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なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか

スキップする悪魔は愚か者の仮面をかぶっている

作者: マンムート
掲載日:2026/09/18



 オレが仕える殿下は愚鈍だ。


 楽しいことだけが好きで、場所をわきまえず鼻歌を歌い、いつも落ち着かず、王宮の廊下を平気でスキップする。



 だが、愚鈍だからこそ操るのも簡単だ。


 色気づいた男爵家の庶子が近づいてきたら、側近ともどもあっさりと落ちた。


 そして貴族令嬢の鑑のような婚約者に、婚約破棄をしようとしている。



 だから。最後の一押し。


 オレは、愚鈍な男にふさわしい愚鈍な側近達と、婚約破棄の具体的な打ち合わせで盛り上がったあと。



 殿下と、王宮でも一番長い廊下でふたりきりになった時を狙って、忠言めかして叫んだ。



「殿下! 婚約破棄などするべきではありません!」



 殿下は足をとめて、ふりかえった。


 オレの言葉に短気を発してくるだろう。


 そして、勘気を被ったオレは、側近を辞めることに――



「!」



 殿下は笑っていた。



「そうだな」


「え」


「お前の言う通り、婚約破棄などするべきではない」


「え、いや、なぜ」


「婚約破棄など破滅への道だ」 



 内心で舌打ちした。


 この程度の知能はあったのか。



「では、婚約解消をなさるのですね」



 次善の策はある。


 自主的に側近を辞めて、婚約解消がなったあと彼女と――



 なぜか殿下は鼻の先で嗤った。



「は。なぜ最高の婚約者がいるのに、婚約解消をせねばならんのだ?」



 そして暗い目でオレを見て、つけくわえた。



「例えその最高の婚約者が、別の男を心に飼っていたとしても、な」



 背筋が寒くなった。


 この方は知っているのだ。


 殿下の婚約者とオレが、かつて愛を誓っていたことを。周りにもいつか婚約し結ばれると思われることも。


 愚鈍な殿下を心配した王家の横槍で、それが叶わなかったことも。



 いや、まさか、考えすぎだ。殿下はそんな能力など。現にさっきまで押し付けられた婚約と……。



 オレは、内心の汗を取り繕いつつ。



「では、殿下は、殿下の真実の愛をどうなさるつもりですか」


「あんなふわふわの砂糖菓子のような女。中身には欲と色しかつまっておらぬ女。真実の愛なわけがないだろう。そうだな。護衛に仕事をしてもらうか」


「!」



 護衛が仕事をする。


 それは近づいて来た不審者を処断すること。



「こ、殺すおつもりですか」


「王族に許可なく近づいてくる不審者は処断される。それだけのことだ」


「で、ですが真実の愛だと」


「男爵家の庶子で男を誘惑する才だけはある娘。丁度手ごろだったのだ、周りの様子を見るのにな」



 知っていたのだ。


 この方は知っていたのだ。


 オレと、殿下の婚約者が未だにどこかで思い合っていることを。



「側近は全部取り換える、媚びを売るだけか、忠誠と奴隷とおべっかを勘違いする奴もいらない」



 殿下はオレを見て、嗤った。



「お前だけは残す。なんせこうして忠言してくれたわけだからな。どんな動機があるにしても」



「あ……」



 全て知られている。


 オレの忠言めかしたひとことが、最後の一押しになって婚約破棄に踏み切らせる狙いだったことまで。



「それから、賢いお前に愚かな私からひとつだけ教えてやろう」


「な、なにを……」


「愚か者はな、愚かなゆえに、死にたくないから周りをよく見ているのだ……いつも、な。そして賢い者は、愚かだと思い込んだ者の前では、油断する」



 そして、オレの耳元にそっと囁いた。



「お前の愛する女もな」



 オレの膝から力が抜けていた。


 床についてしまっていた。



「見ているがいい。あの女がオレにいやいや体を開き。子供を孕まされるのをな」



 オレはガタガタ震えていた。


 彼女に目の前の男が、愚者どころか悪魔だということを報せなければ。 



「それにしてもいい場所で声をかけてくれた。誰もこの会話を聞いてはいない。お前以外はな」


「!」



 ここで声を掛けられることまで計算していたのか!?



「安心しろ。私は愚者さ。お前も忘れるがいい」



 オレがもし、彼女にアレは愚者どころか悪魔だと言っても。


 きっと信じてくれない。


 証明する手段はない。



 殿下はいつものように、きょろきょろと視線をさまよわせながら、スキップして遠ざかっていった。


 その調子っぱずれな鼻歌が、膝をついたままのオレの耳に、いつまでもこびりつき続けていた。




たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。


最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。


少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、


評価や感想をいただけるととても励みになります。


別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。


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― 新着の感想 ―
NTR♪ NTR♪  おっと失礼。私も思わずスキップしてしまいました。  きっとこの王太子殿下はずっと周囲から軽んじられつつも何故か決して排除される事もなく【何事も無かった時代の凡庸な王】として歴史に…
ぞくっとしました。こういう人が後世に名君として名を遺すのかもしれませんね
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