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ダンジョン

 この世界には、ダンジョンと呼ばれるものがある。それは一種の魔法だ。ただし、世界が使用した魔法である。世界に魔力が溢れ貯まるとそれを吐き出すために、魔法を使用する。それは時に至高の魔力を有する宝玉であったり、神獣と呼ばれる絶大なる力を持った聖霊や、魔物が跋扈する迷宮となりてこの世に姿を現す。


 ダンジョンは実に個性的である。迷宮の構造も全て違っており、中には入るごとに形が変わるものもある。魔物の種類もダンジョンごとに変わり、絶対の法則として深く潜るごとに強さが増していく。そして、一番の特徴というか人々がダンジョンに潜る理由だが、ダンジョンには宝が眠っている。それはダンジョンが魔物を生み出す際の副産物として、生み出される。


 魔物の種類は幅広い。中には武具を持ったものや、回復役などのアイテムを持っているものもいる。魔物を生み出す際、ダンジョンは極稀にそういったものだけを産み落とすことがある。それは本来なら魔物を生産するはずだった力の全てを受け継いでいるため、かなり価値が高く、階層深く潜るにつれて、魔物の強さと相まり価値は上がっていく。一攫千金も夢ではないのだ。


 だが当然のことながら、ダンジョンの種類もピンからキリまである。歴戦の猛者でなければすぐに死亡するダンジョンから、初心者推奨の弱い魔物しか出没しないものもある。和也とシャルロットが今潜っているのはそんな中の一つである、怨霊の迷宮と呼ばれる初心者ダンジョンである。


 怨霊の迷宮、名前の通りアンデッドがさまようダンジョンである。ダンジョンは魔物を生み出すが、アンデッドの場合は少々特殊で生み出すというよりは、呼び出すが正しい。一種の磁石のようにアンデッドを集めるのだ。ちなみに、アンデッドは生前非道く恨まれた者や恨みを残し死んだもの、邪法や呪いでなるものが多い。吸血鬼などもアンデッドだが、吸血行為によるもののため少々特殊な部類に入る。


 このダンジョン出没する魔物は弱いものが多く、上級者向けとは言い難いものがある。一階から三階までに出現するのは、ゴーストと呼ばれる魔物だが特別攻撃をしてくることはない、せいぜいが暗がりで驚かしてくるくらいである。低階層ならば危険は全くないが、人気の方も全くない。ダメージを受けることも難しいが、与えることも難しいからだ。


 害が少ないとはいえ、ゴーストはアンデッドに属する。それは物理攻撃では倒しにくいということでもある。初級魔法や微弱ながらも魔力が宿った武器ならば簡単に倒せるのだが、それ以外での魔力を伴わない手段で倒すとなると難しいの一言に次ぎる。そしてそれこそが、怨霊の迷宮に人がいない理由である。


 基本的に魔法使いの人口は少ない。そして、ひとたび同じチームとなれば、非常に重宝する役職である。そのため例え低レベルであろうと、非常に大切かつ丁寧に扱われ、引く手あまただ。魔法しか通用しない場所で、こき使うなどとは考えもしないのである。魔法使いの方もそれがわかっているからこそ、単独でダンジョンに入りレベル上げなどは行わない。レベリングしてくれるチームを見つけるのが常である。


 本来であれば和也も魔法使いの例にもれず、そういった流れになるはずだったのだが、ギルドに加入をしない和也には関係ない話となった。ギルドには約定として共に行動する場合は、ギルドに属しているものでなければならないという規約がある。和也が加入しようと思っている商工会にも何人かは戦える人間はいるのだが、そこにも同じ規約があり未加入の和也はどこにも加えてもらえない。そのためこうして、未加入同士の和也とシャルロットで組むのが精々なのである。レベル一と子供というなかなかに危なっかしいチームだが、単独でいるよりは何倍もマシだ。もともと危険が少ない場所であり、ゴーストは自らの存在を驚いてくれる傾向が強い子供を脅かす傾向にある。前衛と後衛に別れることができれば、それだけで負担というものはだいぶ変わる。負担は少なければ少ないほど良い。特に平常心が必要となる魔法には、一番大切なことでもある。ちなみに、ルシールは若い頃にギルドに加入しており、直接的な手助けは出来ない状態だ。


 カビ臭い臭いと、吐き出した息が白くなりそうなほど冷えた空気が辺に満ちている。天井がぼんやりと光ってはいるが薄暗く、部屋の隅までは見通せそうにない。壁や通路も均されていてつまずくことはないほどの整備された石造りだが、逆に図ったようなそれが無機質な寒気をかもし出していた。そんな音量の迷宮の名にふさわしいダンジョンに二人はいた。


「一列になってください! ダメですよ、列を乱しちゃ! そこ、横入りはダメですよ!」

「はい、それじゃあ、いきますよ。リザレクション! お疲れ様でした」


 しかし、二人が行なっているのはダンジョンでよくある光景の一つである、魔法や剣戟が飛び交い悲鳴が上がるといったものではなかった。 ゴーストやスケルトンにリビングアーマーが、シャルロットの声を元に一列になり並んでいる。その先には和也がおり、アンデッドを浄化する魔法を笑顔で詠唱している。似たような光景を挙げるとすれば、同人誌の即売会の売れっ子サークルが近いかもしれない。なんにせよ、異様な景色であることは間違いなかった。


 なぜ、こんなことが起きているのか、それを語るとなれば数時間前に遡ることになる



「ここがダンジョンか。空気がこもっているね」

「うん、それになんだか寒いし、不気味だね」


 二人とも辺りを見回し白い息をこぼしながら不安を口にしているが、その内はその限りではない。


 初めてのダンジョン探索に、二人の心は弾んでいた。見慣れない風景に不気味な雰囲気、それは明らかに日常とは異なる気配を持っていた。いつもとは違うという変化は、たとえそれが危険をはらんでいたとしても蠱惑的な魅力を持って二人の心臓をつかんでいた。加えて、打算もあったレベルアップや宝、そういった即物的な期待も胸を沸き上がらせる原因ではあった。


 もっとも、深層に行くならまだしも低階層では、冒険譚になるような展開はまずありえない。そのことを分かっているからこそ、ルシールも装備を整えことなく送り出したのだから。二人の格好は普段着――さすがにスーツは探索に向かないということでルシールから夫の持ち物である、シャツとズボンを和也は借りた――で、違うとこといえば両方の背に、いかにも丈夫そうなしっかりとした作りの背嚢を背負っているくらいのものだ。


「よし、それじゃあ、行こうか」

「オーッ!」


 和也の発言にシャルロットが、右手を上げて気合十分といった調子で答える。その姿を見た和也は辛く笑みを浮かべると、自身から先導して歩み始めた。


 石畳を歩くと硬質な音がこだまを伴って、ダンジョン内に響いていく。それは通路を石で覆われ冷えた空気が身を包む迷宮内において、よけいに不安をあおる音色となった。


 不意に和也の手をぬくもりが触れた。視線を向けると小さな手が強く、和也の手を握っていた。よく見ると目もつぶっているようだ。そのいじらしい光景に和也は目を細めると、シャルロットの頭を撫で手をやさしく握り返した。――それが何かの合図だったわけではないのだろう。ただ、偶然に、気のゆるんだ瞬間にそれは現れた。


 二人の眼前に突然白いモヤが現れた。モヤは少しずつ濃さを増していき、すぐに雲の塊のようになった。そしてその正面に黒いビー玉のようなものが並び、赤い楕円形が見え始めた。――それが目と口だということに、二人が気づくのにそう時間はかからなかった。


「ま、魔物かっ!」


 突然の襲来に和也は撃退よりも護りを選択してしまう。シャルロットを庇うように前面に出ると、両腕で顔面を守るようにガードする。脅かすだけとは聞いていたが、それでも用心にこしたことはない。


 瞬き数回程の時間が流れた。しかし、和也の身には何の変化もない。ダメージもなければ、驚かされたようなフシもない。怪訝に思いガードをとくと、無造作に佇むゴーストがそこにはいた。上げそうになる声を無視して、後ろに退き距離を取る。けれど、ゴーストが何かをする気配はない。ただ無言で立ち止まり和也に視線を向けている。


「何だ、僕に何かあるのか?」


 不気味に思い返事が返ってこないことを予測しながら問いかけると、意外なことにすぐ答えは返ってきた。


「アナタニ挨拶ト願い事ガアッテキタ」

「願い事?」

「ソウ、私達ハ成仏シタイ」

「――詳しく話してみろ」



 ゴーストの話を要約すると、何も好きでアンデッドをやっているわけではないということだった。自分でもどう成仏すればいいか分からず、仕方なく時の流れに身を任しているそうだ。このまま何年も過ごさなければならないと思っていたところに、和也がやってきた。気配や雰囲気で自分たちを倒すのではなく、浄化できる者だということがわかった。普通に魔法で倒された場合は魔石も落とすし、存在も吸収されるが何日かするといつのまに復活してしまうが、浄化の場合に限りこの世から解き放たれることが可能だ。加えて、いつもは生者を見るとそれだけで嫉妬にも似た怒りが湧くが、和也達を見ても冷静なままでいられることも大きかった。それも当然のことだ。アンデッドである以上、死者を統べるリッチの一種である和也に畏怖を抱きはしても、憎しみなど浮かぶ道理はない。


 顎に手を添え考え込むようにしていた和也は話を聞き終えると、ゴーストに一つ問いをぶつけた。


「――なるほどね。達ってことは、それなりにいるんだよね?」

「ハイ、ソウデス」

「そっか、わかったよ。じゃあ、呼んできな。僕で出来る限りの浄化はしてあげるからさ」


 和也は溶けるように消えていくゴーストを見送りながら、胸にあたたかい気持ちが満ちるのを感じていた。それは同じく死にきれなかったものに対する、同族意識のようなものだった。別段成仏する手助けを行なったからといって、和也に変化が訪れるわけではない。それでも、やわらかな和也を通り抜けていく。自分に有ったであろう、「もしも」、無念で溢れていたありえないけれどありえていた自分に、和也は手を差しのべることができたから。


 ――もっとも、そんな思いはすぐに後悔することになるのだが。


「さてと、どうしよう、手持ち無沙汰になったな」


 和也はゴーストを見送ると、右手で後頭部をかきながらつぶやいた。


 待機している以上、、この場所から動くのは論外だ。


 ここから移動せずに何かできることはあるかと考えていると、和也は自分のスキルに祝福というものがあったことを思い出した。聖属性を付与するはずのそれは、これから行う作業に役立つだろう。

(聖属性の詳細はわからないけど、聖の文字がつくんだからアンデッドとか、回復系に有効なんだろう)


 和也は知らない。この世界には、火、水、風、土、雷、聖、魔、時空の八つの属性がある。その中でも、聖、魔、時空の属性は誰もが宿るものではなく、魔法使いの中でも一万人に一人ほどの確率だ。特定の個人が簡単に付与できるようなものではないのだが、常識に疎い和也には分かり得ない話だった。


「シャル、ちょっといいかい?」

「なに、カズ兄?」


 和也は未だ縋るように手を握るシャルに視線を向けて口を開くと、上目遣いにシャルロットが和也を見上げた。


「ちょっとね、おまじないをしようと思ってね」

「おまじない?」

「そう、もしかしたら、シャルにも色々と手伝ってもらうかもしれないからね」


 小首を傾げ問うシャルロットに和也は安心させるために笑みを浮かべると、空いている方の手で頭を撫でた。シャルロットはくすぐったそうに目を細めるが、顔には喜色が浮かんでいた。


「ちょっと、目をつぶってもらえるかな」

「うん! わかった!」


 別段目をつぶる必要はないのだが雰囲気を出すために頼み、和也の方も神経を集中するために瞳を閉じる。魔法と同じく祝福の方法を和也は理解していた。失敗などが起きるような不安も見当たらない。一度も行なったことはなく、理屈も何もかもわからないというのに、ただ、可能だという確信とやり方だけがわかっていた。便利な能力だなと、和也は心の中で苦笑した。未知の力に不安がないわけではないが、この世界で生きていく以上頼らなければ生きていけないことも理解していた。つまるところ、慣れるしかない、それが結論だった。


「汝に我が祝福あれ」


 その言葉と同時に和也の手は白く輝き、その光はシャルロットにゆっくりと流れていき、染みゆくにして消えていった。


「無事成功ってところかな」


 シャルロットの方に異常はないか、確認を行おうとした時だった。膨大な気配を感じ眼前に視線を向けると、そこには魑魅魍魎の群れがいた。


 先ほど消えたゴーストを先頭に、ゴースト、スケルトン、グール、リビングデッド、大物ではデュラハンやカースドラゴンなどもいる。種類だけではない。数も相当だ百や二百では済みそうにもない。千に届くほどのいきおいだ。


「で、出来る限りとはいったけど、これはないな」


 本日の主役である和也はそんな大量のファンを前に、引きつった笑みを浮かべるのが限界だった。


 来てしまったものはしょうがないと、和也は半ば諦めるように納得した。仮にこの状況で逃げたとしても周りを囲まれるだけで、やることは何一つ変わらないだろうと予測した結果でもある。


 浄化魔法にリザレクションというものがある。術者の術力次第だが、力量さえあれば広範囲かつ強力なアンデッドでも浄化が可能だ。だが、その分魔力消費激しい。全体にかける場合は一番強力な個体を標準にするため、単体に行うよりも燃費は激しくなる。いくら魔法を極めしリッチといえども、レベル一のビギナーもいいところでは、さすがに自分より何十倍もレベルが上の存在を一度に浄化することは不可能だ。


 和也も本能的にそれはわかっていたため、一人ずつ時間をかけて浄化を行うことにした。


 けれど、波のような勢いで全てを押し尽くさんばかりに群がるアンデッドに対し、それもまた難しい。和也は先にすべきはこの波を沈めることだと悟ると、ある光景を思い浮かべ叫んだ。


「危険ですので、走らないでください! 列も一列でお願いします! 違反者には浄化行いませんからね!」


 一度だけ行った有明の同人誌即売会を脳裏に浮かべながら、和也は列を整理していく。鶴の一声とでも言えばいいのか、自分たちを浄化してくれる本人に逆らうことはできず、動き自体は遅いが無軌道だった流れにルールができ一本の長い列になろうとしていた。


「あっ、ダメですよ! そこのガイコツさん、横入りはルール違反です!」


 見よう見まねでシャルロットもスケルトンに注意をする。たしなめられたスケルトンは照れくさそうに頭をかくと、最後尾へと向かって行った。なかなかに、シュールな光景といえるだろう。


 そんな景色を、なんとも人間くさいものだと和也が見つめていると、服の裾を軽く何度か引かれていた。目を向けると小柄なスケルトンが、物言わぬ口で、歯を鳴らしていた。急かしているのかもしれないと思い、和也は謝罪し浄化を始めることにした。


「ちょっと、ボーッとしていました。すいません、それじゃあ、始めますね」


 微笑みながら告げると、スケルトンは首を二度縦に降った。子供が喜びを示す仕草に似ていると、和也はふと思った。


「それじゃあ、いきますよ! リザレクション!」


 魔法を唱えると白い光が、スケルトンを覆う。それはすぐに全身までまわるが、締め付けるような強さはない。むしろ包み込むような、赤子を母が抱きしめるとき傷つけぬよう細心の注意を払うような、そんな繊細な輝きだった。


 和也はその光を見て思う。これは「頑張ったね、もういいよ」と許しているのか、それとも「お疲れ様」と慰めているのか、一体どちらなのだろうと。許しであればいいなと、和也は願った。何をして、どうあって、こうなったのかはわからない。けれど、同情ではさびしすぎる。


 救われず、報われず浄化に縋る、死に続けた使者の最後に向けるものが哀れみだとしたら、報われない。認めてあげてもいいのではないだろうか。罪を犯したのかもしれない。この世に恨みを残したのかもしれない、呪われたのかもしれない。さりとて、苦しくなかったわけでも、辛くなかったわけでもないだろう。犯してしまった過去が何であれ、それで全てが帳消しになるわけではない。


 痛みをなかったことにして、良い訳がない。もしかしたらそれは、完全なる第三者の立場だからそう思うのかもしれない。ただ、それでも、どこか無邪気なアンデッドを見ていると、和也はそう祈らずにはいられなかった。どこか人の匂いがする彼らに、自分くらいは人らしく扱うべきだと思わずにはいられなかった。


 和也もまた死者であり、偶然が重なりここにいる存在だ。例え生者が拒んでも、同じ死者として死者を許す。それはきっと、同じ痛みを知り、同じむなしさを感じた者だからこそできることだろう。

 順調に事は進み、長蛇の列はまだまだ続いているが、増えるということはなくなった。


 行儀もよくなり、叫んで規制する必要はなくなった。シャルロットも今は、和也が浄化した際にアンデッドが残す魔石やアイテムを集めている。余談だが、本来なら魔石は体内の心臓近くにあり、ナイフでえぐり取り出す必要がある。そして、アイテム――毛皮や牙など加工すれば使える素材は魔石と同じように、自らの手で解体するしかない。ただ、アンデッドの場合というよりも、浄化を行なった場合は少々勝手が違う。浄化はアンデッドたる存在そのものに作用するため、服や武器などを除いては消滅する。魔石は魔力の塊であり、アンデッドとは半ば別の存在のため消えることはない。それと似たようなものが、アイテムだ。単純にいえば、アンデッドの装備品である。武器や鎧を着用しているアンデッドや、リビングアーマーのように鎧に憑依している場合は鎧自体は取り付かれているということになり、現世に残ることとなる。下位のアンデッドのものだと大したものではないが、中位くらいになるとその限りではない。


 話が大分それてしまったが、つまるところ、シャルロットは今手持ち無沙汰だということだ。背嚢にアイテムや魔石を収める作業も、スケルトンも行なっているためさらにそれがまたシャルロットの暇に一役買っている。


 和也は自分の前に広がる、長い列を見据える。上位アンデッドも下位アンデッドも入り交じって、並んでいる。上位を和也が、下位をシャルロットが受け持てばスムーズに進むことだろう。先ほどシャルロットには祝福を与えた、浄化魔法を使う下地はできている。なによりも、誰かが働いているそばで見学ということが、居心地が悪いことを和也は知っていた。


「――シャル、良かったら、シャルも僕と同じように浄化してみないか?」

「えっ、私、魔法使えないけど」


 突然意外な言葉をかけられたシャルロットは驚きのあまり、否定が口からもれた。それも無理ないことだ。彼女に魔力はなかったのだから。


 この世界では五歳になると魔力の有無を調べる。魔法は希少で貴重な技術のため、選別を行うのだ。そして、それにシャルロットは選ばれなかった。五歳以降に魔力が発現することがないわけではないが、それは本当に得意な例だ。ダンジョンなどで得たアイテムや、三桁に迫るほどのレベルになった際など、常人では縁がないものばかりだ。


「大丈夫、大丈夫、使えるよ。使用方法は、僕が教えてあげるよ」


 祝福で魔力を与えたことと、シャルロットから立ち上る赤、黄、白の煙のようなもの――魔力属性を見ながら、和也は胸を張る。この魔力属性だが、魔力があるものにしか現れず、赤が火、青が水、風が緑、土が茶、雷が黄、聖が白、魔が黒、時空が銀となっている。和也は簡単に見えているが、本来は魔眼という特殊な瞳を持った者しか見れずかなりの修行が必要なものだ。


「……私も、カズ兄みたいなことができるの?」


 期待に胸膨らますというよりは、本当にそんなことができるのか、そんな疑問の方が強い声音だった。それだけ、シャルロットには魔法というものは重要だった。母であるルシールは使い物にはならないとはいえ魔力があり、自分にはない。それは彼女の中で静かで硬いしこりとなって、胸の奥に沈んでいた。常日頃考えているわけでもなければ、家族の絆に齟齬が出るようなものではない。けれど、時折、ふと、思い出したように尖り彼女の心を突く。痛みはない。ただ、漏れ出す粘性を持った黒い何かが内に広がっていくのが、たまらなく不快なだけだ。


 事情も知らなければこの世界の常識にも疎い和也にはそんなシャルロットの心中などわからず、自分に使えるかどうか不安に思っているのだろうくらいにしか考えていなかった。


「ああ、できるよ。難しく考えずに、まずはやってみよう」

「――うん」


 ゆっくりけれど確かな意志を持って頷くシャルロット、それを見て和也は微笑むとシャルロットの背中に手を置き魔力を流す。それをキーにシャルロットの魔力を活性化させると、全身に均等に行き渡るように流す。


「これが魔力の循環だ、シャル、わかるかい? わかったなら、手を離すよ」

「う、うん、大丈夫!」


 確かな質感を持って自身の内部を脈動していく感覚に戸惑いながらも、シャルロットは気丈に返事を返す。


 言葉通り和也の手が離れ脈動が勢いをなくしていくが、先程までの和也が行なっていたことを思い出しながら手探りで制御していく。手本があったのと他人まかせとはいえ経験をしているおかげか、先程よりは勢いもなく魔力の循環も幾分均等からは外れているがまぎれもなくシャルロットの意志によって魔力は発現し体内を流れていた。


「うん、魔力が発現しているね。それだけの量と質なら、問題なく魔法も使えるでしょう」


 和也はシャルロットが行なった魔力の循環を確認すると、微笑み頭をなでた。


「ほ、本当! ヤッター!」


 喜色を浮かべ声を上げるシャルロット。それに和也は笑みを浮かべたまま、強く頷く。


「ああ、本当だよ、それじゃあ、さっそく魔法を使ってみようか」

「うん!」


 魔法というのは、技術としては単純である。魔力を練り上げる。重要なのはそれだけである。魔力の量と質、それだけで魔法は発動する。和也は起こしたい現象をイメージしてたが、本来はそれも必要ない。和也は現象をイメージすることで魔力の質や量を調整しただけであり、順序としては逆だ。詠唱は集中力を促すためのものと、魔法ごとの魔力を覚えさせるためのものでしかない。もっとも、詠唱が一つのスイッチとなり精神状態を昂揚させるため、ほとんどの人間は唱えるが。


 シャルロットの体内を循環している魔力は淡く白色に輝きながら、細い糸のようなものがゆっくりと駆け巡っている。アンデッドを浄化する魔法は、最も簡単なものであるためこの程度でも問題ない。高位のアンデッドはその限りではないが、そちらはあ和也が受け持つため問題ない。


「よし、じゃあ、そこのゴーストさんこちらへ」


 列の先頭付近に並んでいたゴーストを呼ぶと、揺れるように浮遊しながら和也達の元へと近づいてきた。


「それじゃ、記念すべき第一回目の魔法は、このゴーストさんにしようか」

「うん! 後はどうすればいいの?」

「そうだね、リザレクションって唱えて、今体を流れている魔力を手のひらから外に出してみな」


 魔法というものは、つまるところ魔力が変化したものでしかない。水が温度によって、水蒸気、氷と形を変えるように、魔力も適切な量と質があればその性質を変える。例外は生物の体内と、レイラインや、龍脈と呼ばれる、大地に脈動する人間でいうところの血管のようなものを流れている時だ。レイラインを流れる魔力は、星が修復を必要とする際、異変が起きたたとき、迎撃が必要なときなどに星の判断で魔法となり使用される。このレイラインの流れが多過ぎる魔力のせいでふさがった場合などに、ダンジョンとして使用されることとなる。ちなみにこの星を生きる生物は死ぬと最終的に魔力へと分解され、レイラインを流れることとなる。ゆえに星にとって平和な状態が続けばダンジョンは、多く作られることとなる。


「わかった! やってみる! じゃあ、いくよ、ゴーストさん」


 シャルロットは深く息を吐き出すと目をつぶり、右手を前に突き出した。ゴーストは手のひらに近づくと、体をあずけるように触れた。アンデッド特有の氷を思わせる冷えた感触に、シャルロットは一瞬震えるがすぐに首を横に振り集中を始める。やがて、手のひらに白い光が集まり、ゆくっりととゴーストを覆っていった。牛歩のような速度ではあったが、光はゴーストを全て被った。


 目を開けそのさまを確認したシャルロットは、呪文を唱えた。


「――リザレクション」


 ゴーストを覆っていた輝きが強くなり、そのまぶしさにシャルロットは瞳を閉じてしまう。光が収まり警戒しながら目を開けると、そこにはゴーストはいなかった。取り残されるようにして床に、魔石が落ちているだけだった。ゴーストがいた形跡はもう、それしかない。


 諦めていた魔法が使えた喜びよりも、消えていったゴーストのことが気になってしょうがなかった。ふと、シャルロットは思う。あのゴーストの氷のような冷たさを思い出しながら、自分に出来ただろうかと。


 あの冷えた体を、自分は少しでもあたためることができたのだろうかと。


 シャルロットは屈み、落ちている魔石を拾う。固く冷たい感触が手から伝わってくる。けれど、それは冷えた金属に触れたような温度であり、ゴーストの雪のような体温とは違うものだった。だから、シャルロットは思う。少しだけ、ほんの少しだけだけど、自分はあたためることができたんじゃないだろうかと。――その差分くらいは。

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