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下世話な噂と新商品

 掲載されている写真は男女一組のカップルを映したものだ。

 写真の質感や解像度から携帯電話で撮影したものだろう。互いに戯れあい、キスまで交わしているものまである。

 二人は、バラエティー番組の共演をきっかけに急速に接近。デートを繰り返すようになる、と記事にある。

 知名度も注目度も高い二人が、よくもまあこれだけ無防備に痴態を晒すなど事務所の管理が甘い証拠だろう。

 掲載された雑誌は月刊マッシブだった。

 月刊マッシブ――その名に恥じず、イエロージャーナリズムを追求し、セックス、バイオレンス、政治・経済・芸能と権謀術数の世界を余す事無く伝えるいわゆる鬼畜系雑誌として名高い。特に芸能ネタに関しては、ショットアップ以上の業界騒然のネタを巻頭カラーでスクープ掲載する。業界のバーターには一切応じず、その危ないネタゆえに何人もの芸能人が引退に追い込まれている。

 芸能事務所とは度々裁判沙汰になりながら、その報道方針は一切変えようとしない、今もっとも勢いのある雑誌である。もちろんセレブも例外では無い。

 事実、この一触即発のネタに対し、マッシブ以外の各芸能マスコミは好意的な形で報道していた。

 それだけセレブと藤崎はアンタッチャブルということだ。

 私の中でここである疑問が一つ生じていた。

 芸翔はこのネタを掴んでいた上で、私に調査させたのだろうか、ということだ。

 もし、芸翔側が藤崎との交際をすでに掴んでいた上で私に依頼してきたならば話は変わってくる。

 その真意は伊沢ではなく、藤崎との交際の証拠を取る為の調査ということ――すなわち芸翔の標的は、藤崎玲奈になる。

 私自身、伊沢と藤崎の交際を掴むことはできなかった。調査中、伊沢が藤崎と接触することはなかったなど言い訳にもならない。

 いや、伊沢の方は私に担当させ、藤崎は藤崎の方で、極秘裡に別働隊が動いていたのではないか……?

そう考えたほうが自然のような気がした。

 もし、私が藤崎の身辺調査の依頼されたら、一にも二にも断っていただろう。セレブ直轄のタレントに手を出すほど私は馬鹿ではない。恐い噂は私の耳にも何度か届いているからだ。

 なにかが食い違っている。

 伊沢の身辺調査から森川の捜索に依頼がシフトしたのは、このネタが発覚することをに事前に掴んだためではないのか。

 いや、掲載されるネタ自体が芸翔が仕掛けたものと考えるのはあまりにも穿った見方か――。

 そもそもあのネタの出所は何処なのだろうか。

 友人か。

 業界関係者か。

 それとも当事者本人か。

 藤崎にメリットは全く無い。だが、伊沢側は別だ。伊沢に関しては億単位の宣伝費に匹敵するほどの効果がある。伊沢の知名度はこれで一気に上がるだろう。

 だが、そんな真似をすれば伊沢側の事務所はセレブに睨まれる。最悪、伊沢はもとより事務所ごとセレブに潰される。

 疑問と言いようの無い苛立ちが私の中で渦巻く。

 この部分をきっちり糾しておかねば、今後の私に災難が及ぶような気がしてならなかった。伊沢のことで嗅ぎ回っていた私がセレブ側に知れれば、セレブは私を標的としてくる。

 何より私自身収まりがつかない。

 雑誌発売日の朝、私は早起きし自宅近くのコンビニに出向き、朝飯と共に雑誌とスポーツ紙数誌を買った。

 各局の朝のニュースでは、ビックネーム同志の交際なのに、驚くほどあっさりと扱っている。ワイドショーではまったく扱わない局すらある。セレブの影響力が伺えた。

 釈然としない私は釈明と説明を要求するため小田の携帯に電話をした。

 電話は繋がらなかった。

 このまま芸翔本社まで乗り込もうか考えていた。だが小田を問い詰めるには情報が不足している。

 瑞貴に探りを入れるという考えが浮かんだ。

 瑞貴は罷り鳴りにもセレブ系列のタレントである。何か情報が入っているかもしれない。

 現在朝の九時を回っている。瑞貴も起きている頃だろう。私は携帯電話に登録した瑞貴のメールアドレスと携帯電話の番号を呼び出していた。

 拒否されたらそれまでだ。私は通話ボタンを押した。すぐに電話が繋がる。

 ――はい。

 瑞貴の声だった。寝起きの声ではない。瑞貴らしいと、私は思った。

「どうも。根津です」

 ――なんでしょうか?

 瑞貴の声に特に不快感はない。芸能人相手に電話が簡単に繋がったことに、私は少々拍子抜けした。

「今日のニュースをご覧になりましたか?」

 ――藤崎玲奈と伊沢達也の、ですか?

 私は「はい」と答えると「何かご存じないかと?」と尋ねた。

 ――根津さんに何の関係があるんですか……?

 瑞貴の鋭い追求に私は言葉を窮した。

「ああ……いえ、ちょっと興味がありましてね」

 私がそう答えると瑞貴は黙る。

 ――……根津さんは本当に芸能ライターとかじゃないんですか……?

「違いますよ。参ったな……」

 瑞貴の疑り深さに私は苦笑した。

 ――本当に探偵さんで、森川さんの行方を探すのが目的なんですか?

「……どういう意味ですか?」

 ――たいした意味はありません。

 互いに腹を探りあっている。他人を簡単に信用しない者同志の会話。えりのように簡単にはいかない。

 ――ただ、根津さんが本当に信用できるかどうか今のわたしには判断できませんから……。

 もっともな意見だった。

「貴方を危険にさらすような真似はしないつもりです」

 私は見え透いた言葉だとは十分に承知の上で言った。

 一呼吸置くと、受話器の向こう側から、

 ――すみません。

 と瑞貴の声が聞こえた。

 ――……わたし、簡単に人は信じないんです。気分を害されたら謝ります。

 私は携帯から口を離し息を吐くと再び携帯を口元に寄せる。

「当然のことです。私達は会って数十分しか話をしていない。それで信じるというほうが無理な話だ」

 ――……そうですね。

「やはりお互いのことをもっと知る必要があるのでは?」

 ――はい?

「啀み合うのは互いにとって得策ではない。もう一度お会いしましょう。そしてお互いの持っている情報を公開しあう。ゆっくりお酒でも飲みながら、ね。いかがでしょう?」

 私は瑞貴を誘っていた。不用意だとは思ったが、こうでもしなければ瑞貴の思惑を掴むことはできない。

 私自身、瑞貴の真意を知りたかった。

 少し間が空くと「わかりました」という返事が帰ってきた。予想とは反する答えだった。

 ――いつにしますか?

と尋ねる瑞貴に驚きつつも、私は今週の予定を思い出していた。気が変わらない、なるべく早いほうがいいだろう。

「では……週末などは?」

 ――はい。大丈夫です。わたし、今は暇ですから。

 瑞貴の最後の言葉に微かな自虐が隠っていた。

「場所は私が決めてよろしいですか?」

 ――お任せします。

 取り敢えず待ち合わせ場と時間を指定すると、私は電話を切った。

 相手は芸能人だ。十分に目立つだろう。私と一緒に居るところを誰かに見られて、関係を探られるのも面倒だった。瑞貴にあらぬ噂が立つのは避けたい。

 えりといい、瑞貴といい最近は女運がいいようだ。運が確実に向いている。こういうときは攻めの一手あるのみ、だ。



 私は女を口説くときに使う麻布の和食ダイニングに週末の予約状況を尋ね、個室と時間の予約を入れると、直接小田に会うために車で、芸翔に向かった。

 芸翔の事務所には昼前に到着した。

 フロントの受付で小田を呼びだすように言うと小田は不在だった。「アポの無い人間とは会うことはできない」と受付嬢の型通りの対応に腹が立った私は、伝言も頼まずにビルを出た。

 小田が当てにならないならば、別の人間に聞きだすまでのことだ。車に帰ると私はある人物の電話番号のメモリーを呼び出し、電話を掛ける。

 電話はすぐ繋がった。

「岡田さんですか。根津です」

 ――ああ、どうも……!

 営業マン特有の必要以上に大げさな返事だった。この白々しい営業口調を聞くたびに苦笑してしまう。

「これからお会いできますか?」

 ――構いませんが……。

「いま、会社ですか?」

 ――はい。

「では今からそちらに向かわせていただきます。一時過ぎくらいには着くと思いますので」

 私は電話を切ると、車を渋谷方面へ向けた。

 岡田は中堅広告代理店の人間だ。大手広告代理店の下請けやテレビ局の編成や営業に深く食い込んでいるため、私に対し有益な情報をくれる宮島とともに重要な情報源である。

 以前、岡田を通してスポンサードの依頼により起用候補のタレントの素行調査の仕事を受けた以来の付き合いで、関係が続いている。

 調査内容は、秦野めぐみというタレントの男性関係だった。秦野はモデル出身の若手女優で、清涼飲料水のCMで一躍話題となったタレントである。

 事の始まりは、とある制作会社の敏腕CMディレクターが彼女の起用を熱望していた。

 だが、広告主サイドはスキャンダルに敏感だった。私はスポンサーから秦野めぐみの調査を依頼された。

 調査を開始してすぐ、私は秦野の男関係の事実を掴んだ。

 学歴、会社とともに一流だが、イメージアップにはとても繋がらないような冴えない男であった。芸能人としてはあまりに現実的で、生々しかった。

 それは秦野の思考回路は一般の女と何も変わらないということを露呈することになる。

 秦野は清潔感を売り物とするタレントであった。タレントとして汚れ仕事を一切することなく、エリートコースを順調に歩んでいたはずのタレントが手を出すような物件ではない。このことが発覚すれば秦野の俗物ぶりが露呈し、ファンが離れるのは必定だった。それは商品のイメージを害なうことにも繋がる。

 結果、私の調査報告により起用の見送りが決定となった。

 そして、この話には後日談がある。

 とある女性週刊誌が、秦野の入籍をスッパ抜く――彼女は妊娠していたのだ。

 通常は交際が発覚してもCM契約中は独身で通すのがこの業界の掟である。しかし当の本人は反省の色がまったく無く、詫びを関係者へFAXを送り付けるだけで済ませ、スポンサーへの謝罪も一切無かった。スポンサードは激怒し、見せしめとばかりに契約を打ち切る。初主演ドラマの大コケと相俟ってこの熱愛発覚により失速し、後進に席を譲る形となる。

 噂では、この醜聞にも物部が絡んでいるとの情報を耳にした。その時はよくある噂だと、気に留めなかったが、何かと、私もセレブとは奇縁があるらしい。

 芸翔の思惑をある程度把握しておく必要性を感じていた。だが、私は強請りの類いはしない。あくまでトラブルを避けるためだ。

 所詮、芸翔もセレブと同じだ。信用に足る存在ではないことが今回のことで証明されたわけだ。



 岡田の会社は渋谷区のマンションに事務所をもつ。かつて、大手広告代理店だった人間が独立して、立ち上げた会社らしく、小さい割に繁盛しているらしい。最近は未成年相手のマーケティングや商品開発にも手を染めている。

 事務所で岡田を呼びだすと会社近くのファミレスまで移動した。

 ファミレスは事務所から五分ほど歩いたところにある。岡田も昼飯や打ち合せでよく利用しているようだ。

 岡田はすでに昼飯を済ませていた。私も今は食事を欲していなかったため、コーヒーを二人分注文した。もちろん私の奢りである。

 岡田は、濃く整った顔で野性みにあふれ、精悍で肌は浅黒い。若いうちから男の色気を発散している。仕事と遊びを適度に熟しているように見える。プライベートはさぞかしモテるだろうが、噂では近々結婚を控えているらしい。営業職の為か、腰は低く、丁寧な言葉使いに好感が持てる男だった。

「お聞きしたかったのは、芸翔に関してです。というのも今、芸翔から仕事をうけていましてね。岡田さんでしたら何かご存じなのではと……」

 私は注文を待たず、さっそく切り出した。

「芸翔の依頼は、どういったものなんですか?」

 岡田の問いに一瞬、私は言葉を詰まらせた。

「芹沢玲香の現場マネージャーの行方です」

 私は答えた。情報を聞き出すのに、こちらが教えないのは、ルール違反だった。

「……はいはい。なんか失踪しているらしいですよね」

 岡田の食い付きの良さが可笑しかった。

「元々は伊沢達也の素行調査だったんですが、いったんその仕事は打ち切りになりまして……。今の依頼に変更させられまして、その矢先にこれだ……」

「……確かに変ですね」

 コーヒーが運ばれてきた。岡田はミルクと砂糖を入れスプーンで掻き混ぜる。体格によらず甘党らしい。私はブラックで飲んだ。いいようもなく不味い。

「……根津さんに、裏工作でもさせようとしてたんでしょうかね」

「かもしれませんね」

 私は岡田の考えに同意した。

 私は基本的に裏工作の類いは行なわないことにしている。タレント同志の競争意識は熾烈極まりない。また事務所のほうも自分の所のタレントを起用させるために、さまざまな手を使う。私が関わったことが選考者から漏れたと知れば、私の命はいくつあっても足らない。関わったとしても、その手前の下調べまでだ。

「芹沢玲香やこのマネージャーについて何かネタはありませんか?」

 岡田は背広のポケットに片手をつっこみ煙草を取り出す。岡田が「いいですか」尋ねると、私は頷いた。岡田は煙草を口に加え百円ライターで火を点ける。

 私は煙草は吸わない。吸い殻からDNAを検出できる時代、探偵のやることではない。もっとも、それを他人に強要するつもりはない。

 岡田は煙草の灰を灰皿に落としながら「芹沢で一つネタがあるんですよ」と言った。

「なんですか?」

「――まだ噂の域をでていないんですが、いよいよ次世代型スマートファンが発売するらしいんですよ」

 新製品の情報――広告代理店らしいネタだった。

「……へえ」

 私は適当に相槌を打つ。あまり興味のない話だった。

「日本の携帯電話市場は、もはや開発し尽くされて、付加価値を付けるくらいしか各社違いの差を見せられません……。一方で、日本においてはスマートフォン市場はまだまだ未開です。この新型携帯は、従来のスマートフォンを携帯並みにコンパクトにし、日本人に受けるような作りになっています。タッチパネル採用のスタイシッシュな作りに、各種PCアプリケーションを搭載、大容量の記録容量に、さらに世界初の小型水素電池式の長時間バッテリーを搭載しているらしいんです」

「……キャリアはどこですか?」

 岡田が答えたのは、携帯電話業界で万年二位に甘んじているキャリアだった。元国営の謀大手キャリアの首位の独占を奪うための切り札。通話会社も相当気合いが入っている事は、岡田の話からも伺えた。

 もし、CMキャラクターに起用されれば、芸能プロは莫大な金と話題性を掌握できるだろう。莫大な契約金という報酬。そして知名度が手に入る。一気にブレイクするだろう。事務所的にもきわめて旨味がある。だが、CMは簡単にとれる仕事ではない。

 とくに携帯電話は常に話題性が高い。どこの事務所も垂涎の仕事といえる。

「業界の再編が求められている今、携帯電話の勢力図を変えるともっぱらの評判で、これがヒット間違いないって言われてるんですよ」

 岡田の話が核心に近付きつつあるのを感じた。私は座りを直す。

「それ故にCMキャラクターの選考が難航してましてねえ。フレッシュで手垢がついていない、インパクトをもつ新人を捜しています。一方で、安定感ということでその最有力候補としてあげられているのが――」

「……芹沢玲香」

 私は即座に答えると「ええ」と岡田も認める。

「じゃあ、本決まりでしょうね」

 私の言葉に岡田は首を振る。

「……分かりませんよ。それに今回のマネージャー失踪騒ぎでしょう。大きくなってないにしても業界内に彼女を起用するのを疑問視する声も多くて……。それでね、芹沢以外にもキャラクター候補に藤崎理奈や瀬川さやかも名を連ねていたそうです」

「……本当ですか?」

 私は思わず聞き直した。

「我々の間では芸翔じゃなくてアクティブが仕掛けたんじゃないかって、もっぱらの評判ですよ」

「芹沢玲香を起用させるためにアクティブが藤崎のスキャンダルを仕掛けた……?」

 岡田は頷く。

「でも、アクティブはセレブと昵懇……ですよね」

「そこです。でも莫大な契約金が動きますからねえ、多少の無茶もするでしょう。表向きは芸翔がやったという噂を流す事で、矛先を芸翔に向ける……。あそこも最近は勢いありますからそれくらいのことはやるんじゃないんですか」

 俄には信じがたい。だが、確かに芸翔の報復工作と考えるより、ずっと現実的で説得力がある。金が絡むと人間大胆なことは平気でする。芸能界は特にそうだ。

「何せ、アクティブのマネージメントセクションのトップ、片岡さんはやり手だって言うじゃないですか」

 私も聞いたことがあった。

 片岡征也――アクティブスターのマネージメント事業部部長兼新人開発部統括。

 若く、やり手でありながら、冷酷非情との噂の男だ。

 特定キー局と親交が深く、自社タレントを起用させ売り出す一方、タレントはあくまで商品として扱い、話題性を煽って人気を釣り上げる仕事のやり方は、賛否両論。タレントの質を著しく下げた張本人と仕事の評価が高い割りには、評判が悪い。事実、何人ものタレントの卵が解雇勧告を受け、事務所を去っている。

「……にしてもなんで辞めたんですかね? 芹沢のマイナスになれどプラスにはならないのに。こんなことするような人じゃないんですけどね……」

 岡田は困惑気味だった。

 芹沢の話題が尽きたところで、私は小川瑞貴について尋ねてみたくなり、「岡田さんは小川瑞貴について何か知ってますか?」と訊いた。

「なんでですか?」

「最近顔を見ないのでね。他意はありませんよ」

 私は誤魔化す。

「ああ」というと岡田は意味ありげに笑う。

「なんでしょう……?」私は尋ねた。

「共演者の一人で桧垣恭吾っていたでしょう……」

 桧垣恭吾――男性ファッション誌の元専属モデルである。今の事務所に引き抜かれ、俳優に転身。俳優業の他に音楽活動も行なっている。だが、どちらも中途半端な実力しかない。

 芝居に対しての取り組み方はこだわるタチらしい。その真摯な仕事への姿勢が魅力的なのか、様々な女性タレントと浮名を流している。仕事とは対照的に女にはかなりだらしないようだ。

 若いときは喧嘩に明け暮れ、警察にも何度か世話になったこともある、ようは顔のいいゴロツキだ。今の事務所に入ったのはその時付き合っていた中堅女優の紹介であると、とかく女の噂がつきない。

 桧垣の事務所はセレブ系ではないが、事務所的には特に問題が無い。

「実際、現場で小川に迫っていたらしいんですよ。それが芹沢は面白くなかったみたいで。芹沢と小川の仲も険悪で、現場の空気は最悪だったらしいです」

「そういえばそんな噂ありましたね。放映期間中……」

 女性週刊誌にそんなネタが載っていたことを私は朧気に思い出した。

「……低視聴率を打開するための話題作りですよ。桧垣と小川の噂を局の関係者がマスコミに流した、そんなところでしょう。局が良くやる手ですよ。だが、それが芹沢の癇に触ったんでしょうね――」

 岡田の話を聞いている内に、その辺の事情を桧垣恭吾に会って直接聞いてみたくなった。

「芹沢が自分の降板をちらつかせたんですよ。まさか主役が降りるわけに行きませんからねえ……。数字自体も一〇パを切る低視聴率でしたから……。芹沢を宥めるために局側としては、小川を切り捨てるより他無かったようで……」

 岡田は煙草の灰を灰皿に落とす。

 視聴率が一パーセント落ちるだけで何百万という損害になる。プロデューサーもさぞかし苦慮しただろう。

「事態を収めるために蓮沼さんまで出張ってくる始末で……。もともと小川さんをゴリ押ししたのは、蓮沼さんらしいですからねえ」

「……そうなんですか?」

 岡田は一瞬まずいことを言ったという顔をすると「私が言ったなんて言わないでくださいよ」と肯定する。

「このドラマがブッキングされた際、マネージメントしていたのはセレブの幹部の蓮沼さんです。マネージメント担当している蓮沼さんはセレブ系のドラマ枠のキャスティングの代理人として、絶大な権力をもってますから」

 セレブは某局の編成やプロデューサーたちを抱き込んでいる。金によって誑し込まれ、その結果、視聴率の低迷を招き、詰め腹を切らされ、左遷されている。

 事務所との馴合はテレビマンにとって両刃の刃だ。

「スタッフの間ではしきりに噂になってましたよ。小川は蓮沼と寝て仕事を取った、と――」

 また蓮沼だ。要所要所で蓮沼の名が挙がってくる。

 まるで奴を中心に回っているようだ。

「マネージャーの行方はセレブの蓮沼も探しているらしいのです」

 私は言う。

「……本当ですか?」

 岡田が尋ねる。

「……まあ、本気にしないでください。よくある噂ですよ」

 岡田は口が滑った事にバツが悪かったのか、煙草を忙しなく吸った。

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