第039話 緊急事態
「先生、ちょっと一人でやってみていい?」
ユイはワクワクした様子でスペルに尋ねる。
そんな風に楽しそうな顔をされたら断りようがない。
「私は構いませんよ」
「先生といると無茶できるから助かるなぁ」
「あまり無茶はしないでもらえると助かるんですが……」
「いやよ、それじゃあ、後は任せたから!! はぁああああああっ!!」
苦笑するスペルを置いて、ユイは女王アリに躍りかかった。
ユイの拳が女王アリの腹部に当たる。しかし、まるでスライムのようにたわんで、拳の威力を殺してしまった。
なかなか打撃に強いタイプのモンスターらしい。
「ギュロロロロロロッ」
女王アリの口から液体が飛び出してユイに降り注ぐ。
「おっと、危ないわね。次いくわよ!! はぁあああああっ!!」
ユイはまるで曲芸のようにくるくるとバク転をしながら躱して、再び攻撃に転じた。
女王アリは体の大きさゆえに動きが鈍い。ユイは腹部がダメなら背中とばかりに女王アリの体を駆け上り、宙返りをして落下の力も利用して背中に拳を突き刺した。
「ピュゴォオオオオッ!?」
その一撃は女王アリも効いたらしく、悲鳴を上げる。
ユイの戦いを見ていると、昔一生懸命だった彼女の姿が思い浮かぶ。本当に立派に成長したものだ。
「げぇ、回復もちかぁ」
ユイは淑女にあるまじき声を出した後、忌々し気に女王アリの背中を見つめる。
彼女の突き刺した場所がうにょうにょと蠢き、傷が塞がっていく。この女王アリは傷を回復する能力をもっているらしい。
これは一撃の破壊力が求められる相手だ。
「おっと、私も見ているだけではだめですね。卵の駆除を行いましょう」
スペルは女王アリをユイに任せ、室内の壁という壁にビッシリと並んでいるアリの卵をプチサンダーを数十個同時に使用して破壊していく。
威力が大きい魔法を巣の内部で使用するのは危険だ。その分数で押していく。
「ギュロロロロッ!!」
「あんたの相手はわ・た・し・よっ!!」
「ギョポポポポッ!?」
卵を破壊されて怒った女王アリが私に攻撃しようとしたが、横から思い切り飛び蹴りを喰らって吹っ飛び、壁に激突した。
女王アリは体長十メートル以上の巨大な存在。下手をしたら小さなドラゴンにも匹敵する大きさだ。
流石SSSランクのハンター。ドラゴンと戦って生き残れるだけある。
「もう少し強くいくわよっ!! はぁっ!!」
ユイの手足に魔力が集まるのを感じる。
そして、叩きつけられた拳は女王アリの体表の弾性を突き破って突き刺さる。
「ギュアアアアアッ!!」
なるほど。ああやって一撃の威力を高めているわけか。今まで常に全身均等に魔力を纏わせて戦っていた。
他の魔法使いが戦っている姿を見たことがなかったので、ユイの戦いを見ていると勉強になる。ちょっと真似してみよう。
「はぁああああああっ!!」
そんなことを考えているうちに女王アリの体を穴だらけにするユイ。女王アリの体液でドロドロになっている。
いくら再生能力があってもそれ以上の攻撃を受ければ、傷は大きくなっていく。
「こんな感じですかね」
スペルはユイの真似をして拳に魔力を集め、凝縮して手を覆う。そして、正面に向かって正拳突きを放った。
――ゴォオオオオッ!!
魔力の衝撃波が前方の卵を何百もの卵をなぎ倒す。予想以上に威力が出る上に周りへの被害も小さい。これなら魔法より効率的に破壊が進みそう。思った以上に使い勝手がいい。
「埒が明かないわね。もう本気で行くわ。はぁああああっ!!」
ユイはさらに魔力を集中させると、手足の魔力が実体を伴ってまるで炎のように見える。
面白い。自分が知らない魔法の使い方がまだまだある。
女王アリはなす術なく体を削り取られていく。卵の破壊もほとんど終えた。このままいけばそう時間も掛からずに元凶を叩く事ができそうだ。
「ん? これは? マズいですね……」
安堵していると、少し問題が発生した。スペルは戦闘に割りこんで女王アリを思い切りぶん殴る。
「プギャァアアアアッ!?」
それだけで女王アリの体が真っ二つに千切れてしまった。
「え、あ、はぁ!?」
「ユイ、ちょっと後は任せても良いですか?」
ユイが驚いているが、悩んでいる時間はない。女王アリも瀕死の今、ユイ一人でも問題ないはずだ。
「な、何を言ってんの?」
「少し緊急事態がおきまして。もう後は残党だけなので頼みますね!!」
スペルは困惑するユイに有無を言わさず言いたいことだけ言うと、ユイの真似をして魔力を極限まで手足に集めて凝固させた。
「え……嘘……」
横からユイが何が呟いているが、構っている暇はない。
「はぁああああああっ!!」
思い切り地面を蹴って天井に向かって飛び上がった。
「きゃああああっ!!」
下からユイの可愛らしい声が聞こえてくる。彼女なら大丈夫だろう。
天井がグングン近づいてくる。スペルは拳を突き出してそのまま天井に激突。
――ドゴォオオオオッ!!
拳が当たった部分を突き破ってしまった。
「はぁああ!? 私が十年もかけて編み出した身体強化の極地をあの一瞬で真似するとか、やっぱ先生は出鱈目すぎるでしょ!!」
ユイは叫ばざるを得ない。
しかし、その声が岩盤を突き抜けているスペルに届くことはなかった。




