15 私は
うつむくカムンの手を引いてクグルは空いている適当な店に入った。
木の香りがする落ち着いた雰囲気で、椅子に座ると自分がいかに気を張っていたのかがわかった。
座ったのに黙ったままのカムンによほど怖かったのだろうとクグルは声を掛けた。
「カムン」
「ごめんなさい。あの人、いえ、あんな男だと、私、知らなくて、お姉ちゃんに迷惑かけて」
クグルに被せるように謝った彼女は顔を下げたまま震えている。それは恐怖から来るものだと思っていたが自分の不甲斐なさからのだったようだ。
幼い頃から知っている妹の変わらない優しさに、クグルは思わず微笑む。
「ねぇ、カムン。なんで彼をいいと思って付き合い始めたの」
それは嫌味ではなく、妹があの男のどこに惹かれたのかという純粋な疑問だった。聞かれたカムンは顔を上げ、伏目がちに答える。
「…私って面と向かって人に何か言うの苦手だし、何でも決めるの遅いでしょ。彼は私のことぐいぐい引っ張ってくれたし、何でも即決するのが男らしいなって思ったら好きになってた」
話すのが苦手なのは相手が傷つかない言葉を選んでいるから、決断するのが遅いのは慎重に考えているからだ。そこがカムンのいい所だと思っているが、本人としてはそれが自分のダメな所だと思っているようだ。
自分がなかなかできないからこそ、あの男の考えなしの行動に惹かれてしまったのだろう。
「今思うと、それって私の意見を聞かずに自分勝手に振舞ってたてことだよね。早く気が付けばよかった」
本当にごめんと申し訳なさそうに言うカムンにクグルは首を横に振った。
「そんなことない。カムンはアイツに向かってハッキリ言ってやったじゃない」
正直カムンが誰かに面と向かってあれほどのことをいうなどと思わなかった。か弱い彼女が力では決して敵わない男に真っすぐに自分の意見を言うなど、どれほどの勇気がいっただろうか。
もう、いつもクグルの背中に隠れていた小さな妹ではないのだとわかって感慨深かった。
「でも、結局、お姉ちゃんに助けてもらっちゃった」
「私じゃないわ。女神様の力よ」
力を使ったのはクグルだが、女神が力を授けてくれたからこそ乗り切れたのだ。それを間違えてはいけないとクグルはいつも自分を律している。
「それに、大切な家族って言ってもらえて嬉しかった」
クグルが神女となってからは時間を作っていたとはいえ、なかなか会えなかった。そんな自分を大切だと言ってもらえてクグルは本当に嬉しかったのだ。
「お姉ちゃんは大好きな家族だよ。当たり前でしょ」
確かに女神の力は凄いと思ったが、それを扱えるまでに努力したのはクグルだ。女神から力を授かっても驕ることなく、自分の足で立っている姉は物心がついたときからカムンの憧れだ。
神女になって変わってしまうかもしれないと思っていたが、心配いらなかった。クグルは今も変わらずカムンの尊敬する姉だった。
涙がこぼれそうな潤んだ瞳で微笑むカムンにクグルは笑い返す。
大変な目に合ったが、こんな機会がなければ妹とこうしてゆっくり会話出来なかっただろう。嬉しそうに自分と会えなかった時に起きた出来事を話す妹に相槌をしながら、クグルはあの男に触られた所を無意識に触れる。
――王など関係なく、君の心の美しさに私はずっと惹かれているよ
「…私は」
小さく呟いた言葉でクグルは自分の気持ちに気づいたのだった。




