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第一章 ~ガール・ミーツ・ファンタジー~

 ゴン!

「いった~……」

 その日、上代優希の目覚めは、頭部から感じる鈍痛によって促された。

 ベッドから落ちたため、寝ぼけ眼の視界が映す世界は、上下が逆さまになっていた。のそのそと体勢を立て直し、一度欠伸をする。それから背伸びをして、そこでようやく鈍痛がする箇所を優しく撫でる。

「……たんこぶにならなきゃ良いけど……」

 撫でながら呟き、優希は枕元の携帯を手に取り、洗顔、歯磨き、朝食を行うために自室を後にする。静かな室内に、優希の歩く音だけが響き渡る。

 上代家は、町を歩けばすぐに見つけられそうな一戸建ての住宅だ。静か過ぎるのは、この家には両親と死別して以来、優希一人で住んでいるからだ。

 とは言え、家族がいないわけではない。両親と死別した事故の後、身寄りが無かった優希を、主治医の天海総司が養子として迎えてくれたのである。施設に入るという選択肢もあり、その選択権は優希にあったが、折角の厚意だったので天海氏の提案を快く選択した。

 それでも優希が上代の姓を名乗り、上代家に住んでいるのは、両親と死別する事になった交通事故で、優希は様々な『知識』は覚えていたが、本人の証明とも言える『思い出』を一切合切失っているからだ。

 だから、我が侭を承知でこの家に住まわせてもらっている。思い出す事は出来ないが、知識としてはあり、かつての自分が死んでしまった両親と過ごした時の残り香を多少なりとも感じ、少しでも『上代優希』で在りたかったから。

 一階に到着した優希は、リビングに入り、リモコンでテレビを点けた。

『――またしても失踪者です』

 アナウンサーの言葉に、優希は足を止め、続きを待った。

『都内に住んでいる一条一さん(十七)の行方が掴めなくなりました。警察の調べにより、昨日下校した事は確認されましたが、それ以降の足取りは最近多発している失踪事件と同じく、今のところ掴めていません。警察は一連の事件との関連性の調査と並行し、全力を挙げて失踪者の行方を追っていますが、どちらも芳しくなく、皆様の目撃情報をこれまでと同じく求める、との事です。これが一条一さんの写真です』

 アナウンサーがそう言うと、一人の少女のバストアップ写真が映し出された。ショートボブの黒髪が似合う少女だった。

 それを確認して、優希はテレビを付けたまま、洗面所へと向かった。

(またか……。増える一方だね……)

 考えるのは、先の報道の事だ。

 通称『現代の神隠し』と呼ばれる連続失踪事件は、その通称に恥じず、本当に忽然と行方が掴めなくなる。手がかりは無いに等しい。警察の捜査は暗礁に乗り上げているという話ではなく、お手上げ状態というのが現状だ。

(しかし……何で女の子ばっかりなのかな……)

 顔を洗いながら、優希は考えを深める。

 この連続失踪事件の共通点は三つ。

 一つ、失踪するのは今のところ成人未満の女児である事。

 一つ、失踪する時間帯は夕方から夜にかけてである事。

 一つ、帰還した者は失踪中の事を何も覚えていない事。

 時間帯が時間帯であるため、何らかの事件に巻き込まれた可能性があると見られているが、それを考察すると『世界各地で起きている』という問題が立ちはだかる。それを問題に挙げると、今度は『どの国も潔白である』という問題が立ちはだかる。事が事あるためか、どの国も情報公開には積極的であり、また事件解決にも積極的かつ協力的なのだ。しかし、この積極性と協力性が裏目に出て、かつ帰還者達から有力な情報は得られず、この事件はかなり早い段階で匙を投げなければならなくなり、今や世界全体で取り組まなければならない問題の一つだ。

(それにしても……何で増えるのかなー……)

 顔を拭き、歯磨きをしつつ、優希はその事を疑問に思った。

 現在、世界的に成人未満の女児は、夕方から夜の外出を制限されている。それが、増加の一途を辿る失踪者に対し、上が執り行った対策だ。これにより、成人未満の女児はかなり窮屈な生活を強いられているが、不満を口にする者はいない。消えるくらいなら、我慢した方が良い、というのが大多数の総意だ。

 だがしかし、それでも行方知れずになる者は後を絶たなかった。

(……まあ、アタシなんかが考えても仕方ないか……)

 口を濯ぎ、口元を拭って優希はキッチンへ向かった。

『――最後に警察よりお願いです』

 キッチンに戻ると、ニュースは次の物へと変わろうとしていたところだった。

『テレビをご覧の皆様――特に成人未満の女児の皆様、外出の際には本当にそれこそ細心の注意を払ってください。そして、失踪者を発見した場合は、その目撃情報を最寄りの交番、警察署へご連絡くださいます様お願い申し上げます』

 そう言って、アナウンサーは一礼。

『――えー、次のニュースです』

 そして一転し、明るい声で言った。

「……切り替え早いねー」

 率直な感想を零し、優希は朝食の準備に取り掛かった。


 優希が所属している蒼穹学園は、飛鳥市にある私立高校だ。

 全国的に高い進学率を誇っているが、創立者の『自由で開放的な場所』という理念から、この学園は『学校らしくない学校』という意味でも有名である。私服での登校はもちろん、大抵の持ち込みが許されており、極めつけは校則が『警察に迷惑をかけない』と『自分のケツは自分で拭う』という二つだけというところからして、創立者の理念はしっかりと反映されている事が伺える。

 それでも高い進学率を誇るのは、一重に自由と開放さを求めて集った『天才型』と呼ばれる生徒達が集うからだ。もっとも、その質の高さというのは『警察に迷惑をかけない』のではなく『警察の世話になるようなヘマはしない』という意味であり、周囲の評価が好意的な意味で『自由で解放的な学校』という評価は創立以来から動かず、蒼穹学園の制服は着ているだけで周囲からは憧れやら感心やらされるところからして、いかにしたたかであるかが伺えるというもの。

 しかし、記憶を失っている優希にとっては、知識にある学校の印象と蒼穹学園の雰囲気の違いに面食らい、記憶を失う前の自分はどうしてこの学園に入学したのか、と疑問に思い、未だに場違いな感じを払拭出来ないでいる。

「はー、やっと終わったー!」

 夕方。他のクラスと同じく、優希が所属する二年A組も放課後を迎えた。

「優希ちゃん、今日の放課後何か予定はありますか?」

 優希が背伸びしていると、軽やかなソプラノが背中についた。

 振り返ると、黒のセミロングに縁無しのメガネをかけた女子生徒――級友の伴野鈴の姿が目に入った。優希は忘れてしまっているが、鈴とは親友という間柄だったらしい。優希としては、忘れている事が心苦しい事この上ないが、周りが奇異の視線を向ける中、鈴はそんな事を気にせず、記憶を失った今の優希に対して、今まで通りに接して来てくれる。だからこそ心苦しい事極まりなかったりするのだが、それを口はもちろん、態度にも出さない配慮は、持ち合わせている。

「無いけど、伴野さんってば度胸あるね?」

「私もそうですが、皆九割方覚悟の上ですから」

「避けられないから?」

「神隠しというのは、そういう物みたいですからね」

「はー、逞しい事で」

「台風の目ですよ」

「まあ、当事者というか該当者のアタシ達がこんな感じだもんね」

 優希は視線を教室に残っている他の女子に向けた。日常的な会話で盛り上がっていた何人かが視線に気付き、手を振ってくる。優希と鈴もそれに手を振って答えた。優希が奇異の目を向けられていたのは、復学してから少しの間だけで、今では他の級友も鈴と同じ様に級友に接する様な自然な感じで接してくれている。

 この様に、世間と該当者の間では結構な温度差がある。

 優希は鈴に視線を戻して、尋ねた。

「で――何? 珍しく何処かに寄ってくの?」

「外れです。今回も今回とて智世ちゃんの部屋ですよ」

「そうだと思った」

 鈴の返答に、優希は小さく笑った。

 これも優希は忘れてしまっているが、名前に上がった女子生徒は、外野智世といって、かつての優希と鈴の共通の親友である。

 と同時に、彼女は失踪者の一人でもある。

 故に、鈴とかつての優希は、智世が何時帰って来ても良い様に、彼女の両親と管理人に頼み込み、彼女の家の管理を行っているのだ。

「何処か寄りたいところがあるのですか?」

「別に無いよ。そういう伴野さんは?」

「お茶と洒落込んでも良いかもですが、その前にやる事をやりましょう」

 そう言って、鞄を持って立ち上がった。優希も習って席を立ち、鞄を背負う。

「だね。それじゃ、今日も今日とて行こうか」

 飛んでくる別れの挨拶に答えながら、二人は教室を後にする。

「――そういやさ、今日朝から最悪だったんだよね」

 道中、優希は今朝の事を話した。

「何処と無く気持ちが沈んでいたのは、そういう背景があったのですね」

「表に出てた? ごめん、余計な気使わせちゃった?」

「構いません。そういう下らない事だったなら」

「その割に言葉に棘を感じるけど?」

「気のせいです。本当に下らないなー、なんて微塵も思っていません」

「……思ってるんだ」

「それで? どうしてそんな気持ちに?」

「サラッと流したね?」

「だって、不毛ですから」

 もっともな言い分だったので、優希も気持ちを切り替え、話を続けた。

「あーっと、今日ベッドから落ちて目が覚めたからだよ」

「となると、頭を打ったので?」

「そうだけど、よく分かったね?」

「となると、あれは無意識の行動だった、というわけですか」

「あれって何? 無意識?」

「優希ちゃん、今日は時折後頭部上部を撫でていたのですよ?」

「嘘、それホント? 全然気付かなかった……」

「本当です。だから邪推してしまったわけです」

「そっか。改めてごめんね」

「お気になさらず。その事も優希ちゃんが悪いわけじゃないのですから」

 そう言って、鈴は優しく微笑んだ。

 そんな鈴を見て、優希はため息をつく。

「はー、伴野さんってどうしてそんななの?」

「何ですか、藪から棒に」

「いやさ、ずっと思ってたけど、どうしてそんな気配り上手なのかな、と」

「そうですか?」

「そうだよ。はー、同じ女としてアタシは今強烈な敗北感に苛まれてるよ」

「勝手に思って、勝手に敗北感に浸らないでくださいよ」

「そうは言うけどさー。女として勝てるところが見当たらないんだもん」

「いやいや、優希ちゃんだって十分魅力的ですよ?」

「校内の彼女にしたい部門及び奥さんにしたい部門で、二冠達成してる人に言われても嫌味にしか聞こえないなー。そしてそう思う自分に自己嫌悪」

 はー、と優希は再び重々しいため息をつく。

 そんな優希を見て、鈴はちょっと困惑気味である。

「そうは言いますけど、あくまで願望なのが困ったところなのですよ?」

「? どういう事?」

「同性の人から『モテるでしょ』とよく言われますが、異性の方からするといざ付き合うとなると話が変わってくるそうです」

「……どういう事?」

「私も一人の女の子ですから、これでも男の人を好きになる事があります」

「ふんふん」

「それでお付き合いをするのですが――」

「ほほう。それでそれで?」

「私、いつも向こうから別れを切り出されてしまうのです」

「ええっ!?」

 衝撃の告白に思わず大声を上げる優希。

「ちょ、ど、どういう事それ? 何でそんな事に?」

「何でも『俺にはやっぱり高望みだった。夢を見させてくれてありがと』と」

「あー……」

 その返答で優希は全てを悟った。

 同性から見ても、鈴は完璧超人だ。容姿端麗、文武両道、品行方正、気配り上手――長所しか出てこない何拍子も揃った美の絶対者。

 しかし、だからこそなのだろう。

 級友や友達として付き合うなら文句は無く、彼女としては言うまでも無いが、いかんせん鈴はレベルが高過ぎて、隣にいる事が申し訳無く思えてくる。同性の優希でもそう思うのだから、付き合った男子は誰も彼も優希以上に不釣合いさを感じ、結果別れを切り出すのだ。その心境を構築するのはとても容易い。

「その反応――優希ちゃん、何か分かったのですか?」

「ふえっ!?」

 話を振られて素っ頓狂な反応をする優希。

「あ、えっと……な、何も分かってないよ?」

「嘘ですね」

「あうっ……」

 一発で看破され、優希は堪らず呻いた。

「なるほど。やっぱり鎌はかけてみるものです」

「――って、口から出任せ!? 何やってんのよ、アタシ!」

「忙しそうなところすみませんが、よろしければ教えてくれませんか?」

「誰のせいで忙しそうだと!?」

「さあ。そんな事より教えてくださいよ」

「取り付く島も無し!?」

「話は聞いていますから、そんな事は無いですよ」

「十数秒前、思いっきり無視したのは全力で無視ですか!?」

「あら。私が何時そんな事を?」

「うわーお! 駄目だこの人! 都合の良い部分しか聞く耳持ってない!」

「それで? どうなのですか?」

 ビシッとした声で言う鈴。

 有無を言わせぬ物言いに、優希は叫びたくなる衝動を堪え、仕方なく答えた。

「あーっと……」

 しかし、二の句が告げない。鈴を傷つけず、それでいて鈴を振る事にした英断でもあり、同時に臆病でもある異性を傷つけない様にするための上手い説明が、どうにも思い付いてくれない。

 上手い説明が思い付かないまま、二人は下足箱に到着した。男子女子問わず、上履きから下足に履き替える中、二人もそれに習い、下足箱を後にする。

「……やっぱり、私に至らないところがあるのでしょうか」

 と、そこでポツリと鈴が言った。

「いや、それは無い。それだけは絶対に無いから安心して」

 優希は即座に反論した。

 しかし、鈴の表情は沈んだままだ。

「でも、言い難いという事は言葉を選んでいるという事でしょう?」

「まあ、うん……」

「やっぱり。そうなると、私に至らない事がある、という事じゃないですか」

「だから、それは無いってば。そこだけは自信持って。アタシが保証する」

「なら、どうしてお付き合いを続けてもらえないのでしょうか?」

「それは……」

 どう答えたものか、と優希は必死に思考を巡らせる。直球に言えれば楽なのだが、それでは鈴も鈴を振った男子達の行動にも傷がついてしまう。でも、鈴を傷つける気は当然無く、だからと言って、鈴を英断とも臆病とも言える判断で振った男子達の行動にケチをつけてはいけない気もする。しかし、それはまさに二兎追う者は一兎をも得ず、という状態であり、迷っていては一兎さえ逃す。

 優希は決心して、持論を説いた。

「――それは単に相手が臆病なだけ。だから伴野さんは悪くないよ」

「……と言いますと?」

 それを聞いて、優希は小さく笑った。

「伴野さんって時々お惚けだよね?」

「よく言われます」

「だろうね」

 苦笑交じりで言って、優希は話を戻す。

「で――話を戻すけど、ほら、伴野さんって色々凄いでしょ?」

「セクハラですか?」

「いや、胸の話じゃなくて。いや、胸も凄いけどさ」

「冗談です。真に受けないでください」

「知ってる。でもさ、何食べたらそんなになるの?」

 優希は、鈴の胸部に目をやった。そこには豊満な膨らみが二つ。それから自分の胸部に視線を落とす。そこには鈴のそれと比べると『貧相』と一言で断じられても仕方の無い小さな、小さな膨らみが二つ。それから改めて鈴の胸部を見る。

「……というか、また大きくなった? いいや、なってるでしょ? なってるよね? ちょっとくらい分けてよ。というか、貧相って言うな!」

「優希ちゃん、戻って来てくださーい。優希ちゃーん、聞こえてます? 後、誰も、少なくとも私は貧相なんて言ってませんよー」

「という事は、思ってるんだな! この胸か! この胸がそうさせるのか!?」

 被害妄想に囚われた優希は、鈴の背後に回り、制服の上から胸部を揉み始めた。

 そんな二人を見て、周囲の男子達は足を止める。中にはサムズアップする者も。

 そして、そんな周囲の目を気にせず、優希は尚も鈴の胸部を揉み続ける。

「きゃ! ちょ、ちょっと、優希ちゃん! はは、く、くすぐったいです!」

 鈴は抵抗するが、被害妄想に囚われている優希は揉むのを止めない。

「――本当に大きい。そして、何か変な気分になってきたよ、アタシ」

 そればかりか、高揚する始末で、揉み方も洒落にならなくなってくる。

「あっ、ゆ、優希ちゃん! そ、そこは……きゃっ……」

 一方、鈴の口からは、こちらも洒落にならない喘ぎ声が漏れ出す。

 気が付けば、二人とも頬を朱色に染め、制服は色っぽい感じに乱れた。

 突然始まった洒落にならなくなるばかりの攻守に、男子も女子も目が点になる。

「な、なあ、ちょっと……いや、かなりまずくね?」

 高揚の声と喘ぎ声の二重奏の中、観衆の一人が状況のおかしさに突っ込んだ。

「……確かにまずいが、どうやって止めるよ?」

「いっそ、止めないって方向で良くないか?」

「それには同意だが、公衆面前であれはまずいだろ?」

「でもよ、女子じゃないと止められないのに、その女子があれだぜ?」

 その一人が言った様に、現状は中々に混沌としている。洒落にならないであるが故に止めに入れない男子達が女子に目をやれば、女子は熱っぽい視線を絡む優希と鈴に向けているのである。中にはメモを取る者までいる始末だ。

「……雰囲気に絆されてるみたいだな」

「みたいじゃなくて確実にそうだろ」

「だな。……仕方ない。勿体無いが、いい加減止めるぞ」

「でも、どうやって?」

「皆で声かければ良くないか? いい加減にしろ的な事を大声で言えば」

「それが案牌か。んじゃ、せーので行くぞ? せーの……」

 一致団結した男子一同は、そう言った男子の掛け声に合わせて息を吸い込み、『いい加減にしろ!』と空の果てまで届きそうな大声で叫んだ。

「――はっ! ア、アタシってば何を――って、ど、どうしたの伴野さん!?」

 それで優希や雰囲気にほだされて女子達は正気を取り戻し、優希は非常に色っぽい感じに顔を紅潮させ、制服もこれまたやり終えてどうにか取り繕いました、という感じに制服が乱れている鈴を心配し、女子達は逃げる様にその場を去る。

 一方、事態を収拾させた男子達は、『お前だよお前』と突っ込みたくなる気持ちをどうにか抑制し、満足した様に正門へと向かって歩き始めた。

「ど、どうしたのじゃないですよ、全く……」

 制服を直しつつ、鈴は優希を非難した。

「ご、ごめん! その、つい……」

 その発言に、これには我慢出来なかったのか、男子総員一斉に『ついかよ!』と思いっきり突っ込んだ。一度突っ込みを我慢している分、その突っ込みは怒涛の勢いで優希へと襲い掛かる。

 それに対し、優希は苦し紛れの反論を観衆に返し、

「う、うるさいな! あ、アタシは悪くないかんね! これ全て、伴野さんの胸が同性から見ても魅力的だからであって、アタシは魅了されるのは最早必然の事なんだよ! 大体、揉めるなら揉んでみたいと皆だって思うでしょ!?」

「ゆ、優希ちゃん! 公衆面前で何言っているのですか!?」

 鈴が全力で突っ込んだ。その傍ら、男子も女子はうんうん、と頷いている。

「皆さん、同意しないでください!」

「ほらほら! つまり、先ほどの行動は避けられぬ行動だったんだよ!」

「ほらほらじゃありません! 少しは反省してください!」

「悪ノリし過ぎて済みませんでした!」

 非を認め、土下座を敢行する優希。

 それを見て、鈴はぎょっとする。

「ゆ、優希ちゃん、誰もそこまでしろとは……」

「いや、ここまでする事だよ! 本当にごめん!」

「わ、分かりましたから、頭を上げてください」

「許してくれる?」

「それは話が違います」

「何でー!?」

「あれだけの事をしておいて、土下座程度で済むとお思いで?」

「土下座程度って、じゃ、じゃあ、切腹!? 切腹でもしろと!?」

「そういう方向性ではなく、真っ先に土下座をした事が問題なのです」

「わ、悪いと思ったからだよ?」

「土下座の価値はそんなに安くない、という話です。この程度の事で土下座をするのは、土下座に対して無礼です。そうは思いませんか?」

「……思うけど、じゃあ何? 普通に謝れば良かったの?」

 立ち上がりながら反論すると、鈴は首肯した。

 肩すかしを食らった気分になり、優希はげんなりする。

「そ、そうだったんだ……。骨折り損のくたびれ儲けだね」

「ふふ、全くです」

 おどけた調子で言って、鈴は歩き始めた。

 スカートやブレザーについた汚れを落としてから、優希はその背中を追う。

「で――何の話だっけ?」

 追いついてから、優希は尋ねた。

「私の至らなさについてです」

「いや違うでしょ。――思い出した。鈴が振られる理由だったね」

 一つ咳払いして、優希は続ける。

「胸もそうだけど、それ以外にも伴野さんって凄いでしょ?」

「そう言ってくれると嬉しいです」

「どういたしまして。だけど、それが相手にとっちゃきついんだよ」

「それはどういう意味で?」

「心身どっちもって意味で。特に精神的にきついね。伴野さんと付き合った場合、相手もOKしたからには伴野さんの事が好きなんだろうけど、だからこそ不釣合いな自分が許せないって感じで、自分には勿体無いなと思うから、別れようって思っちゃうんじゃないかな」

「曖昧な様で妙に具体的ですね? まるで経験した事がある様な感じです」

「まあ、実体験に基づく持論だからね」

「あらあら、まあまあ。優希ちゃんは何時の間に春を経験していたので?」

「まあ、アタシも一端の女の子だからね」

 そう誤魔化して、優希はタッと駆け出した。

「走るよ、伴野さん! 外野さんの家まで競争!」

「なっ、えっ? い、いきなりはずるいです!」

「あはは、こういうのは言った者勝ちだからね!」

「も、もう! 優希ちゃん、待ってくださいよ!」

「待てと言われて待つ奴はいないよー!」

「こ、このっ! こうなったら、実力行使です! 手加減しませんよ!」

「望むところだよ! じゃ、お先に失礼にー!」

 そう言う傍ら、優希は誤魔化せた事をそっと内心で安堵した。

 かくて、少女達は夜が近くなる空の下で目的地に向かって競争した。


「……外野さんの部屋が……七階だって……忘れてた……」

「だから……待ってくださいって……言った……じゃないですか……」

 結果は同着。息も絶え絶えに二人は文句を言い合う。

 智世の家は、蒼穹学園から自転車で七分くらいのところにあるマンションの七階の一室だ。一人で暮らしているのは、父親の単身赴任が受験真っ盛りの時に決まり、その受験を邪魔しない様に取り計らった結果、と優希は鈴から智世の事を教えてもらった時に聞いている。

「ふぅ……優希ちゃん、平気ですか?」

 先に呼吸を整え終わった鈴が言った。

「……ごめん、もうちょっと待って……」

 優希が正直に言うと、鈴は若干呆れながらも首肯した。

「……伴野さん、また体力上がった……?」

 沈黙が何と無く嫌だったので、優希は素朴な疑問を投じた。鈴は運動がかなり出来る方だが、それを差し引いても体力を初めとした運動能力が、日を追う毎に向上している様な気がしてならないのだ。

「まあ、それなりに鍛えていますので」

「それなりでそんなに? 完璧超人は言う事が違うねー」

「……そう見えますか?」

 唐突な冷めた質問に、優希は疲れも忘れて顔を上げた。

「……伴野さん?」

 そして、見上げた先にあった鈴の顔を見て、思わず名前を呼んでいた。

 鈴はとても自信無さ気だった。そこにはいつも浮かべている微笑はない。

「どうですかね、優希ちゃん?」

 そんな顔のまま、鈴は請う様に聞いた。

 優希には、今の優希には分からない。何で鈴がこんな顔をするのか。何故そんな事を聞くのか。何故それを今の自分に向けるのか。それが分からない。

 しかし、それでも下手な事を言ってはいけない、という事は分かる。

 たっぷり考え、優希は今の自分の考えを吐露した。

「見えるよ。少なくとも、『今のアタシ』には、ね」

「……ごめんなさい。そんな事を言わせる気では……」

 一変、いつもの調子に戻ったかと思えば、申し訳無さそうに鈴は言った。

「謝らないでいいよ。アタシが勝手に言っただけだし」

「……なら『今のアタシ』なんてそんな悲しい事言わないでください」

「……ごめん。でも、どうにもね。駄目なんだ」

 そう言って、優希は自嘲気味に笑った。

 それと見て、鈴は困った様な、呆れた様な表情を浮かべ、ため息をつく。

「――止めましょうか。これに関しては平行線ですし」

 それから、ため息交じりにそう提案した。

「だね。これは不毛極まりないしね」

 優希もため息交じりで賛同した。

 優希は、鈴には『今の自分に違和感を覚える』という事を話している。が、それでも鈴は『優希ちゃんがそう思おうと、優希ちゃんは優希ちゃんです』と言って聞かず、優希も優希で拭い切れない違和感から、そう思う事を止められない。

 それ故に平行線であり、この事に関して二人は解決を諦めている。

「はー、お待たせ。それじゃあ――」

 優希がそう言った時、鈴が何かに気付いた様な顔をし、鞄を開け、携帯を取り出し、優希に目配せしてくる。優希が首肯すると、鈴は一礼して電話に出た。

「――はい。――はい。……分かりました」

 短いやり取りを済ませ、鈴は携帯を耳から離した。

「急用でも出来た?」

「ええ。顔に書いてあります?」

「うん――って、のん気に話してる場合じゃないでしょ? こっちはアタシが片付けとくから、早く行ってあげて」

「済みません。こっちからお誘いしたのに……」

「良いって事よ。ほら、早く、早く」

 優希が急かすと、鈴は一礼して走って来た道を逆走し始める。

 鈴が階段へと通じる角を曲がるまで見送って、優希は身を翻し、持たされている合鍵を使って中へ入った。

「お邪魔します」

 家主がいない部屋は、当然の様に薄暗い。優希は壁を探り、スイッチを探り当て、電気を点けてから奥へ進んだ。

 智世が住んでいるマンションは、ワンルームマンションだ。

 キッチンが備え付けてある廊下を抜け、スイッチを探り、電気を点ける。先と同様、優希は一瞬だけ目が眩み、その間にリビングが電光に照らされる。

「……相変わらず殺風景な部屋だねー」

 電光に照らされた部屋は、家主がのっぴきならない事情があって家を空けている――という事を差し引いてもそう言いたくなるほどに物が少なかった。ワンルームしか無いためにあまり物が置けないから、と言えば聞こえは良いが、その生活感の無さは、ショールームと同等だ。もっとも、余裕があるとは言え、限られた資金の中やりくりしなければならないため、当然と言えば当然とも言える。

「ま、アタシが言えた立場じゃないけどね」

 優希は一人呟き、窓へと向かい、カーテンと窓を開ける。夕暮れの冷たい風が流れ込み、優希の短髪と制服を揺らす。それから玄関まで戻り、玄関を限界まで開き、そのまま開きっ放しにする。

「――それじゃ、始めるとしますか」

 自分に言い聞かせ、優希は掃除を始めた。

 掃除機がゴミを吸い込む音と優希の足音だけが、静かな室内に響き渡る。

(――それにしても、一体何してるのやら)

 掃除の傍ら、優希は鈴の事を考えた。

 頻繁というわけではないのだが、『急用』によって鈴の付き合いが悪くなったのは事実である。気になったので級友にそれとなく話を振ってみれば、鈴のその行動は智世が失踪した頃から、という事が分かり、さらには智世の行方を独自に追っているらしい、という事も発覚している。しかし、後者はあくまでも級友達の憶測であり、本人にもそれとなく確認したが、きっぱりと否定されている。

 ならば、アルバイトでも始めたのだろうか、と優希は聞いた時に思ったが、現状でそれは有り得ない、と級友達によって否定されている。鈴の家庭は付き合いを削ってまでアルバイトをしなければならないほどお金に困っておらず、今は状況が状況。級友達の中にもアルバイトを辞めさせられた人がいるほどであり、現状でアルバイトをしたいなどと言えば、金はやるから出来るだけ家にいろ、と言われるのが落ちだ。

(危ない事してなきゃ良いけど……)

 級友達が邪推してしまうのは、この連続失踪事件に関しては、規模が規模であるため、専門的な機関が新しく作られるほどであり、それにも関わらず電波に発覚と結果だけだから、と優希は推測している。

(まあ、アタシの事に続いてだもんね……)

 後から知った事だが、優希の事故と智世の失踪は、鈴にとっては立て続きに起こった近しい人の不幸だったのだ。だからこそ、執拗に気遣ってくれるのかな、と優希は勝手に自己完結している。鈴がとても友達思いは周知の事情であり、今の優希でも少し時間を共有して、そういう人なのだと納得したほどだ。

 故に、憶測してしまう。友達をとても大切にしている鈴だからこそ、危険も厭わずに智世の行方を追う、という無茶をしているのでは、と。

(……いい加減踏み込んでみるかな)

 これまでは自分の事でいっぱいだったため、優希は鈴を初めとした周りの親切に甘えていた。いたが、ここ最近になって鈴の『急用』による付き合いの悪さは、悪化の一途を辿っていり、級友達からも『無理を言う様で悪いけど、伴野さんの事をお願い』と内密にお願いされるほどだから、危機感を抱かざるを得ない。

(明日辺り、探りを――)

「随分と無用心なのだな」

「わきゃあ!」

 唐突な声に優希は大声を上げ、声の主を見た。

「と、驚かせてしまったか。一応声をかけたのだが、反応が無く、玄関も開け放たれていたので、失礼ながら入室させてもらった。重ねて済まない」

 声の主は、異国の少女だった。

 雪原を想起させる美しい白銀色の髪を長く伸ばした、日本人離れした美貌の持ち主だ。歳は優希と近いだろうか、凛とした雰囲気から年上に見える。

(……似合ってるけど何故に着物?)

 そんな外見だが、少女の痩身を隠しているのは、菖蒲の花柄の黒い着物だ。風貌とミスマッチな感じがしなくも無いが、美貌が成せる業なのか、不思議とこの少女が着ると普通ならミスマッチだろう組み合わせも自然に見える。

「あ、そ、その、ご丁寧にどうも」

 おずおずと会釈を返す優希。

「そちらこそ。ところで、ちゃんと伝わっているだろうか?」

「えーっと、言葉ですよね?」

「他に何かあるか?」

「無いですね。それにしても、日本語お上手ですね?」

「父上がこの国を好きで、必然的に私も覚える事になった」

「凄いですね」

「そうでもないさ。物心ついた時から教えられ、使ってきたからな」

「そういうものですか?」

「他はどうか知らないが、私はそうだった」

 そこで異国少女は一つ咳払いした。

「ところで、君がこの家の家主か?」

「あ、違います。アタシはこの家の家主の級友です」

「違うのか。となると、家主は留守か? ここで待てば会えるか?」

「うーん……留守と言えば留守ですし、違うと言えば違います」

「訳有り――となると、この家主も?」

「『も』と言うと?」

「飲み込みが良いのか悪いのか……失踪者なのだろう、と言っている」

「えっ……」

 一発で言い当てた事に優希は動揺を隠し切れなかった。

「そんなに驚く事か? 今じゃ珍しくないだろう?」

 一方、異国少女は平然としたままだ。

 確かに珍しくはない。でも、妥当な線を攻めるなら、一般的には病に侵されているとか、他界しているという方が先に来るはずだ。少なくとも、同じ質問をぶつけられた場合、優希はそちらの方向性で邪推する。

 それなのに、異国少女が真っ先に口にしたのは、失踪している、という第三の選択肢だった。それも断言口調。

「……失礼ですが、外野さんとはどういう関係で?」

「単なる知り合いだ。もっとも、こちらが一方的に知っているだけだがな」

「それを信じろと?」

「それは君次第だ。好きにしてくれ」

 そう言うと、異国少女は細めた目で優希をジッと見つめた。

「な、何ですか?」

「――話をガラリと変えるが、君は今幸せ――いや、少し違うか。……訂正する。君は自分が好きか? 日常は好きか? 家族や友人が好きか?」

「な、何を――」

「驚くのも無理は無いし、頭が痛い子だと思ってくれても構わない。でも、どうか聞かせて欲しい。君の答えを」

 それは、有無を言わせない物言いだった。

 それでいて、真摯な問いかけだった。

 それを聞いた真意は読み取れないが、そう思ったから優希は答えようと思った。

「自分の事は普通ですけど、友達と馬鹿を出来る毎日は楽しいと思ってます」

「自分に不満はあるが、日常を楽しいとは思っているのだな?」

「え、ええ……」

「そうか。なら、現状維持に最善を尽くす事だ。不用意に現象に踏み込むな。変化を望むな。改善を望むな。例え自分に不満を持っていたとしても、それでも楽しいと思える事があり、それを楽しいと感じられるならば、それを手放そうなどと絶対に考えるな。もしもそんな事をすれば――」

「すれば、どうなるんです?」

「――君は全てを失い、何も得られず、割に合わない末路を辿る事になる」

「――っ」

 優希の喉が引きつった。

 異国少女の言葉は、まるで根拠が無いのに、なぜか優希の胸に突き刺さった。

 異国少女の言葉はどうしようもないくらいに事実だ、と優希は直感した。

 どうしてか、そう感じ、そう思った。そしてそれは、胸に突き刺さったが、どういうわけか、不思議としっくりきた。何も分からないというのに。

「――邪魔したな」

 一方的に言った異国少女は、最後の最後まで一方的に言って、身を翻した。

「忠告はした。強制はしないが、出来れば私の忠告を聞き入れて欲しい」

 念押しとばかりに言って、異国少女は何事も無かった様に部屋から出て行く。

 その様子を、困惑と動揺で思考停止している優希は、ただただ見送る。

「……一体、何なの?」

 当然の疑問が、静寂が訪れた室内に響いた。

 その自問に対する回答は、当然無い。


(今日は厄日だね……)

 夜が近づく空の下、優希は一人帰路についていた。

 歩きながら考えるのは、今日体験した不可思議な事象。

(引き金はあの夢なのかな……)

 回想するのは、今朝見た夢。

 悲しい――それだけは強烈に鮮明に残っている不思議な夢。内容も思い出せないのに、その事だけははっきりと思い出す事が出来る珍妙な夢。

(で、電波な外人さんの忠言……)

 次に回想するのは、先の光景。

 あの後、マナーモードに設定してある携帯の振動を聞き、我に返った優希は、掃除機を片付け、戸締りをしっかりして智世の部屋を後にした。

 携帯の振動は、メールを受信した事によるものだった。

 相手は、急用で戦線離脱した鈴だ。

 メールの内容は、

『時間帯も時間帯なのでこのまま直帰します。優希ちゃんもお掃除が終わり次第、そのまま帰っちゃってください。この埋め合わせはいずれ』

 という謝罪を含めた報告だった。

 了解、と短い文面を送信し、優希は現在に至っている。

(あの人、一体何者なんだろう……?)

 これも異国少女の忠言に反する事かな、と思いつつ、優希は考えずにはいられなかった。忘れるな、考えるな、という方が無理な話だ。

 それというのも、優希はある事も直感していたからだ。

(あの人、アタシの事を知ってるのかな?)

 そんな風にどうしてか直感した。

 落ち着いた後、あの外人について覚えている『知識』に検索をかけたが、該当する記憶は無かった。それによって『上代優希』は、あの少女と出会った事が無い、という事は判明したが、それが意味するのは完全な手詰まりと疑念。

 何故あの異国少女は、優希の事を知っている風だったのか――。

 その疑念だけが、確かな形となって優希を苛む。

(……どうしたものかなー)

 二重拘束に優希は内心で呻き、重々しくため息をついた。

 過去を知りたいという気持ちはある。あるが、それは異国少女の忠言の『改善を望むな』に引っ掛かり、それは過去を取り戻せば『今の自分』は消えるかもしれない、とも考える事が出来る。痛い考えだな、と笑い飛ばしたいところだが、知識があるとは言え、『上代優希』である事に違和感を覚えている優希にとって、その発想を否定する事は出来ず、だからこそ悩まずにはいられない。

(ねえ『上代優希』……アタシはどうすればいいかな?)

 優希は、足を止め、電柱に背を預け、夜空を仰ぎながらそっと尋ねた。

 違和感があるからこそ罪悪感がある。優希はこれまで『上代優希』と過ごして来て、『上代優希』である事に味を占めてしまった。だから、分不相応だと、望んではいけないと思いつつも『上代優希』で在り続けた。

(アタシは潔く消えるべき?)

 返答は当然無い。

(アタシは『上代優希』になっても良いの?)

 自問は無駄だと理解している。

(……何とか言ってよ。一人だけ楽してないでさ)

 答えが返って来なくとも、そう言わずにはいられなかった。

 不器用を押し付けている事も承知している。

 でも、優希には確かな違和感があるのだ。

 自分は絶対的に『上代優希』ではない――そう思える違和感が。

(……答えてくれるはずない、か)

 死人に口無し。どれだけ優希が違和感を覚え、それを考える度に問いかけ、どれだけ答えを渇望したところで、実質死んだと言っても過言ではないだろう『上代優希』は、それ故に何も答えず、何も示してくれない。

(全く、アタシも――)

 気持ちを切り替えようとした時だった。

 何処かで悲鳴が炸裂した。

「な、何、今の……」

 動揺と困惑が無意識に口から零れ落ちる。

 必然。物理的に身を竦ませる音でありながら、肉声だとはっきりと分かる生々しい音。ありとあらゆる苦痛を味わった事による聞くだけで痛々しい声だった。

 それは、さして遠くない。

 そして、そんな声を聞いて無視出来るほど、優希は冷淡ではない。

 ――『君は全てを失い、何も得られず、果てしない絶望を味わう事になる』

 行動を思考した瞬間、異国少女の念押しが、脳裏を過ぎった。

 それにより、高まった気持ちが急速に冷めていき、足が止まった。

 優希は直感する。ここは分岐点だと。

 介入と無視の二者択一。

 目を伏せ、優希は改めて思考し、自分に問いかける。

(どうする、アタシ? 介入すれば、痛い目見るのは明白だけど、この悲鳴の主を見捨てなくて済む。無視すれば、痛い目見なくて済むけど、一生その事を抱えて生き続ける事になる。どちらも一長一短――いや、どっちを選んでも割に合わない目に合うってここは言うべきだね。それで、アタシ。そ、アタシはアタシに聞いてる。『上代優希』じゃなくて、『上代優希』として生きているアタシでも無くてアタシに聞いてるの。で、アタシ。改めて聞くけど、どうしたいの?)

「――悪いね。親切な外人さん」

 考えた結果、優希は『介入』を選択した。

 絶対に後悔する。それだけは間違いない。異国少女の言葉は予言だろうし、優希自身そうなるだろうと何と無く思う。

「どっちを選んでも割に合わないなら、アタシは少しでもマシな方を選ぶよ」

 動かなかった足が、それを皮切りに制御下に戻る。

 制御下に戻った足で、最初の一歩とばかりに力強く地を蹴った。

 それに答える様に、踏み出した勢いは優希の体を軽やかに運んだ。

(――同じ立場だったら、『上代優希』も同じ選択をしたのかな)

 走りながら、普段感じている『ズレ』が無い事に、優希はふと気付いた。

(……全く、こういう時だけなんだから)

 もう『上代優希』だった事を思い出す事は出来ない。

 でも、こういう事態――誰かが困っていたり、悲しんでいたりするだろう現象に直面すると、不思議と『ズレ』は無くなり、『自分は上代優希である』という実感がどうしてかこんこんと湧いて来るのだ。だから、先ほどの様に訪ねてしまう事もあるのだが、『上代優希』を感じられるのはこういう時だけである。

(まあ、助かるから――)

「左右のどちらかに避けろ! ぶつかるぞ!」

 唐突に、思考を停止させる怒声が、優希の耳に突き刺さった。

 反射的に優希は右に回避行動を取った。その瞬間、たった今し方まで優希がいた場所に、黒い何かが着地した。爆風が巻き起こり、優希は煽られる。

「一体、何が……」

「そこの人間! 死にたくなければ即刻出来るだけ遠くに逃げろ!」

 優希の疑問と、黒い何かの忠言が重なり、

「ら、ライオンが喋ってる!? しかも、無駄に良い声で!」

 飛び込んだ光景に、優希は思わず叫んだ。

 空より到来したのは、ライオンだ。ただし、状況からも普通のライオンではない事は窺い知れるが、一見でその仮説は事実へと変質する姿形をしている。黒い毛皮に赤い瞳、そして何より、ライオンのぬいぐるみと見間違える事が出来るだろう小さくファンシーな外見だ。普通じゃない事は一々尋ねる必要が無いが。

「律儀に突っ込んで――っ!?」

 ライオンは苛立たしさ全開で叫んだが、途中でそれを止め、体を沈めたかと思えば、勢い良く後方に跳躍した。その瞬間、ライオンがいた場所に赤い三日月状の何かが飛来し、地面を抉り、粉塵が周囲に巻き起こった。

「忠告は無駄に終わったか。面倒な事にならなければ良いが……」

 それから、凛とした少女の声を優希は聞いた。

「えっ……」

 優希が呟いた時、声の主たる少女が空より軽やかに舞い降りた。

 その声の主を、優希は知っている。

 今日の今日であり、状況が状況だったから、忘れられるはずも無い。

 しかし、その少女は、優希が知る姿とはまるで違っていた。

 風になびく長髪は赤く染まり、着用している一目で特注品だろうと分かるコート、シャツ、スカート、ブーツも同色。

 それだけでも十二分な違いだが、それに拍車をかける物を少女は握っている。

 それは、身の丈以上ある真紅色の巨大な鎌。柄だけでも二メートルはあり、羽の部分も同じくらいあるそれを、その少女は軽々しく肩に背負っている。

 優希の記憶と同じなのは、優希を見つめる双眸の色と凛とした声色だけ。

「形振り構わずだな、レフィクル」

 異国少女改め赤き少女が、ライオンを見て、侮蔑を投じた。

「単なる偶然――と言ったところで信じてくれなそうだな」

「偶然? 誘導の間違いだろう?」

「邪推は結構だが……俺だけを悪役にするなよ、フォルティス。お前が襲撃して来なければ、或いはもっと上手く立ち回っていればこうはならなかった」

「……では、誘導したわけではない、と?」

「黒幕なら他を当たれ」

「だが、出会った以上無視はしないだろう?」

 赤き少女が、変わる。

 何も分からない優希でも分かるくらい、赤き少女からとてつもなく大きな気配とでも言えばいいだろう何かが噴き出した。

「だ、駄目!」

 それを感じて尚、優希はライオンを庇う様に、赤き少女と対峙した。

「……何故来た? 君は利口な人だと見受けていたが?」

「ま、マシな方を選んだだけだよ」

「――そうか」

 そう言って、赤き少女は大鎌の刃先を優希へと向ける。

「なら、ここで私に殺されても文句は言ってくれるなよ?」

 そして、大鎌を振った。

 死が高速で優希に迫る。

 直撃コース。気付けたのは始動のみで、優希は反応出来なかった。

「「なっ!?」」

 驚愕の声は、赤き少女とライオンの口から。

 当然。大鎌は空を切り裂くだけで、血の花が空に咲く事は無かったのだから。

「――あ、あれ? アタシ、どうして……」

 一方、優希は困惑を隠せなかった。

 先の一閃、優希は死ぬ事を覚悟していたし、死を受け入れてさえいた。

 しかし、大鎌が振れる直前、優希の体は優希の意思に反して勝手に動き、ライオンを小脇に抱え、大鎌の間合いから優希達を離脱させていたのだ。

「無自覚か。なら――」

「走れ! 逃げるぞ!」

 赤き少女の言葉を遮り、ライオンは優希に向かって叫んだ。

 ライオンの叫びで、優希は我に返り、踵を返して撤退を計った。

「待て――ちっ、間が悪い!」

 赤き少女の停止、後に悪態が、優希の耳につく。

 優希は後ろを見よう――、

「振り向く暇があるなら走れ!」

 としたが、ライオンに止められ、撤退を優先し、速度を速めた。

 その直後、優希の背後で爆発が起こった。

「な、何!? 一体何なの!?」

「気持ちは分かるが後にしろ!」

「う、うん――って、えっ!?」

 答えようとした時、優希は周囲の異変に気付いた。

 周囲の光景が著しく変貌し始めていた。それまでそこにあったものは一切合切消失しており、その代わりに神秘的な純白の建造物が立ち並んでいたのである。

「な、何これ!?」

「ちっ、この糞忙しい――左に飛べ!」

「ああもう! 何なの!」

 ライオンの指示に従い、優希は文句を言いつつも左に跳躍した。その直後、優希がそれまで走っていたところに何かが勢い良く着地した。その余波を受けて押され、優希は反対側にある純白の建造物の柱に――、

「なっ!?」

 驚きの声は、小脇に抱えるライオンから上がった。

 今度の驚きもまた当然。ぶつかると思われた直前、優希は空中で一度回転し、柱との激突を避けただけではなく、柱を足場にして跳躍し、体操選手の様に回転や捻りを加え、華麗に地面に着地した。とても素人の動きではない。

「……だから、何なのよ、アタシ!」

 だからこそ、優希は現状も忘れて不満を爆発させた。

 またしても無意識の行動だった。大事が無い事をありがたく思ってはいるが、大事が無いからこそ普通だったらただで済んでいない事であるが故に、疑問を抱き、体の制御を奪われる感覚に不満を抱かずにはいられない。

「お前は――ちっ、一難去ってまた一難か」

 ライオンの悪態で、優希は我に返り、現状の把握を急いだ。

 そして、『それ』を認める。

「て、天使……?」

 それとは、そうとしか呼べない何かだった。

 背には純白の双翼、頭には天使の輪と思しき金色の輪が浮かんでいる。唯一一般的な『天使』のイメージと異なるのは、身につけているつなぎ目が見当たらない純白の鎧。それによって、無機質さ加減に拍車がかかり、一見だけでは有機的なのか、無機的なのかが判別し難い。

 そんな何かは、一体だけではない。一体、また一体と空から降りてくる。

 優希がそこまで把握した時、最初に降り立った天使が動いた。

 まず立ち上がり、それから状況を把握するかの様に周囲を探り、優希の姿を発見して、それを止める。

「――っ」

 天使に見られた時、優希は喉が引きつり、足が一瞬にして竦んだ。

 一瞬で理解する。次元が違う。存在が違う。訳が違う。違う、違う、違う。何もかもが、考える事が阿呆らしくなるくらい出鱈目な存在だと理解する。

 だから、優希は自分が辿るだろう未来を思い描いてしまった。

 故に、優希はライオンを抱き直しつつ、尋ねた。

「……ひょっとしなくても、これって相当やばい状況だよね?」

「ほう、この局面で心が折れないか。それだけでも上出来だ」

 対し、ライオンは余裕そうだった。優希は即座に否定する。

「いやいや、これで結構一杯一杯だよ。やば過ぎるからどうにかなってるだけ」

「それでも上出来だ」

「ありがと。でさ、思いっきり期待してるんだけど、何か無いの?」

 返答はすぐには返ってこなかった。

 優希が視線を落とせば、ライオンは何かを考えている様にも見える。

 手持ち無沙汰なので、優希は天使を観察する事にした。

 無数の天使は、最初こそ動いたものの、優希を認めてからはこれといって反応を見せなかった。他の天使も同様。まだ全員降りきっていないので、それを待っているのかな、と優希は勝手に自己完結する。

「――期待してくれているところ悪いが、何も無い」

 ライオンの言葉に、優希は耳を疑った。

「……こんな時に冗談は良いってば」

 淡い期待を込めて確認するが、

「冗談で言っている様に聞こえるのか?」

 返って来たのは、はっきりとした否定。

「は、はぁあああっ!?」

 思わず優希は大声を上げ、ライオンを自分の方へと向かせた。

「どういう事それ!? この局面で、この流れなのに何も無いの!?」

「揺らすな、叫ぶな! 無い物は無いのだから仕方ないだろうが!」

「仕方ない!? アンタ、妖精的な存在としてそれってどうなの!?」

「仕方ないだろう!? こっちにも色々と事情があるのだよ!?」

「事情!? その辺は融通利かせてよ、この頑固妖精!」

「が、頑固!? 言うに事欠いてそれか! こっちの事情も知らないで!」

「そっちだってアタシの事情なんか知らないでしょうが! 別に責任転嫁するわけじゃないけどね、巻き込む気が無いなら『あんな声』を聞かせないでよ!?」

「それを責任転嫁と――待て、今何て言った?」

「声よ、声! アンタでしょ!? 聞くに堪えない悲鳴上げたの!」

「なっ――」

 それを聞いて、ライオンは目を見開き、言葉を失った。

 優希が聞いた悲鳴の主は、他でもないこの黒い小ライオンだった。

 優希は、この事を打ち明ける気は無かった。それをしてしまえば、ライオンにこちらの身勝手を背負わせる事になってしまう。そんな事を背負わせるために、優希はここへ来る事を、首を突っ込む事を選んだわけではない。

 優希は黒い子ライオンが言葉を作る前に、言葉を作る。

「アンタの反応を見るに、アタシに聞かせる気が無いのは分かったけど、アンタの悲鳴をアタシは聞いちゃって、放っておけなかったの! 迷惑だと思ったけど、それでも無視できなくて、見過ごせなかったの! だから、アンタは何も気にしなくていいから、鴨が葱背負って来たくらいに考えて、自分が助かるためにアタシを利用していいから、アタシをここで死なせないで!」

 一頻り叫んで、優希は返答を待った。

 ライオンは、驚きの表情を止め、先ほどと同じ様に沈黙した。

 ガシャ。

「――っ!?」

 その音に、優希は息を飲んだ。

 その音は、天使が足を踏み出した音。

「くっ、仕方――」

 ライオンがそう言った時だった。

 優希達の前に、何かが舞い降りた。

 そのシルエットは、黒衣を身につけた黒髪の少女だった。

 着地の余韻で、黒いコートと波打つ黒髪がフワリと宙を舞う。

「こ、今度は何!?」

「――安心しろ、今度は味方だ」

 優希の疑問に、ライオンが答え、

「ええ、味方ですよ」

 黒い少女が答え、

「えっ!?」

 その声に、優希は心底驚いた。

 そんな優希を余所に、乱入者は首を回し、横顔を優希に見せる。

「嘘、本当に伴野さんなの……?」

 その少女は、色々と違いはあるが、間違いなく伴野鈴だった。

 動揺する優希に対し、黒き少女――鈴は朗らかな微笑を向ける。

 その時、天使の足音が聞こえた。

「優希ちゃん、速攻で片付けますのでそこで待っていてください」

 それを聞くや、鈴はそう言って、天使の軍団に突っ込んだ。

「伴野さん!」

「安心しろ。あの程度の敵にリンは負けない」

 優希は、咄嗟に追いかけようとしたが、ライオンに止められる。

「だから動くな。痛い目を見る事になる」

 ライオンが言った時、優希はその言葉の真意を知る。

 鈴が天使の軍団と肉薄する直前、天使の軍団に武器の雨が降り注いだ。

 剣、槍、斧、短剣、ランス、ハンマー――多種多様、武器の博覧会がすぐにでも開催出来そうな無数の武器が降り注ぎ、天使の命を奪っていく。

 その間に、鈴は天使の軍団との距離を無へと帰し、手近なところへ振ってきた剣斧と槍を掴み、敵の二体を躊躇う事無く一閃し、次の敵へと向かい、先ほどと同じ様に一閃でまた二体を切り伏せる。

 そんな事がただひたすら続いた。時折武器を変えつつ、されどその全てにおいて一撃必殺。五体目を剣で切り伏せ、六体目をハンマーで押し潰したところで、最初に絶命させた二体が地面に崩れ落ちる。

 まさに圧倒的。地を駆け、何某かの武器を振る度に、天使は次々と倒れていった。各々攻撃や反撃を行うのだが、百近い攻撃は鈴の残像を捉えるばかりで、実像にはかすりもしない。接触するのは、鈴の一閃が触れる時であり、次の瞬間には犠牲者となって地面に崩れ落ちている。

 鈴は、作業の様に淡々と繰り返し、犠牲者は加速度的に増えていく。

 あっという間に、百近くいた天使の軍団は、例外無く地面に伏す。

「――さあ、幕を引きましょう!」

 パチン。鈴が指を弾いた。

 瞬間、また武器の雨がトドメとばかりに天使の軍団に降り注ぐ。

 武器が天使を貫き、地面に突き刺さる音が、数珠繋がりに鳴り響く。

 少しして、武器の雨は止んだ。

 粉塵が舞う中、鈴は踊り終えた踊り子の様に一礼する。

「これにて閉幕です。ご静聴、誠にありがとうございました」

 そう言って、鈴は粉塵の中から姿を現した。

「お、終わったの?」

「ええ、終わりましたよ」

 優希が聞くと、鈴は微笑みながらそう言った。

 それから、優希の胸元――ライオンにジト目を向ける。

「それはそれとして、何でレフィクルが優希ちゃんと一緒に?」

「成り行きで仕方なく、な。しかし、世間というのはつくづく狭いな。リンとこの子が顔見知りだったとは。どういう関係なんだ?」

「以前お話したもう一人の親友で、上代優希ちゃんです。で、優希ちゃん、今優希ちゃんが抱いているヘンテコ生物は、レフィクルと言います」

「ヘンテコとは何だ、ヘンテコとは」

「ヘンテコで十分ですよ。優希ちゃんもそう思いません?」

「えっ? えーっと……」

 問われた優希は、レフィクルと呼ばれたライオンに視線を落とし、

「まあヘンテコってところには同意するけど、格好可愛くない?」

 率直な感想を口にした。

 それを聞いて、鈴は意外そうな顔をし、レフィクルは嬉しそうに声をあげる。

「リン、君の親友は見る目があるな」

「優希ちゃん、世辞は不要ですよ。そんなヘンテコ生物に」

「まだ言うか」

「言われるだけの理由が――どうやら向こうも終わったみたいですね」

 鈴は途中で言葉を止め、別の事を言った。

「向こう――って、こ、今度は何?」

 尋ねて、優希は周りの変化に気付いた。

 異空間と化した町並みは、元の姿を取り戻しつつある。それと共に鈴が倒した百近い天使もゆっくりと、しかし確実に透明化していく。

「とりあえず平気です。だから落ち着いてください」

「そ、そうなの?」

「ええ。それに今は私がいます。だから安心してください」

「う、うん。ありがとう」

「いえいえ。どう――」

 鈴は不意に言葉を切り、明後日の方向を見つめた。

「人に任せて歓談とは良いご身分だな」

 それに呼応する様に、優希としては出来れば聞きたくない声がした。

 遅れて、赤き少女が何処からとも無く舞い降りる。

 それを見て、鈴は優希を庇う様に後ろにやった。

「そう構えるな。戦闘の意思は無い」

「レフィクルをいきなり殺そうとした人の言葉を信じろと?」

「――なら、これでどうだ?」

 そう言った瞬間、赤き少女の体を赤い光が包んだ。

 一瞬激しく光った後、赤き少女は着物姿へと一瞬で着替えを済ませていた。

「……フォルティス、一体全体どういうつもりだ?」

 レフィクルが聞いた。

「事情が変わり、私にとっての最善を考えたからだが?」

「……どういう風の吹き回しだ?」

「愚問だな。そういう風の吹き回しというだけだ」

 そう言って、フォルティスと呼ばれた着物少女は、鈴に視線を移す。

「で――お前は何時まで臨戦態勢なのだ?」

「貴女が何処かへ言ってくれるまでです」

「なら、諦めてさっさと武装を解除しろ。これより先、私が納得出来るまで、私はお前の後ろにいる人の側にいると決めているからな」

「なっ」「はい?」

 突然の告白に、鈴と優希は驚きの声を上げる。

「――なるほど。そういう理屈か」

 一方、レフィクルは一人でさっさと納得してそう呟いた。

「レフィクル、どういう事ですか?」

「とりあえず、向こうに戦闘の意思が無い事は確かだ」

「……正気ですか?」

「無論だ。だからそんなに目くじら立てるな」

「……あの人は貴方を殺そうとしたのですよ? それを許すと?」

「ああ。向こうの事情は概ね把握し、仕方ない事だと理解出来たからな」

「殺しを黙認するなんて……それ相応の理由なのでしょうね?」

「俺個人としてはそうだが、リンは百パーセント認められない理由だ」

 レフィクルがそう言うと、鈴は眉根を寄せ、

「……優希ちゃん絡みですか」

 と言った。突然の事に優希は驚く。

「え? ど、どういう事?」

 そう呟くと、優希以外の全員が何かを思い出した様な顔をした。

「そういえば、説明がまだだったな」とレフィクル。

「貴女が変なタイミングで入ってくるからですよ」と鈴。

「私のせいにするな。置いてきぼりしたお前らも同罪だ」とフォルティス。

 三者三様の発言に、優希は一抹の寂しさに駆られた。

 しかし、ここを逃すと主導権を握れそうに無いので、優希は率先して発言した。

「……図々しさ承知でお願いするけど、いい加減誰でもいいから色々教えてくれないかな? あらゆる意味でさっぱりだからさ」

「なら、場所を移動しよう。主に若干一体――もとい一名のために」

「それには同感です。電波だと思われますからね」

「かなり引っ掛かるが、場所の移動には賛成だ。で? 何処かあるか?」

 その質問に、優希は挙手した。

「アタシの家は? 一人暮らしだし、ここからそう遠くないよ?」

「私は問題無い。そっちの二人は?」

「俺は賛成だ」

「私も賛成です。優希ちゃんの家なら親も安心してくれるので」

「決まりだね」

 かくて、一行は上代家へと向かった。

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