第1話:顔の良い男なんて最低っ!
千塔の国、アルヴァリウス王国の王都、その中央広場。
灰色の空から冷たい雨が落ちる中、何万という群衆の憎悪の視線が、私一人に注がれていた。
聖女暗殺未遂、及び国家反逆罪。
それが、ハーゲン公爵家令嬢カレンシュとしての私に着せられた、罪。
今ではすっかり悪役。そう、いってしまえば悪役令嬢として国にも国民にも公式認定されている。
――まあ、実際には無実なのだけれど。
本当に何故こんなことになったんだろう?
王国の財政管理と外交補佐を担う名門ハーゲン家の後継ぎとして、私はただ、国のために働いてきた。
神託で聖女に選ばれながら実務を知らぬ気弱な少女を、政治の毒牙から守るために庇い続けてきた。
王家・聖教会・宮廷魔術院という三つの権力が均衡を保てるよう、馬鹿みたいに身を粉にして立ち回ってきた。
その結果が、「邪魔な公爵家を潰したい」という権力者たちの思惑によって作り上げられた、完璧な冤罪のシナリオだった。
「魔女め! 聖女様を傷つけようとした大罪人!」
「さっさと死ね、この国から消えろ!」
飛んでくる石や腐った野菜が、かつて美しく結い上げられていた金色の髪に叩きつけられる。
両手両足に重い魔封じの枷をつけられたまま、冷たい石造りの断頭台に引き立てられた私は、群衆を前にしてなお、背だけは真っ直ぐに伸ばしていた。
罵声など、どうでもよかった。
屈辱も、悔しさも、死の恐怖も、今の私の心の中では、ひどく遠かった。
ただ一つ。
たった一つだけが、私の心の核を、抉り続けていた。
断頭台のすぐ傍ら。
処刑の執行人として立つ、一人の男の存在が。
銀糸のように輝く長髪。
日光の下でさえ、周囲の空気を数度冷やすかのような、絶対零度の冷気を帯びた佇まい。
冷酷なまでに整った、まるで神が機嫌の良い日にだけ作り上げるような、完璧すぎる顔。
筆頭宮廷魔術師、エリオット・ヴァン・クリフォード。
王国最強の魔法使いにして、私が心の底から愛し、世界で一番信じていた、ただ一人の男。
彼が法廷で偽証した。
私が聖女を殺そうとした、と。
彼の言葉は、宮廷で最も重い。百の証言よりも、彼の一言が裁判を決定づけた。
……なぜ?
震えそうになる声を必死に抑えて、私は彼の顔を見る。
あの瞳を、見る。
かつて宮廷で、夜を徹して書類を共に読み込んだ。
「君の分析は正確だ」と、珍しく口元を緩めて言ってくれた。
そんな彼の、大きな手の温度を、私はまだ覚えている。
平民出身でありながら、その類稀なる才能で筆頭宮廷魔術師にまで上り詰めた彼を、私は尊敬していた。
そんな彼が、私を愛してくれていると信じていた。
なのに今、眼前にある瞳は完全に凪いでいた。
感情の色が、何一つない。まるで磨き上げられた鉄鋼のように、ただ冷たく、ただ無機質に、私を映しているだけ。
「なぜ、エリオット……?」
血を吐くような問いかけに、彼は一瞬だけ、瞳の奥で何か揺れた気がした。
気がした、だけだ。
――裏切り者! 声にならない声が私の胸の内で満ちる。
一瞬、彼と視線が交わる。
だが、次の瞬間にはもう、ゆっくりと右手を掲げ、呪文を紡いでいた。
「断罪の雷」
光。
世界が、白く弾けた。
鼓膜を突き破る爆音。全身を内側から灼き尽くす焼け付くような激痛。
意識が、溶けるように遠ざかっていく。
――もし生まれ変わるなら。
――もう、絶対に。
――顔の良い男なんて、二度と愛さない。
――誰にも頼らず、自分の力だけで、たくましく気高く生きてやる、と。
消えゆく意識の中で、私は彼の氷の瞳を正面から見据えながら、魂の底に刻みつけた。
§ § §
……目が覚めたら、夜の路地裏だった。
え? なんで? 私生きてる?
魔法で処刑されたはずなのに?
見慣れない質感の地面は冷たく、自分の体は信じられないほど小さく、手足がまるで言うことをきかない。 これ、赤ん坊の体だ……。
――って、まさか生まれ変わってるの?
視界の端に、若い女の背中が映った。
「ごめんね……私じゃ、育てられない……」
ぱた、ぱた、と雨音に混じって靴音が遠ざかり、やがて消えた。
(ちょっっっっ待って!!)
処刑台で一人でたくましく生きると誓ったのは確かだけれど!!
自力で立つことすら不可能な段階からのスタートは、さすがに想定外すぎる!!
「おぎゃあああっ! おぎゃあああああっ!!」
前世の全てとともに誓いとイケメンアレルギーだけを胸に抱いた私の、波乱万丈な現世の幕開けだった。
§ § §
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