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傷だらけの鬼  作者: ひなたぼっこ
第1章 魔女と一緒
11/16

優しい誰かさんのために、どうか祈りを

 ふかふかな夢心地で夢を見る。

 (あたた)かで、柔らかい何かに包まれている。

 手を伸ばさないでも届いてしまうそれは、今までなら見てるだけで、読んでいるだけで本当に満足だった。

 でも、本当に触ってしまったら、汚れてしまいそうで、壊れてしまいそうで、僕は絶対に触っちゃいけないんだ、そう思った。


「―――んぅ…ふかふかぁ」


 鳥が鳴いているのが聞こえた。

 朝かもしれない、けどいつもと何か違う。起きようと思うのに身体が動かない。

 なによりまず、そうだ、ふかふかなんだ。何が起こったのだろう。ふかふかに包まれてる。


「あぅ…起きなきゃぁ、うぅ…ふかふかぁ」


 身体をよじってふかふか抜け出そうとしても身体が重たくて動かない。

 まさか、僕は魔性のベットにのっているのかもしれない。

 少し恐怖を感じて、瞼を頑張って開けようとした。でも、あかない。やっぱり、魔性のベットは特殊効果もついてるんだ、流石だなぁ。

 あぁ大変だ、僕、起きれるのかなぁ。本当に大変、でも、気持ちいいなぁ。

 ぼんやりとした頭が、そんな事を考えていた。


「まだ、早い。疲れてるだろう?もう少し、寝ていろ」


 そこに、少し高い、特徴のある声が頭に響く。

 瞬間的に身体が硬直して、反射する様に瞼が開いた。目の前にはにこやかに笑うお師様が居た。


「お、お師様っ!」

「ん、なんだい?」


 さも当然のように問いかけるセレネにチーは極限まで驚いていた。

 此処に居るという疑問や、やっぱりベットにのってしまってる事やら、お師様はベットの魔力を吹き飛ばしてすごいだとか、様々な事を思い浮かべては、消えて行った。そうして、心に蟠る様にして残ったのは、果てしない、申し訳なさだった。

 瞬間、ばっと魔性のベットから飛び降りて床に降りる。

 セレネはそれを見て少しだけ残念そうにしていたが、頭を地にこすり付けるチーにそれは見えなかった。


「昨日は本当にすいませんでしたっ!」

「謝ってはいけないよ、顔をあげてくれ」

「でもっ」

「これは私のお願いだ、顔を、あげてくれ」


 おずおずと顔をあげるとセレネの顔が目の前にあった。

 いつの間にかベットから降りて目の前に座っていたのだ。


「私はね、ずっと考えてみたんだ。昨日は何も起こらなかった…うん、それでいいじゃないか」


 指をずいっと出しながら云うセレネにチーは首を傾げる。


「おこらなかった?」

「あぁ、キミは昨日出かけなかった、よって、何も起こらなかった。だから私はキミに怒らないし、キミは謝らなくていい、もう、それでいいんだ」

「そ、そんな」

「決定事項だよ、これで、いいんだ」

「でも、ダム先生にも迷惑をかけて…」

「あのじじぃはそれが仕事だよ。迷惑をかけないと飢え死んでしまうからな、いっぱい迷惑かけるといい、それと奴を困らせて欲しい」

「えぇ?で、でも何より僕は…嘘をつきました」

「嘘?なんの事かな?ふむ、忘れてしまったよ」

「僕は大丈夫だと…」

「何の話かな…私は忘れてしまったんだよ、そう、忘れてしまったんだ」


 差し出された指がチーの口にぐいっと触れて、チーの言葉を塞ぐ。

 セレネが忘れろ、と言ってるのだとチーにも解った。

 チーの胸の中にたまらなく、申し訳なさが降りそそいで、拳がぎゅっと音をたてた。


「…お師様…いけないです」

「なにが、だい?」

「えっと…僕…近頃、いつも同じ夢を見るんです」

「…ふむ?」

「すごく、キラキラとした夢です。触っちゃいけないって解ってるはずなのに、思わず触ってしまいそうで、僕はとっても怖いんです」

「それは…どういう意味かな…」


 唐突に始まったチーの言葉にセレネは眼を細めた。

 チー自身、云っていいのか、いけないのか、そんな事はわからなかった。

 けれどセレネの優しさに触れて、ずきりと胸が痛むのは確かだった。


「お師様ならもう解ってるはずです、僕は此処にいちゃ…いけないんです」


 セレネの表情は変わらず、瞳を細めたままチーを見つめる。

 ダメなのだと、優しいお師様は云えないと思う。それなら僕が言うべきだ、そう思った。


 チーの瞳には決意があって、揺らがない。セレネはゆらゆらと瞳を揺らしながら、やっぱり難しいな、そう思った。


「…キミの言い分を聞いてもいいかな?」


 しばらくの沈黙の後、諭す様にして云った。


「僕は期待してしまっているのだと思います。本の中の世界が、目の前にある様に、錯覚してしまうのです。それがとっても怖いのです…」

「怖いの、かい?」

「…はい。僕が幸せになると、誰かが不幸になります。それが僕の、呪いなのだと思います」

「また、それか…」

「でも事実でもあります、僕はあの時も、昨日も、幸せを感じてしまった。やっぱり、許されない事なのです」

「じゃぁ私が呪いがないと云っているのは、嘘だというのかい?」

「それは…」


 セレネは自分でも自分が卑怯だと解っている。

 それでも、うまい事を云う自信もないし、何より人を(おもんばか)っての言葉なんて今まで考えようとしたこともない。苦手だ。

 だからそんなめんどくさい点は、もう、忘れることにした。

 今考えるのは感情的にならないように、怒らないように、チーが云っていたように『優しいお師様』になろうという事だけを思った。


 自分の優しさは、なんてもろくて、儚いのだろう、そう笑いたくなった。


「呪いがないとしても…じゃぁ、天罰かもしれないです」

「天罰?」

「だって、お師様は怒らないから、僕は怒られなきゃいけないから。神様が代わりに怒ってるのかもしれません」

「―――よし、わかった」

「…え?んと、何がですが?」

「そうだね、その神様を殺しに行こうと思って」


 すっく、と立ち上がるセレネは意思に溢れ、迷いがない。そんな様子に慌てるのはチーだった。


「ま、待ってください、神様が居なくなったら、みんな困ります!」

「ん?私は困らないな、むしろ嬉しい」

「そ、そんなっ、そもそも神様の居場所は解るのですか?」

「勿論探すよ、そして殺す、絶対殺す、弄って弄って殺す」

「えぇっ!えっと、その、やっぱり、天罰なんかじゃないですっ!ぜんぶ、きっと、あの、偶然だと思いますっ!」


 あたふたとしながら口からは思いついた様に言葉が放たれていた。

 そうか、なら殺す意味はないな、そう云ったセレネは穏やかに笑った。

 セレネは本気だった。

 ぶつけられない怒りをぶつける先があるのなら、本気で出来そうな気もしていた。


「お師様、神様は殺してはいけないのですよ」

「あぁ、そうだね、でもキミを傷つけるなら私は神だって許さないつもりだよ」

「そんな、神様はみんなを見てくれているのですよ?」

「ん?みんな、かい?」


 本を読んだのだと、チーは云った。

 ――――ひとりぼっちの時、目を閉じれば光を感じて、耳を澄ませば音を感じる、其処にいるのが神様なんだそうです。だからみんな、ひとりぼっちにはならなくていいんです。

 そう云って、神様はすごいのだと、嬉しそうに笑った。


「…笑ったな」

「え?」

「やっと、笑ってくれた、もっと笑ってくれ。ふふ、今なら私も神に感謝してもいいよ」


 きょとん、そうした顔になったチーを見て、その頬をおもむろに横に引っ張った。


「笑って欲しいと云っているだろう」

「お、おふぃひゃまっ」

「うむ、いい声だ、さぁ、その勢いで笑ってくれ」

「ひょんなっ、む、むふぃでひゅよぉ」


 頬をむにむにされながらチーは云う。

 しかし眉を下げながらも笑っているチーを見て、ひとしきり触った後、大いに満足したセレネは手を放す。

 神に感謝してもいいと思ったくせに、褒められた神に嫉妬している自分もいて、そんな自身のあまりの度量の低さに、零れるようにして笑みが漏れた。


「お師様も、笑いましたっ」


 零れるような笑顔で云った。


「…そうだな、キミのせいだよ?」

「す、すいませんっ、―――あれ?いい事なのかな?んと、お師様は…笑いたくないのですか?」

「いいや、嬉しいから笑うんだからね、キミが笑ってくれたら、私は笑えるんだ」

「そ、そうなのですかっ、が、がんばりますっ!」

「ふふふ、そうか」


 宣言した通り頑張って真面目な顔で笑おうとするチー。

 それを見て、硬い硬い、そう云いながらまた頬を弄り始めるセレネに、困った様な、それでいて誇らしい様な気もした。

 だって、僕は笑う事だけは唯一誇れる長所だから。

 実験でも、これだけは褒められた。限界が楽しいと言っていた気がする。

 いや、そんな事はどうでもいいと思う、僕は笑う、だってお師様が望んでくれるというのだから。


 カチャリと胸のペンダントが揺れる。


 ニコリとチーは笑うが相対するセレネは少しだけ複雑そうな表情になり、またすぐに穏やかな顔になった。

 その時、セレネは少し言い知れぬ不安を感じていた。

 何がそうさせるのかは明確には解らない、ただざわざわと胸を騒ぎ立てる様な不安だった。

 しかし、不安を拭うようにすぐに頭を振ってチーに不安を感じさせないようにする。自身は「優しい魔女」なのだから。


 ぽっけの中の小さな腕輪をギュッと握る。

 これを身につけることが出来る様な自信を自分に持てるように、と願いを込めて。

 誘惑に負けてもう本当は何度もつけてしまっているのは内緒だ。

 誰にも見られてない筈だからノーカウントだと思う。いやノーカンだ。

 あぁ、駄目だ、触ったら誘惑に負けてつけてしまった。いやでも、ぽっけの中だから安心のノーカンだ。


 セレネは揺るぎない解釈を身につけ、先ほどから予想以上に夢中になっている頬を見る。

 ぷにぷにのあれだ。

 にこやかに笑うそれは弄ってくれと訴えているようで、誘惑というか義務感に等しいそれに抗うことなく手を伸ばした。…やはり至福だった。


「あ、お師様それ…」

「え?」


 見ると腕にさっきまでぽっけの中で悶々としていた物体が顔を覗かせていた。

 その腕輪という名の物体はきらきらと光沢を瞬かせながら、綺麗でしょ、そう云ってるように存在を主張してきた。


「これは、その……ふむ。どうだ?似合うかな?」


 セレネは開き直った。

 どうせ誰も聞いちゃいない自分の勝手な約束だった。後で自己嫌悪すればいいと思う。

 正直今も自己嫌悪している。

 それにチーから折角貰ったものをつけない訳にはいかなかった。それでなくても、もって3日かなと考えて自身の我慢の無さを笑ったのに、1日も持たなかったから笑うことも出来なかった。

 あぁ、なんで自分で追撃なんてしなければいけないんだ。

 それより、まず、チーがすぐ気づいてくれたのには胸が高鳴って、似合うだろうか、そんな不安が自己嫌悪とかなんかより思考を奪って、顔から表情を奪っていた。

 セレネの窺う様な視線にチーは笑みを漏らした。


「とっても、綺麗です。付けて貰えて、嬉しいです」


 花が咲くような笑顔に、直前まで考えていたことを棚に上げて、なぜ最初からつけていなかったのだと自分の頭を殴りたくなった。

 あぁ、そうだ、これは街で貰った筈だろう、もし出来るなら揃いというのにも心が引かれた。


 そんな心躍るセレネはいつになく饒舌になり、それに応えるチーもセレネが嬉しそうな事が彼の喜びを呼び、2人が笑い合う声は、勢いよくコルが乱入してくるまで続いた。

 セレネも気が高ぶってコルの事を忘れてしまっていたが、昨日暴れだしたコルをゴルに頼んで部屋に押し込んでいた。

 瞬間は驚いたが、たぶん、笑い声が聞こえるようになって大丈夫だとゴルが判断してコルを放してしまったのだろう。

 コルはチーに飛びつき、ポカポカと叩いたり、何度も小さく叫んだ。


 チーは慌てたけど、大丈夫だと優しく云うセレネのいう通りに徐々にコルは大人しくなった。

 落ち着いてからは、少し涙声ながらもいつものコルに戻っていた。

 ゴーレムは涙を流さないけれど、コルにそんな顔をさせてしまったのは僕なんだろう。


「コル…ごめんね」


 …それなのに、謝ったらコルにぽかりと頭を叩かれた。

 隣でお師様も頷くから謝ってはいけないのだろうか、いつものコルを見ているようで、何処か違う様な気もした。

 でも本当はそんな事は問題じゃない。

 コルは頑張って笑っているようだったから、僕も、よく解らないけれど謝ってはいけないのなら、笑うことにした。

 僕は、笑うんだ。


 コルの楽しそうな声と、セレネの笑い声、チーの少し困った様な笑い声が部屋を満たし、お茶を持って現れたゴルが加わると魔女の館のいつもと同じような騒々しいようで楽しげな、暖かな雰囲気を見せる。

 暫らくして、うるさいなと苦笑しながら客室で寝ていたダムトスが起きてくると、遂にはゴルがお茶会を開いた。


「…ん、おいしいです」

「うむ、そうじゃなぁ」

「おい、ダムトス、お前はもういいよ、早く帰れ」

「はぁ、なんじゃそれは…ひどい女じゃ、のぅチー」

「えぇっ?…えっと…その…」


 ハーブティの香りが部屋を通り抜けていく。

 それはとても気持ちいいのだけれど…困った。

 戸惑うチーにセレネとダムトスは笑いながら冗談だと云う。…少しいじわるだ。


 あぁ、でもゴル達と一緒に作ったこのお茶はやっぱりおいしい。お師様はダム先生にイジワルも言うけど、みんな笑顔なんだ。

 幸せを感じてしまっている…許されるなら…何事もないように、其処にいてしまっている自分以外の人に何も、起こらないようにと想う。

 胸のペンダントを触りながら眼を閉じて、気づけば真剣に祈っていた。


 空白の時間が少し流れて、セレネは少し落ち込む。

 予想できるのは皆の無事でも祈っているのだろう、でも、少なくとも此処に居る自分は、チーの無事の方が嬉しいんだよ…無性に、悲しみが襲ってきた。

 沈んだ様子のままチーに手を伸ばして、触る寸前で躊躇した。暫らくして、手は膝の上に戻った…健気に祈るチーに触るのに、どこか自分の手は汚いようで、罪悪感を覚えてしまったから。


 ダムトスはその様子に苦く笑いながら、また小さくため息を吐く。

 その手にカップを手に持ち、音を立てて茶を啜った。…うまい、そう大げさに笑った。

 突然の大きな声にチーは驚いたけど、コルとダムトスが一緒なって嬉しそうに笑い合い、ゴルとセレネが含む様にして笑った。

 愉快そうに笑ったダムトスは1つウインクをしてゴルにおかわりを頼んでいた。


「あ、ゴル、僕も飲むっ」

「ゴゥ」

「えへへ、だっておいしいから。僕も手伝うね」


 そうして、チーの朗らかな笑い声が響く。魔女の館にまた、ゆっくりと皆の笑い声が満たされていくのだった。

 

なんかセレネが主人公みたいです。

魔女の章ってことで大目に見て欲しいです。

そしてチーがめんどい子みたいです。。

今は楽しいと悲しいくらいしか表現できないですけど、もっと表現を豊かに増やしていって欲しいと考えています。

そして最後は無理やりまとめましたけど、もう1話魔女の章いくべきだったかも知れません。

でも、魔女は開き直ってしまったし、とりあえずは次からは新章に移行します。


それと、応援して貰えて、とても嬉しいです。

お気に入りは少ないかもしれませんが、頑張りたいと思います。よろしくお願いします。


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