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異世界

「あんた、起きな! こんなところで寝ていると、風邪を引くよ!」


 気を失っていた和也の耳朶を打ったのは、女性の声だった。


「――ここは一体」


 グラウンドを思わせる乾いた土の匂いが、和也の嗅覚に触れた。自分が大地に寝転んでいるという事実に気づくのには、さして時間は掛からなかった。

和也の視界に映る世界も先程までいた場所とは打って変わり、色彩溢れるものとなっていた。


 たくさんの家が立ち並んでいるが、どれもが木造で作りが古く加えて日本家屋のように瓦を使っているものはひとつもなく、代わりにレンガ作りの物が多く、中世ヨーロッパ時代の物に似ていた。和也の中では常識となっている窓ガラスもどこの家屋にもついていない。


 和也の眼前に立つ女性の服装も、現代風の衣装とは異なり中世時代の絵画に登場するような、地味な色合いのスカーフに灰色のチュニックといった装いだ。髪の色は赤く、瞳は榛色をしており、鼻もワシを思わせる形をしている。年の頃は三十代後半といったところだろうが、彫りの深い顔立ちはそれから十は上だと言っても嘘には見えない。そう、ここはどこまでもが、和也の住んでいた日本とは違いすぎているのだ。そしてそれはなによりも、頭上に輝く太陽が証明していた。


「――太陽が二つある」

「あんた、なにを馬鹿なことを言ってんだい。お天道様が二つなくて、なにが二つあるって言うのさ」


 大地を見下ろす大小二つの恒星は、まるでそれが悠久から続く自分たちの仕事だと言わんばかりに、あたたかな日の恵みを惜しみなく与えていた。その事実に和也は驚愕を隠せなかったが、女性には驚く理由こそが不明のようで口調には呆れのようなものが混じっていた。


 その対応に和也は確信する、今自分がいる場所は異世界だと。


 そして同時に疑問が脳裏に浮かぶ。なぜ、自分は異世界にいるのだと。


 そして、気づく。女神は転生させると、確かに言っていた。しかし、一言も自分が住んでいた世界とは異なる場所等は口にしていなかったことに。


 和也は日本人である。キリスト教徒でもない。無宗教だがどちらかと言えば、お盆にはきちんと父の墓に向かうことからも仏教寄りになるだろう。だからこそ、輪廻転生、生まれ変わりにも抵抗はない。和也の考えでは富豪の家に赤ん坊として生まれ、もしかしたらその際には前世の記憶を持っているかもしれない程度でしかなかった。というよりも、それでよかったのだ。


 今のように全く馴染みのない世界で、ひとり生きていくなどとは考えてもいない事態だった。


「……なんで、どうして、僕はなんでここに」

「もしかして、あんた、記憶喪失という奴かい?」


 自分の話を聞かず茫然自失といった様子に加え意味不明なことを口走る和也の姿に、先日旅芸人の演劇で見た内容が思い出される。それは頭に傷を負った男が記憶をなくし、失った記憶を取り戻す旅を行い、その最中に己が血の宿命と向き合う冒険活劇だった。その記憶喪失を演じる役者と和也の行動は似ており、それが女性の勘違いに拍車をかけた。


「あんた、記憶を無くしてなにも覚えていないって言うなら、『ステータス』って唱えてごらん。それで名前くらいはわかるはずさ」


 異世界というよりはゲームの世界を思わせる発言だったが、そんなことを冷静に考える余裕などない和也はオウム返しのように言われた言葉をそのまま繰り返した。


「……ステータス」


 そう口にした途端、脳裏に様々な情報が表示される。名前に年齢、魔力量にスキル、その中で一際目を引かれるものがあった。和也はその項目に意識を集中させる。


 そこにはこう書かれていた、種族、オーバーリッチと。


 リッチはリッチでも、リッチ違いであった。


 死者を超越せしオーバーリッチ

 魔導の深淵を極め死の理を超越した存在。

 加えて神の慈愛をその身に受け聖人としての加護を手に入れ、奇跡の一端を体現する。リッチは本来なら死者としての蘇生であるが、聖人のため世界の理から外れ生者として甦っている。死者でありながら生者という絶対矛盾をはらんだ、魔導と奇跡の複合者。


 アクティブスキル

 サモンアンデッド……自らの力量で従えることが可能な不死者アンデッドを呼び寄せる。

 ※ただし、呼び寄せるためにも魔力と技術が必要なため、技量などが低く近隣に不死者がいない場合は呼び出せない。

 サモンエンジェル……自らの力量で従えることが可能な天使族エンジェルを呼び寄せる。

 ※ただし、呼び寄せるためにも魔力と技術が必要なため、技量などが低く近隣に天使族がいない場合は呼び出せない。

 死の指先……触れし者に任意で死を与える。

 聖者の掌……触れし者に任意で回復を与える。

 邪眼……見つめし者に任意で状態異常を与える。

 ※状態異常も自らの意思で種類を選択することが可能(毒、眠り、石化、呪い、昏睡、麻痺、魔封、レベルダウン)。

 聖別……ありとあらゆるものの状態異常を無効にする。

 ※呪われし道具や、呪われし場所、毒沼等も対象に含まれる。

 エナジードレイン……対象から任意で生命力や、魔力を奪う。

 祝福……対象に聖属性を付属し、かつ、その対象の能力を一段階引き上げる。

 ※剣に使えば切れ味や頑丈さが増し属性を持つ、人に使えば聖属性を追加し、全体的に能力が向上する。

 パッシブスキル

 魔導の深淵……魔法に関わることなら、ありとあらゆることが可能になる。

 神の一端……奇跡の理を一部可能にする。

 深淵と奇跡の二重奏……人の身には不可能な魔法の全属性を使用可能にする。

 神の恩恵……あらゆる言語、文字を理解し使用可能になる。


 自らの種族であるオーバーリッチに意識を合わせてみると、和也の脳裏に詳細な情報が表示された。便利なことではあるがその多量な事実は和也の頭を混乱させるには十分だった。気づいたら、化物になっていたのである。いくら性能が破格とはいえ、そう簡単に割り切れるものでもない。


 加えて、もう一つの事実も和也を鬱屈とした気分にさせていた。


 (結局、お金持ちになれていないじゃないかぁぁあ!)


 自分が着込んでいるスーツのどこを探しても、何の金銭も出てこない和也は頭を抱えながら心の中で絶叫した。


「……アンタ、どうしたんだい? さっきより、暗い顔になっているけど」

「……何でもないです。現実を確認したら、よけい落ち込んだだけですから」


 ため息混じりに呟く和也を見て、女性は眉根を寄せた。そして、あることに思い至る。


 真実が必ずしも、やさしくはないということにだ。女性の脳裏に思い浮かぶのはつい先日のことだ。昔と何一つ――まあ、シワ位は増えているが――変わらないと思っていたが、体重測定の魔法で自身の体重が二十代のころと比べてかなり重くなっていた。それと似たようなことがこの青年にも起きているのだろうと、女性は確信していた。


 何と言っても、記憶喪失である。自身では気づきもしなかったことが、ステータスという客観的視点により知り得たとしても何の不思議もない。――ただの勘違いだが、その同情はこの世界のことなど何も知らない和也にとっては有利に動くものだった。


 女性は和也の肩を強く握ると、瞳を真剣な眼差しで見つめ口を開いた。


「――アンタ、気をしっかり持ちな。たしかに今は辛いかもしれない。でもね、神様っていうのはちゃんと見ているもんなんだよ。大丈夫いつか、報われる時が来るさ」


 さすがに、その神様のせいでとんでもない目に遭っていますとは言えず、和也は曖昧な笑顔を浮かべ流した。


 その笑顔を心配させまいとするやさしさだと勘違いした女性は、感極まり和也の両手を包むように強く握った。


「大丈夫! 何にも心配いらないよ! よし、決めた! 記憶がないんじゃ大変だろう。ウチへきな! しばらく暮らして色々と学んで行きな」

「えっ、あの、えっ!」


和也の返事は待たれることなく、女性は強引に和也の腕を取ると引きずるようにして歩み始めた。


「すいません、ちょっと、ちょっと待って――」


 和也は道中必死に叫んでいたが、その声が届くことはなかった。



「ここがアタシん家だよ。さあ、遠慮せず入りな」


 背中を押されつんのめるようにして中に入ると、微かに木の香りとシチューのような和也の芳香が鼻腔をくすぐった。


 フローリングというよりは板というような感じの床に、木棚とテーブルにイス、そして暖炉が置いてある。奥の方に視線を向けると、瓶の様なものとかまどが見えるということは台所なのだろう。部屋は三つほどあるようだが、一つはトイレだろう。ヨーロッパのような雰囲気から、おそらく風呂はなく、あったとしても銭湯のような集合浴場なのだろうと、ファンタジー小説で得た知識を元に和也は頭のスミで思っていた。


「さて、それじゃあ、シチューが残っているから、まずはそれをお腹に入れようかい」


 片目を器用につぶると、それに触発されたわけではないのだろうがタイミングよく和也の腹が音を立てた。


 (そういえば、死んでから一度もご飯てべていなかったっけ)


 死んでいるのなら食事という行為は必要はないが、生き返った今は別である。ただし、和也はリッチであるため空腹にはなるがそれが原因で死亡することはない。


「はい! お願いします!」


 和也は腹を抑えながら、力強く頷いた。


 温めたシチューに黒パン、それにサラダというメニューだった。パンは酵母を使っていないせいで固かったが、シチューにつけて食べると問題はなかった。塩だけで味付けしているせいか、十分なのは塩味だけだったが空腹ということも手伝ってか、和也の舌を満足させた。


「そういや、アンタ、名前は何て言うんだい? アタシはルシールだよ。ステータスを見て、名前くらいはわかったんだろう」


 食事が終わり人心地着くと、木製のコップに水を入れたものを差し出しながらルシールが言った。


「ああ、そういえば、自己紹介がまだでしたね。和也、僕の名前は和也といいます」


 ルシールの名乗りから一般の人は苗字を持たないことを理解した和也は、苗字を口にし色々と推測されるの面倒だと思い名前だけを答えることにした。色々質問はされることは分かっているので、負担は少しでも減らしたかった。


 互いの自己紹介が終わると、和也はいくつか質問をした。まずはこの世界のことについてだ。


 人の国ユーフリア、獣人の国トライガ、エルフの国オスカー、ドワーフの国アンセル、闇人の国ロンゲル、平等の国リニア、それがこの世界にある国の名前だ。それぞれが名前の通り、ユーフリアは人が治め、トライガは獣人、オスカーはエルフが治めている。そのため、人種の割合も治めている種族が多く人権なども贔屓されている。唯一例外なのはリニアだけだ。リニアは神が託宣をさずけた国として有名だ。そしてその内容は全ての種族は平等なりというもので、その信託を守り今現在も差別はない。もっとも、そのせいで自国に居られなくなった食い詰め物や悪党等が、逃亡先として選ぶため治安はあまりよろしくないというオチが付く。


 それと、この世界には人間種の他にも亜人種が存在している。人と獣を足したような容姿をし、運動能力の高い獣人に、容姿は人に似ているが子供くらいの背丈しかなく、頑強で鍛冶などの細工が得意なドワーフ、神が創造した彫像の様に美しく、魔法に秀でたエルフ。そして、知性を持ちながらも異形や、他人とは相容れない性質を持つが故に蔑まれている闇人。和也の種族であるリッチも、魔法の真髄に迫るため禁忌に手を染めアンデッドに属することから闇人に含まれる。


「――六つの国ですか。それでこの国はどこなんですか?」

「ここかい、ここは人の国ユーフリアだよ。カズヤは運が良かったね。これが他の国だったら身ぐるみ剥がされて街の外に捨てられているか、牢屋行きだったところだよ」


 からかうような響きを持ったルシールの言葉に、和也は乾いた笑で答えた。もしも何かの拍子に自分の正体がバレてしまえば、ルシールの発言が現実になるというのだ、人事ではない。


「他に何か、聞きたいことはあるかい?」

「あの、実は一文無しなので、貨幣の種類と働ける場所ってどこかありますか?」

「そんな所まで忘れているのかい! それは難儀だね。しかし、貨幣なんて難しい言葉を知っている割には、一般常識を忘れているなんて本当に記憶喪失っていうのは大変だね」


 憐憫を含んだ眼差しを向けられ、居心地の悪い思いを胸に抱えた和也はまたしても乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


 ルシールによると、この世界での貨幣は全て硬貨で種類は四つ。銅貨、銀貨、金貨、白銀貨だ。ちなみに白銀とはミスリルのことで、この世界では金よりも価値があり、採掘量も少ない鉱物だ。少し話がそれたが、価値としては銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白銀貨一枚となる。銅貨自体は日本円で言うと十円くらいの価値になる。


 貨幣の価値などを語り終えると、喉が疲れたのか潤すように並々と注がれたコップの水を一気に飲み干した。


「お金についてはこんなところだね。働き場所だけど、カズヤ、身分証はあるのかい?」

「……ないですね。やっぱり、まずいでしょうか」

「まあ、身分証があれば街の片隅で、記憶喪失で倒れていないいだろうからわかっていはいたけど、まずいと言えばまずいね。何たって、不法入国しているようなもんだからね」


 不法入国という言葉に、和也の身が固くなるがルシールの次の言葉でそれは杞憂に終わる。


「まあ、身分証のない人間なんてざらにいるんだけどね。田舎で暮らしていたらそんなもんは使わないから持っていない人も多いしね」


 この世界では親の職業を子供が継ぐのが一般的であり、道も整っておらず野生の獣やいわゆる魔物も多いため、自分の生まれ育った場所から一歩も出ずに人生を終える人も珍しくはない。だが、さすがに和也が今いる場所――ユーフリアで第三の規模を持つ商都リフリシアともなれば、そうはいかない。なにせ人はたくさんいる。どこの馬の骨とも分からないものを雇う必要などない、身分証というものは一種の信頼性の証でもあるのだから。


「アタシの口利きだったら、日雇いの仕事位はあるだろうけれどそれだと先が見えないからね。将来的に家を持ったり、この国から出るにしても、身分証はいるからね。となると、やはりギルドかね」


 考え込むように腕を組むルシールの口から漏れた、ファンタジー小説によく出る単語に和也の瞳が好奇心で輝く。


「――あの、ギルドって、魔物を退治したり、依頼を解決すればお金なんかがもらえる、あのギルドですか?」

「さすがに、ギルドのことは忘れていなかったかい。そうその通りだよ。あそこだったら、真面目に仕事さえこなせばギルドが後ろ盾になって、身分を保証してくれるようになるよ。ただね、あそこはその証明のためにギルドカードとやらを作るんだけど、神様の制約の力を使っているとかで、ステータスがギルド職員にバレちまうんだよね。まあ、職員の口は堅いらしいんだけどね」

「えっ!」

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