第2話:いやちょっ待って! それは想定外!!
「はぁ…………疲れ、た……」
死ぬほど重い足を引きずり、私は錆びついたアパートのドアを開けた。
時刻は深夜一時。外は生憎のどしゃ降りで、ビニール傘から滴る雨滴が、コンクリートの土間に嫌なシミを作った。
都内のブラック寄りなシステム開発会社で働く、社畜OLの私、小松奈々28歳。
前世の報いか、今生では親に捨てられ、天涯孤独で生きてきた。
どこか前世のカレンシュを思わせる容姿のせいで、告白される相手には事欠かなかったが、恋が成就したことは一度もない。
そう、例外なく私に告白してくるのはイケメンばかりだった。
そして私は前世の記憶を持っており、そのせいでイケメンアレルギーを発症してしまったのだ。
イケメンアレルギーのせいで男を徹底的に避け、誰にも頼らず一人でたくましく生きてきた……その最終形態が、これである。
「うわぁ……」
六畳一間の部屋へ足を踏み入れ、思わず自分で声が出た。
脱ぎ散らかした服、積み上がったコンビニ弁当のゴミ袋、いつから置きっぱなしなのかわからないペットボトルの群れ。
足の踏み場もない、完全なゴミ屋敷予備軍だ。
うん、まだ予備軍だよね、予備軍。
だってほら、少し床見えてるし!
――いや、違うの聞いて?
前世があれだったでしょ? だから生活に関わる色々なことって面倒で!
だって令嬢だったときはお風呂までメイドに洗ってもらってたんだから!?
あの処刑場での気高い誓いはどこへやら。魔法が使えない現代日本で、貴族の財力もない私が一人で生き抜くのは、あまりにも過酷だった。
とはいえ、前世の知識や教養が随分と私を助けてくれたことは事実。
おかげで大学にも行けて、ブラックとは言え、ちゃんとした企業に就職も出来たし。
――でも。
「あーあ……どうして今生も、こんなにツラいんだろうな……」
お腹すいた。でも、お湯を沸かす気力すらない。
天井のシミを見つめながら、ぽろりと涙がこぼれた。
このまま泥のように眠って、明日もまた満員電車に揺られて、上司に怒鳴られるだけの人生なんだろうか。
目を閉じ、意識を手放しかけた、その時だった。
――カッ!!
「……えっ?」
閉じていたまぶたの裏まで灼き尽くすような、強烈な閃光。
飛び起きた私の視界に飛び込んできたのは、六畳一間のゴミ屋敷のド真ん中に浮かび上がる、見覚えのある極大の魔法陣だった。
「な、なに!? ガス爆発!?」
パニックになる私の前で、魔法陣の光が収束していく。
そして、青白い煙の中から、ゆっくりと人影が立ち上がった。
「…………カレンシュ、ようやく、見つけた……容姿は少し変わっているが、紛れもない魂の輝きが同じだ」
かすれきった、けれど鼓膜の奥を甘く震わせるような、低く美しい声。
そこに立っていたのは、ボロボロに引き裂かれたローブを纏い、肩で息をしている長身の男だった。
銀糸のように輝く長髪。
日本人離れした、けれど見間違えようのない、あの冷酷で整った氷の美貌。
「…………えっ?」
私は、息を呑んだ。
心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。
恋ではない。圧倒的な恐怖と、逃れられないトラウマのフラッシュバックだ。
間違いない。
前世で、私を騙し、裏切り、あの断頭台で私を処刑した張本人。
そして、私の重篤なイケメンアレルギーの元凶。
「ど、どちらさま?」
ここは何とか誤魔化そう。
前世の記憶があるとか、生まれ変わりだとかきっとわかんないよね?
しかし、何という執念深いイケメンだろう。
私を殺したことに飽き足らず、生まれ変わった私まで殺しにきたの!?
「わ、私がわからないのか、カレンシュ!」
エリオットは、ふらふらとした足取りで私の方へ手を伸ばしてくる。
その手には、見覚えのある小さな杖が握られていた。
魔法の発動体。あれが前世の私を殺したんだ。
「ああ、カレンシュ、私の愛しい……」
二度に渡る私の前世の名前呼びに、思わず頭に血が上る
それ、その名前現代日本だと加齢臭にしか聞こえないんだってっ!!
「エリオットっ! 私のこと加齢臭って、いうなぁぁ!!」
私は思わず怒声を上げ、ベッドサイドに置いてあったスマホに手を伸ばした。
「っ……やはりカレンシュじゃないか。生まれ変わっても私のことを覚えていてくれたんだね」
しまった!! うっかり名前を!!
前世でも今生でもうっかりは私の悪い癖だ!!
筆頭宮廷魔術師、エリオット・ヴァン・クリフォード。
かつて私が愛し、私を殺した男が、なぜかボロボロの姿で私の部屋に立っていたのだ。
「ああ……カレンシュ、私の愛しい……」
エリオットは、ふらふらとした足取りで私の方へ手を伸ばしてくる。
「いやぁぁぁっ!! 来ないで!!」
私はさらに悲鳴を上げ、ベッドの隅から壁際まで後ずさった。
どういうこと!? なんでこの男が現代日本にいるの!?
もしかして、わざわざ私を魂まで殺しに来たの!? どんだけ執念深いのよこの男!!
しかも相変わらず顔が良すぎて、アレルギーで全身上半身にジンマシンが出そう……ッ!
「聞いてくれ、カレンシュ……」
「言い訳は聞かないわよ! 警察呼ぶからね! 不法侵入で……!」
私が手元のスマホの通話ボタンを押そうとした、その時。
――ウィィィィィン。
「む?」
エリオットの足元で、低い機械音が鳴った。
私が先日ボーナスを叩いて買ったものの、部屋が汚すぎて一度も活躍していないお掃除ロボット(通称ルンバ型)が、なぜか充電器から発進し、エリオットの足首にコツンとぶつかったのだ。
「なっ……!?」
エリオットは、弾かれたように後ろへ飛び退いた。
その顔は、先ほどまでの氷の美貌が嘘のように、完全に青ざめて引き攣っていた。
「ま、魔獣……!? いや、ゴーレムの一種か!? なぜこんな結界も張られていない魔境に……!!」
ガクガクと震えながら、壁際まで追い詰められる異世界最強の大魔法使い。
ウィィィィン、と呑気に反転してゴミを吸い続けるお掃除ロボット。
「くそっ、私の愛しのカレンシュに触れさせるわけには……! 絶無の結界……ッ!」
エリオットは必死に右手を掲げ、呪文を詠唱する。
……が、何も起こらない。
「な、なぜだ!? なぜ魔力が練れない……!? まさか、この世界には魔素が……!」
――コテン。
再びお掃除ロボットがエリオットの足にぶつかる。
「ひっ……!」
異世界最強の男は、情けない短い悲鳴を上げると、白目を剥いてその場にバタリと倒れ込んだ。
「…………え、なにこいつ」
深夜のゴミ屋敷。
白目を剥いて気絶した前世のトラウマ――超絶イケメン――と、彼に勝利したお掃除ロボット。
私はただ呆然と、そのシュールすぎる光景を見下ろしていた。
……だが見下ろしている場合ではない。
警察に通報する? バカな、本物の魔法使いだぞ。逆上されてアパートごと吹き飛ばされたらどうする。
追い出す? いや、そもそもどうやってこの長身を引きずり出せというのか。
つまり。
私はここから、前世で私を殺した男(極度のトラウマ)と、この六畳一間・激狭アパートで一緒に過ごさねばならないということ……!?
「……嘘でしょおぉぉっ!?」
深夜のゴミ屋敷に、私の絶望に満ちた叫びが虚しく響き渡るのだった。
一体私はどうすれば?
§ § §
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