第10話:大魔法使いvs現代文明(後編)
エリオットは油断のない目つきで店内を見渡した。
レジカウンターでは、バイトの高校生がバーコードをスキャンしている。「ピッ、ピッ」という連続音が店内に響くたびに、エリオットの眉がぴくぴくと動く。
「……あの少年。一定のリズムで何かの術を行使し続けているな。魔導具を用いた連続起動か。相当の手練れと見た」
「バーコード読みとってるだけだよ」
「バーコード?」
「商品に印刷された線を機械で読むの。お金の計算のため」
「…………この国では、会計すらも魔法で行うのか」
違う。テクノロジーだ。全然違う。
でもこの人に説明しても多分わかってもらえないので、私は「まあ、そういうことよ」とだけ答えた。
レジの高校生がちらりとこちらを見た。
エリオットが「強敵を見定める最強の大魔法使い」の目つきで睨み返している。高校生が怯えた顔になった。
(ごめんね、バイト君。うちのがすみません……)
私は心の中で謝りながら、彼の袖をぐいと引っ張った。
「とにかく、お弁当コーナーに行くよ。こっち」
「あの少年から目を離して大丈夫なのか?」
「大丈夫だから!!」
コンビニのお弁当コーナーの前に来て、エリオットは固まった。
色とりどりに並んだ弁当類、パスタ、サンドイッチ、おにぎり。
その豊富さに、彼はしばらく声も出せないでいた。軽く見開いた銀色の瞳が、ゆっくりと棚の端から端を行き来する。
「……これは、全て……食べ物、なのか」
声が少しだけ、掠れていた。
考えてみれば、エリオットは数百年もの間、ただ一人で次元転移の研究を続けていたという。その間、何を食べていたのだろうか。お腹は空かなかったのだろうか。
そもそも――魔法使いって、ちゃんとご飯を食べるものなの?
幾つかの食べ物と、お茶を買って、私たちはコンビニを後にした。
エリオット,大丈夫かな?
かなりのカルチャーショックを受けてたみたいだけど?
と、思った後首を振る。
――いやいや、こいつは私を殺した男だ。
別に心配してやる義理はないよね?
§ § §
帰り道。
コンビニの袋を持ちながら並んで歩く。
午後の日差しが、薄曇りの隙間から時折こぼれていた。
エリオットの顔色があからさまに悪い。
少し休んでいこう。
別にエリオットを気遣ってではない。
私も栄養も補給した方が良さそうだからね!
途中の公園に寄って、コンビニの袋を開く。
ベンチに座った私は、さっき買った食べ物を取り出した。
「これとかどう? 鮭のおにぎり。日本人のソウルフードよ」
「おに……ぎり」
私が差し出した三角形のラップ包みを、エリオットは恐る恐る受け取った。
ひっくり返して、裏のバーコードを見る。正面に戻して、フィルムの継ぎ目をじっと観察する。
「開け方、わかる?」
「……いや。この封印の解き方が読めない」
「封印じゃないわよ。ここの番号、見える? 1、2、3の順番で引っ張るの」
私が実演してフィルムを剥がし、差し出す。
エリオットは一瞬ためらった後、しみじみとおにぎりを眺め――それから一口、かじった。
沈黙。
「……」
長い沈黙。
小鳥の囀りMと、公園で遊ぶ子供の声だけが聞こえている。
やがて、エリオットはゆっくりと顔を上げた。
その銀色の瞳に、うっすらと光るものが浮かんでいた。
「エリオット!?」
「いや、なんでもない」
「泣いてるじゃない!!」
「泣いていない。目に異物が入っただけだ」
「コンビニのお弁当コーナーで何の異物が入るのよ!!」
彼は答えず、もう一口おにぎりをかじった。
喉が、小さく動く。噛んで、飲み込む。その一連の動作が、やけに丁寧だった。
まるで、一粒一粒の米を、味わい尽くそうとしているかのように。
「……この国の食というのは、これほどまでにっ!」
言いかけて、また黙った。
そのまま最後の一口まで、黙って食べた。
ふと気づいた。
さっきまで白かった彼の顔に、ほんのわずかだけ血色が戻っている。冷たかった手の先にも、少しだけ温もりが戻っているように見えた。
……コンビニのおにぎりで、多少はマシになったのだろうか。たかが百五十円の鮭おにぎりで。
私はなんとなく追及できなくて、自分のサンドイッチを開けた。
しばらく無言だった。
エリオットがぽつりと言った。
「米というのは、あちらの世界にも存在する。だが、あちらのものとは全く異なる。もっと硬く、風味も薄い」
「ふうん」
「このおにぎりというものは、なぜあれほど柔らかいのだ。そして、なぜあれほど……」
言い淀む。
なんとなく、続きがわかった気がした。
「美味しかったんでしょ」
「…………別に」
三十路(?)を超えた絶世の美男子が、耳の先をほんのりと染めてそっぽを向いた。
認識阻害の結界で誰からも見えないのをいいことに、堂々とそっぽを向いている。便利な魔法だ。
「そうか。じゃあ、次また来た時も鮭にする?」
「……まあ、その。それほどでもないが」
都合よく「好みを把握されることへの照れ」が発動しているらしい。
数百年の孤独を経て、たかがコンビニのおにぎりに泣いて、それを素直に認められない。
わかりやすすぎて、少しだけ笑ってしまった。
「うん。また来よう」
隣で、彼がわずかに頬を緩めた気がした。
日差しの加減でそう見えただけかもしれない。
でもそのことを、なぜか私は、胸の奥にしまっておくことにした。
§ § §
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