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限界OL、前世で私を殺した最強の大魔法使いに執着されてます。~生き残るためと言い張って毎晩溺愛してくるお陰で完全復活~  作者: カクナノゾミ


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第13話:私の上司がクズすぎる件(前編)

 月曜日の朝。

 エリオットとの業務連絡キス(三秒きっかり。私はタイマーアプリで計測している。信用しているのではない、品質管理だ)を済ませ、いつも通り満員電車に押し込まれて出社した。


 通勤中、ぼんやりと昨夜のことを思い返す。

 結界に守られた魔法風呂。温かいディナー。ルンバ――もとい、るんすけ(ルンバだよ? 自動掃除機)の励ましの電子音。ふかふかの天蓋付きベッド。


 そう、驚いたことにうちのルンバ、明らかに自意識がある!!

 エリオットがなにかしたのかな?

 留守中に寂しくルンバに名前をつけて話しかけているうちに、ルンバに自我が宿ったとか?

 ――まさかね!?


 でも、あの空間にいると、現実のストレスが異次元の彼方に吹っ飛ぶ。文字通り異次元だし。

 だからこそ、毎朝この満員電車に詰め込まれた瞬間、落差で呼吸困難になる。

 六畳一間の王宮スイートルームから、地獄行きの棺桶(中央線)への強制ワープだ。エリオットの空間転移より乗り心地が悪い。


 § § §


「小松ぅ」


 出社して三十分。パソコンを立ち上げ、メールの未読数に絶望している最中に、その声が飛んできた。

 声の主は、直属の上司・黒田課長。四十代前半。常に眉間にしわを寄せた、サイズの合っていないくたびれたスーツの男だ。エリオットのスーツが魔法で仕立てた完璧なオーダーメイドなのに対し、黒田のスーツは量販店の既製品が六年間アイロンを拒否した末路である。


「この前頼んだ先方への報告書、まだ終わってないの?」

「すみません、金曜の夕方に仕様変更の連絡が来て、今朝から修正を——」

「言い訳はいいから。午前中に仕上げて」


 私の説明を一言で切り捨て、黒田はさっさと自分のデスクに戻っていく。

 自分のデスクに戻る、すなわちネットサーフィンに戻る。あの角度はYahooニュースだ。もう六年間同じ角度で見ているので、私にはわかる。


 言い訳じゃない、事実だ。

 金曜の定時直前に「先方の要望が変わった」と仕様変更を突きつけてきたのは黒田本人だ。変わったのはクライアントの要望ではなく、黒田の気分だということは、この課の全員が知っている。知っていて、誰も指摘しない。

 かつて指摘した先輩は、半年後に「自主退職」した。弊社では、黒田に逆らう者から順番に消えていく。自然淘汰ではなく人為淘汰だ。


 パソコンの画面に向き直り、黙って手を動かす。

 斜め向かいの佐藤さんが、一瞬だけこちらを見た。目が合うと、すぐに逸らされる。

 申し訳なさそうで、でも「助けたら次は自分が死ぬ」という諦めの混じった目。

 わかってる。佐藤さんのせいじゃない。この課はそういう場所だ。


「奈々先輩、大丈夫ですか?」


 ふい、と隣の部署から手伝いに来ている後輩、白峰サヤカが顔を出した。ゆるふわな笑顔の新人さんだ。


「田中の案件、私、資料のコピーくらいならお手伝いしますよ?」

「……ありがとう、白峰さん。でも大丈夫よ」


 なぜだろう? なんでか彼女の笑顔を見ると背筋が寒くなる。良い子なんだけどな?


 § § §


 午前十時半。


「小松。ちょっと来い」


 黒田に呼ばれ、会議室に向かう。嫌な予感しかしない。

 嫌な予感が外れたためしがない。前世からずっとだ。前世も今世も、呼び出しにろくなことがない。前世の場合は呼び出しの先が処刑台だったが、あれもまあ、嫌な予感は当たっていた。


「これ、田中の案件なんだけどさ」


 黒田がテーブルの上に書類の束を置いた。

 分厚い。前世の外交文書の束を彷彿させる厚みだ。あっちは羊皮紙だったが、こっちはA4コピー用紙。進歩しているのか退化しているのか判然としない。


「田中が先週から体調崩して休んでるの、知ってるよな?」

「はい」

「これ、田中が引き継ぎなしで持ってた案件。来週のクライアントミーティングまでに仕上げなきゃいけない。お前がやって」


 一瞬、言葉が出なかった。

 出なかった理由は簡単で、あまりにも理不尽すぎて脳がフリーズしたからだ。パソコンで言えばブルースクリーン、エリオットで言えばルンバに遭遇した時の状態である。


「……あの、私は今、別の案件を三つ並行で抱えていまして」

「そう。だから頑張って」

「頑張ってって……物理的に時間が足りません。田中さんの案件は規模も大きいですし、引き継ぎもなしでは——」

「俺に言われても困るわ。田中が休んだのは俺のせいじゃないし」


 田中さんが体調を崩した原因が誰にあるかは、全社員が知っている。知っていて、誰も指摘しない。繰り返しになるが、弊社はそういう場所だ。


「お前、他に仕事振れるやつ知ってる? この課で一番暇なの、お前でしょ」


 暇。

 ……暇?


 毎日終電まで残業して。金曜の夕方に仕様変更を食らって。土曜の夜に電話をかけられて。日曜日は月曜の恐怖で胃が痛くて。

 この状態が「暇」


 頭の中で何かがミシリと音を立てた。

 前世で宮廷の横暴に耐え続けた日々を思い出す。あの時だって、こうやって少しずつ少しずつ、限界のラインが押し下げられていった。気づいた時には、そのラインがどこにあったのかすら思い出せなくなっていた。


 でも、反論は飲み込んだ。

 前に一度だけ「これ以上は無理です」と言ったことがある。その時、黒田は人事部長と飲み友達であることを匂わせながら「まあ、頑張れないなら仕方ないけどね」と微笑んだ。

 あの微笑みは、前世の聖女の微笑みに似ていた。優しい顔で、人を殺す類の笑顔だ。


「……わかりました」

「よろしく。あ、あとさ、今日の議事録も頼むわ」

「今日の議事録は私の担当では——」

「担当とかいちいち面倒だから。お前がやったら早いでしょ」


 会議室を出る時、足が重かった。田中さんの書類を両手で抱える。

 自分のデスクに戻ると、メールの未読が十二件に増えていた。会議室にいた十五分の間に十二件。一分に一件弱。スパムフォルダかここは。


 全部、私宛だ。

 正確にはCCで入れられているだけのものもあるが、黒田がことごとく「これ小松に確認させますんで」と返信している。私の名前を出すだけの簡単なお仕事。黒田のデスクワークの九割がこの「小松に振る」作業で構成されているのではないか。


 § § §


 昼休み。

 弁当を買いに行く時間もなかった。デスクで作業を続けながら、ふと思う。


 エリオット・ヴァン・クリフォード。

 氷の美貌の無表情。無駄に顔がいい、無駄にチートな大魔法使い。

 前世で私を殺し、今世ではなぜか私の風呂を覗き(元)、洗濯機を壊し、ルンバと友情を育み、毎晩の夕食を作っている男。


 あの男が作る空間だけが、今の私の安全地帯だ。

 前世で私を殺した男が作るサンクチュアリに、今世で縋っている。

 我ながら皮肉な構図だが、少なくともあっちの世界には黒田課長がいない。それだけで、あの六畳一間(内装:王宮)の方が百倍マシなのだ。


「小松ぅ、先方から電話。お前直接話して」


 黒田の声が、束の間の逃避を遮った。

 「はい」と答えて受話器を取り、顔に笑顔を貼りつけた。前世から使い込んだ、完璧な営業スマイル。公爵令嬢時代の社交界仕込みである。役に立つ場所が壊滅的に違うが。


 夜まで、あと八時間。

 あの温かいご飯と、ちょっとイミフなイケメンが待つ部屋まで、あと八時間。


 § § §


黒田ヘイト、溜まりましたか? 大丈夫です、溜めるだけ溜めましょう。次回、帰宅した奈々をエリオットがどう迎えるのか――後編にご期待ください! フォローで更新通知を受け取れます! 感想も大歓迎です!




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