選ばなかった土地
離婚をきっかけに、終の棲家を探し始めた。
実家は戸建てだったし、別居中に住んだ集合住宅では生活音に悩まされたこともあり、一人であっても一戸建てに住みたいと考えていた。
不動産会社に相談すると、当時はまだコロナ禍前だったこともあり、条件に合う物件をいくらでも紹介してくれた。
休日のたびに、担当者と内見を重ねる日々が続いた。
ひとつ、妙な物件があった。
「多分、あなたはここを選ばないと思います。ただ、参考までにご案内しますね」
そう前置きされて連れて行かれたのは、坂の上に造成された住宅街の一角だった。
周囲は新しい家が建ち並んでいるのに、そこだけが、本来なら家が建っているはずの区画として、空き地のまま残されていた。
曇った晩秋の日で、前夜の雨のせいか、地面はまだ湿っていた。
資料には、これから家を建てる予定だと書かれている。それでも相場よりかなり安い。
「ここは、もともと家が建っていたんですか?」
「ええ」
担当者は笑顔だった。
「どうして前の家を壊したんですか?」
尋ねると、笑顔のまま答えた。
「事故物件なんです」
「え。」
「前の家主が、ベランダで首をつりまして」
軽い調子だった。
「いくら建て直しても、家の作りは大体同じになります。ベランダも、多分同じ向きになります。」
想像してしまった。
首を吊った人が、最後に見ていた景色を。
それはきっと夕暮れ、街を見下ろすような視界だっただろう。
もしここを買ったら、自分も同じ向きのベランダで、同じ景色を見続けるのだろうか。
洗濯物を干すとき、ふと息抜きをしたいとき、落ち込んだときにも。
結局私はその土地を選ばなかった。
今でも、あの土地のことを思い出すと、暗い印象が胸に浮かぶ。
数年後、その土地の最寄りに住む人物が、通り魔的な事件を起こしたと知った。
因果関係があるとは言えない。ただ、無関係とも思えなかった。
あの日、選ばなかったはずの土地は、今も私の中で、静かにざわついている。




