第006話 自分の常識は他人の非常識
アナベルが恐る恐るスペルに尋ねた。
「ス、スペル様がフィリーネ様に魔法を教えられたんですか?」
「ほんの少ししか教えていないので、そう呼ばれることが申し訳ないのですが……」
当時、教えたのは自分でも出来ていた本当に基礎の基礎の部分。しかも、それを一緒にやっていただけだ。
その上、スペルはようやく半人前になれた程度の身。そんな自分が師匠などと呼ばれるなんておこがましいにもほどがある。
「何をおっしゃいますか。今の私はお師匠様あってこそ。お師匠様がいなければ、私は複数の属性を扱うことも無詠唱もできなかったでしょう」
「その程度はどこの誰でもできるのでは?」
しかし、フィリーネは譲ろうともしない。ただ、その言葉が少し引っかかった。
一般的な魔法使いなら無詠唱はできて当たり前だし、十属性――火、水、風、土、氷、雷、光、闇、聖、無を全て扱えるのが普通だ。
スペルじゃなければ、教えられないことじゃない。一般的な魔法使いなら誰でも教えられるはずだ。特に世界でも名高いこのマギステリア魔法学園なら尚更。
「お師匠様。当時は私も当たり前だと思ってましたが、それは当たり前じゃありません」
私の質問にフィリーネは大きく首を振る。
「えっ、そうなんですか!?」
「はい。無詠唱で魔法を扱える者はかなり少ないですし、全属性を扱える魔法使いなんてどこにもいませんよ?」
「そんなバカな……」
スペルは衝撃で言葉を失った。
小さい頃に兄姉たちからずっと無詠唱はできて当然だし、全属性扱えなければ落ちこぼれだと教えられてきた。
それが実は常識じゃないなんて自分の根底から揺るがすような事実だ。スペルが信じられないのも無理はないだろう。
「おそらく一番魔法を使える人でも七属性が限界ですね。いえ、お師匠様を除けば……でしょうか。今、お師匠様はいくつの属性を扱えるのですか?」
「じゅ、十属性です」
「やはり、私のお師匠様はあなたしかいません」
フィリーネはにっこりと笑った。
十属性を扱えるようになったのもつい先日。その時は一般的な魔法使いとしての最低ラインをようやくクリアしたと喜んだものだ。
それが実は普通じゃなかったなんて……。
「バカな……全属性を扱える魔法使いがいるなどありえない」
「そうだ、そんなやついるわけない」
「そんな化け物が用務員試験を受けているなんて何かの間違いだろ?」
まだ残っていた受験生たちが騒ぎ始める。
他の人の反応を見る限りフィリーネの言葉は嘘じゃないのだろう。しかし、それを信じられるかと言われるとすぐには難しい。
「師匠、空に向けて簡単な十属性の魔法を放ってもらえませんか?」
「それは勿論構いませんが……」
「よろしくお願いします」
フィリーネに上目遣いで頼まれたスペルは、困惑しながらも断れなかった。
十本の指先にそれぞれの属性の初級魔法を出現させ、空へと放つ。十色の綺麗な魔力の光が空に描かれた。それはまるで九色の虹のようだ。
「十個の魔法を同時に使うですって!?」
「本当に十属性を使っている。信じられん!!」
「いったい何者なんだ!?」
その光景に、学院関係者を含む残っていた全員が目を大きく見開き、驚愕した。
「いかがですか、お師匠様。少しは信じてもらえましたか?」
「そうですね。まだ完全には信じられませんが、もしかしたら私の常識が間違っていたのかもしれません」
スペルに間違った常識を教えるためだけにこれだけの人間を集めないだろう。それに、スペルを騙したところで学校側にも受験生にも誰にもメリットがない。
フィリーネの言っていることは事実なのだろう。しかし、これまで三十年以上当たり前だと思っていたことを違うと認めるのはなかなか難しい。
「すぐに信じられなくても大丈夫です。その内、否応なく知ることになりますから」
「えっと、それはどういう……」
「少々長居が過ぎましたね。お師匠様を借りてもいいですか?」
「は、はい、それはもちろんです」
よく分からないまま返事に困っていると、話がトントン拍子に進んでいく。
「お師匠様、行きましょうか」
「わ、分かりました」
スペルは訳の分からないまま、前を歩くフィリーネの後を追いかけた。
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