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限界OL、前世で私を殺した最強の大魔法使いに執着されてます。~生き残るためと言い張って毎晩溺愛してくるお陰で完全復活~  作者: カクナノゾミ


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第11話:お風呂は戦場です(前編)

 同居生活が始まって、二週間が経った。


 信じられないことに、私は順応し始めていた。

 朝起きたら事務的にキスして魔力を供給する(業務連絡)。帰宅したら魔法のディナーを食べる(社員食堂)。極上の魔法風呂に浸かる(福利厚生)。天蓋付きベッドで爆睡する(役員室)


 人間はどんな異常事態にも慣れる生き物だと、どこかの偉い人が言っていた気がするが、まさか「異世界の大魔法使いとの同居」にまで適用されるとは思わなかった。


 ただし、ひつだけ。

 どうしても慣れないことがある。


「エリオット」

「なんだ」

「あんた、毎晩お風呂を用意してくれてるじゃない」

「ああ。疲労回復(リカバリー)魔力循環(マナ・フロー)を兼ねた薬湯だ。君の筋肉疲労と精神的ストレスの数値に合わせて、毎晩配合を微調整してある」


 エリオットは当然のように答えた。配合の微調整。すでに弊社の福利厚生を軽々と超えてきている。弊社に福利厚生はないが。

 確かに、彼が毎晩用意してくれる魔法風呂は、この世のものとは思えないほど気持ちいい。湯船に浸かった瞬間、一日分の疲れが足の裏から全部抜けていくあの感覚は、もはや中毒と言っていい。

 都内の高級スパに行く必要が完全に消滅した。行ったことないし、行く金もないけど。


 問題は、そこじゃない。


「ねえ、エリオット。一つ聞いていい?」

「なんなりと」

「私がお風呂に入ってる間、あんた何してるの」


 沈黙。

 最強の大魔法使いの銀色の瞳が、明らかに泳いだ。泳いだ瞬間を私は見逃さなかった。ブラック企業で六年間、上司の顔色を読み続けた観察眼は伊達じゃない。使い道が悲しすぎるが。


「……瞑想を」

「嘘」

「嘘ではない。瞑想の一環として、周囲の安全確認を――」

「千里眼で見てるでしょ」


 核心を突いた。

 エリオットの表情が、液体窒素を浴びたように凍りついた。


「見ていない」

「嘘つき。昨日私が湯船で足滑らせた時、浴室の外から『大丈夫か!?』って叫んだよね。この結界だらけの部屋で壁越しに音なんか聞こえるわけないでしょ。自分で防音最強って自慢してたくせに」


 完璧な証拠を突きつけると、エリオットは一瞬だけ天を仰ぎ――それから、恐ろしく真面目な顔で反論を試みた。


「あれは護衛行為だ」

「……護衛」

「入浴中は身体が最も無防備になる。万が一、この世界の刺客や魔獣が侵入した場合――」

「……刺客」

「そう、刺客が来ないとも限らない!」

「刺客来ないし魔獣いないしっ!」

「しかし先日も、不審者がドアを叩いてきた。あの程度の結界では――」

「あれは訪問販売!! お前が殺気で追い返した外壁工事の人!!」


 この男、本気で言っている。

 二十一世紀の東京のユニットバスに、刺客も魔獣もいない。いるのはカビくらいだ。カビは千里眼では見えない(多分)


 つまりこの男は、「入浴中の私が魔獣に襲撃される可能性」を本気で心配して、千里眼で風呂場を監視していたのだ。


 もう一度整理しよう。千里眼で。

 つまり「視て」いる。

 壁の向こうの。お風呂の中の。裸の。私を。


 そこに至った瞬間、全身の血液が頭蓋骨の内側に集合した。


「あんたね……!!」

「いや、礼には及ばない。これは当然の――」

「お礼とかじゃないっ! 護衛とか《《関係ない》》の!! 裸を見るなって言ってるの!! 前世のあんたなら処刑級の不敬だからね!!」


 手近にあったクッション(エリオット錬成の高級品。感触はマシュマロ。威力はゼロ)をぶん投げた。

 彼は片手で難なく受け止めたが、その一瞬だけ、ほんの赤くなった耳の先が見えた。


(え、今こいつ照れた?)


 いや、違う。そういう問題じゃない。好意的に解釈するな、私の脳。警戒しろ。この男は前世で私を殺した男だ。今世で風呂を覗く男だ。下方修正だ。株価暴落だ。


「とにかく! お風呂の時は千里眼禁止! 一切! 絶対! 見ない!」

「しかし安全の確保が――」

「約束しないなら今後のキスは全面禁止にする」


 最終兵器を投下した。

 核抑止力ならぬキス抑止力。


 エリオットの顔色が、目に見えて蒼白になった。さっきまで赤かった耳が一瞬で白くなった。顔面の血流が忙しい男だ。表情は全く変わらないのに。


「……待ってくれ」

「待たない」

「約束する。するから。だから、その、キスは……」


 最強の大魔法使い、完落ち。所要時間〇・三秒。

 前世で「絶対零度(アブソリュート・ゼロ)の魔術師」と恐れられた男が、「キスなし」の四文字で全面降伏している。

 その情けないほどの焦りっぷりに、ちょっとだけ溜飲が下がった。

 ほんのちょっとだけ。ちょっとだけなのだが、正直かなり爽快だった。


「よろしい。じゃあルール制定するから」


 私はテーブル(エリオット錬成の大理石調。元は段ボールの上に板を乗せた自作テーブル)を挟んで、彼の正面に座った。

 限界OLは、こういう時だけ事務的な仕切り力を発揮する。ブラック企業で鍛えられた議事録スキルは、こんなところで役に立つのだ。使い道が壊滅的に間違っている自覚はある。


「まず、入浴時間中は千里眼の使用を一切禁止」

「……承知した」

「次に――」


 と、言いかけた時。

 鞄の中で携帯が鳴った。会社用のスマホだ。

 画面に表示された名前は、「黒田課長」


 反射的に背筋が伸びた。

 休日の夜に上司から着信。社畜パブロフの条件反射だ。犬よりも調教が行き届いている。


 心臓が、嫌な音を立てた。


 § § §


次回、入浴ルールの最終決定とエリオットの意外な提案。お風呂を巡る攻防戦、決着なるか!? フォローで更新通知を受け取って、続きを見届けてください! 感想・コメントもお待ちしてます!



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