第030話 因縁
「!?」
この男はウィザード家の次男カース。スペルの三人の兄姉の内の一人だ。長男よりもスペルと年齢が近く、一番スペルを目の敵にしていたのがカースだった。
スペルは久しぶりの再会に狼狽えたえてしまう。
昔はカースを含め、兄姉はスペルに恐怖の対象のだった。自分よりも体が大きい彼らは自分を痛めつける怪物そのもの。
何十年も経っているのにその時の記憶が蘇り、体が竦む。
「おいっ、なんとか言ったらどうなんだ?」
黙るスペルに対してカースが苛立たしげに再び問い掛けた。
その瞬間、ハッとする。
落ち着け。
魔法の基礎を学びなおし、他人に指導し始めたことで、スペルは以前よりも魔法の常識が分かるようになった。
改めてカースを観察すると、昔のような威圧感は全く感じない。見た目もスペルよりも年上で魔法で若返っている様子もないし、魔力がコントロールされず、全身から漏れている。
それだけで学園長やクライストよりも圧倒的に弱いのが分かった。
スペルの気が一気に緊張が緩む。ホッと安堵のため息を吐いた。
「いえ、あなたのような人は全く知りませんね。他人の空似では?」
「なんだと? しらばっくれるな!!」
スペルは気を取り直して知らない振りをした。
昔、冷遇されていた上に今は赤の他人。
相手をするだけ疲れるし、無駄なだけだ。それに関わるなと言ったのは兄姉の方だ。
スペルはそれを忠実に守っているだけ。嘘をついたとしても文句を言われる筋合いはない。
「いえいえ、しらばっくれてなんていませんよ。《《兄弟なんていません》》から」
カースがスペルの胸倉をつかむが、スペルは飄々とした態度で返事をした。
カースの実力を理解した今、いくら凄まれたところで恐怖など感じない。
「いい加減にせい。何か話があってきたのではないのか?」
二人で勝手に話していると、学園長が呆れたようにカースを見つめる。
「くっ、失礼しました……」
カースが忌々しげにスペルを睨みつけた後、手を離して学園長に頭を下げる。
「それでなんの用じゃ?」
「はい。この前の試験の件です。やはり、Fクラスの生徒が一位をとるなど、どう考えてもあり得ません。試験をやり直していただきたい」
もうあれから大分経ったが、カースはシャロンの試験結果が未だに信じられないらしい。
帰るつもりだったが、自分の教え子の話とあってはこのまま去るわけにもいかない。
「はぁ……その件はすでに結論は出たはずじゃ。その場できちんと確認し、不正はなかったのが確認されておる」
「そんなはずありません。Fクラスの生徒にSクラスの生徒が負けるはずないんです!!」
呆れ果てる学園長に対してカースは学園長の机に両手をドンと叩きつけた。
学園長に対して横暴すぎる気がするが……。
「何を根拠にそう断言できるのじゃ?」
「Fクラスの生徒はおちこぼれです。私が指導している優秀なSクラスの生徒が負けるはずないでしょう」
カースは自慢げに胸を張る。
聞こえてくる返答はなんともお粗末なもの。
ただ結果に納得いかないからと駄々をこねている子供のようだ。Sランクが優秀だから、なんて全く根拠にはならない。
「そんな狭い了見ではこの先、生き残れぬぞ?」
これからスペルの指導によって優秀な魔法使いがどんどん増えていくことになる。
受け入れたくないのは分かるが、古い価値観にしがみついていては、これから一気に置いていかれることになるだろう。
「優秀な私が生き残れないはずないじゃないですか」
カースはやたらと自信満々だ。その根拠は一体どこからくるんだろうか。
「何度言われても中間試験の結果は変わらん。諦めることじゃ」
「どうしても……ですか?」
「うむ。どうしてもじゃ」
「……分かりました。失礼します」
学園長が意見を変えることがないと分かると、不承不承と言った様子で学園長室を出て行った。
「はぁ……」
学園長が深々とため息を吐く。
「大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫じゃ。情けない姿を見せたの」
「いえ、とんでもありません」
「そういえばお主、本当にあやつを知らんのか?」
学園長がふと思い出したようにスペルに尋ねる。
「認めたくはありませんが、あの人は私の兄になりますね、"元"ですが」
血が繋がっている以外は赤の他人みたいなもの。家族だなんて認めるつもりはない。
「なんと……お主はウィザード家の者じゃったのか」
「元、です。昔に勘当されて追放された身。私の家はグランレストの宿屋ですよ」
十二歳まで育ったことには間違いないが、冷遇されていた場所を実家だなんて思わない。
「なるほどのう……」
学園長は少し話を聞いただけである程度事情を察してくれたらしい。
「ご迷惑をおかけしました」
ただ、元とはいえ、身内の不始末は謝罪する他ない。
「いや、気にするでない。お主は何も悪くないのじゃからな。それよりも今回はやり過ごせたが、おそらくお主のことは早晩知られることになるじゃろう。そうなれば、あやつのことじゃ、いらぬちょっかいをかけないとも限らん」
正直、カースを雇っていること自体、害しかないように思う。
「解雇することはできないのですか?」
「うむ。お主も知っての通り、ウィザード家は魔法での実績が抜きん出た家じゃ。それもあって私の一存では解雇するのが難しい」
「そういうことでしたか」
しかし、政治が絡んできて単純にはいかないらしい。
「うむ。できるだけ身辺に気を付けるようにしておいてほしい」
「分かりました」
元々陰湿ないじめを繰り返していた人間だ。何をしてくるか分からない。
気を付けよう。
スペルは改めて学園長室を後にした。




