異世界での生き方
予想外の言葉に、和也は驚きの声を上げるしかなかった。いや、予想外というのは語弊があるかもしれない。ステータスが見られる世界だ、それを転写するような技術があったところでおかしくはない。事実、和也の内に落ち込む気持ちはあるものの、どこかで予想していたのか驚きはない。
「……あの、他に身分を得る方法ってないんでしょうか?」
いくらギルド職員の口が堅くとも人外であることがバレて、良い方に動くとは思えない。仮に見逃してもらったところで、それが弱みにならないとも限らない。勝算のない博打など、ただの無謀でしかなく賭けるに値しない。
「――ギルド以外ね、まあ、無くもないよ」
眉根を寄せ、難しそうな顔でルシールは答えた。
ステータスを見た直後から、和也の顔色が変わっていたことにルシールは気づいていた。だが得意の勘違いで、亡国の王族の血筋か何かがわかったのだろうと、ルシールは一人納得していた。そして、このような話の流れになることも予測はしていた。ゆえに、和也が求める答えを発言することは簡単だ。ただし、あまり一般的ではなく、応用が効かない、そのためできることなら、この世界の殆どで通用し、真面目に仕事さえこなせばいいギルドの身分証を取得してほしいのだが、和也を一べつするとルシールは小さくため息をついた。
ルシールを見る和也の瞳には、ありありと好奇の色が浮かんでいた。その目には他の選択肢など存在しないことが、明らかだった。
和也の気持ちを変えることが困難であることが分かったルシールは、気分を変えるためにかぶりを振ると和也が求める答えを口にした。
「正直、オススメはギルドなんだけど、それが嫌だって言うんならこの街の商工会で買うしかないね」
「商工会ですか?」
和也は響きから日本の商工会を想像するが、日本では戸籍や身分のようなものは取得できなかったはずだと思い、疑問を込めてルシールに視線を向けるとその意味を理解したのか軽く頷くと説明を始めた。
「ああ、とはいっても、ここが商都だからそう名乗っているだけで、商人や職人限定ってわけじゃないのさ。まあ、要はお役所って思って構わないよ。で、そこでならこの街でしか使えないが身分っていうものを買えるよ。ただし、何度も言うがこの街だけだからね。他の街じゃただの紙切れだし、ここでだって家を持てるとか商売ができるとかその程度だからね」
「はい、わかりました。それでギルドのように、制約だかはないんですか?」
「アレはギルドの専売特許だからね。他にはないよ。必要なのはお金と、この街の住人の保証があれば大丈夫だよ」
和也はルシールの説明を聞き、そんなことでいいのかと思い、まあ、そんなものかと思い直した。そもそもが厳しくする必要などないのだ。根無し草や小悪党などはギルドに加入すれば十分であり、この街で暮らしていきたいと思う者以外に意味がないというのなら取得難易度を上げる必要はない。なんといっても、人がいなければ街は成り立たないのだから。
「保証人の方はアタシがなってあげるから、安心しな。ただ、お金の方はね。悪いんだけど、日雇いの仕事を紹介するから、稼いでくれるかい? それとも、何か稼ぎになりそうな特技を持っているかい?」
ばつの悪そうな顔で、早口にまくし立てるルシールに和也は思わず苦笑をこぼしてしまった。何も気にすることなどないのだ。見ず知らずの人間の世話を焼き、あまつさえ住まわせようとまでしているのだ。それだけで十分であり、それ以上は不要だ。これでお金まで出してもらう事態になれば、和也は断るつもりだった。
手を差し伸べてくれた。一人でいた自分にぬくもりを与えてくれた。その意味がわかるくらいには、和也は大人だった。
「得意なことですか、そうですね、魔法が使えます」
ステータスに魔法を使用できることが書いていたなと思い和也が口にすると、ルシールの目が驚きで見開かれていた。
「ほ、本当かい、それは?」
「……え、ええ、そうですけど」
「あ、アンタ、魔法使いだったのかい!」
和也のいた世界では、魔法なるモノは小説や伝説のたぐいでしか確認できないフィクションの産物であった。ゆえに、和也は魔法を見たこともなければ、使用したこともない。だが、和也は確信していた、自分は魔法が使えると。
呼吸を行うことに特別な意識が必要ないように、手足を繰ることに労力を払う必要などないように、ただ、自分は魔法が使えるという静かな核心が和也の内に鎮座していた。
「ええ、はい、まあ、素人に毛が生えたレベルですけど」
和也はそう言うと空になったルシールのコップに人差し指を向け、魔法を使った。
自分の中心――へそより少し上の部位にあたたかな、けれど血液の類とは明らかに違うどこか質感を伴ったぬくもりに意識を向ける。思念で触れるとそこから血液を通じて熱を持った何かが、体を流れ始める。アドレナリンが巡り、心臓が早鐘をうち、ありとあらゆることを可能にするような万能感が和也の内に宿る。だがそれは一瞬のことですぐに高揚は治まり、常と変わらぬ精神となる。最後に和也は魔法で起こすべき現象をイメージする。すると体内を巡る熱を持った何か――魔力が想像を現実に変えるべく人差し指に集まり、そして、一つの形となって排出される。
水といくつかの氷が和也の淡く輝く人差し指から放たれ、ルシールのコップを満たした。
「こんな感じですね」
魔法の使用を終え微笑むと、ルシールが驚いたように目を見開きコップと和也に何度も視線を往復させていた。
「……無詠唱に、複合魔法、しかも、術具無しとは、ね」
驚愕のあまり内の声は喉を震わせていたが、それは微かで和也の耳に届くようなものではなかった。
魔法の才を持つものは、多くはない一万人に一人といったところだろうか。加えて、術具――指輪や杖などの魔力増強具をなしに魔法を発動できるものなど、百人に一人だ。そして、本来必要なはずの詠唱を不要とし、いくら近い属性とはいえ水と氷の魔法を同時で発動できるものなど、神話や伝説の類を紐解いたほうが速いだろう。人以外の種族なら同じことをできるものは皆無ではないが、それでも十の指に届くか届かないかだろう。
ルシールにも、魔法の才はある。だがそれはわずかなもので、青春の全てを魔法に注ぎはしたが開花することはなかったものだ。ゆえに、わかるのだ、和也の才能の凄まじさが、格の違いというものを。
いと高き血、そんな言葉がルシールの脳裏に思い浮かんだ。
魔法というものは遺伝要素が強い。魔法の素養を持たない者同士が子を生んだ場合、その子が魔法の才を持つ可能性は一万人に一人だが、片親に才を持つ者がいれば百人に一人、両方ならば十人に一人となる。その血筋による制御を利用し、優れた魔法使い同士の血統を何世代も重ね合わせ、魔を統べる血脈を作ろうとしている魔法使い達がいる、そんな話をルシールは魔法の修行時代に何度も耳にしていた。そしてそれは近親相姦やエルフやドワーフ、果ては闇人との異種姦をも行い、そのせいで心や体に異常を抱える者がいるということを。
記憶喪失に優れた魔法の才、そして、いと高き血、単体では何の意味もない言葉の羅列はルシールの中で結び付けられ、一つの物語となる。
すなわち、優れた魔術の才を持つ和也は、その身に流れるいと高き血の弊害――魔法暴走や心の病により記憶を喪失し、この街にたどり着いたのではないかというものである。魔法使いはその希少性ゆえ、国の重鎮になっている者も少なくはない。ステータスを閲覧した時にその幾許かの事実が記載されていたとしても、おかしくはない。
全てを理解したルシールは、気を抜くと涙がこぼれてしまいそうな瞳で和也を見つめた。そこには淡く微笑む歳相応の少年がいた。――自分の運命を知らず、無邪気な一人の少年がそこにはいた。ルシールは胸の内で静かに祈らずにいられなかった。
神よ哀れみを。ただその一言を願わずにいられなかった。
まあ、ただの勘違いにすぎないのだが。
「――それだけ、魔法が使えれば軍っていう道もあるけどね。魔法使いは貴重だし、実践で使えるレベルとなると喉から手が出るほど欲しいだろうから。多少の経歴は見逃してくれるだろうし。……まあ、おすすめは出来ないけどね」
魔法使いの汎用性は高い。一番イメージしやすいのはゲームなどで使用する、攻撃魔法だろうか。炎の火球に巨大な氷柱や激しい雷、手間と労力を惜しまなければ、ゲームに登場するような十二分に大軍を殲滅せしえる兵器となる。
個人単位で使用する場合でも、有用性は高い。一般的に魔法使いを倒すためには兵士が三人必要とされている。それも、二人の兵士を使い捨てにすることでだ。もっとも、状況や環境、術者の体調次第でいくらでも変わる部分ではある。
このような攻撃性こそが一般的にメインとされやすいが、軍で運用される場合戦力としてはそこまで重要視されていない。先ほど和也が行なったような水や氷の作成に、土魔法を使用した道の整備や隠蔽などの雑務がほとんどである。
水というものは重くかさばる、そして現地調達というものも見つかる確証もなければ毒の心配もあるため難しい。現地で使用する分だけ作成できるということは、その分余計に人員や物品を運べることでもある。そして、なによりも、長期の戦においていくらかの余裕が生まれる。
水というものの用途は幅広い。飲料はもちろんのこと、衛生面、病気や怪
我等、必要なものばかりである。ゆえに水の備蓄量というものは正確かつ、なくなるようなことがあってはならない。水のない状態での戦など、負けと同意義だからだ。そのため、自由に水を生産できるのなら、ある程度こちらで予定を決めることができる。戦場の空気、場の流れ、それらをコントロールできる要素が増えるということは非常に大き利点である。
そしてそれは、氷の作成や道の整備も同じことである。
氷があれば食料の保存に役立ち、現地で獲得した際も無駄なく運用することが可能だ。そしてなによりも、常に供給される氷のおかげで年間を通じて、食料の安定保存をできることが重要だ。腐りやすい夏場などの環境に邪魔されず、補給を機械的な数値で計算できることは戦術という上で非常に有用だ。
現在日本のように道なき道がない世界ではない。むしろ、整備されていない道の方が多い。つまるところ、それは馬車、下手をすると馬ですら駆けることができないということだ。そして、悪路はそれだけで兵士の気概を奪う。兵士は結局のところ敵兵と戦うことこそが本懐であり、そこにたどり着くまでに消耗することはナンセンスだ。
効率性、戦争が非効率的であるがゆえに、戦場ではそれが最も求められ、その獲得に心血を注ぐ。ゆえに攻撃性という、効率性を最も奪う側面を持つ性能はあまり、魔法使いに求められていない。魔法使いは希少であるがゆえに使い潰せず、代用たるものはいくらでもあるからだ。奴隷や貧民に難民、安価なリソースはいくらでもあり、そして世界はそれを認めていた。
「……軍ですか。メリットは大そうですが、デメリットもそれに比例していそうですね。出世も望めなさそうですし」
陰気を込めたルシールの発言に、和也は眉根を寄せて答えた。
ただ、入隊するだけなら、ルシールの言葉通り魔法という餌を使えば簡単なのだろう。だが、問題はその後だ。ただの雑兵として過ごすなら、問題ない。だが、それ以上を望み、その役職を捨てようとした際が問題だ。経歴の不備を突き、昇級を拒み、辞職すらも問題にし、下手をすればスパイ疑惑等も付けられるだろう。便利な駒が駒以上になろとすることなど、誰も望んではいないのだ。
「アタシもそう思うよ。コネでもあれば、別だろうけどね。まあ、そういう選択肢もあるよって意味で、言っただけさ。それじゃあまあ、本題に入ろうか。お金を稼ぐ手段だけど、魔石狩りが良いと思うよ」
「――魔石、ですか?」
疑問符を顔に浮かべる和也に、呆れ半分、諦め半分といった表情を浮かべ、ルシールは音を響かせ頭をかいた。
「変なことは分かっているくせに、常識は疎いだなんて、本当難儀な記憶喪失だね。まあ、いいよ、簡単に説明するとだよ。魔物を倒すと手に入る、魔力のかたまりだよ。魔道具の補充材にしようしたり、薬にもなるらしいし、術具にも使えるからね、商工会で買い取ってくれるのさ。買取に身分証なんて使わないから、カズヤでも問題ないよ」
「……魔物、ですか?」
訝しげな視線と疑問を言葉に込めて、和也は問いを発した。
先ほどから何度か耳にしている言葉だが、ゲームや漫画にもよく出てくるため和也の頭の中ではイメージは固まっているのだが、あくまでもイメージであり現実がその通りとは限らない。和也の予想通りであるならば、危険がつきまとうことになるのは必然だ。下手をすると自らの命がかかっている以上、不確かなままでいていいものではない。
「おや、まあ、魔物も知らないのかい。まあ、魔石を知らないなら、おかしい話じゃないか」
一瞬怪訝そうな光が瞳に宿ったが、それは直ぐにおさまりこれまでのことを思い出したのか納得したような表情に変わった。魔物という存在を知らないで生きていけるほど、この世界は甘くはない。けれど、和也の常識の欠如ぶりが、忘れることもあるのかもしれないと錯覚を起こさせていた。そこまでわすれているのなら、エルフやドワーフという言葉が理解できるはずはなくそもそもが会話にはならない。忘れているのではなく、知らないのだとルシールは最後まで気づくことはなかった。必然という歯車はこうして、一つ廻り始めていたがそれを知る者はどこにもいなかった。
「魔物っていうのは、簡単に言えば魔力を持った獣のことさ。魔力を持っているから中には魔法を使う奴もいるし、魔法までは使えないものの身体能力が普通の獣とは段違いさ。で、そいつらの体内には宝石のような石がある。それを魔石と呼ぶのさ。魔石自体が魔力の元だとか、魔力が固まってできたものだとか、色々言われてはいるけど実際のところは何もわかっていないのさ。おっと、これは、関係ない話だったね」
ルシールは一気に説明してのどが渇いたのか、コップを掴むと流し込むように口にした。ややあって、氷を噛む低い音が部屋に余韻を持って聞こえた。
和也は半ば予想通りの説明に安堵したが、その一方で聞かされた事実に頭を抱えたくなった。
「――魔石を得るためには、魔物を駆らなければいけない。と、いうことは、当然危険もありますよね?」
「魔法使いがなに言ってんだい! なにかい、アンタはもう魔物を倒さなくても十分やっていけるほど、レベルが高いのかい、今、何レベルなのさ?」
「レ、レベルですか?」
魔法に続き、またしてもロールプレイングゲーム位にしか出てこない単語を耳にし、和也は頭が痛くなるのを感じた。
「なんだい、もしかして、レベルも知らないっていうのかい! ステータスに書いてあるだろう!」
怒鳴る調子のルシールに、和也は慌ててステータスを見てレベルを確認する。そこに記載されていたのは一という数字だった。
「えっと、あの、レベルは一みたいです」
「一だって! 本当かい!」
「えっ、あっ、はい、確かにそう書いています」
ルシールは右手で顔を覆い、疲れたような目で和也を見た。
「カズヤ、アンタ、一体、どんな生活をしてきたんだい。今どき、六つの子供でも五レベルはあるもんだよ!」
「ひゃい、す、すいません」
先程から続く怒声に、和也は驚き悲鳴のような声を上げた。
この世界の常識がない和也にしてみれば少々理不尽な気がしてならないが、ルシールの反応は極々普通なものである。それほど、この世界ではレベルというものは重要なのである。レベルが上がるということは、存在を吸収するということである。この世界の生き物は殺される際、ある種のエネルギーを残す。それは命に定着しやすく、たいていの場合は殺したものが吸収することとなる。そのエネルギー――自分の一生を圧縮しある種の生命力とかした存在という名の力は宿せば宿した分だけ成長を促し、吸収し続け一種の壁を越えた際レベルアップという現象を起こす。それは自分という存在が一つ上の階位に至ったことであり、能力の上昇や新しい力を得たりする場合がある。純粋にメリットしかないため、どんな人間でもある程度は上げるものであり、食事などでもわずかに摂取できるため、普通に生きていれば上がるものだ。レベル一などというのは生まれながらの赤ん坊くらいしかおらず、レベル一であるということは赤ん坊と同程度と思われていると書けば、ルシールが心配で怒鳴った理由もわかるだろう。まあ、人間ではない和也のレベル一と人間のレベル一を比べてもせんないことではあるのだが。
「しかし、レベル一となると、いくら魔法が使えても危ないね。けど、このままっていうのもね」
弱いままでは意味がない。だがそのために危険にさらすというのでは、本末転倒だ。
どうしたものかと頭を抱えていると、ルシールの耳に声が届いた。
「お母さん、ただいま」
高いというよりは幼い声が部屋に響く。すぐに声のぬしは二人の目の前に現れた。クセのない金髪をツインテールにまとめ、大きめな翡翠色の瞳をした幼女だ。整ってはいるが幼いゆえの丸みを強調したフォルムゆえに、きれいというよりはカワイイが先に来るだろう。年齢は十歳位だろうか。身長は同年代と比べれば幾分低いだろうが、個性の範疇である。服装はスカートなどではなく、動きやすそうな紺色のズボンに厚い生地でできた白色のシャツだ。
「おかえり、シャル」
ルシールは、挨拶と共にリビングに入ってきた愛娘に笑顔で迎える。母の笑に娘――シャルロットも顔をほころばせて答える。いつもの風景であったが目ざといシャルロットは常とは違い、リビングの人数が一人増えていることに気づいた。
「アレ、お客さん?」
「ああ、ちょっとワケありでね。今日からしばらく、一緒に住むことになったんだよ。カズヤ、この子はアタシの娘でシャルロット、よろしくしておくれ」
ルシールの説明と促すような視線を受けて、カズヤはイスから立ち上がり頭を下げた。
「和也と言います。どれくらいまでいるかはわかりませんが、よろしくお願いします」
「えっ、あっ、ハイ、シャルロットです。こちらこそ、よろしくお願いします」
シャルロットは和也の対応に、驚きを隠せなかった。自分のような子供に頭を下げ、敬語で話しかけるような人を見たことがなかったからだ。育ちがいいのもあるのだろう、だがそれ以上に和也の資質とでもいうべき誠実さを覚えた。
「はい、シャルロットさん、迷惑をかけると思いますがどうぞよろしく」
和也は笑みを浮かべ右手を差し出す。それをシャルロットも笑みを持って握り返した。子供の手にしては硬い感触に、和也の脳裏に何度目かの異世界という言葉がよぎった。シャルロットも男の人だというのにやわらかい手のひらに、自分とは違う身分の人なのだということを認識せずにはいられなかった。だが、にもかかわらずの丁寧な対応には好感が持てた。そしてそれは、春先の風を思わせる心地よさを伴っていた。
「シャルでいいです。仲のいい人や家族はみんなそう呼びます。それと私の上が年下ですし敬語はいいですよ、カズヤさん」
「あっ、うん、わかったよ、シャル。じゃあ、僕のこともさんづけはいらないし、敬語はいらないよ」
「うん、敬語の方はわかったよ。でも、流石に呼び捨ては礼儀知らずだから、カズ兄って呼んでもいいかな?」
「ああ、いいよ。こっちも、妹ができたみたいで嬉しいし」
居候と娘が仲良さげに話している姿を、ルシールは目を細め眺めていた。まだまだ幼いとはいえ、女の子である。突然来訪した男性を嫌がる可能性とて、十分にあった。けれど、眼前の光景を見る限りにはその未来はないだろう。むしろ、相性自体は悪くないのではないだろうか。そう思った途端、ルシールの脳裏に電撃が走る。
和也のレベルは一、下手をすると日常生活にも不便をきたすほどだ。レベルは上げるべきだが、一人では死んでしまう可能性もある。ならば、護衛をつければいい。幸い、まだこれからの部分はあるが仲はよさそうだ。自分よりレベルの低い相手を守るというのも、シャルロットのいい経験にもなる。なによりも家計の懐が痛まない。
ルシールは二人に近づくと力強く方を握り、有無を言えない迫力を持った笑みを浮かべた。
「仲良くなったようだね。それじゃあ、二人でダンジョンに行ってきな」