんは思いだしたようにバッグから小袋を取り出した。

「そうだ、これね。折角だから調整しといた。どれも十分使える、予備にするといいよ。」

 以前の勝負で砕け散った俺のビッグバンゴースト、それに使っていたパーツだった。830ベアリングローラー、620ベアリング、ターミナル、ギヤ・・・無事なパーツだけ拾い集めて、姉ちゃんがメンテしてくれたらしい。830ベアリングの内輪を爪先で摘みながら外輪を空転させると、これもまたいつまでも回り続けた。

「すごい。これ、どうやって・・・。あの、教えてください、どうすれば速くできるのか。そうじゃないとこのマシン、遅くなるばっかで、もらったときの速さすら取り戻せない気がするんで。」

 俺は子供ながらに、うっかり子供っぽいことを言ってしまった気がした。姉ちゃんは鋭かった。

「どうすれば速くなるか、開口一番よく聞かれる、陳腐な文句さ。大事なのは、速くするにはどうすべきか、なんだけどね。」

 以前の俺みたいな奴は、そう言っては速い人のパーツやら加工やらを安直に真似て、中途半端なマシンを作る。その必要性を理解しないまま、扱いこなせないままに。だが、そのとき俺が求めたのはそういう上辺のものじゃなかった。それは、姉ちゃんにも少なからず伝わっていたのかもしれない。姉ちゃんはニヤッとして言った。

「・・・教えるよ、そんな難しいことじゃないからね。」

 それから主に毎週水曜、濃密な指導が続いた。当面の目標は、ドライブウイングを貰った時のレベルまで復旧すること。姉ちゃんはこいつを素材に、実演交えながら丁寧に教えてくれた。

「フィルムケースにライターオイル入れて、ベアリングを浸すんだ。長持ちさせたかったら、二、三回浸して軽くがしゃがしゃ振っておしまい。引き上げてティッシュの上で乾かすといい。」

 姉ちゃんは決して手は出さなかった。難しい加工も何もないから、小学生の俺でもできることばかりだったが。

「駆動系がうるさいときは音の出所を探るんだ。見てわかるのはギヤの状態、シャフトのブレとかかな。見てわからない時は、モーターボックスを押しつけたりずらしたり、シャーシを捻ると音が変わるから、それをヒントにするかだね。」

 シャーシやギヤはヘタれが進んでいたため、新品で組み直し、条件出しから始めた。ただの貰い物から、少しだけ、俺のマシンに近づいた気がした。

「グリスはいらないけど、なるべく粘度の低いオイルを、プロペラシャフトの軸受けと、あとはシャーシと接触するギヤの側面にだけつけるといいよ。ベタついてる気がしたら、たまにクリーナースプレーで掃除した方がいいかもね。」

 組み直したマシンの駆動系は、十分過ぎるほど静かだった。やっと、こういうレベルのマシンを本当の意味でモノにできた気がした。

「モーター端子とターミナルはコンパウンドでピカピカになるまで磨くんだ。スイッチと電池が接触するとこだけでいい。これ、結構効くよ?タイムアタック前は追い充電とターミナル磨きを忘れずにね。」

 そして、万全の状態に復旧したドライブウイングのタイムは、14.08秒だった。姉ちゃんは言った。

「こいつもさ、無加工のようでいて何もしてないわけじゃない。ここで走らせてる他のレーサー、中には、バンパーから何から自作してる人もいるけどさ、彼らは単にそういうパーツのおかげで速いってわけじゃないんだ。より速くするために何が必要か、考えて、試して、わかった上で、やるべきことをやってるんだよ。理解が先に立たなきゃ、答えには届かない・・・卵と鶏、どっちが先かみたいな話だけど、わかるかな?」

 俺が半ば飲み込めない顔をしていると、姉ちゃんはこう言い換えた。

「まぁ、そうだね・・・マシンの速さを決めるのは、パーツじゃなくてそれを扱うミニ四レーサーなんだ。つまり、全ては君次第ってことさ。」

 ミニ四駆の本当の速さがどういうものか、俺はやっとわかった気がした。




 フロントの830ベアリングローラーを貫通するネジの上側に、ローラーより少し径が小さい、直径6mmほどの筒状パーツを付けている。マシンが傾いたときにフェンスを擦って姿勢を保つためのもので、一般的にスタビと呼ばれる。ネジを少し緩めてそれを回転させ、フェンス側の削れた部分をマシンの後方に向け、削れていない部分をフェンス側にする。これでレーンチェンジでの姿勢制御効果が高まるはずだ。充電器の赤ランプが消えた。俺は暖まった電池を取り外し、マシンに入れ、おもむろにコースへ向かった。

「新しいコースに行ったら、まず駆動系だけチェックして走らせる。次は追い充電して走らせる。それで完走できたら、ターミナル磨いて、追い充電してタイムアタック。・・・これも、あの人から教わった心得です。」

 庭のテーブルで作業中の壮太はまだセッティングが決まらないようで、相変わらずああでもこうでもないというように、フロントバンパーをいじっていた。俺はラップタイマーをリセットし、それから念のためレーンチェンジの出口側に構えてから、マシンを放った。加速のムラを省いて性能評価するため、半周以上助走させる、これもあの人の教えだ。一度はクリアできているレーンチェンジ、勘が正しければ、これで三周完走は十分できるはず。マシンは快走、バンク登りのもたつきも程々にクリアし、三周目の直線の後、問題のレーンチェンジブリッジに入る。マシンは頂点で浮き上がり、下りスロープで左に半ば横転しながらフェンスを伝い、しかし、かろうじて踏みとどまり、レーンに収まった。タイムは10.09秒だった。Nコードさんは庭先まで出てきていた。遠目にタイムを覗いていたが、何も言わなかった。後から、マスターがコーヒーを片手に出てきた。

「そういや、壮太も君と同じようなことを言ってたな。なぁ壮太、そいつも知らない姉ちゃんからもらったんだよな?ついでにいろいろ教えて貰ったとか。」

「ん?ああ。」

 セッティングに掛かりきりの壮太は生返事をする。Nコードさんはどことなく得心がいかない様子で言った。

「壮太のエスペランサも、確かにあいつの、冴のマシンとしか思えない。GPチップに刻まれた【KS02-04A】、あれは神楽冴が2002年に作った、四番目の愛機のバージョンAという意味になるはずだが・・・あいつがあれを走らせているのを、私は見たことがない。それに青系を好んだあいつのデザインにしては、赤が基調というのも少し違和感がある。」

「2002年に作られた・・・。」

「君がドライブウイングを譲り受け、そして新宿オフィシャルガーデンが閉鎖された、その年だ。」

 壮太のマシンを見つめながら、それを手にしたあの姉ちゃんを思い浮かべる。そのビジョンが結像した瞬間、俺は、ようやく思い出した。

「・・・そうだ、そうだった。あの姉ちゃん、ミニ四レーサーなのにいつもマシンを持ってなかった。俺にマシン渡して、もう他には持ってないんじゃないか・・・ひょっとして、ミニ四駆をやめるつもりなんじゃないかって、ずっと気になってたんです。でも最後にもう一度、俺はあの姉ちゃんとレースしたんだ。」




 その姉ちゃんは、いつもマシンを持ってこなかった。ミニ四駆から距離を置こうとするレーサーの前触れだと、どこかで聞いた気がする。だから俺はなんとなく、姉ちゃんの教えを遺言めいたものに感じるようにすらなっていた。

 それは、俺のマシンがベストラップを叩き出した次の週、4月に入ってすぐのことだ。やはり水曜の夕方、姉ちゃんはいつもと色が違う、同じ学校の高等部の制服を着て現れた。そして赤いデュエルエッジが刻印されたケースから、一台のマシンを取り出す。シャーシは当時から最高性能とされていたVSだったと思う。俺は初めて姉ちゃんと会ったときのように、新品のアルカリ電池を分け合い、ドライブウイングでそのマシンと勝負した。そして、僅差で破れた。

「希望ってのは少なからずあるもんさ。見つけられるか見つからないか・・・ただ、それだけだ。君は希望がどういうものか、そいつから学んだはずだ。」

 そうだ。俺は自分で作った限界の壁の向こうにまだ先があることを、こいつに教えられた。ただ、その領域が見えてなかっただけだ。

「私も、それを思い出したよ。だから、この子の名は・・・。」

 その数日後、新宿オフィシャルガーデンは閉鎖。以来、俺がその姉ちゃんに会うことはなかった。




「・・・エスペランサ、つまり希望か。」

 Nコードさんは壮太のマシンを見つめながら、感慨深そうに呟いた。

「聞き慣れない言葉だったんで忘れてたんですけど、確かに、そんな名前だった気がします。」

「新宿オフィシャルガーデンが閉まった後、神楽冴はミニ四駆界から姿を消した。以来、私もマスターも会っていない。だが、君にその言葉を残したなら、あいつは今もどこかで走っているに違いない・・・そう、信じたいものだな。」

 しかし、自らの希望と名付けたそのマシンは、今は壮太の手にある。仮にまだレーサーを続けていたとして、どこで、どんなマシンを走らせているんだろうか・・・。

「よっしゃ、出来たぜ!」

 壮太が急に声を上げ、充電器から電池を取り外す。マスターが覗き込みながら訪ねる。

「お、修正完了かい?壮太、何をいじったんだ?」

「フロントアンダースタビを擦らせる・・・ちょっと気にくわないけどさ。」

 フロントローラーを貫通するネジの下端に取り付けられた、直径6mmのボール状のスタビ。これを地上高1mm近くまで下げ、レーンチェンジの登りで擦らせ、減速効果を得るのが狙いだろう。フロント側のブレーキだと、アップダウンでマシンが前のめり気味になるという話もあるから、理に叶ったセッティングだ。

「よぉし、いっけぇ!」

 エスペランサは快調に滑り出した。MSシャーシの特徴なのか、登りでもコーナーでもあまりペースに変化がないように見える。見た目だけかもしれないが、こういう癖ってのはだいたいそれで判断が付く。やがて、三周目のレーンチェンジに差し掛かる。

「踏ん張れ!」

 さっきは高く浮き上がっていたマシンが、幾分低く、かつ前傾姿勢でレーンチェンジブリッジの頂点を舞う。そして、なんとかフェンスに沿いながら着地。残りのバンクと連続コーナーをクリアし、チェッカーを通過する。壮太はまた、指をパチンと鳴らした。

挿絵(By みてみん)

「よっしゃ!・・・あー、10.06秒かぁ。どうしてか9秒台いかねーな。」

 そのタイムを聞いて、俺は愕然とした。電池の状態次第では勝てなくもない、ほぼ同等といえる差だ。しかし、一部パーツの性能差で若干こちらが有利なことを考えると、やはり・・・。その時、Nコードさんが不意に言った。

「9.5秒だ。」

「・・・コードの兄ちゃん、相変わらず要求高いよなー。」

「このコースでチューン系モーターの大径タイヤマシンなら、そのくらい出ていいはずだ。・・・翔司郎、君もだ。」

「え?9.5秒・・・。」

「そいつはそれができるマシンだ。そして、君なら出来るはずだ。違うか?」

挿絵(By みてみん)

 そうだ、壮太があの装備で俺と同等なら、何か他で負けているのかもしれない。MSシャーシがよっぽど有利なんて話は聞かない。モーター慣らしは十分か?パーツの状態はほんとに最高か?タイヤの種類は?そうだ、まだまだ攻めどころはあるはずだ。俺はドライブウイングに目を移し、呟いた。

「・・・そうだな。確かに、まだやれることはありそうだ。」

「おっけー、9秒でも8秒でも叩き出してやんよ・・・いずれな。」

 壮太もまたへこたれることなく、あっけらかんと言った。






次回予告


壮「特設の5レーンフラットコースだってさ、思う存分かっ飛べるな!」

翔「おまけにレーンチェンジもなけりゃコースアウトの心配もなしか。速度勝負なら負けないぜ?」

伊「ふーん。じゃあ、あたしのファルシオンについてこれるかな?」

壮「女の子?誰?」

翔「は?そんな駆動効率最悪のスーパーFMシャーシで、何を言って・・・っておい、その速度尋常じゃねぇぞ!?」

伊「言っとくけど正直、FMマシンとは思わない方がいいかもね。」

壮「へぇー、なんだかすげぇレーサーが出て来そうな次回エアーズ、Flag-004【まさかの強豪!FM使いのオンナノコ?】」

翔「チェッカーラインを見逃すな!・・・やっと決めたぜ。」

伊「・・・。」

翔「・・・あれ、誰か受けは?」




Nコード「君は知っているか?フィクション、それは現実とは似て非なる世界にて繰り広げられる、架空の物語だ。」

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