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内情

 異世界人である和也は異世界の常識には、当然のことながら疎い。だがそれでも、無知というわけではない。エルフやドワーフといった存在をファンタジーと結びつけるほどには、サブカルチャーに触れていた。それこそ、人間が首輪をしていれば奴隷なのではと連想するほどには。 だが、和也の脳裏で奴隷とギルド職員というものが、結びつかなかった。和也の個人的見解だがギルドに就職するにはそれなりの学歴や、身分が必要だと考えていた。厳密には違うだろうが、和也の知る職種としてイメージするのは公務員だ。


 業務内容的には受付やハローワークのようなことを、行なっているからだろう。だからこそ、余計に和也の疑問を増幅する。奴隷で大丈夫なのかと。


 和也自身は奴隷というものに偏見を持っていないつもりだ。常識的に考えた末の思考として、奴隷では制約が多いのではないかと思い立った次第だ。身分的に下層であることは間違いなく、それが舐められる原因にしかないだろうことや、ある程度の教育や礼儀作法が必要なことは想像に難くない。確かにしがらみが多いと連想付けることは間違いではない。現に色々とギルドの方で工夫を行い、カバーしているのだから。


 ギルドの職員はギルドの奴隷である。当たり前のことだが、ようするにギルドが後ろ盾になっているということだ。身分の差を利用し、奴隷に危害を加えたとしたらギルドが黙っていないという意思表示でもある。


 教育や礼儀作法についても問題はない。幼少の頃から見所のあるものを買い、即戦力になるよう教育する。奴隷という言葉には合わないが、一種のエリートといっても過言ではない。


 生まれで身分は決まりもするが、才能は決まらない。確かに最下層では優れた教育を受ける機会は少ないだろうが、言ってしまえばそれだけだ。理由さえあればそれはたやすく覆る程度の問題でしかない。


 和也の視点では奴隷は憐れむべき存在だ。日本の大多数が思うイメージである、恵まれず、不自由で非人道的という印象が強く焼きついている。同情し、その境遇に怒りを覚え、せめて自分だけは人扱いしなければという想いにかられている。


 和也の問は常識外れではあった。だがその一方で確認せずにはいられないものだった。奴隷制度に心を痛める人間の一人として現状を把握することは必要だった。幸いなことに金銭的余裕は幾分ある。ある程度ならどうにかすることは可能だった。とはいえ、すべてを救えぬ以上、それが偽善で自己満足であることは間違いなかったが、やらないよりはマシだと和也は腹をくくっていた。


「――首輪は奴隷の証です。ご存知ありませんでしたか?」

「ああ、やはり、そうでしたか。実を言うと、僕の住んでいた場所にはそういった制度はなかったので。失礼ながら、確認させていただきました」


 和也の言葉にアーネスは疑問を覚えた。口調や礼儀作法に思考、そのどれをとっても教育や教養といった言葉を連想させたからだ。少なくとも、アーネスの知る限り奴隷文化のない国で、それらの地盤がある国は脳裏に浮かばなかった。とはいえ、何事にも例外はある。詳しく聞けば事情もわかるだろうが、和也のことなど知ったことではないアーネスとしてはそれ以上掘り下げる気にはなれなかった。


「しかし、奴隷ですか、となると、生活の方は――」


 声音には、どこかいたわるような響きがあった。凍えるような冬の寒い日にあたたかな息を吹きかけるような、人肌に似たぬくもりをアーネスに感じさせる。


 けれど、それがたまらなく、アーネスは気に入らなかった。


 自分達が惨めで、哀れで、醜い存在であることを否定するつもりはアーネスにはない。


 事実、アーネスには綺麗な場所など一つもない。娼婦の方がまだマシかもしれないほどだ。


 だが、アーネスはそれを誰かに許したつもりはなかった。物として扱われるのは構わない。言ってしまえばそれは常識だ。アーネス自身、自由の身であるときには同様のことを思ったのだから、当然の成り行きと言えば当然だ。だからこそ思う、同情する云われはないと。勝手に可哀想だと、フィルターをかけられる筋合いなどなかった。


 何も知らないくせに、もしかするのならば、知識として理解しているのかもしれない。それは言ってしまえば映画や舞台で悲劇を見て、悲しみに浸るのと何ら変わらない。ただ人事として物知り顔で眺めているに過ぎない。


 アーネスという存在を理解せず、奴隷というガワに張り付いた物語を鑑賞し、全てを分かった気でいる。それがアーネスはたまらなく気に入らなかった。


「……あなたが思っていらっしゃる通り、私たちは不幸かもしれません。ですが、それは他の誰かに助けていただいたとしても変わりません。もう、終わってしまったことですから。それにギルドは善良な組織です」


 実のところ、ギルドというものはそう悪い待遇をしていない。むしろ、世間一般で言えば、高待遇と呼べるほどだろう。なにせ、働いた賃金で自分を買い上げることも可能なのだから。守られているかどうかは別として、奴隷にも賃金を払うというのが法律で定まっている。最も最低賃金や、食費、寝床についてがあいまいなため、子供のお小遣い程度の金額や天引きという言葉でごまかされる程度ではあるが。その点ギルドは立派と言えよう。お世辞にも高いとは言えないが、能力に応じて給金は上がり使い潰すような真似もしない。


 奴隷だから不幸、首輪を見て和也はそう連想した。それは間違いではない。逆に言ってしまえば、奴隷になった時点で手遅れということだ。

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