8 玉座の間へ
「あら、緊張しているの、クグル」
長い廊下をチヌユと歩きながら、クグルはこわばった顔をしながら頷いた。
「するに決まっているじゃありませんか。だって、これからハリユン様と謁見するんですよ」
クグルの噂を耳にした王であるハリユンが一度話してみたいというのでチヌユと一緒に玉座の間に向かっているのだ。
たとえ、神女となったことでただの娘であった以前よりは近い存在になろうとも、彼女の中ではハリユンが雲の上の人だというのは変わらない。
会話出来ることだけでも誉だと思うが、それ以上に尊敬する王に何か粗相をしないかという方が心配なのだ。
「大丈夫よ、いつも通りしていれば。それに、これを期に貴方とハリユン様が仲良くなってくれればと私は思うわ」
「そんな恐れ多いことです」
クグルが首を横に振るとチヌユは立ち止まり、こちらへと振り返ると語り始めた。
「今は大人しくなったけれど、ハリユン様が王になったときは反発が多かったの。ハリユン様は相応しくない。チルダルを王にすべきなのではないかとね」
チルダルというのはハリユンの側近にして、ティーダ王国で最強の兵士と言われている男だ。本来。王になるのはチルダルの父であったのだが、戦いが好きな自分は王に向いていないと言って従兄弟であるハリユンの父に譲ったのは有名な話だ。
「ですが、今のティーダが発展し、豊かになったのは前王であるハリユン様の父君のおかげなのは皆が知るところです。そのご子息であるハリユン様もまた前王の才を受け継いでいると聞いています。なのに、何故」
前王は他国との交渉を盛んに行うことで以前と比べものにならないほどの富と平和を得ることが出来たのだ。
ハリユンも前王の跡を継ぎ、様々な国と交流をし、交易の中心となるティーダの地盤を着々と築いていると聞いている。
そんなハリユンが何故、そのような酷いことを言われるのかと驚き、クグルが問うとチヌユはため息を吐いた。
「私が子供のころは、悪政が原因で内乱が多くてね。チルダルの祖父と父が全て力で捻じ伏せ、当時の王を討ったの。そのときの栄光が忘れられない人たちが、今の平和なティーダのことが不満でチルダルを王にすべきと言っているのよ。
彼はそんなこと思ってもいないのに勝手よね」
城に勤める父ならば知っていたのかもしれないが、少なくともクグルは初めて知った。何も言葉が出てこない彼女に構わず、チヌユは続けて話す。
「若くして王を継ぐなんてただでさえ大変なのに、そんな人間たちを抑えなきゃいけないわで本当に苦労したのよ。
そんな経験をした彼だから、貴方と話したいと思ったのかもしれないわね。」
「…私と」
ハリユンがどんな考えで呼んだのかはわからないが、自分と話をしてもハリユンが満足するような何かを話せるとは思えない。
むしろ、未熟な神女である自分の受け答えでチヌユが咎を受けることになるかもしてないと不安を感じてうつむくとチヌユが声を掛けた。
「ハリユン様はただ話を聞きたいだけなのよ。心配ないわ」
彼女の安心させるような優しい口調に緊張が緩むのを感じる。クグルは深呼吸をすると真っすぐに前を向いた。
今週から月、水、金曜日の12時に投稿予定なのでよろしくお願いします。