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アーネス・ギルド

 アーネス・ギルドにとって世界は赤に染まっていた。

 赤、彼女にとってそれは不幸の色だ。


 今でも彼女はその光景を夢に見る。


 暗い夜だ。月は厚い雲に隠され、大降りな雨が大地を叩いていた。季節は秋の初めで寒さが少しずつ、身にしみる頃となっていた。そんな時季に降る雨は余計に気温を下げる。安くもない油や薪を使うよりは、寝床に入ったほうがマシということもあり、誰もが雨音を子守唄に眠っていた。


 ゆえにそれは絶好の機会と言えただろう。盗賊たちが村を襲うには。


 冬に入る前の直前というのは、農村が一番潤っている時期でもある。実りを終えた麦など売り、厳しい冬を越えるために資金を貯めてるからだ。そんなことは子供でもわかっていることであり、領主や村長は盗賊の動向に目を見張っているものだが、いかんせん、アーネスの村を襲ったのは拠点を持たない流れの盗賊だ。情報が流布する頃にはその場を離れており、伝わるのにも時間が必要だった。


 流れということは慣れていることであり、そこには一種のノウハウがあった。それは捕まれば殺されるという生存競争にも似た環境で鍛え上げられた、掟ともいえるルールだ。


 今日も今日とて盗賊たちはそのルールに従い、ことをなしていた。


 雨は音を消す。ゆっくりと細心の注意を払えば、たとえ手練でなくとも足音や家に侵入する際の音をごまかせる。


 だからこそ、静かにことは成っていく。


 どこの家も変わらない。盗賊たちが入った家は先ほどと変わらず、静かなままだ。寝ていることには変わりがないからだろう。ただし、決して目が覚めることはないが。


 盗賊たちのルール、それは子供以外の皆殺しだ。奴隷として商品価値のある若い男女であろうとも、盗賊たちは殺していた。売ってしまえば自分たちの情報が流出する可能性が高く、場所をとるからだ。食事に水、五体満足で生かさねばならない以上最低限でも数が多く大人であれば量も必要だ。となれば、それを管理する人員も必要になり、結果情報はもれやすく、一人頭の儲けも少なくなる。それが盗賊たちの考えだった。そしてその思考がそう間違いでないことは、こうして生き続けることが証明となり盗賊たちを支える骨組みとなっていた。


 だからこそ、例外というものが起きることはなかった。等しく平等に、死は舞い降りていた。


 アーネスにとって悲劇だったのは、数日前に彼女の母親が寝かしつけるために寝物語を語ったことだろう。それは取るに足らない話で、雨の降る夜ははやく寝ないと水の精霊がさらいに来るといった、どこにでもある子供の悪さを抑えるような話だ。ただ、聞かされたばかりということもあり、それは彼女の神経を過敏にさせ、常より眠りを浅くしていた。


 ゆえに、それは必然だったのかもしれない。


 雨音に紛れ込むように聞こえる床を鳴らす響きは、アーネスの睡眠を妨げるように耳朶を打った。


 いつもと同じならば、アーネスはそのまま目を閉じていただろう。だが、彼女の鼻はとらえた。人の体温と混じり合った雨の匂いを。それは彼女の脳を覚醒させ、五感を鋭敏にさせた。


 まず感じたのは、またしても匂いだった。


 錆にも似た生臭い臭気が鼻腔を攻める。それは彼女が転んだ時などによく嗅いでいたものだ。だが、濃い。むせ返るほどだ。それはなぜか、アーネスの涙腺を刺激した。


 次に感じたのは温度だ。生あたたかいぬくもりを、体感していた。そう、お湯をかけられた時のように、ぬくもりだけを感じていた。それはなぜかアーネスの膀胱を刺激した


 そして、最後に感じたのは色だ。暗闇の中、何も見えないはずなのに彼女は赤を見た。消えていく命の残滓のような、赤の軌跡を彼女の目は捕らえていた。それはなぜか魂を刺激した。


 アーネスは本能的に理解していた。両親の血潮だと。それは自分を染めたのだと。


 全てはそこからだ。そこから彼女の不幸は始まり。世界は赤に染まり始めた。


 今日とて彼女の視界は赤だ。空に大地や森、そして人。


 なにもかが変わらない。なにもかが変われない。


 それでも、彼女は生きる。それでも、彼女は歩く。


 まるで、浮浪者のように。まるで、答えを求める探求者のように。まるで、神に救いを求める信徒のように。


 アーネスは歩く。いつもと変わり映えしない景色の中を、いつもと変わらない足取りで。


 なにもかもが赤い。なにもかもが救いに見えない。なにもかもに救われない。


 そんな日々が一生続くのだと思っていた。そんなものだと思い込んでいた。


 だから、傷ついても構わなかった。たとえ、今この瞬間その生涯を終えたとしても構わなかった。


 生傷なのだと、アーネスは気づかない。未だ血が流れ続けるゆえに、世界は赤いのだと彼女は認めない。


 そして、そんな傷を癒してくれる存在にもうすぐ出会うことも知らずにいた。

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