14 正当防衛
「俺なんてどうです?
堅苦しい規則で交際がダメってんなら、やりたいときにだけ呼んでくれるのでも、いいですよ」
男は急に身を乗り出して机に置いたクグルの手を握る。触れ垂れた瞬間、全身に虫が這ったかのような気持ち悪さを感じ、思いっきり振り払った。
彼女の行為に男は一瞬目を見開いたが、すぐに下品な笑みを浮かべる。
「男に触られたことないから、驚いちゃいました?
美人なのに男慣れしてないって、益々俺好みだな」
自分の姉であり、ティーダ中で尊敬される神女であるクグルに対してのあまりに失礼な言葉の数々に開いた口が塞がらなかったカムンが男の方を向いて問いかける。
「私の家族に挨拶したいって言ってくれたよね。それってお姉ちゃんに会うための嘘だったの」
カムンの質問に男は蔑むような目をする。それはとても恋人に向けるものとは思えなかった。
「っは。当たり前だろ。神事以外は屋敷に籠ってるっていう神女と他にどう出会えっていうんだよ。そもそもクグル様の妹じゃなきゃ、お前みたいにオドオドしてるような根暗を相手にしてねぇよ」
あまりにも酷い言い方にクグルが言い返そうとしたが、それよりも前にカムンが口を開く。
「私の大切な家族にそんなことをいう人とはもう付き合えない。別れよ、私たち」
今まで大人しく、従順だったカムンがハッキリと言うと、男はポカンとだらしなく口を開けている。面と向かって誰かに何かを言うカムンをクグルも見たことがなかったので呆気に取られてしまった。
「行こ、お姉ちゃん」
座ったままのクグルの手を引き、カムンが店を出ようとすると数人の大きな笑い声が聞こえてきた。
思わず振り返ると彼女の恋人だった男が客に笑われていた。
「うわ、ダッセー」
「俺の言うことに何でも従う都合のいい女だとかいってたのに、そいつの方から別れ切り出されるとか、恥ずかし~」
客は男をからかっているようだが、あまりに親しい様子に違和感がした。
「何だよ。俺が味見したらお前たちにも恵んでやるとか偉そうなこと言ってたくせに」
その言葉でクグルは全て理解した。男と客は知り合いで上手くいけばクグルを男たちで共有しようと思っていたのだろう。彼らの低俗すぎる考えに吐き気がする。
構うことなく、カムンと一緒に店の出口へと向かおうとすると男の仲間の一人が通路を邪魔するように立ちふさがった。
「…どいてくれます。私たち、帰るので」
「いやいや、話聞いてたでしょ。なら素直に帰すわけないのは、わかりますよねぇ」
カムンの恋人だった男が後ろからクグルに触れようとした時、彼女たちを守るように光が包む。
「私たちに触るな」
光に守られたクグルは男たちの方へ向き、睨み付ける。何が起こったがわからない男たちは驚愕したように目を見開く。
「はあ!? な、なめてんじゃねーよ!!」
クグルにバカにされたと感じた男たちは顔を真っ赤にして彼女たちに掴みかかろうとした。だが、光に阻まれ、男たちは壁に、机にと打ち付けられ、動かなくなった。
唯一無事だった男は仲間の姿を見て腰が抜けたようで無様に尻もちをつき、怯えた目でクグルたちを見上げる。
大きな音でようやく異変に気が付いた店員が倒れた男たちとクグルたちを見て目を丸くする。
このような騒ぎになるまで出てこなかったことから、店も男たちとグルなのだろう。
そんな輩にもう言葉を交わしたくもないが、言っておかなければいけないことがあるのでクグルは店員に向き直る。
「正当防衛です。店の修理費は彼らに。
納得いかないのならば、神女であるこのクグルまで直接来てください」
クグルの気迫に店員の男は何も言えず、彼女たちが去っていく姿をただ見るだけだった。




