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限界OL、前世で私を殺した最強の大魔法使いに執着されてます。~生き残るためと言い張って毎晩溺愛してくるお陰で完全復活~  作者: カクナノゾミ


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第12話:お風呂は戦場です(後編)

 黒田課長からの電話は、「月曜の朝イチの会議資料、追加で直しといて」という、土曜日の夜に投下するには暴力的すぎる一言だった。

 職場からの着信に「出ない」という選択肢は、弊社の社内規則(不文律)には存在しない。黒田に電話を折り返さなかった社員は、翌週から「自主的に」配置転換される。北朝鮮かここは。


 心臓に刺さった棘をそのまま飲み込んで、「はい、わかりました」と答えて電話を切る。

 前世で宮廷の陰謀を切り抜けた度胸が、現代では上司への返事にだけ活用されている。前世の私に謝りたい。


「奈々。今の相手は――」

「なんでもない」


 エリオットの問いかけを遮って、私は話を戻した。

 今は、こっちの問題を片付ける方が先だ。少なくとも、千里眼の風呂覗き問題は自力で解決できる。ブラック上司は自力じゃ無理だが、こっちは戦える。相手がチート魔法使いでも、キスカードを握っている限り、私の方が強い。


「で、入浴ルールの話。続けるよ」

「……ああ」


 エリオットは何か言いたげだったが、結局は口を閉じた。

 その目が刃物みたいに細められていたのが気になったが、今は追及しない。


「ルールその一。入浴時間中は千里眼の使用を一切禁止」

「了承した」

「ルールその二。浴室のドアから半径三メートル以内に近づくことも禁止」

「三メートルは厳しい。せめて二メートル——」

「交渉の余地はありません。了承するか、キス全面停止か、二択です」

「了承した」


 即落ち。交渉力ゼロ。前世で外交を司っていた魔術院のエースがこのザマである。弱点がキスの大魔法使い。


「ルールその三。入浴中に何か緊急事態が起きた場合は、声で確認すること。千里眼ではなく、ドア越しに声をかける。それも、私が『いいよ』と許可した場合のみ」


 エリオットは腕を組み、真剣な顔で聞いている。宮廷会議でもこんな顔で臨んでいたのだろうか。議題が「風呂の覗き見禁止」という時点でもう色々と終わっているのだが。


「ルールその四。万が一これらのルールに違反した場合——」

「守る。全て完璧に守る。違反はしない。だからキスは——」

「まだ何も言ってないんだけど」


 先回りして必死に食い下がる最強の魔法使い。

 もう少しこの状況を楽しんでもいいだろうか。……いや、やめておこう。あまり追い詰めると何をするかわからない相手だ。言葉の通じるうちに交渉を終わらせるのが賢明である。


「よし。じゃあ条約締結ね」


 私が手を差し出すと、エリオットは慎重に握手した。

 握手の手が微かに汗ばんでいるような気がしたのは、気のせいだと思いたい。千里眼覗き見がバレて動揺するような男に、数百年間孤独に耐えた鋼のメンタルがあるとは到底思えないのだが、どうなっているのだこの男は。


「では」


 エリオットが、唐突に切り出した。


「代替案を提案してもいいだろうか」

「……代替案」

「千里眼は使わない。それは《《絶対に》》守る。だが、浴室全体に防護結界プロテクト・フィールドを展開させてほしい。光の波長を完全に遮断した上で、『異常な魔力反応』と『物理的衝撃』だけを感知できるように設定する」


 つまり、見えないけど、転んだり刺客が来たり(来ない)したらわかるようにしたい、と。


「それ、本当に覗けないの?」

「覗けない。仮に千里眼を使ったとしても、白い壁しか映らない。私自身が内部の映像を視ることは、結界の構造上、物理的に不可能だ」

「本当に?」

「私の命に誓って」


 その一言は、この男が言うと冗談にならない。

 文字通り「命を削って」魔法を使っている男だ。命に誓うということは、嘘をつけば本当に死ぬ。……多分。多分だが、たぶん本当に死ぬ。


「わかった。許可する。ただし、結界がちゃんと機能してるかどうかは、私が毎回テストするからね」

「無論だ」


 エリオットは深く頷いた。

 その顔がどことなく安堵しているように見えた。護衛を完全に禁止されるのが、心底不安だったらしい。

 前世で私を殺したくせに、今世では過保護が行きすぎて覗き魔になっている。ベクトルが百八十度どころか、もう意味がわからない方向に振れている。


 § § §


 その夜。ルール制定後、初めての入浴。


 浴室に入ると、いつも通りの極上の魔法風呂がそこにあった。

 湯面がほのかに碧く発光している。薬草のような、でもどこかフローラルな香り。相変わらず犯罪級の快適さだ。こんなもん、下手したら温泉旅館が廃業する。


 ただ、今夜は一つだけ違った。

 浴室全体が薄い銀色の光のヴェールで覆われている。壁にも天井にも、半透明の膜が張り巡らされていた。

 これがエリオットの言っていた防護結界か。見た目はSF映画のバリアっぽい。日本のユニットバスにはあまりにもオーバースペックだ。


 恐る恐る湯船に浸かる。

 ……うん。気持ちいい。犯罪的に気持ちいい。全身の筋肉が弛緩し、脳の奥がとろけるような感覚に包まれる。黒田課長の電話のことが、三万光年くらい遠い世界の出来事に感じられた。


「エリオット」

「なんだ」


 ドア越しに、低い声が返ってきた。ちゃんと声で返事してくれている。約束通りだ。この男、ルールさえ決めれば律儀に守る。社会人として一部の弊社社員(黒田)より圧倒的に優秀だ。


「結界、ちゃんと見えないの?」

「ああ。白い壁しか認識できない。音声は透過設定にしてある」

「……そう」


 安心した。

 安心した、のだが。

 安心した途端に、変な感情が湧いてきた。


 この男は結局、自分の魔法スキル(千里眼)を封印してまで、私のプライバシーを守る仕組みを考えてくれたのだ。

 魔法の力と魔法の行使に何よりの誇りを抱いている大魔法使いが。

 護衛はしたい。でも覗くのは駄目。だから、お互いが納得できる妥協点を技術的に構築した。

 前世のあの男は、有無を言わさず自分のやり方を通す冷酷な魔術師だったはずなのに。


(……変わったのかな。それとも、前からこうだったのかな)


 その疑問は、お湯の温かさに溶かされて、答えが出ないまま消えた。

 まあいい。今は考えるな。考えたら負けだ。何に負けるのかはわからないが、負けるような気がする。


 § § §


 結界の外。

 エリオットは壁に背を預け、天井を見つめていた。


 白い壁の向こうに、彼女がいる。

 見えない。彼女の鼻歌がかすかに聴こえるだけだ。

 それでいい。彼女がそう望むなら、それでいい。


 ただ、先ほどの電話。

 あの瞬間に彼女の声色が変わったこと——強がりの裏に滲んだ微かな恐怖を、千里眼がなくても感じ取れたこと——それだけが、胸の奥で燻っていた。


(あの男か)


 千里眼で視た記憶がある。彼女の職場で、理不尽に怒鳴り散らしていた、神経質そうな細身の男。

 名前はまだ知らない。だが、彼女をあんな顔にさせる人間が存在するということだけは、はっきりと記憶に刻んである。


 今は動かない。彼女がそうしてほしくないだろうから。

 だが、もし。

 もし、あの男が彼女を本当に壊そうとするのなら――。


 足元で、るんすけが低い駆動音を立てながら、主の周囲を警戒するように巡回していた。

 番犬(家電型)は、エリオットの怒りの波長を敏感に感じ取っているらしい。


 § § §


入浴ルール、無事制定! 次回「私の上司がクズすぎる件」では黒田のパワハラが本格始動します。一緒にヘイト蓄積しましょう……。フォローで更新通知を受け取れますので、ぜひ! 感想もお待ちしてます!




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