第035話 白羽の矢
「私が討伐隊にですか?」
「うむ、そうじゃ」
実戦訓練から数日後。
スペルはフィリーネと共に学園長室に呼び出されていた。
「どうかお願いできませんでしょうか?」
「先生が一緒だと心強いんだけどなぁ」
そこにはサーシャとユイが訪れている。
彼女たちの話はこうだ。
先日、地面が崩落して出来た穴から這い出てきた蟻型モンスターのアイアンアントが草原の地下に巣を作っていた。
スペルの報告を受けて偵察隊を出したところ、かなり大規模な巣であることが判明。
討伐隊を派遣して巣を駆除するつもりだが、高ランクハンターが軒並み依頼で離れていて、現状動けるのはユイだけ。SSSランクとはいえ、少々心許ない。
そこで、ハンターであり、ギルドマスターのサーシャやSSSランクハンターのユイをも負かしてしまう力を持つスペルにも白羽の矢が立ったということだった。
「分かりました。私でよければ勿論力をお貸しします」
「ありがとうございます。安心してこれで討伐隊を送り出せます」
サーシャが強張っていた肩の力を抜き、ホッとした表情になる。
そこまで信頼されるのは少し不安になる。自分にそれだけの力があるとは思えない。
「それは少々買いかぶり過ぎかと思いますが……」
「何言ってるのよ。先生ならアイアンアントの巣を単騎で潰すのだって楽勝でしょ」
「それは流石に言いすぎでしょう」
「そんなわけないでしょ。先生は自分を過小評価しすぎよ」
なぜかユイに呆れたような目で見られてしまった。
スペル自身、魔法の本を読んで自分が常識から逸脱した存在であることは理解した。
ただ、それがどれくらい凄いのかと言われるとまだ判然とせず、自分の力についてはなかなか実感を持てそうになかった。
できるだけ期待には応えたいとは思う。
また、依頼とは別に一つ気がかりがある。
「そういえば、野外実習が始まるんですよね?」
それは近々始まるという野外実習の事だ。
アイアンアントは厄介ではあるものの、基本的に人手と時間を掛ければ駆除できるため、脅威度はそこまで高くない。
そのため、授業はいつも通り行われるらしい。
「うむ、ちょうど討伐隊が出る日に初めての野外実習があるのう」
「それでは、引率としてついていくわけにはいかないようですね」
折角指導したので、指導しないにしても野外実習でFクラスの生徒たちの様子を見守りたかったのだが、こればかりは人命の係る依頼を優先すべきだろう。
「そうじゃのう。野外実習はそれほど危険があるものでもないし、宮廷魔術師を兼任する教師が引率につくからの。お主がいなくても心配あるまい」
一年生は基本的に魔物と戦うのに慣れるのが大きな目標の一つになる。それほど強いモンスターがいる場所にはいかないとのこと。
それほど心配しなくてもいいか。
「分かりました。作戦についてお聞かせください」
スペルはアイアンアントの巣の駆除作戦を聞いた後、Fクラスの教室へと向かった。
「申し訳ありません。今回、野外実習にはついていけそうにありません」
「先生、そんなに心配すんなって。俺らも前より大分マシになったし、野外実習で行く森のモンスターくらいでやられたりしねぇよ」
ミラがスペルを心配させないようにひと際元気に振舞う。
生徒に慰められるなんて、やはりスペルもまだまだ。もっと自信をもたなければ。
「ふっ、そうですね。皆さんに負けないようにしっかり勤めを果たしてみせしょう」
「おうっ、街の方は頼むぜ、先生」
「任せてください。それでは今日の修業を始めましょう」
気を取り直して今日の訓練を開始。
野外実習前に全員がかなり自由に魔力を操れるようになった。
ミラとシャロンは無詠唱を完璧に使いこなしているし、二人以外もそろそろ無詠唱で魔法を使えるようになるかもしれない。
あまり心配する必要もないだろう。
◆ ◆ ◆
「ちっ、くっそ、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって……」
アウグストは悪態を付きながら廊下を歩いていた。彼はシャロンに負けて以来、周りから見放され、取り巻きたちも離れてしまった。
シャロンに負けたのはアウグストだけではないが、彼は直接の喧嘩をふっかけて負けているため、他の生徒よりも勝敗が明確になっているのが大きい。
どうにか報復する機会を窺っていたが、Fクラスに悪意を見せようとすると何もできなくなるくらいの頭痛が襲ってくようになった。
そのため、未だに何もできずに憎悪の炎が燻ぶっていた。
「アウグスト」
「せ、先生!?」
アウグストに声を掛けたのはカースだ。
アウグストは元々Sクラスの生徒だが、直接負けたことでカースに見放されかけていた。
突然声を掛けられたことでどうにか名誉を挽回できないかと考え始める。
「ついてきたまえ」
「は、はい……」
アウグストはカースに連れられ、馬車で学園の外に出た。
「今度、野外実習が始まるな?」
「は、はい、それがどうかしましたか?」
学園から離れてしばらく。カースが話し始めるが、アウグストには話が見えない。
「Fクラスに目にモノを見せたくはないか?」
「……はっ!? それは勿論です!!」
最近頭痛がすることで誰もFクラスに対して何もしなかったのに、カースは堂々と口にした。
それに頭痛を抱えているようにも見えない。
そこでハッとする。学園の外では頭が痛くならないという事実に気づいたからだ。
「いいだろう。今度の野外実習でこれを使え」
「こ、これはもしや!?」
カースから渡された袋を開け、中を確認すると、アウグストは青ざめたような顔をする。
それは禁忌と呼ばれる代物だった。
「分かってるな?」
「は、はい、お任せください!!」
カースに見放されたくないアウグストは、首を縦に振るほかになかった。




