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16 一番幸福な時

いつものようにクグルが神社の掃除を終え、散り始めた緋寒桜を見ていると誰かの足音が聞こえて来る。そのまま動かずにいるとよく知っている手がクグルの髪に触れる。


「髪についているぞ」


彼女の髪に絡まった花を取るその優しい手つきにクグルは暫し目を閉じる。


「ありがとうございます」


礼を言って振り返るとすぐ後ろにハリユンがいた。手に取った花を楽しそうに見ている。


「緋寒桜はこうして花がそのまま落ちるが、オノコロノ国にある桜は花びらが散るのだそうだ」


「風に舞い散る姿は緋寒桜とはまた違った美しさがあるのでしょうね」


見たことのない風景に思いを馳せているとハリユンがじっとこちらを見ていることに気が付いた。


「…先日は大変だったらしいな」


妹とその恋人に会いに行ったときのことをいっているのだろう。

おそらく、あの騒ぎを見ていた民からハリユンに伝わったのだ。女神から力を授かった神女(かみんちゅ)であるクグルの顔はユナの街であれば誰でも知っている。

その彼女が騒ぎの中心から出てきたのだ。クグルが黙っていても遅かれ早かれ、彼の耳に入っていたと思われる。


「ええ、でも悪いことばかりではありませんでした。妹とゆっくり話が出来たし、色々と気づけたこともありました」


何でもなかったかのように笑いながら答えるクグルにハリユンは安堵した。報告を聞いたときは彼女に怪我がなかったか心配した。体に異常がなくとも心の方に傷を負ったのではないかと思ったが、彼女の笑顔に陰りはなかった。


そのことに安心すると同時に彼女に危害を加えようとした男たちに殺意が沸いたが、王として個人的な感情に流されてはいけない。

心に渦巻く仄暗いものを出すように小さくため息を吐き、気持ちを落ち着かせる。


男たちは少し調べただけで詐欺や暴行などを過去に起こしたことがわかった。捕まるのも時間の問題だろう。そう思うことでハリユンは自分を抑えた。


「ハリユン様、聞いていただきたいことがあります」


クグルは改めてハリユンと向き合った。彼女の真剣な目を見た彼は姿勢を正して頷く。それを確認すると彼女は口を開いた。


「かまけている暇がなかったというのもありますが、私は恋というものがよくわかりませんでした。

だから、ハリユン様に好意を向けられて嬉しくもありましたが、戸惑いの方が大きかったです」


それはハリユンもわかっていた。

伝えないほうがよかったのだろうかと思ったこともあるが、困惑し、顔を赤くするクグルを見て、愛する気持ちが溢れて止められなかったのだ。


「私が恋をしたことがないから、誰に言われても嬉しく感じるのではないかと思うと貴方に答えることが出来ませんでした。

ですが、他の人に美人だとか、綺麗だと言われても何も感じませんでした」


それは言われた相手が最初から嫌悪感があった妹の元恋人だったからかもしれない。

だが、たとえ親しい人に言われたとしてもハリユンに言われた時ほど喜びは感じないだろうと今は確信している。


「触られたときは本当に気持ち悪くて、思わず振り払ってしまったほどです」


不快な出来事だったが、そのおかげで自分の中にある想いを自覚した。


「その時に思ったんです。貴方以外の男性に触られたくないと」


クグルの言葉を聞くとハリユンは目を丸くした。そんな彼を見て彼女は微笑む。

いつもは王らしい威厳に溢れているのに、笑ったときや驚いたときは少年のような顔を見せる彼が、たまらなく愛おしい。


「ハリユン様、あの男に触れられた記憶を上書きしてください」


手を広げるとハリユンは離したくないというように彼女を抱きしめた。その温もりに幸福を感じながら、クグルは彼の背中にそっと手をまわす。


「愛しています、ハリユン様」


そういうとより強く抱きしめられるが、このまま離さないでと願う。

ふっと力が緩み上を向くとお互いの顔を見合わせる。どちらも何も言うことなく、唇が重なった。


緋寒桜から落ちる花が、二人の周りで風に舞い散る。

それはまるで、全てを見ている女神が彼らを祝福しているかのようだった。




この時のことをクグルは何度も思い出す。これが一番幸せな時だったのかもしれないと彼のいない崩壊したティーダ王国を見ながら思った。








ストックが無くなってしまいましたのでこれからは不定期投稿になります。

完結まで頑張ろうと思いますので、最後まで付き合っていただけると嬉しいです。

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