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出会い

 心地よい日差しが照らし、鳥たちのさえずりが辺りに響いていた。風も穏やかで、快晴と呼んで差し支えない天候だろう。そんな中を天気とは裏腹に、げっそりとした表情で和也は道を歩いていた。


 原因は昨日の深夜に生み出した、グスタフとアリアだ。さすがに寝床を借りている身で勝手に連れ込んでいたではまずいと思い、一旦外出させ再度きちんとした手順で訪問させたのだがそれは悪手だった。


 言いつけておいたにもかかわらず、二人は深夜と同じ調子で現れ一方的に語り、ルシール一家を困惑させた。途中、和也のことをマスターと呼びルシールの勘違いを増長させることとなるが、それはまた別の話だ。


 朝から濃い時間を過ごしたせいで一人になりたい和也は、グスタフとアリアをシャルロットに預け散歩をしていた。余談になるが、精神年齢が近いのかシャルロットと二人の相性は良く、三人共が保護者のような振る舞いをするため却って和也が相手をするより大人しかった。


 商工会に向かうときシャルロットに連れられ、大通りを通りはしたが目的があったことと自分のペースではなかったため記憶に残っていない。


 そのため和也の眼前に広がる光景は、初めて見る異世界の商店街と言って差し支えないものだった。


「……寂れているな」


 もっとも、それを見た和也の感想は随分なものだったが。

 だが、仕方ないとも言えよう。和也の言葉は事実なのだから。

 街の中心部ともいえる大通りだが、人通りは少ない。均しただけの大地にはゴミが浮かび、お世辞にも綺麗とは言えない。立ち並ぶ商店もつぶれているのか、チラホラとしか開店している店が見えない。


「……ギルドが幅を利かせているせいなのかね」


 大型ショッピングモールができたせいで、閉塞状況となった地元の商店街を思い浮かべつつ和也は一人つぶやいた。


 何件か店に入り価格や商品の調査を行うと、大通りにいる意味はなくなった。とりわけ、見るものがないのだ。


「まだ、時間もあるし、ギルドの方も見に行こうかな」


 帰宅するにははやい時間を潰すため次なる目的地へと、足を進めたその時だった。


「――止めてください!」


 ――怒声にも似た女性の声が和也の耳に届いたのは。


 日本人気質とでも呼べばいいのか、和也は叫び声を無視できるほど薄情な性格をしていない。学校教育の過程で刷り込まれた道徳が、なかば無意識に行動を決定づける。


 和也は悲鳴が聞こえた方へと走り出していた。


 距離自体は遠くなく、問題の現場にはすぐに着いた。そこにいたのは一人の女性と、二人の男性だった。ただし男達の方は、片方はうずくまり、もう一人は白目をむいて倒れている。


 男性はどちらも二十代前半くらいだろうか。無精ひげが残る顔立ちは粗野な荒々しさが感じられ、短く切り揃えられた金髪に睨むような碧眼は、よりいっそうその思いを強くさせる。


 こびりついた土に草色のシミが浮かぶ革鎧を身にまとい、引き締まった体躯からもまっとうな職業に就いているようには思えなかった。


 対して、女性の方は男性たちとは受ける印象がまるっきり逆だ。紅を引いた唇に、櫛の通った整えられた赤髪、切れ目の碧眼にもクマなどは見当たらない。そして、シワ一つないパンツスーツ。この世界にもスーツはある。ルシールが初めに和也のスーツ姿に、疑問を思わなかったのはそれが理由だ。一般的な服装ではないが、全く見かけないという類のものでもない。


 端正な顔立ちにスーツといった格好は目を引くものだ。だがそんなものよりも、和也の目を釘付けにするものがあった。


 それは首輪だ。赤い首輪が女性の陶器を思わせる白い肌に巻かれていた。


 ロゴのように鳥かごの絵が小さく描かれたそれは、奴隷用の魔道具だ。


 主の命に対し背くことが不可能になり、危害も加えることができなくなる。なによりも、それは世間に知らしめる証となる。自身は人ではない、家畜なのだと知らしめる結果となる。


 奴隷の地位は低い。主に対し絶対服従ではあるが、それ以外の者に対しては従う必要などないにも関わらずだ。もっともその背景には奴隷の行動に対し、その主が責任を負うという法律があるからだ。よほどしっかりとした人物や、権力のあるものでなければ奴隷に人権を認めない。金銭が関わってくるとなれば話は別だが、暴力やちょっとした色ごとならば見逃すのが通例だ。それが一番、手がかからないからだ。とはいえ、何もしていないのに絡まれるとあっては面倒ばかりなので、大体は主と奴隷はペアだ。そうすることでたいていの面倒事は避けられるからだ。逆にそうではないということは、厄介ごとを享受していると取られても仕方ないということだ。


 ゆえに、それはよくあることだった。


 一人で行動している奴隷に声をかけ、少しばかり色を楽しむ。男達にとっていうならばそれは、たんまりと金の入った財布を拾うようなごく稀にある幸運な出来事の一つだと思っていた。


 だからこそ、いつものように軽薄な笑みを浮かべ、乱暴な言葉で女性を誘った。常ならばそれで片はついた。だが、今回は勝手が違った。


「何を言っているんですか。ふざけないでください」


 抑揚のない声と、虫を見るような冷静な視線が男達に突き刺さる。その物言いに二人は言葉を忘れる。女性は奴隷だ。鳥かごのロゴが入った首輪をしている以上、それは間違いない。にも関わらず、この口調だ。奴隷としてありえないといっても、過言ではない。そんなことをすれば結果は火を見るよりも明らかだ。


 事実、初めてのことに呆然としていた男たちも、脳が言葉の意味を正常にとらえ始めると顔を朱に染めた。額に青筋を浮かべ、怒りに感情が傾いているのは明白だ。


「このクソアマッ!」


 激昂に駆られた男の手が女性の腕を握る。理性はまだ残っている。ここで謝るのならば、手を出すつもりはなかった。けれどそんな思考を女性は理解することもなければ、する気もなかった。


「――止めてください!」


 怒声にも似た声音で女性が叫ぶ。そして、勢いよく足を振り上げた。その先にあるのは男性の急所だ。正確な名称を挙げるとすれば、生殖器官という奴だ。


 野太い絶叫が辺りに響く。同時に女性を拘束していた腕がほどかれると、突然のことに呆然としているもう一人の男のそばに女性は近づいた。そしてまたしても、股間に向けて蹴りを繰り出した。再度の悲鳴は聞こえなかった。代わりに地面に倒れ、白目をむきながら泡を吹いている。最初に急所を強打した男も意識は失っていないが、涙を浮かべながら女性を睨んでいる。


 そんな一種の惨劇を作り出しておきながら、女性の表情に色は見えない。集ってきたハエを追い払っただけ、そう思わせるほどに無表情だ。 女性は一瞥し、男達に戦意がないことを確認すると背中を向け歩み始める。興味がない、無駄な時間を使った、そう言わんばかりの態度だ。それは一撃を加えられた男の矜持を刺激する。そもそも彼は荒事を生業としているものだ。それがこんな醜態を晒したとあってはこれからに十分関わってくる。最低限の落とし前を付けぬことには、この街どころか他へ行ったところで袖にされる。打算と意地、それに職業意識から男は痛みに気を失いそうになるをこらえ、懐にしまいこんであった投げナイフを取り出し、踵を返した女性へ向け投げた。


 威力自体はそこまでない。浅く、刺さる程度だろう。それで十分なのだ。傷つけることさえできれば、最低限の矜持は保たれる。まだ、この街で再起は可能だ。


 最悪の結果にはならないことに苦笑のような笑みを男は浮かべるが、すぐにその笑顔は崩れることとなる。


 女性の間に割って入るように人影が紛れ、ナイフをその身に受けたからだ。


 人影の正体それは、和也だった。

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