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実験場

木曜日の自動販売機

掲載日:2026/07/16




 俺は、零細企業の営業として働いている。

 木曜日はいつも憂鬱だ。


 やっと、木曜日。

 ようやく、木曜日。


 週末に近づくほど、朝はダルい。


 社長が張り切るからだ。


 ラジオ体操が流れる中で体を動かす。

 終わると同時に、社訓といまだ令和の時代に叫ばされる。



「お客様へのお役立ち!」


「社会へのお役立ち!」


「会社へのお役立ち!」



 本音は、三番目だけだろうと思いながらも叫ぶ。

 声の大きさだけが評価される時間だ。


 そのあとに決まって待っているのは、社長による営業部への激詰めだ。


 数字が足りない。

 気合が足りない。

 根性が足りない。


 何が足りないのかは毎日変わるが、足りないという結論だけは変わらない。

 ようやく朝礼が終わり、解放された頃には、すでにやる気を失っている。


 そんなとき、社内でも古株の営業が、営業前の雑談の最中に言った。



「お前に、とっておきを教えてやるよ」


「◯◯電子工場前の自動販売機。

 あそこ、当たり付きなんだよ」


「しかも、他が四桁なのに、三桁で当たりやすいんだぞ」



 年金暮らしでも十分やっていけるはずのその男は、いつも妙に余裕があった。

 俺は、笑って流した。



「子どもの頃、あったな~……。

 いつの間にか、当たり付きの自動販売機って見なくなりましたね」

「馬鹿、営業と一緒だ。

 探せば、あるし、当たりやすいところ狙うのがコツなんだ」


 俺は、心の中で否定した。


 当たり付き自動販売機は、偶然の産物ではない。

 内部設定で『何本売れたら一本当たりを出す』と決められているだけだ。


 運ではない。

 確率でもない。

 ただの仕組みだ。


 夢もロマンもない。

 だが、その話はなぜか頭の片隅に残った。


 その日の夕方。

 ノルマ未達の数字を抱えたまま、俺は車のアクセルを踏む。


 帰り道の途中に、その自動販売機はあった。


 並んでいる缶のラインナップは新しい。

 しかし、筐体そのものは古いままだった。


 交換されたようで、交換しきれていない。

 そんな中途半端さだけが、そこに残っていた。


 少し色あせた『当たり付き』の赤い文字だけが、妙に目に止まった。


 バカバカしい。

 そう思いながらも、車を止めた。


 財布から小銭を取り出す。

 ボタンを押す。

 缶コーヒーが落ちてくる。


 ガタンッ……。


 それだけのはずだった。


 ピピピピピッ、と電子音が鳴る。

 デジタル表示に『777』が揃った。


 俺は一瞬、意味が分からなかった。


 周囲を見回す。

 誰もいない。


 ただ、自分の手の中にもう一本分のボタン権があるだけだ。



「……マジかよ」



 小さく呟いた。

 全ての押しボタンランプが点灯する。


 値段が一番高いエナジードリンクを選んだ。

 どうせなら、という気持ちだった。


 ガタンッ……。


 もう一度、缶が落ちる。


 同じ音。

 同じ重さ。

 同じように、そこに存在している。


 でも、ちょっと値段が高い。

 胸の中の何かが少しだけ軽くなっていた。


 当たり付きの仕組みは知っている。

 ただの設定だということも理解している。


 それは変わらない。

 それでも、缶コーヒーとエナジードリンクを手に持ったまま、車へ戻る途中で、ふと思った。



「まあ、明日は頑張ってみるか」



 苦行から解放されるには、まだ一日ある。

 だが、その一日が、少しだけ遠く感じなかった。


 木曜日だった。




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― 新着の感想 ―
こんばんは! 私は当たり付きの自動販売機を見ると、当たれと願いながら飲み物を買ってしまいます。 姉のお金で買って当たった時は、姉の好きな飲み物か自分の好きな飲み物か悩んだことを思い出しました。 素敵な…
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