沙華
悪いことはやるもんじゃないわ……。
“天網恢恢疎にして漏らさず”
なんてよく言ったものよね。でも私たちを漏らさなかったのは、神様でもない。ましてや刑法を振りかざした、木偶の警官でもない。私たちが足元にも及ばない〈極悪人〉に捕まったのだ。
所詮私たちは、悪人は悪人でも五流程度なのだ。上には上が居るということを身をもって思い知らされた。
隣の椅子に縛られているユタカも、ついさっき天に召していった。
無理もないか。あんなボロボロになって、よく保ったほうだよきっと。っていうか私もそろそろああなるのかな……でも精神の方が先にヤられちゃいそうだよ。
ユタカと私は強請りだとか集りをやっていた。いわゆる美人局ってやつ?
どんなにバカな女でも相手にしないような、臭くて、キモくて、どうしようもない男をターゲットにしていた。そういう男は少し“色”を見せれば、大抵はイチコロだからだ。少しでも良い思いをさせてやったんだから、金もらうくらいあたりまえじゃん。だって普通に生きてりゃ、女子高生に相手なんかしてもらえるはずがないからね。私たちの最後のターゲットも、そんなヘドが出るような厭な男だった。
カモを探すときはいつも出会い系サイトだった。よく釣れるし、クソみたいな男がごまんといるからだ。
そいつは〈アビ〉と名乗った。その時に気づくべきだったのかもね。
見た目は三十代で、ヨレヨレのTシャツとジーパン。
遺伝子組み換えに失敗した出来損ないの化け物、って喩えをTシャツに書いておけばいいのにって一目で思うほど酷い顔をしていた。
「かわいいねぇ」
ニチャリと笑ったアビの口から、乱雑に折られたような歯と、ネバネバした液体が糸を引くのが見えた。
初対面の人に向かっての最初の言葉が“かわいいねぇ”なんて、どんな教育を受けてきたんだろ?なんて苛々したけど、それもすぐ終わるからなんとか我慢した。
「え~かわいいなんて初めていわれたぁ~」
バカっぽく答えると大抵親近感がわくらしい。
「さっそくホテルいこうよぉ~」
ヒールで顔を踏みつけて穴だらけにしてやろうと思ったけど、なんとか堪えて引きつった笑顔で「そうしよ」って答えた。
私とカモがホテルに入って、ヤッちゃう前にユタカが怒鳴り込んで来て脅して金を毟り取る。それがいつものやり方だ。カモは十中八九しどろもどろして、今にも襲い掛かってきそうなユタカの前にひれ伏す。はずだった……。
ホテルに入って十五分。ユタカが入ってこない。
どうしたんだろう? そわそわして落ち着かない私に、アビは苛立っていた。
「おい、お金はもう渡したろ? 俺達はここにただ休憩しにきた訳じゃないんだ」
アビは先ほどと打って変わって、急に凄みを増した。
「君が待ってる助けなど来ないよ」
「え……?」
その言葉を聞いて咄嗟に逃げ出そうとしたけど、アビの動きは尋常ではないほど早くて、首筋に針の通る痛みを感じた途端、ジェンガがバランスを失ったように私は膝から崩れ落ちた。何故か意識はハッキリしている私の頭に麻袋が被せられた。
両目に光が戻ったのは、別の場所へ移動してからのことだった。暗い地下室のような所。頑丈な椅子に手足を縛られた私は、体の感覚が無いことに気づいた。
ふと耳に入る呻き声。
視線の横にやると、私の横にも同じように縛られた人がいた。
「ひっ!」
血に塗れたその人の顔は、よく言う“親でもわからない顔”にされていた。気持ち悪くなって視線を下に逸らすと、地面も血塗れで、その中には歯、舌、指、眼球のようなものがデコレーション的に散らばっていた。それを見て自分の体の上に吐いた。
「おはよう」
いつの間にかアビは目の前に立っていた。
「彼は君の友達のユタカ君だよ。一瞬見ただけじゃ絶対に特定は不可能な状態になっている」
あまりにも現実離れし過ぎていて、頭の中がショートしかけた。
「そろそろ君の番だから、彼を送るとするよ」
アビはそう言ってユタカの前に立つと、長い鉄串みたいなのをゆっくり鼻から入れ始めた。私は目を逸らした。
「あぴぁいまいぅおろぅ!」
聞いたことも無い声で叫んでいた。
終わったらしくアビが戻ってきた。
「さて、次は君の番だ。たっぷり楽しませてもらうよ」
私は震える唇で必死に喋った。
「待って! なんでなのよ? なんでこんな惨いことするのよ!?」
アビは私をみつめて少し黙った。
「……いいだろう。君はノブという男を覚えているかね?」
そいつは少し前に引っ掛けたカモだった。
「彼の両親は大層な大金持ちだそうで、君も甘い汁を沢山飲んだ事だろう。そんな状態の彼を母親が不審に思い、問いただしたら『強請られてお金を渡しているんだ』と白状したらしい。腹を立てた母親は金に物を言わせて、仕事を頼んできた。あそこのカメラで録画して、それを証拠に私達の組織は報酬をもらう。つまり、ビジネスなのだよこれは」
自業自得とはいえ、こんなの酷すぎる。
アビはまたニチャリと笑って、見たこともない道具を乗せた鉄のサイドワゴンを使い易いように調節した。
ピリリリリリ。
アビのケータイが鳴った。
「ええ、今……わかりました、ではそのように」
アビの顔には表情が無かった。
「喜び給え。彼のように拷問することは無くなった」
恐怖と喜びが綯い交ぜになって押し寄せてきた。
「だが、君がここを出られるのは彼と同じ“肉の塊”になってからだということは、変わらない事実なのだよ」
絶望。
一瞬にして安堵の気持ちは、虚空の彼方へ消し飛んだ。
「君のように若い女性を拷問できないのが残念でしかたない。だが、クライアントの命令ならそれに従うまでだ。結局のところ君は地獄を味わう。阿鼻地獄をね」
だからアビって変な名前だったのね、なんてどうでもいいことを考えて気を紛らわせた。
「今から君の脳味噌を焼く」
「え?」
意味が解からなくて耳を疑った。
「文字通り“脳味噌を焼く”のだよ。それがクライアントの命だ」
何を言ってるんだろうこいつは。気が遠くなった。
「これは私も初めての経験になるだろう。だが非常に興味深い」
アビは独り言のように呟いた。
「先ず、君の髪の毛を剃り、次いで皮膚を剥がす。そして頭頂骨を切除し、脳を露にする。そこに燃え易いよう可燃性液体を加えてから焼き上げる。脳味噌が、まるでチーズのように溶け出すだろう……」
あまりの恐怖に私は気絶した。
頭から液体が滴り落ちる冷たさで目が覚めた。
「準備は完了した。素晴らしいよ、どうだい見てごらん」
アビが姿見を私の前に置いた。そこに映っていたのは脳が丸見えの化け物だった。もう私は全てを諦めた。
(ああ、もし生き残れたとしても、こんな化け物みたいな顔じゃ意味ないよ……)
その途端、無性に笑えてきた。
「ヒヒヒヒヒヒヒ」
アビも同調し、笑った。
「ハハハハハハ」
キャンドルに火を灯すように、私の頭は燃え上がる。
「みぴゅそろろうませせ!」
「その変な叫び声は若者の間で流行ってるのかな? ハハハ」
暗い室内に轟々と、狂ったように脳蝋が燃え盛った。
2008/5




