木曜日の自動販売機
俺は、零細企業の営業として働いている。
木曜日はいつも憂鬱だ。
やっと、木曜日。
ようやく、木曜日。
週末に近づくほど、朝はダルい。
社長が張り切るからだ。
ラジオ体操が流れる中で体を動かす。
終わると同時に、社訓といまだ令和の時代に叫ばされる。
「お客様へのお役立ち!」
「社会へのお役立ち!」
「会社へのお役立ち!」
本音は、三番目だけだろうと思いながらも叫ぶ。
声の大きさだけが評価される時間だ。
そのあとに決まって待っているのは、社長による営業部への激詰めだ。
数字が足りない。
気合が足りない。
根性が足りない。
何が足りないのかは毎日変わるが、足りないという結論だけは変わらない。
ようやく朝礼が終わり、解放された頃には、すでにやる気を失っている。
そんなとき、社内でも古株の営業が、営業前の雑談の最中に言った。
「お前に、とっておきを教えてやるよ」
「◯◯電子工場前の自動販売機。
あそこ、当たり付きなんだよ」
「しかも、他が四桁なのに、三桁で当たりやすいんだぞ」
年金暮らしでも十分やっていけるはずのその男は、いつも妙に余裕があった。
俺は、笑って流した。
「子どもの頃、あったな~……。
いつの間にか、当たり付きの自動販売機って見なくなりましたね」
「馬鹿、営業と一緒だ。
探せば、あるし、当たりやすいところ狙うのがコツなんだ」
俺は、心の中で否定した。
当たり付き自動販売機は、偶然の産物ではない。
内部設定で『何本売れたら一本当たりを出す』と決められているだけだ。
運ではない。
確率でもない。
ただの仕組みだ。
夢もロマンもない。
だが、その話はなぜか頭の片隅に残った。
その日の夕方。
ノルマ未達の数字を抱えたまま、俺は車のアクセルを踏む。
帰り道の途中に、その自動販売機はあった。
並んでいる缶のラインナップは新しい。
しかし、筐体そのものは古いままだった。
交換されたようで、交換しきれていない。
そんな中途半端さだけが、そこに残っていた。
少し色あせた『当たり付き』の赤い文字だけが、妙に目に止まった。
バカバカしい。
そう思いながらも、車を止めた。
財布から小銭を取り出す。
ボタンを押す。
缶コーヒーが落ちてくる。
ガタンッ……。
それだけのはずだった。
ピピピピピッ、と電子音が鳴る。
デジタル表示に『777』が揃った。
俺は一瞬、意味が分からなかった。
周囲を見回す。
誰もいない。
ただ、自分の手の中にもう一本分のボタン権があるだけだ。
「……マジかよ」
小さく呟いた。
全ての押しボタンランプが点灯する。
値段が一番高いエナジードリンクを選んだ。
どうせなら、という気持ちだった。
ガタンッ……。
もう一度、缶が落ちる。
同じ音。
同じ重さ。
同じように、そこに存在している。
でも、ちょっと値段が高い。
胸の中の何かが少しだけ軽くなっていた。
当たり付きの仕組みは知っている。
ただの設定だということも理解している。
それは変わらない。
それでも、缶コーヒーとエナジードリンクを手に持ったまま、車へ戻る途中で、ふと思った。
「まあ、明日は頑張ってみるか」
苦行から解放されるには、まだ一日ある。
だが、その一日が、少しだけ遠く感じなかった。
木曜日だった。




