プロローグ
「――つまり、僕の死は間違いだったと」
「――は、はいぃ、すいません!」
床に天井そして壁までもが白一色の六畳ほどの部屋で、少女が頭を下げていた。
蜂蜜を溶かしたような金色の髪は長く腰まで届き、今は潤みを帯びている瞳も翡翠のようにきらめいている。鼻梁も整っており、どこか人間離れした美しさをかもし出していた。加えて、 着ている衣装もいたるところにフリルの着いた白色のゴシックドレスであり、浮き世離れを増加させていた。
もっとも、人間離れも、浮き世離れも間違いではないのだが。
「……いや、いいですよ、そんなに頭下げなくても。もう、済んだことですし」
青年が笑みを浮かべとりなしを口にするが、形だけなのは明白だった。現実の重さに疲れごまかすように微笑む、それはそんな苦笑だ。自分の死が過ちだったと聞かされたばかりだというのに、この対応である。
目元まで伸びた黒髪に垂れ目気味の黒眼、顔立ちは整っていないわけでは
ないのだが、にじみ出るような気弱さのせいか、どこか三枚目に見える。着ているスーツもシワ一つないせいなのか、着られている感が漂っている。
どこからどう見ても頼りない青年、それが彼、泉和也だった。
「……そう言っていただけるのはうれしいのですが、手違いは手違いなので、相応の対応を取らせていただきたいんですが、いかがでしょうか?」
「えっ、ハアー、まあ、くれるというのなら、喜んでいただきますが」
事態を理解しないまま、相槌を打つような返事を和也した途端、少女が勢いよく顔を突き出し笑みを浮かべた。
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! では、早速ですが、生まれ変わるとしたらどんな条件で転生したいですか?」
「て、転生の条件ですか。そうですね――」
和也は一旦間を置くと腕を組み考える。
突然言われた転生という言葉だったが、疑問を覚えるより先に少女の勢いに飲まれ半ば流される様に思考に入った。本来ならば色々と疑問に思うところなのだろが、急展開する事態に和也の思考力は飽和気味で冷静な判断力は皆無だった。
促されるままに考えると、思い浮かぶのは子供の頃や学生時代のことばかりだ。
和也の実家は早くに父親を亡くしており、お世辞にも裕福とは言えない経済状況だった。ゲーム機などは買ってもらえず、携帯電話も社会人になってから手に入れたほどだ、小学校を除けば学生時代の思い出も勉学とバイト三昧の日々がほとんだ。現在とて学生時代の奨学金を返済しつつ働いていた。
気丈で明るくやさしい母のおかげで不幸とは感じていなかったが、辛くなかったわけではない。もう二度と、あんな苦労はしたくないというのが本音である。
「決めました! リッチにしてください!」
考えがまとまると、和也は腕をほどき少女に告げた。だが、答えを聞いた少女は顔色を変え慌て始めた。
「えっ、リッチですか! 確かに普通の人間よりは利点が有りますが、リッチならではの不便な点もありますよ」
言外に考え直してはどうかと聞く少女の問いに、和也は再度長考を始めた。
確かに少女の言うことも一理ある。宝くじの一等を当てて人生がおかしくなった話や、金に妬む人間やそれを狙う人間の浅ましさなどもテレビで頻繁に流れている。
「確かに、そうですね。じゃあ、普通の生活ができるリッチにしてください」
「ふえっ、ふ、普通の生活ができるリッチですか!」
「はい、極普通の美味しいご飯を食べれて、昼間は働いて夜はぐっすりと眠れる、そんなリッチにしてください」
財産があるのならそもそも働く必要はないのだが、これまで培ってきた人生観から職につかないということ自体が考えられない思考になっている。それにそもそもが和也の言うリッチとは、お金のせいで不自由な目には会いたくない程度のことなので、一生楽に暮らしていきたいと考えているわけではない。
けれど、願いを叶える女神である少女は、その思いを全く別の意味で受けとめていた。
「――わかりました。そんなににもリッチになりたいのですね。かなり難しい問題ですが、できないわけじゃありません。それに今回は私の不手際です! あなたの望むリッチに全身全霊をかけて挑ませていただきます!」
少女が息を荒げ口にした途端、部屋を真っ白な光が覆った。突然の光明がおさまると、そこには和也の姿は長った。
和也のリッチとしての人生がこうして始まった。




