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11 初めて感じる気持ち

 立っているよりも座った方が話しやすいだろうと思ってクグルは神社にある長椅子を勧めた。並んで座っていると肩に自分以外の体温を感じてなんだか落ち着かない。

 ハリユンは何も思っていないようで太陽を覆い隠すほどに大きな雲が浮かぶ空を見上げながら口を開いた。


「王である父のことは尊敬していたし、私も跡を継ぐことに何も不満はなかった。

 だがな、継いで当然なのだという圧が辛かった。努力はしているが、皆の期待に自分は答えられるだろうかとな」


 それはまさにクグルが今悩んでいることと同じだ。

 期待されるのは頑張りを認めてもらっているということ。嬉しいと思うと同時に不安になってしまう。自分は本当に相応しいのだろうかと。


「私はその苦しみが解消されないまま王になった。

 まあ、いざ王になると色々やらなければいけないことが多くて、そんなこと考える余裕もなくなっていた」


 当時のことを思い出したのか、ハリユンは目を閉じた。


「王だなど偉そうぶっていても結局、私は何もできない。周りの助けがあるから、知識も経験も乏しい私などが王をやれているのだ。

 …人は誰しも完璧ではない。だから、助け合うのだということを私は王になって嫌でも思い知ったよ」


 目を開けると、ゆっくりと横に座るクグルの方へ顔を向けて彼は微笑んだ。


「貴方を助けたいと思う人間はいくらでもいるから一人で気負う必要はない。誰かを頼ってもいいのだ」


「それを言うためにここへ?」


 クグルの問いに彼は優しく頷く。


「最後に見た貴方の不安そうな顔があの頃の自分を見るようでな。

 あのようなことを言うべきではなかったとずっと後悔していた」


 苦笑しながら答える彼は尊敬する王ではなく、クグルと同じ年ごろの青年に見えた。

 彼は皆に失望されないような理想の王になるために必死で背伸びをして藻掻いているのだろう。

 最初に見せたあの威厳のある姿は王たらんとする彼の努力の証だったのだ。


 だが、今、目の前にいるのは王ではなく、自分の言動を反省してクグルの許しを請うただ男性だ。遠い存在だと思っていた彼の知らなかった姿を見てクグルの中で心臓が大きく音を立てた。

 思わず、胸に手を当ててうつむくと彼が慌てたような声を出す。


「大丈夫か!!」


 顔を上げると心配そうにクグルを見つめる瞳と目があった。その顔を改めて見て、彼の純粋な心遣いを感じ、温かい気持ちになれた。


 彼の方が大変なはずなのにクグルに謝るためにわざわざ来てくれただけではなく、気にかけてくれたのだと思うと自分は何を一人で悩んでいたのだろうと思えた。

 彼の言葉を聞いて、姿を見てクグルの心の霧が一気に晴れた気がした。


「はい、大丈夫です。

 ハリユン様、今日は来てくださり、ありがとうございました。」


 陰りのない笑顔で礼を言うクグルを見て、彼は安心したような顔をした。


「貴方の噂を聞いて、本当に会って話したくなっただけなんだ。

 私の我が儘で悩ませてしまったな。済まなかった」


「いいえ、いつかは考えなくてはいけないことだったのです。

 それもハリユン様のおかげでどうすればいいのか少しわかった気がします」


 噂があるのは知っていたが、見ないふりをしていたのだ。まだチヌユに甘えたいという気持ちもあったのかもしれない。


「そう難しく考えなくてもいい。

 貴方はチヌユの跡を継がないという選択もまだあるのだ」


 そんな選択もあるのかとクグルが目を丸くするとハリユンは思わず噴き出した。自分はそんなひどい顔をしただろうかと思っていると彼は笑いながら謝った。


「悪い、貴方の年相応の顔が可愛らしくてな。だが、それも含めて考えてみてくれ」


 異性からそんなことを言われたのは初めてで頬が熱くなるのを感じる。


 しかし、気にしてくれるハリユンにキチンと答えなくてはと思い、クグルは口を開いた。


「は、はい。色んな人に相談しようと思います」


 何とか答えられたが、言葉がつっかえてしまった恥ずかしさでうつむいてしまった。そんなクグルをどう思ったのかはわからないが、ハリユンは満足そうに頷いた。




 城に帰るというハリユンの背中をクグルが見送っていると彼に会ったならば言いたいことがあったのを思い出した。


「ハリユン様」


 彼女の声が聞こえたハリユンは振り返ると不思議そうに首を傾げた。


「前王が亡くなって、貴方が一番辛かったはずなのに王になると決断し、行動してくれたおかげで私たちティーダの民は変わらぬ日常を送ることが出来ています。

 貴方の選択が皆の笑顔を守ったのです。

 だから、自分は何もできないなど悲しいことは言わないでください」


 クグルの言葉にハリユンは目を見開くと泣きそうな顔で微笑んだ。


()()()、ありがとう」


 礼を言うとハリユンは今度こそ振り返ることなく、神社を後にした。


 残されたクグルは立ち尽くしていた。

 ハリユンから初めて名前を呼んでもらえた。ただそれだけなのに雷に打たれたかのように動けなくなったのだ。


 雲から出てきた太陽が緋寒桜に当たる。風に合わせて動く葉の隙間から光が零れ、地面へと映って形を変える。

 それはまるでクグルの心の変化のようだったが、彼女はまだこの気持ちの名前を知らない。








楽しんで頂けたなら幸いです。

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