リフリシア
「ハハハハハハ――オェ、タ、タンマ、わ、笑いすぎた」
細身で背の高い、浅黒い肌をした男が、床に膝を付けえづいている。
黒髪黒眼、美系ではあるが、そこに女性を思わせる中性的な部分は皆無だ。抜身の刃のような精悍な印象を漂わせる美丈夫だ。もっとも、今は涙目に鼻水を垂らしているので、恵まれた容姿も無意味な産物とかしている。
「オホホホホホ――ゲホッ、ヤバッ、ツバが気管に入った」
細身だが服の上からでもボディラインのわかる白い肌をした女が、床に膝を付けえづいている。
金髪碧眼、まるで絵画から抜け出たような、どこか幻想めいた美しさを感じさせる。もっとも、今は涙目に鼻水を垂らしているので、幻想どころか幻滅ものだ。
「……なんというか、残念だな」
ポツリとそんな二人を見ていた和也が、呆れたようにつぶやいた。
話はこれより、数時間前へと遡る。
和也はうなだれていた。まるで真っ白に燃え尽きたかのような顔で、椅子に座っている。
やりすぎた。要はそういうことである。
商工会にて和也は、調子に乗りすぎた。勢いにのせられ、家を三つも購入したのだ。本当に必要かどうかを考えると、無駄使いに近いものがある。とはいえ、あくまで近いだけで意味自体はある。
実際のところ、箱が大きければ大きいほどいいのも事実なのだ。
和也の経営したいものは商店である。ただし、品目は特にない。いわゆる、生活雑貨全般である。
理由はある。それはこの街が意外と住みにくいところにある。
この街だが、鍛冶屋と服飾店が存在しない。正確には、生産職としてというところになるが。
そのことを食卓でルシールから聞いたとき、和也の顔には驚きが浮かんでいた。この街にいてまだそう日にちは経っていないが、それなりの規模であることは和也とてすぐにうかがえた。寂れた人口の少ない村ではない、鍛冶や服飾の仕事などいくらでもあるだろうに、一件もないというのがどうにも解せなかった。
そのため、ルシールに聞くと苦い顔で返事が返ってきた。
「半分は年って奴だよ。もう半分は、……ギルドのせいってことになるのかね」
老齢のせいで仕事が続けられなくなった。確かにある話だろう。だがそれと対になるように、後継という言葉がある。自分ができないのなら、他の者に任せばいい、要はそういう問題だ。けれど、そうならないということはルシールが語るもう半分の理由、ギルドが関係しているのだろう。
和也はルシールからギルドの理由を聞くと、彼女はおもむろに口を開いた。
先に結論を述べるのならば、それはシャッター商店街という言葉が一番適切かもしれない。
ギルドは鍛冶製品に服飾品、加えて日用雑貨に食料品の類まで販売している。ギルドに加入した会員のために、どのような状況にも対応できるよう幅広く揃えたという名目が理由だ。もっとも、それが建前であることは誰もがわかっている。なにせ、ギルドに加入していようがしてまいが、購入は可能なのだから。
ギルドの品物は安い。ただし、オーダメイドが基本のこの世界では珍しく、ほとんどが既製品を販売している。独自の交通網により情報だけではなく、物品の運送も可能にしているギルドは、鉱石の産地や織物の産地で大量に生産し各支店へと供給している。何もかもが自前であるため、同質のものであっても一般的な鍛冶師や服飾職人が作成したものよりも値段が安価となっている。いわゆるプライベートブランドというものが近いだろうか。
熟練と初心者、金持ちと貧乏、どちらも後者が多く、前者の方が少ないのは自明の理だ。安くてそれなりの品を選ぶのは当たり前とも言える、結論だ。オーダメイドの商品の方が性能は確かにいいが、それはあくまで値段が同じである場合だ。自分の体に合うように作られていなくても、それなりに見栄えがし、扱うことが可能であれば問題などどこにもないと考える人間は大勢いる。
そして、それを示すようにこの街リフリシアの鍛冶屋や服飾品店では閑古鳥が鳴いた。
シャッター商店街――近場に大規模デパートが出店し、お客がそちらに流れ店を閉鎖していく商店街の図によく似ている流れとなっていた。 和也はルシールからギルドのことを聞き納得はしたものの、それでも腑に落ちない点があった。
それはこの街が商都であるという点だった。商売が盛んな地域で職人がいないといのも、おかしな話だった。
疑問をルシールに問うと、すぐに答えは返ってきた。
――この街は中継地点だと。
リフリシアは国境沿いの街である、人の国ユーフリアと獣人の国トライガがすぐそばにある。それは元々この街が人と獣人が共に暮らす街だったからだ。
この辺には目立つような、産業というものがない。周りには大森林と雄々しき山脈があるが、そこにはそれぞれエルフとトロールが住んでおり、不可侵状態が進んでいる。そのため資源を得ることができない。土地も農作に適してはおらず、多くの作物が実ることはない。それゆえに強靭な肉体を誇る獣人と、比較的器用に何事もこなせる人が支え合い生きてきたという歴史がある。元来、仲の悪い他種族においてこれは異例ともいえることだろう。リフリシアは人の国に属してはいるが国境の問題であり、トライガに属しているともいえる。
なにせ、リフリシアは昔ながらに、人と獣人が共存する珍しい街なのだから。
そしてそれこそが、商都と呼ばれる所以である。
この街はトライガとユーフリア、二国を繋ぐ架け橋であった
この世界の国々は往々と仲が悪い。リニア以外では他人種等、ほとんど見かけないほどだ。歴史の中で戦争と排他を幾度も繰り返してきたが故に詮無きことではあるが、水に流して和解できるような話でもなく建前だけの和平が成り立っていた。
その結果、貿易を行ってはいるがどの国も必要最低限のものを、ぼったくりのような価格で取引するという関係に落ち着いていた。国同士でそれだ。個人同士となると、さらに顕著となる。もともとどの国も自前の資源だけで大きな不足がないことも、そんな関係を増長させていた。 だが、この街リフリシアは違う。古来から人と獣人が暮らしているおかげでわだかまりが少なく、差別的な気配もない。そのため関税こそはあるものの、常識的な利益の分しか価格に上乗せしないため他の国の貿易価格と比べれば驚くほど安い。そのためリフリシアは中継地点として重宝されていた。とはいっても、自前でどうにかなってしまうため、そう貿易には各国とも力を入れていないので重要視はあまりされおらず、中途半端な活気となっている。
そして、あくまでも中継であり横から横にバトンを渡すように仲介するのが主目的のため、加工と資材目的での職人は集まらず、土も悪く、特産品もないため第一次産業が発展していないため人口自体がそう多くなく、そのため集客目当ての職人や商人の集まりもない。行商の数が多く居着く者が少ないこの街は、大きさの割には人口を内包していなかった。それでも、ギルドのような新しい風さえ吹かなければ、代わり映えこそはないが安定した生活が続くはずだった。だが風はなぎ払うように強く吹き、景色を変え、街からは職人が幾人か消えた。
静かな流れだが衰退という大きな波が静かにけれど、確実にリフリシアに近づいていた。
一般的な教養しか持たないルシールには、少しばかり不便という印象しかなかったが、異世界の知識を持つ和也には悪い予感がしてしょうがなかった。
それはニュースで幾度となく目にした話題だからだろう。大型デパート進出による地方経済の暴落。かつての賑わいが消え以前は街の中心部だったところは商店や人が減少し空洞化し、加えて郊外にある大型デパートのみが栄える。今ギルドが進出したことによる減少はこれと似たようなものだ。いや、さらに悪いと言っていいかもしれない。なぜならば、ギルドの職員は全てギルドの本部から派遣されている。
結局のところ経済というのは循環だ。貯めるだけでは意味がない。消費することによって分配がなされる。
外から得るお金があれば潜在的な多寡は増えるが、それ以上に内部から得るお金も重要だ。当たり前の話だが街とはそこに住む住人がつくるものだからだ。外の企業――ギルドにお金を落としたところで税収としても最低限のものしか手に入らない。なによりも、ギルドは街で消費活動を行うことはない。――街にお金を落とすことがないのだ。それは潜在的にも総合的にも、リフリシアという街の経済を底冷えさせることにほかならない。その結果街は移住者や、街道の整備や治安が悪化し、ギルドはいなくなることだろう。この街に根付いているわけではないギルドは、利益が出ないのならいる必要などないのだから。その時ここリフリシアが街として機能しているかどうかは、定かではないが。
暗い未来を予想しつつも、だからといって和也は身を粉にして街を奮起するような気概はなかった。まだこの街で暮らして数日である、人のあたたかさに初日から触れたものの、それでこの街に骨を埋める気になるほど激情家でもなければ楽天家でもない。この街が破綻を起こし始めたら、別の街に、いっそう、田舎でスローライフなんていいかもしれない、排他的な田舎ならば魔法を使えば種族や生活もどうにかなるだろう、そんな考えが脳裏に浮かぶ程度には現実主義だ。
とはいえ、三件も家を買ってしまった手前、すぐに離れるという選択肢はない。衰退の道が見えているとはいえ、それはまだ始まったばかりであり今すぐにどうこうなる問題でもない。潜在的な客は多い、まだこの街から離れるには時期相応とはいえなかった。
さて、そうなると、和也が次に考えるのはどのような店にするかだ。最初は自分のスキルを使い、魔法で作成した品物を販売する予定だった。ファンタジー定番である、魔法を吐き出す杖や、魔法を付与した指輪や武具などはもちろん視野に入れていたが、それよりも和也が考えていたのは自分がいた世界の品物を魔法で再現することだった。
例えばライターやLEDライトに電気ストーブなど、魔法を使えば簡単に再現できそうなものがいくつか浮かんでいた。それらを販売することにより、顧客を一般人に焦点を当てるつもりだ。なにせ、和也はファンタジーの世界に来たというのに、肝心の魔法や魔法が込められた代物を自分が使用する以外では一つも見たことがないのだ。その事実が一般の人には魔法やその類が幾分敷居が高いであろうという認識を、和也に与えていた。
だからこそ、一般人に向けた商品があれば需要があるのではないかと考えていた。確かに狙い自体は悪くはない。だが、和也は肝心な思考が抜けていた。一般向けに販売がなされていないということは、一般向けに作成できないからだということに。
小説やアニメなどのサブカルチャーから魔法の影響を受けている和也は、この世界の魔法というものを理解していない。なまじ、人の身には過ぎた力を子供に小遣いを与えるように授けられたせいもあるのだろうが、和也にとって魔法はおとぎ話のように潜む都合のいい奇跡のような代物に思えていた。
だが、現実はそんなものではない。むしろ、個人の資質が関わり絶対性の法則がない以上、よりシビアともいえる。ゆえに、魔法は秘匿されたかのようにその姿を現していないだけなのだが、ファンタジーという視点が先に来ている和也がそのことに気づくのはこれからの話だ。
少しばかり話がずれたが、つまるところ和也は最初スキルで作成できる魔具のみを販売する予定だったが、ルシールから今の街の現状を聞きその案を改訂しようとしてるというのが現状だ。他にも需要を見込めるものがたくさんあるというのもあるが、今の実情で魔具屋なんていうものを運営したところで数年後には立ち退かなければいけない可能性が非常に高い。そして逆をいえば今この瞬間ならば、どうにかなる手段は残されていた。
正直な話、勢いに任せて家を三件も購入しなければ和也は今考えている案を、実行することはなかっただろう。街として経営が破綻とわかっていながらも小さな店を開き慎ましく暮らしていただろう。そして店の黒字から赤字に転落しそうな時期にそっと街を離れただろう。
わかっていながらなぜと思う者もいるだろうが、未来というものは所詮先の話であり今ではない。残業ばかりで休日もなくひたすらに拘束をしいるくせに給金に反映されない職場があったとし、そこに勤めている者がもう何年もその生活を続けているとしたら誰もがなぜ辞めないと問いかけるだろう。働いている者とて馬鹿ではない。割に合わないのわかっている。だがそれでも、見えない未来は怖い。今辞めたとして次にすぐ働き口が見つかる保証などないのだ。それになによりも、年月というものは牙を抜く。新しく何かを始められるほど摩耗した心は、強くはないのだ。惰性という流れの中で少しずつ角が取れた心は、耐えるようにただただ丸くなっていく。大事なものを内に潜め守るように、それだけを死守するかのように。
終わらなければ始められない人種というのも往々といる。そして、和也もそんな人間の一人だった。
だが、幸か不幸か、今の和也にはそんな選択肢はなかった。半ば自業自得とも言える選択肢の中で、打って出るという選択肢が選ばれることとなった。
貴族の屋敷を改修した大型複合デパート、それが和也の考える一手だった。
デパートの歴史は新しい。西暦1887年辺りに初めてのデパートがフランスに誕生している。現在の感覚でいうとデパートは安売りというイメージが強いが、最初の傾向としては高級百貨店という風情が強く、内装や外観にもこだわりがあった。現に世界初のデパートとされるボン・マルシェ百貨店はパリのオペラ座をモデルに高名な建設課が設計を手がけている。
貴族の屋敷ともなれば外観や装飾には手をかけるものだ。おまけになかなかの広さがあるとすれば、デパートの箱としてはうってつけとも言えるだろう。なにせ、ギルドとの差を少しでも詰めなければいけないのだ。特徴はいくらあっても困らない。
くくりわけを行うとすればギルドもデパートの体裁をとっているといえるだろう。幅広く大量生産したものを安価で売るのだから定義の上では、デパートと呼んで問題ないだろう。
と、なると、いろいろと目玉が必要になってくる。和也は新参であり、向こうは世界的に知名度があり、本業は仕事の斡旋という太い綱を持っている、それがこの街の住人の首にかかっているのは明白だ。それを勢いよく引きちぎるくらいの何かがなければ和也の元に客足は伸びないだろう。
魔法を使用した商品というのは、確かに目玉ではあろう。だが、それだけならば専門店として開けばいい。ギルドと対抗するというのなら、最低でも同量、欲をいえば倍以上の商品が必要となるだろう。現実的に考えて和也一人の力では揃えることは不可能だ。それに魔法とて万能ではない。加工する手は必要である。
いわゆる、職人と呼ばれる類の力が必要だった。だが、雇うにしても鍛冶や服飾の職人はいない。よそから募集するにせよ、この世界のことを何一つ知らない和也では今すぐに事をすすめるのは無茶というものだ。どこに職人がいるのか、そもそも、リフリシア以外の街を知らないのだから。
故に選択肢は一つだ。
クリエイトアンデットにクリエイトエンジェル、無いなら作る、それが和也の選択肢だった。
和也は自分が様々な能力を持っていることは知っている。だが、それを十全に使用することはできない。
人が最初から二本の足で立つことができないように、リッチとして転生した和也もその身に全ての力を宿していない。
四つん這いから、徐々に歩数を増やし、二足歩行を覚える赤子のように和也が己の力を余すことなく扱えるようになるには、今しばらくの時間が必要だった。
とはいえ、それは逆にいえば拙いながらも力を使用できるということでもある。ぎこちなさは残るものの意識さえすれば、問題などはなかった。そもそもが自分の力だ。使用方法などはすぐにわかった。
スキルを使えば自分の望み通りの結果を得られることがわかった和也は、自身が能力を使いこなせていないことはわかっていたので少しでもその差分を埋めることに精を出すことにした。
その作業のために自室にとあてがわれた質素な客間で、和也はベッドに腰掛け小さな箱に触れていた。
質のいい木材が主な材料でありながら彩る装飾も華美で、間違っても和也が今居る質素――粗末な部屋には似つかわしくない物だ。それはダンジョンマスターから和也に授けられたアイテムだった。
貰った以上使わなければというどこか脅迫めいた思いと、中身を確認していなかったことに気づき、今更ながらに見聞していたところだ。
「――よし、これでロックは外れたかな」
ダンジョンのアイテムには、魔法による封がなされているものがある。往々にしてそれらは質の高いものに限られており、また解除するには高度な技術や専門の施設が必要だ。間違っても腰を下ろし片手間のようにできるものではない。
「さて、それじゃあ、中身のご対面といきますか」
期待に頬を緩ませそう口にすると、和也は箱を開けた。
まばゆい光や、耳をつんざくような音もなく、拍子抜けするほどあっけなく箱は静かに中身をさらした。
中に入っていたのは二枚の羽だ。
ひとつは白鳥を思わせる、真白の羽だ。一切のよどみなくただただ白だけが色濃く主張するそれは、どこか静謐な空気さえ作り出すような清らかさに溢れていた。
そして、もう一つはまるで対になるかのように黒い、鴉を連想させるぬばたま色の羽だ。何の混じり気もなくただただ夜色だけが存在するそれは、底知れぬ闇を思わせる空虚さを見るものに与えていた。
誰が見てもわかる底の深さを、二枚の羽は秘めていた。売れば天文学的な数値になることは素人目にも明らかだったが、和也の選択肢に売却というものは存在しなかった。
託されたものを金に換えるという行為が仁義に反するというのが半分、もう半分は技術の穴埋めに使えるのではないかということだった。 箱を開けた理由が元々、自分の技量を補うものが入っていないかの確認だったことを考えると、まさに幸運と呼べる出来事だ。
思い立ったら吉日、そんな諺を実践するかのように和也は二枚の羽に魔力を込める。そして、静かに頭の中でスキルを念じる。
クリエイトアンデッドにクリエイトエンジェル、それが使用を行おうとしているスキルの名前だ。
二つの羽を中心に魔力が渦巻き、雷光のような光を発している。雷鳴を思わせる低い音が、和也の腹に響くように轟いていた。事前に魔法で結界をはっていたおかげで今の状態に気づくものはいないだろうが、そうでなければ今頃はルシール一家どころか近所の人間が詰めかけてきただろう。
産みの苦しみを象徴するかのような光と轟音がしばらく続くが、次第に収まり始め二つの人影へと姿を変えた。
「ハハハハハハ――オェ、タ、タンマ、わ、笑いすぎた」
細身で背の高い、浅黒い肌をした男が、床に膝を付けえづいている。
黒髪黒眼、美系ではあるが、そこに女性を思わせる中性的な部分は皆無だ。抜身の刃のような精悍な印象を漂わせる美丈夫だ。もっとも、今は涙目に鼻水を垂らしているので、恵まれた容姿も無意味な産物とかしている。
「オホホホホホ――ゲホッ、ヤバッ、ツバが気管に入った」
細身だが服の上からでもボディラインのわかる白い肌をした女が、床に膝を付けえづいている。
金髪碧眼、まるで絵画から抜け出たような、どこか幻想めいた美しさを感じさせる。もっとも、今は涙目に鼻水を垂らしているので、幻想どころか幻滅ものだ。
「……なんというか、残念だな」
光が収まり姿を現した二人に対し、和也が抱いた感想はそんなものだった。
「ゴホッ、残念とは何だ! 残念とは! そこはこの場に居合わせたことに歓喜で震える場面だぞ!」
「そうよ! 仮にも私のマスターとあろうものが、その態度はいただけないわ!」
耳ざとく聞きつけた二人が口角泡を飛ばす勢いで和也に詰め寄る。それに対し和也は疲れたような表情で、顔を手のひらで覆った。
「全く、かつてはそこにいるポンコツと天地を分ける大戦をした、黒の魔公子と呼ばれたこのグスタフ様をないがしろにするとは、良い度胸だ! べ、別に構って欲しいわけじゃないんだからな!」
「そこにいるへっぽこの言う通りよ。かつて、白の聖女と謳われたこのアリアにその態度は、失礼というものよ! べ、別に寂しいとか思っているんじゃないんだからね」
昔自身がどれだけ不良であったことを自慢げに語る中年男性のような物言いに、和也は初期の印象が間違っていなかったことを悟る。加えて、チラチラと心配してくれと言わんばかりに、視線を向けるその姿に和也は別の感情も抱いた。
すなわち、面倒くさいと。
「して、マスターよ。我に何を望む? 世界の終焉か? それとも破滅か? 我に成し得ぬことはないぞ」
「ふんっ! 大層なことを言っているけど、結局のところ力押しじゃない! マスター、私に何を望むの? 新しい世界の創造? それとも、世界の改変? 何だって出来るわよ」
どちらも胸を張り自信ありげに言ったが、和也としては気まずさに頬をかいてごまかすしかなかった。
なにせ、そんな大それたことなど望んでいないのだから。
妄言としか思えない物言いを二人はしていたが、実のところそれは過言ではない。
二人はかつて世界の覇権を争い対峙した、神にも等しき存在の化身だ。血みどろの戦の結果、双方とも倒れるという引き分けのような結果で終わったが、実力は折り紙つきだ。証拠に神話で語られ、その当時の傷跡が今もまだ残っているのだから。
二人は亡くなったわけだが、その強大な力は死してなお在り続け、壮大な時間をかけて凝縮され二枚の羽となっていた。そしてそれがダンジョンという星の力が具現化した場所で吐き出され、和也の手に渡ったというわけだ。
本来の力と比べれば残滓のような存在だが、それでも強大であることには変わらない。
二人が語る言葉は実現可能な現実だ。とはいえ、和也にそんな大それた望みはない。そもそもが羽を媒体にした理由とて、有ったから使った程度のものだ。貰い物を売却する気にはなれず、死蔵するのも気が引ける。残った選択肢の中で実用的なものが一つしかないため、使用したに過ぎない。
和也が二人に行ってもらいたいことは、すなわち職人だ。
そのための下地はもう整っている。二人には様々な職人の知識と経験がインストールされている。死者の王である和也にとって、そこらにいる浮遊霊や地縛霊といった存在から記憶や経験をコピーするなどといったことは、児戯に等しい行いだ。加えて二人には和也の記憶も植え付けてある。理由は簡単だ。説明がしやすいからである。
三つ子の魂百までもという言葉がある通り、性格や常識に価値観というものは変えにくい。どうあがいたところで、地球で育った価値観を捨てることは出来ないだろう。ならば、それを活用できる形にしたほうがいい、要はそんな思いつきだ。
今いる世界のことを自分より詳しく、前の世界に関しては自分と同等の知識を持つ、そんな人材がいれば重宝することは明確だった。ゆえに創った。ある程度の性能を与えるつもりだったが、世界をどうこうするほどの力を与えるつもりはなかった。そもそもが、職人だ。大工に核ミサイルを渡す人間がいないように、過剰なものは不要だった。
だが、――
「さあさあ、はやく言うのだ! 我はそう気は長くないぞ! 具体的に言うと、あと五分ほどで気が変わってしまうかもしれないぞ! だが、タイムはありだからな! キチンというのだぞ!」
「そうよ、はやく言いなさいな! 私も短気なんだからね! べ、別に願いを叶えて褒めて欲しいとかはないんだからね」
親の心子知らずとでも言うかのように、二人は見当違いの方向に気合を入れている。家の改築や、家具の作成を行って欲しいと言ったら、落胆することは間違いないだろう。だからといって、言葉にしないわけにはいかない。遅いか早いかの違いでしかないし、世界をどうこうする気などないのだから。
「あの――」
意を決して口にすると、期待に目を輝かせた視線が和也を襲う。それに和也は一瞬たじろぐがため息を一つ吐くと、再度話し始めた。
「あっ、その、君たちにやってもらいたいことなんだけど、僕が貴族の館を買ったことは知っていると思うんだけど、そこの改修をお願いしたいんだ。デパートみたくしたいんだけど、さすがに僕の頭の中にしかイメージがないから何分説明が難しくて。その点君たちなら、僕の記憶があるからイメージも伝わりやすいだろうし」
そこまで一気に語り終え反応を伺うが、予想していたような怒声や落胆の声は聞こえなかった。それどころか、むしろ逆だった。
「おおっ! なんと我自らの手で物を作れとは、なんとも剛毅なことを言う! ふむ、よろしい、特別に我が丹精込めて作ってやろうではないか! 首を洗って待っているがいい!」
目茶苦茶な物言いであるが上機嫌であり、今にも行動を起こしそうなグスタフに安堵し、和也はアリアに視線を向けると真っ赤な顔で興奮しているのが見て取れた。
「は、破廉恥ね。私の手作りじゃないと嫌だなんて! きっと終わったら、クンカクンカするんでしょう! 薄い本みたいに、薄い本みたいに! 全くダメなマスターね。み、見捨てないであげるだけ感謝しなさい!」
怒りを向けるようなことを口にしているものの、どこか表情がほころんでいるところから怒っているわけではないのだろう。むしろ、照れ隠しなのかもしれないと感じた和也は、発言に関して物申したかったが話がこじれそうな気もしたため止めることにした。
落胆も怒声もあげらることもなく無事ことが済んだことに、和也は安堵の息をつく。創造主である和也は、無理やりにでも命令を厳守させることは簡単だ。だがそんな風にしてしまえば、どこかで歪が出てくるのは明らかだ。ある程度自分の考えと合っていなければ、長期的な関係は気づきにくい。なにせ、和也は部下や従者ではなく、家族を創ったつもりなのだから。
残念で面倒でチョロイ。なかなかにクセはあるが、家族としてなら問題ないだろう。長く付き合うのだ。噛めば噛むほど味が出るというのは、願ってもいないことだ。