Flag-002【巡り巡って巡り逢い】
世間様はお休みだってのに、鬱屈なもんだ。私立も色々だが、うちの中学は土曜まで授業がある。小学校の仲間はほとんどが地元の公立中に上がった。私立の御利益を実感しないままの俺にとっちゃ、何となく損した気分になる一日だ。しかし気怠い午前を乗り切ればそれで終わり。部活だとか、そういう煩わしいのはやってない。どちらかというと俺は、あまり学校生活をエンジョイしている方ではなかったかもしれない。だから、ミニ四駆第三次ブームを知って再びドライブウイングを駆り出したのは、ごく自然な流れだった。
第二次ブームが終わり、かつての行きつけの模型店からはコースが消え、一緒に走らせていた地元の仲間とも今は縁が薄い。それでも、ドライブウイングを手放すことはなかった。時折思い出したようにメンテをしては、小さなコースを置く店で走らせるくらいのことは、たまにしていた。そんなわけで細々とは続けてきたわけだが、今回は少しばかり状況が違う。タイアップアニメがあるわけでもないが、公認大会が再開されたということは、それなりのブームであることは間違いない。
さらに俺を後押ししたのが、インターネットの普及だ。あの頃もあったにはあったが、まだ小学校低学年の俺にはいささか高尚すぎた。それが今や生活ツールの一部、検索キーワード次第で望みの情報が自在に手に入るまでになった。当然、ミニ四駆に関する情報も選り取り見取りだ。また今回のブームの下支えとも言えるのが、コミュニティサイト、ミニヨンネットの存在だ。ミニ四駆専用のいわゆるソーシャルネットワーキングサイトで、個人ページには日記や写真をアップロードできる。関連情報も豊富で、パーツリスト、大会スケジュール、店舗リストなどなど。特に店舗リストは重宝していて、そこにはミニ四駆に力を入れているメーカー特約店がほぼ網羅されている。
俺はここで身近な模型店を洗い出し、さらに他のネット上の情報も照らし合わせ、めぼしいコースのある店をリストアップしていた。この数週間、そのリストに基づいていくつかの店舗を巡ってきた。中にはコースといっても家庭用のオーバルコース1セットだけという、寂しいところもあったが。今日の放課後も一件寄るつもりだった。バッグの中にはドライブウイングを収めた専用ケースと、小道具と消耗パーツを詰め込んだ小袋が収まっている。
ぼんやりと授業を聞き流しながら、俺はノートの片隅にドライブウイングを落書きしていた。・・・絵心はない、が、そんな俺が書いてもそれとわかるシンプルなデザイン。そんなところも気に入っていた。
行き先は通学帰りに寄り道できる範囲、意外と身近なところにあるもんだ。六年前に知ってたら、新宿のコースよりこっちに通ってたかもしれない。駅を降りて商店街を歩くこと数分、そろそろ店が途切れ住宅街に入ろうかというところに、その店はあった。
「ガーデン日吉、ここか・・・?」
横文字で綴られた看板、間口の狭い店。端から見ると模型店というより、寂れたショットバーのような印象だ。それでもここだと確信できたのは、店前に立つミニ四駆取り扱いという、メーカーの幟がはためいていたからだ。勇気を持ってドアを開けた俺は、一瞬、店を間違えたようなそうでないような、不思議な感覚に襲われた。店の奥へと数人分のカウンターテーブルが続く、この作りは確かにバーだ。しかし、酒瓶とかが並んでるはずのカウンター越しの棚には、ミニ四駆のキットの箱が積み上げられ、各種パーツがぶら下がっている。テーブルはきれいに片付いて物一つなく、傷だらけの盤上は黒で上塗りされている。早速一杯、という雰囲気だが、何を一杯やるんだかわからない。本当に模型店なのかと我が目を疑う俺は、もう一度店内をぐるりと見回す。店に入って左手、カウンター席の背中側は複数のスライドドアが連なり、一面をオープン出来るようになっていた。そのドアに空いた窓越しには小さな庭が見え、そこには確かにミニ四駆のコースがあった。
「いらっしゃい。」
振り返ると、カウンターの奥のドアから体格のいい、中年の男が出てきたところだった。やはりバーのマスターのようで、しかしちょっと崩れた服装をしている。
「うちはミニ四駆しか扱ってないけど、レーサーかい?」
「はい?」
「ミニ四レーサーかい?」
そんなストレートな聞かれ方は初めてだったので一瞬戸惑ったが、確かに、そう言われればそうだ。
「ええ、まぁ。」
「ならいい。他のプラモデルがなんにもないから、キョトンとしちゃう子もたまにいるもんでね。」
キョトンとするのはプラモの有る無しじゃないだろう、と突っ込みたくもなったが、それをわかった上でのジョークのように聞こえたので、俺は何も言わなかった。
「マシンは持ってきてるのかい?」
「はい、一応は。コース、使わせてもらっていいですか?」
「ああ、ぜひ走っていってくれ。作業はこのカウンターを使ってもらって構わない。今日は陽気がいいから外でもいいだろうが、まぁ好きにしてくれ。」
店長は背後の棚からL字に曲がった手のひら大の部品を取る。
「それとラップタイマー、使うだろ?」
「あ・・・はい、ありがとうございます。」
準備がいいなと思った。ラップタイマーを当たり前のように置いてる店ということは、タイムを煮詰めるような客が来るということだ。これは期待できる。
「コンセントは中にも外にもある。充電はご自由にどうぞ。そこのドア、どこでも開くから。」
「はい。」
パーツもメーカー特約店しか扱わない、専門的なものまで揃えているようだった。ピットスペース、タイマー、充電設備・・・今のところミニ四レーサー御用達の店として、すべての環境が整っている。あとは肝心のコースだ。ドアの一枚を開いて、庭を見渡す。足場は一面が木のタイル張り、左手の表通り側に寄ってコースが広がり、右手には小さなテーブルと椅子がある。建物からはトタンの屋根が伸びていて、雨でもコースは使えるようだった。さて、コースレイアウトはというと、市販の3レーンタイプオーバルコースが3セット分くらいと、規模は充分だ。ロングストレートあり、連続コーナーあり、バンクあり、交差ありと、なかなか複雑に入り組んでいて面白そうだ。次に俺は素早くコースに目を走らせ、テーブルトップの有無を確認した。あの山形のアップダウンが入った途端、ちょいと事情が違ってくる。
そもそも俺のドライブウイングは、フラットコースでこそ真価を発揮する。要は飛んだり跳ねたりといったアスレチックな要素のないコースレイアウトで、いかに速く走り、なおかつ安定してレーンチェンジブリッジをクリアするかを突き詰めるためのマシンだ。六年前、あの姉ちゃんから受け継いだ時から、そういうマシンとして作り込まれていた。もしコース中にジャンプポイントが入ろうもんなら、こういう最低限の安定性と最大限の速度を求めるマシンは、まともに走らなくなるし、まともな高速性能評価ができなくなる。幸い、このコースにテーブルトップの類は見当たらなかった。
俺は脇のテーブルにバッグを置き、早速マシンを取り出し、懐で暖めておいたニッケル水素充電池を収める。ラップタイマーは庭の奥側、メインストレートの始まりにチェッカーラインとアルミシールが張ってあるのを見つけ、そこに被さるようにセットした。センサーとアルミの間の反射光をマシンが遮るタイミングで、カウントを始める仕組みだ。その長めの直線の後、コーナーとウエーブを過ぎてレーンチェンジに突入、それからまた折り返してバンクを上る。バンクはレーンチェンジを跨いでから降りてきて、連続コーナーに突入し、メインストレートに戻る。
とりあえず様子を見るため、レーンチェンジの頂点からマシンを入れる。コーナー、バンク、連続コーナーと進み、ある程度速度が乗った状態でラップタイマーを通過する。ストレートを過ぎ、コーナーを曲がり、バンクのアーチをくぐってレーンチェンジ下を通過・・・と、まずは問題なく1周目、2周目を周回する。3周目、もっとも速度が乗った状態でメインストレートを進み、唯一最大の難関、レーンチェンジブリッジへ差し掛かる。マシンは難なくこれをクリアし、もう半周してラップタイマーを通過した。
タイムは10.87秒。コース全長がよくわからないので何とも言えないが、見た感じとしてはまずまずといったところか。この速度域なら無難に完走できることはわかった。次は充電したての電池でも走り切れるかどうかだ。俺はバッグから充電器を取り出し、ポケットから取り出したもう二本の充電池を取り付け、庭の隅にあるドラムコンセントに差し込む。タイムアタック前必須の習慣、追い充電だ。充電が終わって半日以上経った電池では幾分パワーダウンしているから、これをやらないと本来の実力を確かめようがない。次に、マシンを一旦チェックする。ローラー表面にいつもの汚れが少々、タイヤには埃が浮かんでいる。店の様子からして、今日はまだ誰も走らせに来てないんだろう。時間は14時を過ぎていた。コース利用は18時まで。これだけいい店なら常連客がいないわけがない。そしているなら、そろそろ一人二人現れてもいい頃合いだろう、そう思っていたときだった。
「こんちわマスター!」
「よぉ壮太。ラップタイマーならもう付いてるぞ。」
「お、もう誰か来てんの?」
小学生ぐらいだろうか、誰か来店したらしい。声の主は店の奥へと入ってきて、俺が開けっ放しにしていたドアから姿を現した。
「あれ、兄ちゃんひょっとして・・・、」
「お前、確か・・・、」
見覚えがあった。相手もそんな感じだ。そうだ、こないだの上野大会二次予選を争い、仲良く敗退したあいつだ。ソウタ、確かにそんな名前だった気がする。
「翔司郎っつったっけか?マジで奇遇だな!ここ知ってたの?」
「いや、今日が初めてだ。・・・お前、ここの常連なのか?」
「隣駅なんだよ。ここ、居心地いいしね。」
やっと現れた常連。こんなコースだから、もっとやり込んでいそうな大人のレーサーとかが集まって来るんじゃないかと思っていたが、そういう人たちが来るには時間が早いのか。この店のレベルが伺えるかと思って期待していただけに、ちょっと当てが外れたものの、それでも、こいつのマシンが侮れないこともわかってる。前回のレースで、俺のドライブウイングはあいつのマシンに追いつかなかった。
「んじゃ、早速やりますか?」
「あ?」
「言ったじゃん、次は3レーンでスピード勝負だってさ。あのマシン、持ってきてるんでしょ?」
「あ、ああ・・・。お前は?」
「もちろん!エスペランサは準備万端だぜ。」
壮太はバッグからケースを取り出す。十字のマークの色が違うが、俺が持っているドライブウイングの専用ケースと同じものだ。他で見かけたことがないが、大昔にメーカーから販売されていたものなのだろうか?内部のサイズがちょうど、競技会規定寸法の長さ165mm幅105mm高さ70mmとなっていて、シャーシ下面に当たる部分には1mm厚の板が追加され、その上に柔らかいスポンジを差し込んでマシンを腹から押さえている。シャフトが曲がらないよう、タイヤが浮いた状態になっているというわけだ。そこから、あいつがエスペランサと呼ぶ、MSシャーシのアストロブーメランが取り出される。
「あっと、そうだ。今日はメンテまだだったんだった。ちょいタイムな?充電もしないとな。」
壮太は充電器をコンセントに差し込むと、俺が荷物を置く庭のテーブルの向かいに座り、そこでマシンをばらし始めた。MSシャーシは車体中央に新開発の両軸モーターを備えた、全く新しい機構のものだ。第三次ブームはこのシャーシの登場が発端になったといってもいい。
俺の使うスーパーTZXも含め、大抵のシャーシは、両端にギヤを持ったプロペラシャフトが電池の脇に並んでいる。モーターはまず後輪を回し、その駆動をプロペラシャフトを通じて前輪に伝える、といった仕組みの四輪駆動だ。ところが、このMSシャーシは根本的に違う。そもそもモーターが別モノで、軸がエンドベル側にも伸び出ている。前後に伸びたモーター軸の両端にはギヤがついていて、それぞれが前輪と後輪を駆動させる。
特に有利な点は、ギヤ、シャフト含むすべての回転軸受けにベアリングを使用できる構造のため、駆動効率がいい、つまりパワーがある点だ。また、前後バンパーが従来になく頑強にできていて、強度の悩みが少ない。片や不利な点と言えば、若干重たいところだ。また、モーターと電池二本が並ぶ構造上、胴幅が広いため、ホイール幅を狭くしずらい。パーツ構成も変わっていて、フロント、センター、リヤとシャーシが三分割になっていて、状況に応じてユニットごとセッティングを変えられるらしいんだが・・・そんなおもちゃっぽいところが少し気に食わない。これまでのシャーシとあまりに構造が異質なためか、俺のように古いシャーシを愛用するレーサーには、敬遠する人もいるとか。俺も買ってはみたが、どうも今のTZXほど速くなる気がせず、結局出番なしのままだ。
壮太はギヤカバーの中に収まる、モーターと接点金具四つを外す。そして金属磨きの布で、細かなそれらを丁寧に拭き始めた。前後バンパーの左右にFRPワイドプレートを追加して幅を広げ、その先端には9mmベアリングローラーがフロント左右一個、リヤが上下左右二個で、計六個付いている。足回りは大径ホイールに、丸みを帯びたバレルタイヤを装備。心臓部は超速ギヤにトルクチューンモーター。特にパーツ加工は見受けられなかったが、駆動系調整のためか、シャーシの合わせ目の節々には何か詰め物がされていた。ギヤカバーの上、シャーシのちょうど中央に当たるところには、あいつがGPチップと言った15mm四方のカードが張り付けてある。刻印は上部に【DUEL EDGE】、下部に【KS02-04A】、そして中央の十字のマークの色は赤。俺のは下部の刻印が【KS95-01B】となっていて、十字の色は青・・・それを除けば、全く同じものだ。装備はごくポピュラーなものとしても、シャーシ微調整、ボディ加工、アクセサリに至るまで、見れば見るほど俺のマシンと似ている。それに、やっぱり以前どこかで見かけたような気も・・・。
そこでふと我に返り、俺もマシンのメンテに取り掛かった。電池の追い充電もそろそろ終わるはずだ。マシンをばらし、まずギヤの歯が欠けていないか、プロペラシャフト両端のギヤが緩んでいないかを確認する。問題なさそうだ。それから使いかけの電池でスイッチを入れ、駆動音を聞く。聞き慣れた静かな唸りだ。
「お、いい音してるね。」
「まぁな。あとは、ターミナルか・・・。」
ターミナルとは接点金具のことだ。表面に金を使ったゴールドターミナルなんてものもあるが、すぐにメッキが剥がれて出力が落ちる。だから、普段はキットに最初から付いている銅系合金のターミナルを、コンパウンドなどの研磨剤を布につけてピカピカになるまで磨く。ゴールドターミナルと同等の出力が期待でき、なおかつ再利用の効く手法だ。壮太もやはり、キット付属の銅ターミナルをさっきから磨いている。常套テクだが、手練れの技ともいえるこれを知っているということは、小学生ながら侮れない。
「お、上がった上がった。翔司郎の電池ももう上がってるよ。」
「ああ。」
充電器の下部の赤ランプが消えていた。気づかない内に充電が終わっていたらしい。電池は暖かかった。俺の方が先に充電が終わっていたはずだが、まぁ不利になるほどの差はないだろう。壮太も同じような急速充電器で、同じようなニッケル水素電池を充電していた。だいたいの装備は俺のマシンと似通ったものだ。ただし一部のパーツについては、ベアリングローラーは830、モーターはアトミックチューンと、俺のマシンの方が若干性能がよいものを使っている。それでも、前回のレースのように同等の速度なのか、あるいは・・・。
「スタートさ、インとミッド、どっちがいい?アウトはいきなしレーンチェンジだから、面白くないでしょ。」
一周もせず速度の乗らない内にレーンチェンジだと幾分有利になるから、その提案は的を射ている。この店では普段からそうしているんだろう。
「で、どっちがいいんだ?お前の好きな方にしな。」
「うーん、それじゃあ・・・インレーン、かな。」
壮太は俺より後、三周目以降にレーンチェンジに入る方を選んだ。
「3セット九周で行こうぜ。」
「・・・ああ。」
まだフル充電の速度域でもレーンチェンジが安定するか、試していない。完走できるか、という不安がないでもない。・・・だが、いい。あいつより速いのかどうか、それを先に確かめるのもいい。互いにスイッチを入れ、チェッカーライン前にマシンを添える。あいつのマシンもまた、ごく静かな唸りを響かせていた。
「じゃ、行くぜ?レディ・・・ゴー!」
壮太の合図にピタリと合わせ、ドライブウイングを離す。二台はピタリと並んで直線を加速していき、最初のコーナーを曲がりウエーブセクションを過ぎる。並んでレーンチェンジブリッジをくぐり、それからまた曲がって大型バンクに差し掛かる。仰角になってさらにストレート一枚の坂を登り、右コーナーに入り、バンク頂点でウェーブセクション一枚を挟んでから、右コーナーで下り始める。バンクを降り立ったら連続コーナーに突入だ。それが終わってメインストレートに戻ると、壮太のエスペランサがほんのわずかに前に出ていた。
「・・・やるな。」
壮太の方がインレーンスタートとはいえ、バンクをくぐって八の字構成になっているこのコース、実質はインとアウトで距離の差はほぼない。つまり負けていることになるわけだが、この後の速度の伸びで変わってくるから、まだまだ悲観することはない。ドライブウイングはストレート五枚を駆け抜け、最高速に達する。そしてコーナーを曲がり、レーンチェンジブリッジに差し掛かった。俺はスタート直後から、それとなくレーンチェンジの出口側に居場所を移していた。コースアウトしても、うまくキャッチできればダメージは少なく済む。逆に、余所で眺めてたらどうなるかわかったもんじゃない。
「お、いいじゃん。」
「・・・いや、ギリギリだな。」
何とか収まった。が、マシンは浮き上がり、だいぶ傾きながらのクリアだった。それからバンクを上がり、下り、三周目に入る。まだ、俺のドライブウイングの方が遅れていた。レーンチェンジの後は確かに遅れ気味になる。やはりあと一周、あいつのマシンがレーンチェンジを越えて、1セット終わったところが勝負の分かれ目だ。そして、エスペランサがレーンチェンジに突入する。
「収まれ!」
壮太の掛け声と共に、エスペランサはレーンチェンジを舞った。そしてふわっと浮いたまま、フェンスをなぞり、そのまま収まった。
「よっしゃ!」
癖なのか、壮太はパチンと指を鳴らす。しかし今の挙動、目立った傾きはなかったが、浮かび具合は俺のマシン以上に際どかった。その間にドライブウイングがインを差し、バンクを降りたときにはほぼ並んでいた。そして連続コーナーを終え、三周目を終えた時点ではほんの僅かだがこちらがリードしていた。
「すっげー、こんなレース久しぶりだぜ!」
「俺もだ。」
そう言いながら、こちらのパーツの有利に関わらず、ほとんど差がないことに驚きと微かな焦りがあった。こいつは、ある意味俺より上なのかもしれないと。そのままバンクまでは俺のマシンが前をキープ、しかし登りに入った途端、俺はドライブウイングがもたつくのを感じた。バンクを下ったとき、こちらがインにも関わらず差が開いていないことから、気のせいではなさそうだ。若干電池の出力が落ちたか?アルカリより重たい2000mAのニッケル水素は、パワーがある反面重量負担も大きい。去年辺りから使い始めたが、そのいいんだか悪いんだかわからないところが、いささか気になっていた。
「追いついたぜ。さぁこっからだ、いっけぇ!」
「まだだ。」
そして連続コーナー、ここは俺の方がやや上のようで、アウトながらも踏ん張って併走を維持する。直線では負けてない、コーナーも大丈夫だ。パワー負けする大型バンクがネックだが、何とかなる。そしてドライブウイングは、五周目で二度目のレーンチェンジに入る。
「一回目大丈夫なら、次は・・・!?」
と言いかけたとき、レーンチェンジ頂点のドライブウイングが不穏な動きをしたように見えた。その直感で反射的に身を乗り出す。マシンはゆっくりとスパイラルしながら、俺の懐に飛び込んできた。
「あー、飛んじゃったか。」
「・・・ダメか。」
すぐにスイッチを切り、マシンの無事を確認する。何となくそんな気はしていたが、いささか安定性が速度域に見合わなかったらしい。後は壮太のエスペランサを見守るばかりだ。あいつのホームグラウンド、危うい挙動だが完走できるのだろう。そして次の周、エスペランサが二度目のレーンチェンジに入る。
「次も頼むぜ・・・とぉっと!」
傾くことなく、一周目と同じく頂点ですっと浮かび上がり、しかし今度はそのままレーンから飛び立った。ちょうどいい位置にまだいた俺は、ドライブウイングを片手にしながらエスペランサもなんとか受け止めた。
「あっちゃぁ、またかよー。今日は行ったと思ったんだけどなー。」
結局両者コースアウト、ドローだ。俺はエスペランサのタイヤを空転させたまま、まずドライブウイングを側に置き、それからエスペランサのスイッチを切った。
「ほれ。・・・あの長い直線の後だ、お互い無理もない、か。」
「くっそぉ、また勝負付けそこなっちまったな。」
「ああ・・・。」
だが、残り半分を走ってなおリードを保てたかどうか、俺には自信がなかった。その時、店の方からふと男の声がかかった。
「前回同様いい勝負だが・・・まだまだだな。」
店長じゃない。そこには、見慣れないロン毛の男がいた。
「今のレース、見ていたよ。」
「お、Nコードの兄ちゃん。遅かったね。」
壮太は顔見知りのようで、そう返していた。となれば常連だろうが、その格好はメンズ雑誌のモデルのような、あるいはホストのような・・・いずれにせよ、ミニ四駆をやる人にはちょっと見えないナリをしていた。
「いつかこんな日が来ると思っていたが・・・長かったな。」
「・・・え?」
その兄ちゃんは俺に話しかけていると思ったのだが、どことなく違和感があった。始めはわからなかったが、その視線がわずかに俺から逸れているのにやっと気づく。後ろから、盆にカップを乗せて店長も出てきた。
「お二人さん、勝負は付いたかい?どうだ、お茶でも一服・・・ちょっと待てよ!?お前さん、そいつは、」
若い男と店長、二人の視線の交わるところ・・・それは俺のマシン、ドライブウイングだった。
「・・・知ってるんですか、こいつを?」
「青のデュエルエッジ、BBGドライブウイング・・・待っていたよ、この廃園に戻るのを。」
俺はまだ知らなかった。ドライブウイングの過去、そしてこれをくれたあの姉ちゃんが、何者なのかも。
次回予告
翔「こいつに知り合いがいたとは驚きだな。」
N「それこそ神楽冴が愛したマシン、ドライブウイングだ。こんな形で、あいつの忘れ形見にお目にかかるとはな。」
壮「え?誰?」
翔「俺にドライブウイングを託し、ミニ四駆の本当の速さを教えてくれた人だ。」
壮「ふーん・・・なんかそれ、あの姉ちゃんみたいだな。」
翔「え?まさかお前、そのマシンも・・・、」
壮「そんなわけで次回エアーズ、Flag-003【廃園の記憶】」
N「チェッカーラインを見逃すな?」
翔「あ・・・っと、見逃し三振かよ。」
翔司郎「この物語は全くのフィクション。実在の人物、団体、地名とは一切関係なし。ミニ四駆に関する記述も関係あるようでないような・・・つか、保証はしませんのであしからず。」