本当のところ
カタカタと単調なキーボードの音が響く。
一人だけの部屋で、担当へ送るメールに添付するための小説を書いているところだ。
足元には、チワワのチーちゃんがカゴの中で丸くなって寝ている。
昔、担当が高校生だった頃には、良く一緒にいた。
同じ高校で偶然同じ部活で、同じ学年だったから、必然的に一緒にいられる時間が多かった。
今じゃそんなことがあったことも忘れてしまうような、そんな距離が二人を隔てていた。
いつしか、そんなふうに別れてしまったのだ。
今でも俺は一緒にいたいと思ってる。でも彼女はそう思ってくれているかはわからない。
書き終わると、メールを送ろうとする。
それよりも先に担当からメールがきた。
「今なにしてる?ちゃんと書いてるんでしょうね。絶望を味合わせるのが小説であったとしても、感動や幸福を味合わせるのも小説の力よ。終わったら、ちゃんとメールを!」
分かってる分かってると独り言を言って、書き上げたばかりの小説を、メールに添付して送った。
彼女のことはいったん横に置いて、まずは作品を素晴らしいものに仕上げるのが先だ。
彼女のことを思いたいのであれば、そのあとでも十分に間に合うだろう。
気持ちを切り替え、メールの返信を待つ。
5分もしないうちに、担当から返信がくる。
「これでOKです。お疲れ様」
それだけだけど、気持ちが固まるには十分だった。
「これから暇だったら、昔みたいにどこかに行かない?」
すぐに返信がくる。
「いいわよ、じゃあ、 よく使う喫茶店で。3時に」
「わかった、喫茶店で3時に待ってる」
今の時間を確認する。
ちょうど2時半だ。
急いで準備をして、チーちゃんを連れて喫茶店に向かった。
ペットが入れる喫茶店は、散歩代わりになるから、こう言う時には嬉しい。
喫茶店に着いたのは、まもなく3時になろうかと言う感じの時間だった。
彼女はまだ来てないようで、二人掛けの席と、ペット用の椅子の席に座り、コーヒーを頼む。
エスプレッソの濃いコーヒーだ。
彼女が好きなものの一つだったはず。
3時をわずかに回った頃、彼女はやって来た。
「ごめんね。編集長に出かけるって言ってきたから、長い時間いけるよ」
椅子に座りながら、彼女は言った。
「あのさ、俺たちって結構長い間友達だっただろ」
「まあね」
コーヒーがちょうどきて、彼女はミルク小さじ1杯を入れてゆっくりとかき回し始めた。
「それでさ、ひとつ思ったんだ。ここまで長い間友達だからこそ、俺は正直でいなければいけないんじゃないかって」
気持ちを落ち着かせ、一息で言う。
「付き合ってくれませんか」
かき回す動きが止まる。
店の壁掛け時計の秒針が、カチッカチッとしっかりした音を俺に知らせる。
「そうねぇ、それはとても面白い誘いだけど、ごめんなさいね。でも条件があるわ」
一瞬断られたと思ったが、そのあとの言葉で気を取り直した。
「あなたの作品には力があるわ。楽しくも、悲しくも、感動も、絶望もどんなことも味合わせてくれる小説よ。だから、私にあなたと付き合わせるような作品を仕上げてくれれば、付き合ってあげるわ」
その日から、俺は一気に書く意欲が湧いた。
横で、チーちゃんが、元気な声で一鳴きした。




