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限界OL、前世で私を殺した最強の大魔法使いに執着されてます。~生き残るためと言い張って毎晩溺愛してくるお陰で完全復活~  作者: カクナノゾミ


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第38話:WAGEプロジェクト、始動(前編)

 有給休暇が終わった。


 正確に言えば、有給休暇の後に与えられた「プロジェクト準備期間」も終わり、ついに着任日が来てしまった。


 ちなみに、内閣府の特別枠ということで、お給料は前のブラック企業の倍以上もらえることになった。これで家賃も食費も安心だ。


 朝六時。久しぶりにアラームをセットした。

 音が鳴った瞬間、身体が条件反射で跳ね起きる。六年間で刻み込まれた社畜の本能は、たった一ヶ月の休暇では消えないらしい。悲しい生き物だ、人間って。


 キッチンからは、もう良い匂いがしていた。


「おはよう。朝食は五分前に完成している」


 テーブルの上には、だし巻き卵、焼き鮭、味噌汁、白ご飯。

 だし巻き卵はもちろん手作り。あの百回のエアー素振りの賜物だ。

 で、味噌汁。……ちゃんと煮干しで出汁を取っている。あれからエアー煮干しも百回やったんだろうか。

 焼き鮭に至っては、皮目のパリッとした焼き加減が妙に完璧だ。


「かかった時間は?」


「三十七分だ」


 ちょっと待って。

 全部手作り? 魔法なしで? あの宣言からまだ二週間だよね?


 恐る恐る味噌汁を一口すすった。

 ……おいしい。普通においしい。ていうか、すごくおいしい。出汁の風味がしっかり利いている。


(え、もしかして私より上手くない……?)


 六年間、自炊する余裕もなく、コンビニ弁当とカップ麺で生き延びてきた限界OLと、二週間で百回の素振りを実行した思考機械みたいな大魔法使い。比較対象として不公平すぎない?


 いや、そもそも私が下手すぎるだけなんだけど。料理スキルだけは前世から引き継げなかったんだよね。伯爵令嬢は料理しないから。


「いただきます」


 だし巻き卵を一切れ。安定のおいしさ。悔しい。


「……弁当も作ってある」


 エリオットが、ラップで包まれた弁当箱を差し出した。

 中身を覗くと、だし巻き卵、おにぎり、サラダ、唐揚げ。全部手作り。唐揚げの衣がちょっと分厚いけど、二週間でここまで作れるのはおかしい。


 二週間前まで自動ドアに「結界か!」って叫んでた男が、唐揚げを揚げている。成長速度がバグってない?


 § § §


 出勤前。洗面台で髪をまとめながら、リビングのテーブルに広げた資料を横目で確認する。


「今日から本格始動なんだよね、このプロジェクト」


 独り言のつもりだったけど、ソファでコーヒーを飲んでいたエリオットが律儀に反応した。


「国家的な計画なのだな。規模の大きさが窺える」


「うん、国際経済特区……WAGEウェイジプロジェクト、っていうんだけどね」


WAGEウェイジ……?」


「正式には広域アジア・経済連携ゲートウェイ構想。英語の『Wide Asian Gateway for Economy』の頭文字をとってWAGEっていうんだけどね。お役所って、こういう無駄にカッコつけた略称好きじゃない?」


「ふむ……。言葉遊びの一種か」


「まあね。簡単に言うと、日本のどこかに特別な貿易エリアを作って、海外の企業や投資を呼び込もうって計画。関税とか規制を特別に緩くして、そこだけ国際ビジネスの拠点にするの」


 鏡越しにエリオットを見ると、真剣な顔で聞いている。このプロジェクトを理解しようとしている。あっちの世界にも似たような計画はあったし、多分普通に理解しちゃうんだろうな。


「で、ただ場所を作るだけじゃダメで、法律の整備とか、物流のインフラとか、海外政府との交渉とか、全部を同時に進めなきゃいけない。だから各省庁と民間から精鋭を集めて、合同チームでやるの」

「国家の経済構造そのものを設計し直す……ということか」

「まあ、そこまで大げさじゃないけど。でも、うまくいけば数千億円規模の経済効果が出る、って試算されてる」


 エリオットが何かを考え込むような沈黙をしたあと、静かに言った。


「まさに、前世の君が得意としていた領域だな」


 ドキッとした。

 国家の財政を管理し、多国間の交渉を捌き、物流と商業の均衡を保つ。確かに、前世のカレンシュがやっていたことと、驚くほど重なっている。


「……まあね。今回は処刑されないといいんだけど」

「させない」


 即答だった。声のトーンが一段低い。冗談で言ったのに、この男は本気で答える。


「冗談だってば。行ってきます」

「行ってらっしゃい。……気をつけて」


 玄関で靴を履きながら、ふと振り返った。

 エリオットがソファから微動だにせず、蒼い瞳でこちらを見ていた。

 あの目は、千里眼モードの目だ。たぶん今日一日中、私の背中を見ているつもりなんだろう。


 過保護すぎない? とは思うけど、正直ちょっとだけ安心する自分がいて、それが少し悔しい。


 § § §


 池袋駅。丸ノ内線のホームに立つ。


 前の会社に通っていた時は、ここから銀座で降りていた。毎朝満員の車両に押し込まれ、終電で同じ車両に押し込まれる日々。あの地獄の通勤から解放されただけでも、転職した甲斐がある。


 今日の行き先は、その二つ先。霞ヶ関。

 地下鉄のアナウンスが「かすみがせき」と告げただけで、周りの空気が変わるのがわかる。乗客の背筋が伸び、表情が引き締まる。逆に観光客は絶対いない。この駅に用事があるのは、国を動かしている人か、国に動かされている人だけだ。


 改札を出ると、三月の風が吹き抜けた。


 目の前に広がるのは、池袋の雑多な街並みとは全く違う景色だった。幅の広い歩道。整然と並ぶケヤキの街路樹。巨大なコンクリートの合同庁舎が、その向こうに並んでいる。空が広い。周りに高い商業ビルが少ないからだろう。その代わりに官庁の建物が、重たく、静かに、圧倒的な存在感で並んでいる。


 歩きながら、前世の記憶がざわりと蓬った。

 王宮の中庭に似ている、と思った。ケヤキの並木道は宮廷の回廊に、合同庁舎の列は王宮の各棟に。そして、足早に歩く官僚たちの背中は、あの頃の宮廷豊役たちと同じ空気を纏っている。


 あの頃は父の後ろに隠れていれば済んだけど、今回は一人だ。

 でも、後ろには千里眼の過保護な大魔法使いがいるけどね。


 受付で入館証を受け取り、エレベーターで八階へ。

 会議室のドアの前で、一度深呼吸した。


(大丈夫。私は前世で三カ国の外交文書を書き、王宮の予算を一人で管理し、貴族間の謀略を八面六臂で捌いていた女だ)


 ……それ、結局全部報われずに処刑されたんだけどね。


 ドアを開けた。




 § § §


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

舞台は池袋のマンションから、ついに霞が関へ。アウェイの空気が漂う会議室のドアを開けた奈々を待つものとは——。


次回、第39話「WAGEプロジェクト、始動(後編)」に続きます!

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