1 贅沢な悩み
連続投稿二話目です。前の話を見ていない方は注意してください。
まだ手のかかる弟妹の面倒を見る母の代わりにクグルはティーダ王国の象徴であるスイムイ城が建つユナの街へ買い物に出かけていた。
街に近づくにつれて彼女の耳に三味線が出す特徴的で楽し気な音が入ってくる。その音楽に思わず弾みそうになる足を抑え、目的の店を目指してゆっくりと歩く。
数年前、ティーダは国を栄えさせた王と王妃を流行り病で失い、雨が降る前の曇り空のように沈んでいた。城に使える文官である父を始め、政に携わる人々は混乱したそうだが、それを亡くなった王の息子であるハリユンが即位し、見事な手腕で治めた。
ハリユンはクグルとそう変わらない年齢だと聞いている。
そんなまだ若い彼が国を背負い、民を想い、必死になって前王と変わらぬ平和なティーダを維持しようとしているのだ。クグルがこうして呑気に買い物に出かけられるのも彼のもおかげだ。多くの民と同じく彼を尊敬し、感謝している。
行きかう人々の中に見慣れない格好をした男たちを見かけた。
防具や剣を持っていることから彼らは他国から来た冒険者だろう。前王の頃から交易が盛んになり、他国の人を見かけることが多くなったとはいえ、冒険者はまだ珍しい。
だが、ティーダ王国で出現する魔物が目的とは思えない。何故なら、この国に出る魔物はどれも弱いために冒険者としては利益にならないからだ。
また、島国であるティーダ王国には他にダンジョンのような冒険者を呼び寄せられるような場所もないので、この国経由で海を渡り、オノコロノ国に行くのだろう。
クグルは冒険者を見るのを止めて前へと向き直して店へと急いだ。
馴染みの店に着き、買い物をしていると後ろから声を掛けられた。
「あら、クグルちゃんじゃない。貴方も買い物?」
振り返ると顔見知りの女性が笑顔でクグルのすぐ近くに立っていた。商品を選ぶ手を止め、彼女へと姿勢を正した。
「はい。母が忙しいので代わりに」
クグルが答えると女性は満足したように頷いた。
「あぁ、そうね。まだ小さかったものね。偉いわ、クグルちゃん」
女性は悪い人間ではないのだが、世話焼きで話が長いことで有名だ。クグルは下手に返事をせずに微笑み、首を横に振ることで話を逸らそうとした。
だが、そんなクグルの想いに気づくことなく、彼女は続けて口を開いた。
「そういえば、クグルちゃん、好きな人とかいないの?
ほら、お年頃だしね。あ、もしかして、もう付き合っている人がいたり?」
何かを期待したような目で聞く、彼女に申し訳なさそうな顔をして苦笑する。
「いいえ、残念ながら」
母の手伝いに弟妹の世話などしなければならないことが多くて、そんなこと考える余裕もなかった。
しゃべり続ける彼女の話を聞き流しつつ、胸が締め付けるのを感じた。
女性の長い話を聞き終えたクグルは買い物を終えたあと、岬に来ていた。目の前には鳥居があり、その奥には高い階段があった。一段一段しっかりと慣れた様子で昇って行くと朱色に塗られた厳かな神社が見えてくる。
この岬は女神がティーダ王国を作ったときに降り立ったと言われており、それを称えるために建てられたのだと聞いている。
最後の段を踏みしめ、後ろを振り返るとユナの街とスイムイ城を一望できるその景色に感嘆のため息が漏れる。
クグルは何かあるとよくここを訪れていた。
来るときは何か悩みがあることが多いのだが、圧巻な景色を見ると不思議と前向きな気持ちになる。
すると、自分がいかに小さいことで悩んでいたのかと思えるようになるのだ。
ゆっくりと周りを見ながら参道を歩く。寒くなると植えてある緋寒桜が釣り鐘状の可愛らしい花を咲かせることで幻想的な光景が広がるのだが、今はまだ時期ではないのが残念だ。
手水舎で手を清め、本殿の前に来るとティーダを守る神々へ感謝の言葉を伝え、手を合わせた。
この国を作った開祖の女神はこの国に住む全ての民を自分の子供のように思っており、今も見守ってくれていると言われている。その女神に伝わればいいが、数多の民の一人であるクグルの言葉が届くとは思えないが。
「好きな人、か」
女性に言われたことを思い出し、つい口を突いて出た。
自分が誰かとそうなるなど想像することが出来ない。両親は何も言わないが、いずれどこかへと嫁ぐことになるだろう。
一生を共にするのがどんな人になるのかはわからないが、この神社に来て一緒に緋寒桜を見て笑いあえる人がいい。
「…ちょっと贅沢かな」
そんな人が出来ればいいのにと願いながら、クグルは神社を後にした。
三話連続投稿です。そのまま次の話を読んでいただければと思います。