9 若き王ハリユン
玉座の間の前には兵士が守るようにして立っていた。チヌユがハリユンに呼ばれたことを話すと兵士は頷き、重い扉を開けた。
チヌユが先に入るのを確認すると、クグルも続く。
玉座の間は神事のときに何度が入ったことはあるが、一人ではなく、大勢の神女たちと一緒だった。その時は自分のすべき仕事に集中していたので気にしていなかったが、改めて見ると朱色の美しく、厳かな雰囲気に身が引き締まるようだ。
歩いていると玉座の間に置かれている椅子に誰か座っているのが見えた。あそこに座れるのはただ一人、王であるハリユンだけだ。
チヌユと一緒に礼の姿勢を取ると上から声を掛けられた。
「礼などよい。楽にしろ」
頭を上げると端正な顔をした青年が堂々と椅子に座って微笑んでいた。彼がティーダ王国の若き王、ハリユンだ。
クグルと同い年のはずなのに近寄りがたいほどの威厳があり、自信に満ちた表情から正しく王となるべきお方だと再認識させられる。
その後ろには神経質そうに眉間にシワを寄せる男がいた。ハリユンよりも年上のようで、服の上からも鍛え上げられた筋肉がわかる。彼がチルダルなのだろう。
「それで、クグルに話とは何でしょう、ハリユン様」
「いや、なに、チヌユの跡を継ぐという神女の顔を一度見てみたくてな」
チヌユが問いかけると、ハリユンは愉快そうに笑いながら答える。その少年のような笑顔を見せる彼にチルダルは呆れたように大きくため息を吐いた。
「剣の稽古の時間を短くしてまで、ですよね」
「まぁ」
チルダルが呟くと、チヌユは口元に手を当て、わざと驚いたような顔をした。ハリユンは後ろに振り返ると焦ったように言い訳を始めた。
「いや、後で遅れは取り戻す。だから、そう怒るな、チルダル」
「ええ、ええ。わかっておりますとも。その分、厳しくなりますが、ご理解いただけますよね」
「…少しは手加減してくれ」
力なくうなだれるハリユンを見てチルダルとチヌユは笑った。その様子から彼らが軽口を叩けるほどの気安い関係であることがよくわかる。
「それで、貴方が?」
顔を上げると改めてハリユンはクグルへと話しかける。真っすぐこちらを見つめる優しい瞳に何故か心が騒いだが、しっかりしろとクグルは自分を叱った。
気合を入れなおした彼女は、背筋を伸ばして王へと一礼する。その姿は誰が見ても完璧なものだった。
「はい。クグルと申します」
「知っているとは思うが、私がハリユンだ。後ろにいる恐ろしい顔をした男はチルダル。
私が信頼する男だ」
先ほどの当てつけのような紹介にチルダルは不満そうな視線を送るが、それに気が付いているはずのハリユンは知らぬ顔をしている。チルダルは諦めたようにため息を吐くと、クグルに向かって礼をした。
「チルダルと申します。以後よろしくお願いします、クグル殿」
「チヌユの跡を継ぐ貴方とは長い付き合いになると思うので、私からもよろしく頼む」
国の重鎮である二人に見つめられ、自分の心臓の音が聞こえるのではと思うほど、一気に緊張してしまった。
「い、いえ、私はただの神女に過ぎません。そんな私がチヌユ様の跡を継ぐなど恐れ多いことでございます」
これは謙遜ではない。クグルよりも優れている神女などいくらでもいる。
どこからそんな噂が出ているのかわからないが、ようやく仕事が出来るようになった自分がチヌユの跡を継ぐなどおこがましいにもほどがある。
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