表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/41

第009話 完敗

「勝者、スペル!!」


 学園長の声で試合は終わりを告げる。


 ずっと手加減してくれていると思って警戒していた。なぜなら、幼い頃、一人前の魔法使いは、百以上の魔法を同時に使いこなすと教わったからだ。


 しかし、いつの間にか終わってしまった。


『うぉおおおおおおおおっ!!』

「え? え?」


 ボーっとしていると、突然周囲の音が爆発する。辺りを見回すと、観客の教師たちがスペルに向かって歓声を送っていた。


 何が起こっているのか分からず困惑してしまう。


「強いとは思っておったが、まさかクライストが手も足も出んとはのう。そこまでは予想しておらなんだ」


 スペルは周囲の様子が理解できず、学園長へと尋ねた。


「えっと……皆さんはどうされたんですかね」

「かっかっかっ。お主がどれほど凄いことをしたのかもわかっておらぬのか? こやつはこれでもマギステリア魔法学園の副学院長じゃぞ? この国で二番目に魔法の扱いに長けた奴じゃ。お主はそやつを完封した。こやつらの反応も当然じゃろう」

「そう……なんですね……」


 スペルは自分の手に視線を落とす。


 これまでずっと兄姉から教わった魔法使いの常識を信じてきた。そして、自分には魔法の才能なんてないと思っていた。


 でも、それはもしかしたら思い込みだったんじゃないかと、今にして思う。用務員試験の時から薄々は感じてはいたが、模擬戦を終えて改めて実感した。


『スペルには才能がある』

『スペルほど魔法を巧みに操る奴には会ったことがないもの』

『無詠唱で魔法を扱える者はかなり少ないですし、全属性を扱える魔法使いなんてどこにもいませんよ?』


 ノーラにグレイ、そしてフィリーネの顔が脳裏に浮かぶ。


 皆ずっと自分の才能を信じてくれていた。それなのに、スペルは幼い頃に植え付けられた常識という殻に閉じこもり、皆の声を聞こえないふりをしてきた。


 しかし、それも今日で終わりだ。これからはもう少し、もう少しだけ、皆が信じてくれる自分を信じてみよう。


 スペルはそう思った。


「お師匠様、お疲れさまでした」


 フィリーネがフィールド上にやってくる。


「フィリ、ありがとうございます」

「はい? 何のことですか?」


 スペルの言葉にフィリーネは不思議そうに首を傾げた。


「私をここに連れてきてくれたことです」


 フィリーネがここにいなければ、スペルは失格になっていたかもしれないし、合格しても用務員のまま終わっていたかもしれない。


 実際どうなっていたかは神のみぞ知ることだが、今ここにいるのは間違いなくフィリーネのおかげだ。


 感謝を告げずにはいられなかった。


「なんだ、そんなことですか。私のお師匠様なんだから当たり前じゃないですか」

 

 フィリーネがなんでもないようなことのように笑う。


 その顔を見て、スペルはフィリーネが自分の弟子で本当に良かったと心の底から思った。


「そうですね……フィリーネにはお礼をしなければなりませんね」

「お礼……ですか?」


 フィリーネがきょとんとした顔になる。


「はい。フィリーネのおかげで採用してもらえましたからね」

「い、いえいえ、お礼だなんて。私は当たり前のことをしただけですから」

「私がお礼したいんです。何か欲しい物はありませんか?」


 感謝の言葉だけじゃ足りない。フィリーネには何か贈りたかった。


「そ、それでしたら、今度私とデ――」

「イチャイチャしてるところ悪いんじゃが、こやつを治療してやってもらえんか? ワシは回復系の魔法は使えんでの」


 フィリーネがモジモジしながら何かを言おうとしたところで、学園長があきれ顔で言う。


「あ、すみません!!」


 スペルは慌ててクライストに回復魔法を掛けた。


 

 ◆   ◆   ◆



「ここは……」

「目が覚めましたか?」


 クライストが目を覚ますと、空と自分を覗き込むスペルの顔が見えた。


 あぁ、そうか。


 クライストはスペルになす術なく破れてしまったことを思い出す。


 なんだ、この魔力の欠片もない男は。


 初めて学園長室でスペルに会った時、クライストはそう思った。


 魔法使いは魔法を緻密に操作する技術を会得して、他人に自分の魔力を悟らせないようにするが、完全に魔力を消すことはできない。


 魔力が漏れていない。それはつまり、魔力がないということだ。だから、フィリーネからスペルの話はよく聞いていたが、幼い頃の妄想の類だと思っていた。


 無能な人間など、この由緒あるマギステリア魔法学園に不要。教師たちの前でスペルを叩きのめせば、学園長も考えも変わるだろう。


 そう思ってクライストはスペルとの模擬戦を学園長に申し入れた。


「ぐはっ」


 しかし、結果はどうだ。


 クライトンは一撃も入れることができないまま気を失い、今こうして負けた相手に介抱されている。


 無能なのはスペルではなく、自分だったと猛省する他ない。


「私は負けたんですね」

「一応……そうなりますかね」


 クライストの言葉を聞いたスペルは、自信なさげに笑みを浮かべながら頰を掻く。


「ふっ、どこがですか……私の完敗ですよ」


 そのどこまでも偉ぶらない態度に、クライストは己の小ささを知り、つい笑いが零れた。


 世界は広い。


 学園長に会った時も衝撃だったが、クライストはその言葉を本当の意味で思い知った気がした。


「どうぞ」


 クライストが起き上がろうとすると、スペルが手を差し出した。


 その上、人を気遣う心まで持っているとは……。


「ありがとうございます」


 クライストは魔法以外も完敗だったと実感しながら、その手をしっかりと握り、立ち上がる。


 そして、改めて握手の意味で、スペルの手を握る手に少し力を込めた。


「この学園にはあなたが必要です。私はあなたの指導を受けたい。これからよろしくお願いします」

「……こちらこそよろしくお願いします」


 スペルは一瞬あっけにとられたような顔をしたが、すぐに笑顔で応えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ