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キャバクラ嬢の真実


 耳の奥で発信音が鳴り続ける。だが、電話先の人間は一向に出ない。私は舌打ちして携帯電話を閉じると、助手席に放り投げた。

 料亭や居酒屋が軒を連ねる赤坂は民放本社ビルを筆頭に、芸能事務所や制作会社が数多く存在する。六本木と同じように必然的に張り込む機会が多い土地でもある。路上駐車が多いため、比較的張り込みはやりやすい。目を向けた先は道路添いにある雑居ビルだ。看板が掲げられている。看板にはレッスンスタジオと表記されている。

 源氏名はあき――本名・長谷川浩子が入っていったビルでもある。

 私は奥野がハマっているキャバ嬢を追っていた。

 長谷川浩子が在席する高級キャバクラに何度か通い、さややかな役得に有り付きながら、同僚に話を聞き、情報を集め、最後の確認として張り込みを敢行した。自宅は奥野とは別の客とのアフターを尾行して割り出した。

 長谷川浩子はいわゆるタレントの卵だった。それは同僚にも公言していた。

 昼はレッスン生、夜は水商売。生活費を稼ぐための、高収入のアルバイト。今も昔も芸能界を夢見る女がたどる道といってよい。よくある話だ。

 ビルには長谷川浩子以外にも芸能界を目指すと思われる風貌の連中が出入りしている。

 ここは要するにタレント養成所なのだろう。

 だが、インターネットで確認しても、裏が取れなかった。

 私にはある不安が形を成しつつあった。

 クラブに通いながら長谷川への直接的な接触や聞き込みはしなかった。スカウト目的か、ただの客と飲み屋の女との疑似恋愛ならよい。

 長谷部浩子の張り込みの結果の如何によっては、森川への攻め方も変わってくる。

 疑念を払うために、何度も賀川に電話をしていた。だが、賀川は一行に電話に出る気配はない。ああ見えて忙しい男である。

 助手席で携帯が振動した。すぐに取り上げ、携帯の画面を見る。賀川ではなかった。

 瑞貴だった。

 ――小川です。

「……ああ。この前はありがとうございました」

 ――いいえ。

 瑞貴の声に覇気がない。

 ――蓮沼の件ですけど中々難しくて……。忙しいようで。中々取り合ってもらえないんです。

「……そうですか」

 瑞貴の律儀さが気になった。責任感が強い性格であるというのは、この前の情報交換でなんとなく理解できたが、放棄しようと思えばできることである。そこまで私も強要するつもりもない。

 ――そこで、お願いがあるんですが……。

「なんでしょう……?」

 ――森川さんのことを引き合いにしてもよろしいでしょうか……?

 私は一瞬返事に詰まったが、「わかりました。構いませんよ」と答えた。それ位のカードが無くては蓮沼と接触するのは困難だと判断したからだ。

 ――ありがとうございます。これでなんとかなると思います。

 瑞貴の言葉に、私は恐縮する思いだった。瑞貴と蓮沼はやはり何か、因縁があるのだろうか。

「あまり無理をなさらないでください。無理なようでしたら結構ですよ」

 瑞貴から返答が無かった。

 ――あの……。

「どうしました?」

 瑞貴は何か言いたげだった。電話越しでも伝わってきた。裏の取れていない噂か情報を私に伝えたいのかもしれない。

 ――……いいえ、何でもありません。根津さんも気を付けてください。

 通話が終わる。

 電話を閉じながら、瑞貴のことが気になっていた。

 瑞貴に下手な動きをされ、私の存在を向こうに知られては元も子もない。

 また、私との相互扶助関係より蓮沼に保護を求めるかもしれない。そうなれば私のことも筒抜けになる。私が危惧している部分はそこだった。

 瑞貴の真意が読めない以上、信頼してはならない。だが、瑞貴を信じたかった。蓮沼にばれたらそれまでだ。

 それ以上に瑞貴を、どこか人身御供にするようで気が引けた。

 一方で蓮沼に関する情報は喉から手が出るほど欲しかった――今の私には。

 瑞貴の危険と情報を天秤にかけている。自分の下衆ぶりに、自己嫌悪に陥りそうになる。

 電話が震えた。今度は間違いなく賀川だった。

「……賀川ちゃん、待ってたよ」

 私は本心を洩らしていた。

 ――……根津さん、すいません。今立て込んでまして……。

「いや、こっちこそすまない。大丈夫か?」

 ――はい、大丈夫ですよ。

「単刀直入に聞きたいことがある」

 ――なんすか。

 私は今日張り込んでいたレッスンスタジオの住所を言った。

「ここの経営は誰が行なっているか知ってるか?」

 ――セレブです。

 賀川は即答した。

 やはり――反射的に目を閉じる。

「……間違いないのか?」

 私は再び尋ねた。

 ――ええ、何度も張り込んでマイナーなアイドルの卵とかタレントの娘を隠し撮りしたことありますんで……。間違いありません。表だって公表されていませんけど……。

「――そうか」

 脱力感に似たものが体を包む。

 ――どうかしたんですか?

「……いや」

 賀川の言葉が遠くなっていく。私の頭の中を素通りしていく。

 ――根津さん、ところで大塚えりはどうでした? 可愛かったでしょう?

「……まあ、悪くない」

 我ながら歯切れが悪かった。肉体関係だけでなく、デートもすでに数回している。

 ――……手、出してないでしょうね?

「まさか――」

 えりのことを聞かれ、咄嗟にそう答えた。一緒に飯を食て、その日に身体の関係まで結んだなどと答えたら、どんな罵詈雑言や嫉妬を浴びせられるか分からない。賀川はそういう粘着質な部分がある。そして私もそうだ。

 ――小川瑞貴の方は……?

「こっちも接触に成功した」

 ――さっすが……。

 賀川に瑞貴のことを聞かれ、桧垣恭吾について知りたくなった。今の依頼にはさして重要な人物ではない。だが、小川瑞貴の関係においては違う。

 完全に個人的な理由だ。明らかに仕事を逸脱している。

「賀川ちゃんは桧垣恭吾に関して何かネタはあるか?」

 ――……よく分からないですねえ。なんでですか?

「小川と会って、芹沢の話を聞くことができた。どうも桧垣が絡んでいるらしい。本人にあって話をできたらいいんだが……」

 ――そう言われてもですねえ……。

 香川は困ったような声を上げると、「ちょっと待ってください。もしかしたらなんとかなるかもしれない」と言った。

「本当か?」

「知り合いにモデル出身の俳優の追っ掛けやってる主婦が居るんですよ」

 賀川は私や宮島とは違う独自のネットワークを持つ。カメラ小僧仲間やアイドルストーカー、そして追っ掛けという人種だ。

 男性アイドルや若手演歌歌手、モデル系若手俳優などを対象にし、十代の娘から中年の主婦まで年齢層は多岐に渡る。彼女達は我々が思っている以上に執念深く、目的のタレントに対し、出待ちやタクシーで尾行するなど当たり前で、ロケ地やコンサート会場など全国を行脚する強者も居る。

 彼女達は互いに情報交換し、仕事先やロケ地、そしてタレントの住所まで掴んでいる。

 主婦パワーを脅威に感じているのか、タレント事務所の中にはタレントに悪さをしないようファン管理の一貫として、組織化しているところもある。タレントのスケジュールの情報を流す代わりに、厳しいルールを定め、組織内には序列まで存在する。

 だが、たまにタレントの住所や情報を売り、小遣い稼ぎをしている連中もいる。

 ――ちょっと、確認して折り返ししますよ。

「よろしく頼む」

 賀川との電話が切れると、仕事への意欲が一気に喪失した。

 六本木で奥野を張り込んだ夜が、強烈に甦る。

 奥野の右隣には長谷部浩子が居る。

 ときどき甘えたり、奥野に凭れたりしている。そしてその左隣には蓮沼が居た。

 蓮沼と奥野が酒を飲んでいる。蓮沼は上機嫌で、奥野はどこか緊張し、恐縮しながら、酒を飲んでいる。

 長谷川浩子は奥野をハメるために、蓮沼が放った刺客と考えたほうが妥当のようだ。

 蓮沼の包囲網は予想以上に進行している。

 蓮沼のテリトリーに自ら迷いこんでいるような気になり、私は肌が粟立っていた。


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